全長25キロ、日本一長い砂浜海岸である。
車を停められる場所を探し、降り立つ。ずっとハンドルを握っていたので、腕が重い。セメント堤に犬と腰かける。確かに長い。見渡す果てまで続く、長い砂浜である。薄雲がかかって日差しは柔らかい。海は穏やかである。潮風に吹かれながら水平線を眺め、ようやく旅気分が出てきた。
御浜は蜜柑の産地である。車を走らせていると、道路の脇に、無人のミカン販売所が次々と目に飛び込む。次に出てきたら立ち寄ってみよう、と言っていたら、もう現れなくなった。御浜も通り過ぎてしまったらしい。ないと食べたくなる。しかし道の駅に立ち寄っても、普通のミカンが売ってない。後で知ったが、今年は蜜柑が記録的な不作だったのである。今回の旅はミカン特産地の和歌山に移動してからも、いわゆる普通のミカンに最後まで巡り合えなかった。こんなことなら、最初に出会った無人販売所に立ち寄ればよかった。もちろん、そこに普通の蜜柑があったかどうかは知らない。ただ、旅では寄り道はした方がいい。一歩を踏み外すことへのちょっとしたためらいが、大きなチャンスを逃すことがよくある。わかっているが、徒歩の旅と違い、車で移動すると、時間ばかり気になり、なかなか寄り道する勇気が出ないのだ。
昼食はコンビニのサンドイッチの車中食で済ませ、ハンドルを握り続ける。二時過ぎに速玉大社に到着した。熊野三山と呼ばれる三社の、最初の一社目である。
犬は空のリュックに入れて参拝。
砂利の音を立てながら境内に歩を進めると、塗り立てのような鮮やかな朱色の社殿が待ち構えていた。あまりに派手な色なので、少々面喰う。思うにこの神社は、熊野古道と呼ばれる薄暗い森の参詣道を、あるいは風すさび荒波立つ海岸沿いの参詣道を、何日もかけて徒歩で踏破し、ようやく辿り着いたときに目に飛び込んでこそ、その極楽浄土のような色鮮やかさが引き立つのではないだろうか。そのときは、疲れ果てた参拝者も、ああ、ありがたやと、思わず手を合わせて拝むに違いない。そうだ。だからこんなに派手なのだ。熊野詣を車で回って済まそうという現代人的魂胆が、そもそも間違っていたのではないか。
そんなことを考えながら参拝した。
社殿では折しも、結婚式が執り行われていた。
再び車に乗り込み、次の目的地、那智大社へ。
(つづく)