た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

でっかち

2018年09月08日 | essay

 

 私は頭がでかい。

 でかいなんて、品性を欠く表現だが、大きい、では収まらないのである。でかい、と言わなければ、伝わらないものがある。

 小さい頃から後頭部が目立っていた。当時NHKの人形劇で『プリンセス・プリンプリン』が流行っていたので、「ルチ将軍」という、後頭部のやたら肥大した登場人物の名をあだ名に付けられた。「火星人」と呼ばれたこともあるが、こちらの登場人物は予言ができる男で、別に後頭部が大きいわけではない。子どもながらに混同したのであろう。

 単純に、「頭でっかち」とも呼ばれた。

 最初は嫌だったが、やがて開き直った。後頭部がやたら大きなキャラクターを作り、ノートにサイン代わりに描きこんだりした。我ながら打たれ強いところがある。頭が大きい分、脳みそがいっぱい詰まっているのだろうとも言われたが、どうやらそういうわけでもなかった。今の自分を見ればわかる。来た道を帰るときには迷う。何しに階段を降りたのか忘れる。諦めて階段を登ったら思い出す。お金の計算ができない。経営というものを何年経っても理解できない・・・・。どちらかと言うと事あるごとに自分の間抜けさ加減にあきれ果てる始末である。おそらく私の頭蓋骨の内側には隙間があり、振ればカラカラと音がするのだろう。

 夏目漱石は大きな脳をしていたという噂があるが、頭でっかちでもあったのだろうか。私は頭でっかちではあるが、大きな脳をしている、という確証は今のところない。

 大人になるにつれ、体が成長したせいか、「あなたの頭は大きいですね」とは人に言われなくなった。人が遠慮して言わないだけかも知れない。決して頭が委縮したわけではない。それが証拠に、いまだに帽子を買うのに苦労する。私の頭に合うサイズが見つからないのだ。

 帽子屋を覗く。素敵な帽子が幾つもあり、思わず欲しい気持ちになる。奥から店員が恭しく出てきて、試着をどうぞ、と笑顔で勧める。その途端、こちらは己の身体的特徴を思い出し、急速に顔が強張ってくるのを自覚しながら、「いや、ちょっと小さいんじゃないかなあ」などと曖昧に切り抜けようとする。私の気持ちを知らない店員は、依然笑顔のまま、「いえ、これはXLですから、かなり大きめなので大丈夫だと思いますよ」などと、よく知りもしないでいい加減な勧誘をしてくる。私もそう言われるとつい信用したくなり、今までの失敗も忘れ、「じゃあ」と頭に被せてみる。

 これがものの見事に頭に入らない。チャップリンの山高帽よりもおかしな具合に頭に乗っかる。店員はちょっと驚いた顔をするが、内心は吹き出したいのだ。笑いを必死にこらえながら、「ううん、そうですか、それよりも大きめとなると・・・」と店の商品を探すふりをして、「すみません、うちではそれ以上の大きさは扱ってないんです」とさも申し訳なさそうに言う。だが私は知っている。その時でさえ、内心は吹き出したくてしょうがないのだ。そして、本当はこう言いたいのだ。「それ以上の頭の人は、うちでは客として扱ってないんです」と。

 人を馬鹿にしている。

 もう少し親切な店員になると、「同じXLでも、メーカーによってサイズが異なりますから・・・このメーカーのXLは少しサイズが小さめなんでしょうね」とフォローを入れてくれる。が、まあ、ほとんどフォローになっていない。いずれにせよ、私はうらぶれた気持ちを抱えながら、表情だけは無理して明るく、自分に合うサイズがないなんて大したことではないから、店側も気にしないで、といった雰囲気を漂わせながら店を後にするのだ。

 まったく、頭が大きくて得したことなどほとんどない。

 先日、散髪屋に行った。髪を切ってもらいながら、ふと、頭の小さい人の二倍くらい髪を切る面積があるのに、料金が同じだとすれば、これは結構得なんじゃないか、と考えてしまった。いや得なのだろうか。少なくとも店側は損である。「あ、二倍の奴が来た」と、私が店に行くたびに内心思われているのかも知れない。やっぱりこれも、得ではない。

 よく肩が凝るのも頭の重さのせいかもしれない。よく頭を打つのもそうだ。仕方ない。量販店に行ってもっと小型で軽量のものに買い替える、というわけにはいかない。

 頭を洗った後、髪を乾かすのが面倒で、濡れたままの髪でうろうろして、よく家人に叱られる。頭が大きいから乾かすのも一苦労なんだよ、と勝手に思っていたが、こちらはどうやらただの無精らしい。

