再び車に乗り込み、次の目的地、那智大社へ。
迫り来る夕刻を尻目に、曲がりくねった坂道をひたすら車で登っていくと、お土産物屋が軒を連ねる賑やかな通りに出た。車を駐車し、徒歩で、長い階段を登る。犬は当然リュックの中である。犬も今日ばかりは、海に出たと思ったらリュックに入れられ、山に来たと思ったらリュックに入れられ、わけがわからなくなっているだろう。
息を切らし、階段を登り切ったところに、那智大社が鎮座していた。朱色が荘厳に映える。巨木が、何百年も社を守ってきた護衛兵のように林立する。登ってきた背後を見渡せば、鬱蒼とした熊野の森と、ぽつぽつと点在する民家が日暮れ色に染まるのを俯瞰できる。よくぞここまで来たものだと、実感する。
そこから緩やかな坂道をとぼとぼと下り、那智の滝へ。
高低差は日本一。朱塗りの三重塔と合わせてみるその姿は、期待以上のものだった。
遠景なので音は聞こえない。僅かずつ宵闇の滲む静謐な空気の中、一本の純白の滝が、絶壁から真っ直ぐに降り立つ。太古から、ずっとこうして流れ続けていたのだろう。人間の世界が目まぐるしく変わり、この地に現れる観光客たちも増減を繰り返しながら日々移り変わっていようが、滝はそんなことにはまったく無頓着に、己の仕事を全うし続けているのだ。それは、天と地を繋ぐ任務か。はたまた、変わり続けることは何ひとつ変わらないことだ、という逆説を、愚かな人間たちに教え諭す任務か。
───おい。そこの、ちっぽけな犬を引きつれた、ちっぽけな人間よ。お前は何のためにここに来た。
「御身を見るために」
───それでちょこまかと急いでここまでたどり着いたか。して、わが身を見て、何がわかった。
「わかりません」
───愚か者が。お前の人生など、この水の一塊の上から下へ落ちる長さよりも短いというに。
そんな問答が頭にこだまするに任せ、私は呆然と滝を眺め続けた。手にした紐の先の犬は、すでに見飽きていた。
幾春も 只一筋の 那智の滝
俳句までひねり出た。これで三月の句会に間に合う。
日は没した。車を走らせ、さらに南下。寺の中に宿泊施設があるという、一風変わった宿を目指す。
(つづく)