た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

市民J

2005年07月26日 | 習作:市民
 ここは───コンビニ。とすればオレの理性はまだ今日も正常なわけだ。正しい道を通って正しい目的地に正しい時間以内に到着するヘイボンナ小市民テキニチジョウセイカツ。いつもの店員。愛想のない女子大生。ダケドカワイイ。目許ガ。クリクリシテ表情ノナイ目許ガ。
 「いらっしゃいませこんにちは」
 いつもの挨拶。訓練されたマニュアル通りの決まり文句。真心の欠如したおざなりのワンフレーズ。
 何を買うのか。何も買うものはない。何もすることがないからここに来たのだから。でもおそらく牛乳パンとコーヒー牛乳。いつもの組み合わせ。牛乳パンとコーヒー牛乳。
 
 雑誌は見ない。見たいけど。あいつまたエロ本コーナーで立ち読みしてやがる。エロ本コーナーで立ち読みはオレもしたいけど、可愛いあの子がレジにいるのにどうしてエロ本コーナーで立ち読みなんかできるのだ? どういう神経をしているのだ? 蹴ってやろうか。後ろから。ぶよぶよの汗臭いオシリを。
 ここは? 缶ジュースのコーナー。オレに用はない。オレは500mlパックのコーヒー牛乳を飲むのだから、缶ジュースのコーナーに用はない。

 さすがに5月からは新しい仕事探さなくちゃいけないな。いつまでも親のすねをかじってるなんてあの子にばれてしまうぞいつもこの時刻にここに来てたら。あの人毎日牛乳パンとコーヒー牛乳買って行くけど仕事は何してるんだろう? 自宅で何か事務所を構えているのかしら? ひひ、ちょっとうちに寄ってみるかい。オレの入れたカフェオレはうまいよ。500mlパックのコーヒー牛乳なんて卒倒するほどうまいよ。でもオレは500mlパックのコーヒー牛乳の安っぽい甘さも好きなんだよ。ねえちゃん、誰でもときどきは安っぽい甘さに安心するんだよ。わかるか? わからなきゃオレが体で教えてやるよ。ひひひひ。

 5月から仕事探さなきゃ、オレほんと廃人になっちまうな。
 コーヒー牛乳と・・・牛乳パン。オレの分は必ずある。
 あの子、今日はオレだけに「がんばってください」とか言ってくれないかな。「がんばってください」って言ってくれるだけでいいんだけど。「がんばってください」。それでオレはがんばれるんだよ。がんばって、みんなに馬鹿にされても仕事続けることができるんだよ。こんどこそほんとに長続きさせるつもりで仕事しようって思うんだよ。わかって下さい。安っぽい励ましで充分なんだよ。畜生あのデブ、どうしてあの子がレジにいることわかってエロ本持っていきやがるんだ? ほんとにレジ打ちさせる気か? おい、本気か? 畜生、そのぶよぶよの青臭いシリをほんとに蹴飛ばすぞ! 蹴るぞこら! 止めてくれ。頼むよ。恥を知れよ。
 あの子も───あの子もなんで平気で袋詰めできるんだ? それエロ本だよ。ねえ。わかってるだろう? 眉が引き攣ってる? そうだよな。わかってる。緊張してるよ、ひそかに眉が。内心じゃすっごい嫌悪感に耐えてるんだよな。仕事だからか? 仕事だからって、何で君が助平デブ男の脂ぎった手で差し出されたエロ本を袋詰めしなきゃいけないんだ? ソレガ社会カ?
 「お待ちのお客様? どうぞ」
 お待ちのお客様。お待ちのお客様なんてこの子に言われてしまった。それマニュアルにないよね。あるのかな? でもありがとう。それだけでありがとう。
 「2点で210円になります」
 はい。210円ですね。がんばって、なんて言わなくていいです。もう充分ありがとう。210円あるけどごめんね、千円札で払わせて。
 「はい、1010円お預かりします」
 うん。だめだオレ。おどおどしてお辞儀なんかして。オレ客だろ?
 「800円のお返しになります。ありがとうございます」
 触った───あの子の爪がオレの乾燥して荒れたてのひらに触った。ごめんね。あとで拭いておいてね。オレちょっと皮膚病持ってるんだよ。エロ本と皮膚病には触っちゃ駄目だよ。
 どうせ手を洗うんだろうけど。あの子清潔好きだから、十分ごとに手を洗ってるもんな。そんなこともマニュアルにあるんだろうか。でもオレは今日一日手を洗わないよ。悪いけど。


 畜生、まぶしいなあ。梅雨の前に夏が来たんじゃないか? 五月に入ったら絶対仕事探さなきゃ。がんばれるかな。こんどこそ。

(おわり)
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