 気が付いてみれば、半生を共に歩んできた頭である。愛着もある。髪くらいもう少し丁寧に乾かしてやろう。

 帽子ももう少し、諦めずに探してみよう。

 

 

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登山未満

2018年09月03日 | 断片

 長い山道であった。下手の斜面にはシダが生い茂り、もし滑落したら餌食として食べてくれる動物には事欠きそうになかった。上手の斜面を見上げれば、情念の塊みたいに根を張り枝を伸ばした落葉樹が今にも覆い被さらんとしていた。山道というよりははるかにけもの道というにふさわしい道であった。

 男は二人とも、首も背中もぐっしょりと汗で濡れていた。 

 「おい山頂はまだか」

 後方の男が膝に手を当てて登りながらつぶやく。

 「この調子だと、山頂に着いても、この調子かもな」

 前方の男は帽子を団扇代わりに仰ぎながら答えにならない答えを返す。        

 「おい、そりゃどういうこった」 

 「景色が開けているとは限らん、というこったよ」

 「なんだよ、おい、それじゃ登る意味ないじゃないか」

 「登ってみないとわからんだろう」

 「おい勘弁してくれよ」

 「ぶつぶつ言わずに登りなさいよ」

 「暑いんだよ」

 「暑い。確かに暑いなあ」

 二人のゼイゼイと息を切らす音がしばらく続いた。

 「でもなあ、おい、登ったところで、景色が見えないんじゃどうなんだ」と後方がまたぼやく。

 「だから、登ってみないとわからんって」と前方。

 後方はついに足を止めた。顔をタオルでくしゃくしゃに拭き、天を仰ぐ。「わからんのは勘弁だ」

 前方も立ち止まってペットボトルの水を口に含む。「お前さんは何かい、登ったら何が見えるか、知っているところに登りたいのかね」

 「ああそうだね」

 「そりゃ山登りじゃないよ、俺に言わせれば。わからない結果を求めるのが冒険、ってなもんだろう」

 そう言う彼も随分荒い息を吐いている。

 「ちぇっ、自分の下調べ不足を棚に上げやがって」

 「じゃあここで引き返すかい」

 「引き返すって、おい、ここまで登ってきた苦労をどうしてくれるんだい」

 「いや、引き返す方が利口かも知れん。と言うのも、こりゃほんとに先が見えん」

 「なんだ、お前も引き返したいのか」                                

 「さっき、山頂まで0.5キロって看板があったが、あれから五百メートルは歩いたはずだけど、ほら、また0.5キロの標識だ」

 「どれ。おいほんとだ」

 「こりゃひょっとして、魔の山かも知れんな」

 「魔の山だ。引き返そう、引き返そう」

 「うん、引き返そう」

 

 

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告発

2018年08月23日 | 断片

 暑い夏であった。

 建物の壁という壁、アスファルトというアスファルトに、強力な日差しがくっきりと火傷の跡を残しそうな暑さであった。人々は最初は我慢強く、暑さが果てしなく続くにつれ、次第に投げやりになった。日々交差点で信号待ちをする市民は、ここで倒れこむのはみっともないという、ただそれだけの理由で辛うじて立っている、といった体であった。

 私の職場の近くに、老人が一人で住んでいた。身寄りがないのか、相当の歳なのにほとんど人の出入りがない。室内着そのままの格好につばの狭い麦わら帽子を被り、杖を突きながら、よろよろと買い物に行く姿をよく見かけた。たまにデイサービスの車が来ると、元気のいい女性の声に負けじと、威勢よく受け答えする彼の声が聞こえてくることもあった。が、普段は非常に無口な老人であった。何度か路上で生きあったが、なぜか私の挨拶にも会釈にも、一度たりとも返しをしてくれたことがなかった。私を嫌っているのかも知れない。あるいはただ、性格が偏屈で、誰に対しても似たような態度なのかも知れない。とすれば、デイサービスの女性にだけは心を許しているということか。

 盆を過ぎても暑さの続く交差点で、彼とばったり出会った。彼は杖を突いた方がいいのか突かない方がいいのかわからないほどよろよろした足取りで、近所の商店に向かっていた。食料品を買い込みに行くのだ。私は彼のおぼつかない足取りが心配なのと、そろそろ挨拶を交わしてくれてもよいのではないか、という期待とで、なるべく気取りない風を装い、額の汗を拭いながら、「こんにちは、暑いですね!」と声をかけた。

