た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

二人目の来客

2013年05月31日 | essay
 先日、変わり者の友人について書いたが、またそれとは別な友人が東京から遊びに来た。

 先陣ほどではないが、彼もまた一風変わったところがある。

 彼の生まれた鹿児島では、小学校時代、毎年凧揚げ大会があった。手作り凧を揚げて競うわけだが、当時、筒状の凧が流行し、それは大した工夫がなくても非常によく揚がった。しかし彼はそれが気に食わなかった。どうしても、伝統的な従来の平面凧(と言うのかどうか、正式名称は知らない)でそれらの新型立体凧に打ち勝ちたかったのだ。それで工夫に工夫を重ねて作るわけだが、どうしても筒状の凧に及ばない。かといって、微妙な技術を必要としない筒状の凧に乗り換えることは、彼のプライドが許さなかった。そういう妙なプライドに固執するところが実に彼らしい。それでも勝てない。結果、非常に悔しい思いをしながら小学校生活を過ごすわけだが、話はこれで終わらなかった。

 ある日、田んぼのあぜ道で試作の凧を飛ばしていたら、がさごそと草むらをかきわけ、見知らぬおじさんが現れた。これが何と凧作りの神様のような人物であった。少年である友人に、竹ひごの長さやバランスのとり方など、凧作りの秘伝を丹念に教えて、去っていったのだと言う。

 友人の凧は目に見えて改善され、高く、力強く飛ぶようになった。ただし、彼がその年の凧あげ大会で優勝したかどうかは、聞きそびれた。話してくれたのかも知れないが、何しろこの話自体が数年も前に聞かされたことで、失念した。まあ、勝ったかどうかは、どうでもいい部分のような気がする。

 久しぶりに再会した友人は、少し肉付きがよくなっていた。我が家の粗末な庭を見ながら、何本も煙草を吸い、一緒に蕎麦を食べ、帰っていった。

 五月はいろいろと人の出入りがあり、慌ただしかった。それもひと段落ついた。昔話を語る相手がいなくなったと思ったら、テレビが、梅雨入りを告げていた。
 
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喫茶店

2013年05月24日 | うた
 ずいぶん生きにくい世の中になったが

 ビルの谷間を金と電波と苛立ちが飛び交い

 食べたいものを食べ着たい服を着て

 観たい番組すらいつでも観ることができて
 
 それでいてこれっぽっちの満足も残さない
 
 そんな

 ずいぶん生きにくい世の中になったが

 人にはまだ、ない、という贅沢が残されている

 必要以上の明るさがない

 必要以上の潔ペキがない

 必要以上のベンリがない

 必要以上の情報がない

 必要以上のソウチがない

 必要以上の誘惑がない

 人はまだ、ない、という選択を残されている

 そんなことを想わせる

 喫茶店に今日立ち寄った。

 コーヒー一杯の値段で

 そんな大事なことを

 静かに教えてくれる人がいる。

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変人

2013年05月14日 | essay
 東京から友人来る。

 なかなかの変わり者で、人気のある観光スポットには行きたがらない。以前冬場に来た時は、川べりで温泉を掘ろうと言って、長靴とスコップを車に積んで秋山郷まで行かされた。そのときは大雪でとても温泉を掘るどころではなかったが、たまたま映画のロケで温泉が掘ってあり、周りの雪景色に一切手を触れない、という条件で特別にその温泉に入れさせてもらった。なかなかツキのある男でもある。

 今回は山梨の夜叉神峠に登山に行こうと言いだした。地図を見ていて、いかにも誰も行きそうにない場所であり、「壮大なパノラマが広がる」という説明書きがいかにも胡散臭いからぜひ行こうと言うのだ。しぶしぶ承知したが、ひどい山道で大変難儀した。おまけに登山口に着いて知ったのだが、入山届を出すほどの本格的な登山道である。時間の都合もあり、結局「壮大なパノラマ」は拝まずに引き返した。しかし帰途に立ち寄った桃の木温泉の露天風呂は泉質、借景ともによく、日常の疲れを吹き飛ばしてくれるほどに快適であった。これだから彼の突拍子もない我が儘につき合うのを止められないのである。

 彼の滞在中、我が家の柴犬が首輪を丸ごと食べてしまう、という事件が起きた。前日の夜に一旦外した首輪をきちんと装着しなかったことが原因らしく、翌朝見てみると、金具の部分だけ残して跡形もなく平らげてあった。牛革の首輪とは言え、恐るべき貪欲さである。問題は、首輪には金属のビスの部分もあったはずで、それが犬の体内でどうなっているか、ということだ。
 
 一同が唖然とする中で、友人が「そう言えばこんなことがあった」と思い出話を語り始めた。小学生の頃、休み時間の教室で、彼は田中君(仮名)と十円玉を指で弾くサッカーゲームのようなものをしていた。ゴールが無いので、お互いの口をゴールにしようと決めた。その時点で相当おかしな小学生である。友人が弾いた十円玉は、田中君の口に見事に入り、田中君はそれを誤って呑み込んだ。学校中の大問題になり、友人は両親にこっぴどく叱られた。二日経って、田中君の排泄物中に十円玉が発見された。

 「さすがにその十円玉は回収しなかったらしいよ」と友人はつけ加え、「だから、※※(犬の名前)が食べた金属のビスも、二日くらい経ったら出てくるんじゃないかな」と結論付けた。

 首輪を食べるなんて相当変な犬だと思ったが、友人の話を聞いて、友人の方がずっと変だと認識した次第である。

 友人は高速バスで東京に帰っていった。見送ったバス停留所を、夏の風が吹き抜けた。
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五月

2013年05月02日 | 断片
向かいの家のベランダに干されたシーツが翻る。 南風の輪郭が見える。 夏である。
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