 老人はびっくりしたように動きを止めた。まるで異生物でも見るように私にひたと視線を注いだ。小さい目をぎらりと見開き、頬をぶるぶると震わせながら、老人は私を凝視した。それから、重い唇を動かして、彼は確かにこうつぶやいた。

 「お前らのせいだ」

 瞬時に私の中で、暑さも、行き交う車の騒音も消えた。町全体が歪んだようにすら思えた。打ちひしがれて佇む私の脇を、老人は杖を突きながらよろよろと通り過ぎていった。何をどう解釈していいか、私にはさっぱりわからなかった。それでもずっとそうしているわけにもいかず、呆然とした顔つきのまま、私は肩を落としてとぼとぼと職場に戻った。

 彼は気が狂っていたのかも知れない。完全にではなくとも、半分がたそうなのかも知れない。今年の暑さが祟ったか。痴呆の可能性もある。普段から誰に対しても、何を言われても、同じような台詞を返していると考えてもおかしくない。

 しかし、と思う。しかし、もし彼が完全に正気だったら? まったく正常な思考を働かせて、彼があの台詞を吐いたのだとしたら?

 だとすれば、どうなのか。私は汗の伝う頬を緩め、苦笑した。苦笑するのも辛いほどの暑さと気怠さだったが、それでも無理やり苦笑した。そうだ。この暑さは、確かに「我々」のせいなのだ。彼はまったく正鵠を得た発言をしただけなのだ。

 窓を閉めきり、エアコンをかけて涼しそうに運転するスポーツカーが、ひときわ高くエンジン音を唸らせ、私の横を通り過ぎた。

 今年は蝉も鳴かない、とふと気づいた。

 影がどこにもないような街であった。車ばかりが行き交っていた。はるか頭上で太陽が高笑いしている気がしたが、それはもちろん、私の気のせいであった。

 

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習作(部分③)

2018年08月12日 | 断片

 長い夕方であった。街は永遠の記念碑か何かのようにくっきりと夕焼け色に染められた。

 黒づくめの男が駅前に現れた。手に牛皮の茶色いバッグを下げている。バッグの中にはぴかぴかするタガーナイフが入っている。夕焼けもそのことは知らない。男はこれから、誰彼ともなくタガーナイフで切りつけて、それから自分も死のうと思っている。真っ赤な血が歩道に点々と飛び散ることだろう。それは夕焼けよりもっとずっと赤く美しいことだろう、と思っている。

 男は青白く頬がげっそりと痩せている。その点を除けば、実のところまずまずの美男子である。眉は凛々しく、鼻筋が通って顔全体に精悍な印象を与えている。だがその整った顔立ちという事実がかえって彼自身を追い詰めてきたのだ。幼い頃から周りにちやほやされた彼は、自分の将来を過分に期待した。期待する割に努力を怠った。これだけ周りからちやほやされるのだから何とかなるだろうと思ったのである。現実はしかし、散々であった。彼はまず親に嫌われた。もちろん親は彼を愛したが、疎ましくも思ったのである。寄ってくる友人たちも、彼の性格を知ると、一人二人と去っていった。最後には女の子たちにも敬遠された。何しろ彼は相手を見下した言い回ししかできなかったのである。互いに笑い、ふざけ合うような場面でも、相手に少しずつ不快の種を植えてつけていることに、彼自身が気づいてなかった。心地よい言葉の遣り取りができなかった。それは、彼のせいだけではない。幼少期に真っ直ぐな愛情を注ぐよりもお金やゲーム機を与え、甘やかしを愛情と誤解して育てた彼の両親の責任もある。

 彼の人生の歯車は段々と狂い始めた。大学を中退してもしばらくはコンビニバイトを続けていたが、人間関係が嫌になり、二年前に辞めた。半年ほど実家に住んでいたが、実家もうんざりして東京に飛び出し、再びコンビニバイトを始めた。その後は引っ越し業や居酒屋などのバイトを転々としていたが、どれも長く続かず、二か月前からアパートに引き籠るようになった。

 貯金は尽き、予定はなく、そんなときに誰も彼を救ってくれなかった。優しい言葉一つかけてくれる人がなかった。ひどい世の中だと思った。自分が周りに優しくしてこなかったせいだとは、思いもしなかった。自分の人生も世の中も、全部いっぺんに終わればいいと思っていた。

 駅前の公園に行く。バッグからタガーナイフを取り出し、通行人をめった刺しにする。それから自分も死ぬ。十日ほど前からそう決めていた。

 よく晴れた七月の金曜日であった。駅前は大勢の人で溢れていた。

 彼は駅ビルの公衆トイレに入った。便器の前に立ったが、尿は出てこなかった。手を洗い、顔も洗った。洗面台の前の鏡に映る自分をじっと見つめた。

 無差別殺人というものについては、最近のニュースで流行りのようにちょくちょく目にしていた。そういうやり方もあるのだと知った。そういう終わらせ方もある。腐った人生の最期に、とびきり腐った行為をするわけだ。世間をあっと言わせてから死ぬのも、悪くない。

 彼はトイレから出た。口笛でも吹くようにいかにも平然とした面持ちで行き交う人々を見回した。皮のバッグを肩の後ろまで持ち上げ、彼はゆっくりと歩んだ。

 時計台の下から、それを始めることを決めていた。

 

 

 里美は急いでいた。急ぐ必要はなかったのに、急いでいた。嬉しくて仕様がないから自然と歩が早まるのだ。行き交うすべての人々に挨拶をしたいくらいだった! こんな美しい夕焼けを浴びている、というだけでも自分は幸せだと感じられた。ましてや自分は今、恋をしている!

 簡易郵便局の前で手押し車に腕を凭れてたたずむ老婆が、里美を見て思わず微笑んだ。

 里美は手足の細いきゃしゃな女性だった。派手なところはないが、彼女を見る者を不思議と安心させる可愛らしさがあった。白いスカートと淡い色のブラウスが良く似合った。信号に間に合おうと小走りになると、揃えた黒髪がぼんぼんのように楽しげに揺らいだ。

 彼女は駅を目指した。

 一週間ほど前。大学一年生の彼女はボランティアサークルの二つ上の先輩に告白された。彼女の憧れの人だった。拒む理由は何もなかった。ただ、あまりに性急にことを進めようとする相手に、純真な彼女は動揺した。数日間は悩んだ。昨日、彼女のアパートで初めて二人で朝を迎えた。彼女の中で吹っ切れるものがあった。これで良かったのだと思った。ほんのわずか、これで良かったのかといぶかしがる自分がいたが、しかし彼女はほとんど心から、現実を受け入れた。そろそろ自分も幸せになっていい頃だと思っていた。六歳のとき印刷業を営んでいた父親が事業に失敗した。父親は母親と自分と四歳年下の妹を連れて、二部屋ほどの小さなアパートに引っ越した。日の当たらない、黴臭いアパートだった。父親と母親はよくいさかいをするようになった。しばらく父親が帰ってこないこともあった。その頃から、彼女は心から幸せを感じるということがなくなった。家計を助けるため、高卒で看護師として働き始めた。職場での人間関係に苦労しながら看護の仕事を続けていたが、大学で学ぶ夢を捨てがたく、養護教諭を目指す看護師に認められた一年限りの大学編入制度を利用し、大学に入学した。入学してすぐに入ったサークルで、ほとんど初めての恋を経験した。

 横断歩道の信号が赤なので、彼女は立ち止った。

 これから、女友達と駅前のバーガーショップの前で落ち合い、食事をする予定である。恋人は、夜八時まで塾講師のアルバイトが入っているが、そのあとまた会う約束をしている。彼にまた強く抱きしめられるのだ。熱い口づけも。だがその時刻までは、親友とファミリーレストランでとことん語り合おう。こんなに自分は幸せでいいのだろうかと、ふと彼女は不安になった。今まで苦労した分、少しくらいはいい思いをしても許されるだろうけど、それにしてもあまりそれが過ぎると、後でつけが回って来るような怖い気がした。

 信号が青に変わり、彼女は再び歩き出した。歩き出すと、恋人のいる幸せと間もなく友だちに会える喜びが再び押し寄せ、悩みなどどこかに消し飛んでしまった。

 日は駅ビルにかかり、夕焼けの色が深みを増した。

 涼しい風が吹いた。

 横断歩道を渡り終えるころ、彼女はようやく、時計台の方が何やら騒々しいのに気づいた。

 

 

 井口老人は不思議な光景を眺めていた。

 まるでゆったりとした舞踊を見ているようでもあったし、同時に、地震でも起きたかのような一瞬の出来事でもあった。夢を見ているようでもあり、質の悪い冗談をされているようでもあったが、まさにこれこそが現実であり自分の運命だったのだと思う自分がいた。真っ赤な血に染まったナイフを振りかざした男が、恐怖に引き攣った表情で自分に迫ってきていた。遠くで耳をつんざくような悲鳴が上がっていた。誰かがすでにやられたのだ。だがナイフを振りかざした男は今、明らかに自分を狙っていた。老人はそのことを良く理解していた。同時に全く理解できなかった。なぜそんなに恐怖に顔を歪めながら人を殺さなければならないのか、この見知らぬ男に何があったのか、尋ねてみたい気も起きたが、自分の腕が掴まれ、鮮血を散らすナイフが目の前で高く振り上げられたとき、ああ、この男はわしを本気で殺すのだ、と思った。すでに何人かを刺し殺し、今まさにわしも刺し殺そうとしているのだ。逃げなければ。だが足はどうしたことかびくとも動かない。本気でわしを殺すのか。本気で殺したいなら構わんが、どうしてお前はそんなに大馬鹿なのだ。ただただ人を殺すなど─────

 「やめて!」と鋭い女の声が聞こえ、横から自分に覆い被さってきたものに、老人は視界を遮られた。どん、と激しい衝撃が女の背中から老人に伝わった。刺されたのだ。この人が自分を助けようとして身代わりになり、刺されたのだ。女からナイフを引き抜く男の顔が、喜悦に歪んでいるのが、女の肩越しに見えた。

 「おおお」

 老人は呻いた。

 「おおおおお」

 

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『海』

2018年07月27日 | 短編

 日本海さま

 

 久しぶりにあなたにお会いしたくてやってきました。どうしても海が見たくなることがあるんです。

 あなたは相変わらずですね。何て言うか、広々というか、静かというか、勝手気ままというか、まるでうちの会社の上司が二日酔いしたときみたいに、憮然としておいでですね。私、あなたのそういう傍若無人なところが好きです。うちの上司は大っ嫌いですけど。器の大きさが違います。

 海に向かって手紙を書くのは、私初めてですわ。だって私、海に一人で来て、退屈ですもの。座るところがないから浜茶屋に入ったんですけど、女の一人客って珍しいらしく、随分変な目で見られてます。この人、入水自殺するんじゃないかくらいに思われているんでしょう。ま、そう思われても仕方ないし、実際しても構わないくらいの気持ちはあるんですけど。でも、こんな馬鹿みたいに明るい海岸では死ねませんわ。周りを見渡しても馬鹿面ばっかりですもの。

 私の隣にいる若者たちなんて、入れ墨を入れた腕をこんがり焼いて、まるで焼け出された仏像みたいな恰好でにやにやしてるんだから、あのままもっとこんがり焼いて炭にでもした方が誰かの役に立ちますわ。

 お昼時のせいでしょうけど、子どもたちはまた、どうしてラーメンばっかり啜ってるんでしょう。こういう浜茶屋のラーメンが美味しいわけないじゃないですか。自分の顔の倍ほどもある碗に顔を埋めて、ずるずる啜ってるけど、結局最後は残して親に叱られてるんだから、馬鹿馬鹿しいったらありゃしない。

 そんな中で私一人、黙々とあなたに手紙を書いてたりするもんだから、ちょくちょく茶屋のおばさんたちが遠巻きに覗きに来たりします。ワンピースなんか着てるし、到底海で泳ぎそうにないし、これで手紙を書き終えてから波打ち際にでも歩いていけば、いよいよ警察に連絡されそうですわ。そんな風に想像するとちょっと愉快です。ほんとに入水してやろうかしら。みんな大騒ぎになるわよね。すぐ助けられそうだから、そこが難しいところだけど。

 もしここでうまく死ねたら、あの人、泣いてくれるかしら。泣かないでしょうね。今幸せなんだから。ちょっと暗い顔をしてみせて、「聡子らしい死に方だな」なんてうそぶいて、勝手に納得するんでしょうね。男なんてそんなもんよ。会社にも知らされるかしら。深田課長が聞いたら、「真面目すぎるのも困ったもんだ」って言うわね、絶対。あの人の口癖なんだから。「君は真面目すぎるからだよ。たまには飲みに付き合いなさい」って。死んだら飲みにも付き合えませんよ。私が独り身になったからって、独り身になったからって、何よ。寂しさを紛らすために飲んで好きでもない男に抱かれたりなんか、私はしませんよ。失礼よ。やだ私、風で砂が目に入ったのかしら。

 ねえ海さん、あなたって、いろんな汚いものを全部引き受けてるでしょう。川から、船から、海岸から。工場の排水とか、ゴミとか、変な死体とか、あそこでラーメン啜っている子たちが海の中でしたおしっことか。あの子たち絶対おしっこしてるわよ。そんな風にね、汚いものを毎日毎日どしどしと受け入れてるのに、どうしてあなたは、いつも平気なの。平気かどうか知らないけど、平気に見えるのはどうしてなの。

 そよ風が心地いいわ。

 さ、手もくたびれてきたし、そろそろペンを置いて、波打ち際に歩いていこうかしら。怪しまれるかな。こんな泣き腫らした目で女一人波打ち際に向かっていったら、どう考えても怪しまれるかな。でも、海さん、安心して。私ここじゃ死なない。私の穢れた体であなたを汚したりしない。ただ、ちょっとあなたに触ってみたくなったの。あんまりあなたが平然として美しいから、そういうあなたに素足を浸したくなったの。

 ねえ。海さん。

 お願いだから、私を洗って。

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早朝の名古屋駅にて

2018年07月18日 | 断片

 夜行バスはさすがに寝苦しく、寝たのか寝てないのか判然としない頭で、私はぼんやりと駅構内にある喫茶店の一隅に腰かけていた。昨日、博多で知人の結婚式の披露宴と二次会を終え、その足で夜行バスに乗りこみ、十一時間かけて名古屋に着いたところだ。これから特急に乗り換えて松本まで戻り、帰れば早速本日の仕事に取り掛からなければならない。スケジュールがハードというほどでもないが、非日常から無理やり、ひと息つく間もなく日常に連れ戻されるという感はある。

 結婚式というのは、それがどんなものであれ、何かしら教訓的である。式場を後にする出席者各々にじっくりと考えさせるものがある。結婚とは何か。自分の結婚とは何だったのか。などなど。私自身は己の色褪せた日常のことを考えながら、駅のコンコースを行き交う人ごみを、見るともなしに眺めていた。珈琲はとっくに飲み終えていたが、電車までまだ時間があった。

 色褪せた日常、か。たしか誰かの歌にあった言葉だ。言い得て妙だ。と、この歳になってつくづく思う。

 テーブルに両肘を突き、背中を丸める。

 華やかさとは何か。何をすれば人はそれなりに華やかな人生を送れるのか。結婚式然り、華やかな式典の大部分は、虚飾である。しかし虚飾すら纏(まと)えない日々は、干からびた蛙の死骸のように虚しい。

 私はからっぽのマグカップを傾けた。先ほどからもう何度かそんなことを繰り返している。多少心がざわつき始めたのかも知れない。

 心を落ち着かせるため、私は深呼吸をして、窓ガラスの向こうに視線を戻した。

 通勤するサラリーマン。通学する女子高生。お互い手をひき合うようにして歩く二人の老婆。また女子高生。女子高生。サラリーマンの集団。リュックを背負いきょろきょろしながら歩く青年。パンパンに膨らんだ買い物袋を三つくらい手にした女。

 だんだん彼らの顔からピントが外れて行き、誰もがぼんやりとした輪郭になった。輪郭だけになってもなお、彼らは行き来し続けた。たくさん通るときもあれば、空(す)くときもある。一列に並んで行進しているように見えるときもある。

 ふつふつと、愉快な気分が湧いてきた。

 店内を流れる軽めのジャズに、まるで、窓ガラスの向こうを行き交う彼らが歩調を合せているような錯覚が、私を襲った。行ったり、来たり。大勢行ったり。数名来たり。俯いたり、前を向いたり、ほんのいっとき立ち止まったり。床は白いタイル張りである。しかしその白いタイルに人知れず鍵盤が隠されているのだ。その鍵盤の上を彼らが行き交うことで、一つの軽快な音楽を奏でているのだ。

 なんだ、と私は思った。みんな、揃ってそんなことをしてたんだ。私は笑いたくなる衝動をこらえた。そうか。そういうことか。一人一人は自覚していないけど、ここは、そういう場所だったんだ。

 鍵盤の上を、人々が行き交う。それぞれのリズムと音階で。一見ばらばらなようだけど、それらが複雑に交差し合い、調和をもたらし、止むことのない音楽となる。

 それが日常なのだ。

 私は立ち上がった。マグカップを返却口に戻し、トランクを引いて店の外に出た。そろそろ電車の入ってくる時刻である。睡眠不足で朦朧としている自分がわかる。だからこそ変なことも思いつくのだろう。しかし案外意識は明晰だ。いずれにせよ、戻らなければならない。私が戻りたいと思っている場所へ。脚は少々重くとも、歩けないほどじゃない。いつだって、人は自分の意志で歩くのだ。

 さあ、私もあの上を、歩いていこう。 

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習作(部分②)

2018年07月13日 | 断片

 「何でこんなことをした」

 低いだみ声が、取調室の隅々までを揺さぶった。「答えろ。何でこんなことをした」

 俊希は俯いて歯を食いしばり、何一つ答えずにいようと何度目かの決意をした。取り調べは八時間にわたり続いていた。頭は朦朧として一つの事をまともに考えられなくなっていた。ひどく疲れを感じ、じっと座っているだけでも体中が軋んだ。何一つ答えずにいようと決意したばかりなのに、むしろ立て板に水のごとくまくし立ててこいつら無能な捜査官たちををけむに巻いてやろうかという気がむらむらと起きてきた。とにかく、彼は無性に腹が立って仕方なかった。

 「喉が渇きました」

 「何?」

 「喉が渇きました」

 「そうか。喉が渇いたか。喉が渇いたろうな。おい、水を持ってきてやれ」

 紙コップに水がさざ波を立てて運ばれてきた。

 捜査官は、もたらされた水入りの紙コップを自分の側に置かせた。微笑みをわざと強張らせたような表情をして、彼は口を開いた。

 「水を飲みたいだろう。そうだよな。俺も喉が渇いたよ。お互い疲れたよな、何時間もこんなことやってちゃ。なあ、何で今回のようなことをしようとしたか言ってくれれば、休憩にして、お互い喉を潤そうじゃないか」

 「そういう・・・暴力は許されているんですか」

 「暴力? 何が暴力だ」

 「水を飲ませないのも立派な暴力じゃないですか。拷問ですよ。日本の法律じゃ、拷問は禁止されているんじゃないですか」

 机を叩き割りそうな勢いで、捜査官の拳が振り下ろされた。俊希はびくっと身震いした。

 「ふざけるな。お前は九人に切りつけてそのうち三人を殺してるんだよ。三人殺したんだぞ。お前とは何のかかわりもないし、お前に恨まれる筋なんていっこもない人たちばかりだ。みんなお前に刺されたときにゃ、喉の渇きなんてもんじゃあない、とんでもない苦しみにもがき苦しんだろうよ。喉が渇いただと? ふざけるな。自分がタガーナイフで刺されたらどれだけ苦しいか想像してみろ。え? 想像してみろよ。それとも何か。お前はお前に刺された人たちが苦しむなんてことを想像してなかったのか?」

 俊希はひどく青ざめたが、努めて無感動に答えた。「想像してました」

 「じゃあ何でこんなことやったんだ。言え。言ってみろ。人が苦しむさまを見たかったのか」

 「苦しみなんて主観的なものだ」

 「なんだと?」

 捜査官は思わず立ち上がった。俊希自身、自分の発した言葉があまりに冷淡なことに驚いていた。部屋の隅にいた記録係の捜査官も手を止めて彼らを見つめた。狭い取り調べ室に汗の出るような緊張が走った。

 「苦しみなんて主観的なもんでしょう。誰がどれだけ苦しんだか、どうしてあなたにわかるんですか」

 唇が震えるのを自覚しながら、俊希は精一杯嘲るように言ってのけた。

 捜査官が彼の襟首をつかんだ。鋼鉄で出来た様な固い拳だった。

 「俺がお前に教えてやろうか。どれだけの苦しみかってことを」

 ぼくだって、苦しんできたんだ、と、喉元まで言葉が出かかったが、呑み込んだ。自分を主語にして語り始めると、涙が出るかも知れないと、彼は思った。それはまずい。

 「やっぱり暴力だ」

 「何?」

 「暴力だ。これは暴力でしょう。裁判で訴えますよ」

 襟を掴む拳が緩んだ。その手が紙コップを激しく払い、紙コップは壁に当たって変形し、水が壁を滴り落ちた。

 捜査官は椅子の音を立てて背を向け、取調室を出て行った。出て行きざま、低いだみ声で捨て台詞を残した。

 「九人の人生分苦しめ」

 

 

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雑感

2018年07月09日 | 断片

 犬は散歩に連れて行ってもらえるとわかるたびに、これ以上ないほど喜びはしゃぐ。昨日の散歩だって大したものではなかったし、一昨日だってそうだ。そして明日だって、どうせ昨日や今日と同じように散歩に連れて行ってもらえるのだ。何もそんなに喜びはしゃがなくてもいいだろうと人間である私は思ってしまう。

 だがもし人間も、こんな風に毎日の決まりきった行いに喜びを感じられたら。そうなったら、どうだろう。ひょっとして、百年も生きようと思わなくても済むのかも知れない。

 人間には記憶力がある。ちょっとした批判能力もある。それが人間を退屈させているのでなければいいが。

 犬が立ち止まるので振り返ったら、北アルプスが雲の上にそびえていた。

 

 

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習作(部分①)

2018年07月03日 | 断片

 拘置所の窓は小さい。おまけに錆びついた鉄格子が幅を利かせているから、そこから入る光はほとんど用をなさない。ただ、まだわずかでもこの世と繋がっていることに気付かされる。繋がっていてもどうせ戻れない「娑婆」なのだから、むしろそんな思わせぶりな繋がり方など無い方がましである。まったく窓のない独居房であれば、潔く人間を辞めてモグラにでもなろうものだ。

 自分は人を殺したのだから、何にならされても文句は言えない。できれば、市中引き回しの上磔のような最期を遂げたい。ここは、あまりにも考え事をする時間が多い。

 部屋の隅を見遣ると、漆喰がその凹凸に汚れを溜めて、抽象絵画のように見えてくる。もっとじっと見つめていると、やがて人間の顔に見えてくる。どれもこれも怒っている。自分が手を下した人たちの顔かも知れない。実際どんな顔だったか、よく覚えていない。

 自分は手際よく次々と人を殺めたから、逆にこうしてじっくりと時間をかけてなぶり殺されるのだ。こうなることは罪を犯す前から覚悟の上だった。これが社会という名を背負った連中のやり口だからだ。ろくでもない奴らだ。窓が小さすぎて、あんまり息ができない。壁と壁に囲まれていると、胸が押しつぶされそうになる。どうせ死刑なら、市中引き回しの上磔のように、賑やかにやって欲しい。

 自分はすでに、存在を奪われた。命を奪われるには、あともう少し時間がかかるらしい。

 

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子安温泉

2018年06月26日 | essay

 休日、温泉地に行って遊歩道を歩けば、もうミドルエイジどころかシニア世代の仲間入りである。そんな休日の過ごし方をすることが、ここ最近多くなった。危険を感じるが、何しろ平和である。温泉に遊歩道。鬼に金棒よりも両者の粘着力が強い気がする。何しろ、たいがいの温泉地には遊歩道がある。その中にはいい加減に作られたものもある。鴎外の道とか芭蕉の道とか、あたかもいにしえの文人・文豪達が歩いたかのような表題を掲げているが、果たして当人が本当にそこを歩いたかははなはだ心もとない。たとえ一度歩いたことがあるとしても、それくらいで誰それの道とか名づけるのなら、日本中が文豪の道で溢れかえることになろう。

 先日は連れ合いと高山村の温泉に赴いた。図書館で借りた信州温泉巡りの本で調べて行ったのだから、この辺のやり方もまことにシニア的である。危険をより強く感じるが、二人とも見栄より湯船、若さより安らぎ派である。

 初めての土地であり、まるでバス停のようにあちこちに温泉が点在している。どこに入るか迷うところだが、一番とっつきにあった『子安温泉』にまず入った。お湯が淡く茶色に濁っており、体にゆっくりと浸透する。高い天井に湯気が舞い、天窓から差し込む光に煌めく。  

 二人ともほどよく茹で上がると、温泉のはしごを目論み、さらに奥地を目指す。

 山田温泉郷で足湯に浸かり、遊歩道があるというので遊歩道を歩く。順番が逆のような気もするが、行き当たりばったりなので仕方ない。ところでその遊歩道が、枯葉が敷き積もりぬかるみもあるような悪路である。しかも熊よけの鐘がそこここに設置されている。不気味であることこの上ない。誰一人すれ違わない。数百段もの階段もあり、三十分も歩けばへとへとになった。本物のシニアであればこの辺もしっかり下調べして、避けるべき道は避けるだろうから、むしろ無鉄砲さが若さの証拠かと自分たちの愚行を慰めた。 

 山田牧場で牛たちを同類のような顔で眺めた後、七味温泉に入り、帰路に就く。七味温泉の硫黄は強烈であり、翌日まで体から臭ってくるような気がした。

 カメラを忘れたので、写真はない。

 連れ合いはすでに次なる温泉地を物色し始めている。温泉はともかく、遊歩道はしばらく考えてもいい気がする。

 

 

 

                

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