私の母校(看学)の寮には「うそコン」という新入生歓迎行事が存在しました。
その寮では新入生同士(大半は初対面)2~3人一部屋で半期を過ごすのですが
同じ階の2年生が少数を除いて怖いのなんの。
入寮した夜、さっそく先輩方からお呼び出しが新入生全員にかかりました。
入学式で配られたナイチンゲール誓詞を持って廊下に並んだ私達に、
「規則だから言うけど、ナイチンゲール誓詞を全員暗記して覚えてくること。」
戴帽式の宣誓なのですが、日常から唱えられるくらいにしておけ、とのお達しでした。
で、私達新入生は、初めて寝食を共にするルームメイトと夜中まで
「我はここに集いたる人々の前に…」と読経のように唱え、その長い誓いの言葉を
頭に叩き込んだのでした。
その翌日、先輩の前で成果を披露することに。優しい先輩から「出来そう?」と聞かれ、
まだ気持ちに余裕があった私達は、「ハイ」と答えてしまいました。これが第一のワナ。
いざ先輩方の前に並ぶと、ちょっと目つきの怖い先輩の
これ以上ないくらいの睨みにすっかりビビってしまい、覚えた言葉が出てきません。
すると、その中でも特に斜に構えていた怖い先輩がこう言いました。
「出来るって言ったよね?何これ?言えてないじゃん。がっかりさせないでよ」
ひぇぇ…
もはや返す言葉もなく凍りつく私達。半べそかきながら部屋に戻って練習していると、
優しい先輩が私達のところにやってきました。
「さっきはごめんね。大丈夫だよ。私に出来ることがあったら何でも言ってね。」
打ちのめされている身にはこの上ない温かい言葉でした。しかし、これも第二のワナ。
そんなこと以外にも、しきたりとして覚えるように教わったのは、
朝昼夕の挨拶と、浴室の出入りの挨拶でした。
優しい先輩曰く、
「朝はおはようございます、昼間はごきげんようって挨拶するの」
「浴室では、入る時に『○○です。入ります』、それから出る時は
『いいお湯いただきました』って言ってね」
そんな優しい先輩の言うことを疑う者などいるはずもなく、同級生はもちろん、
先輩とすれ違うときは必ず上記のように元気よく挨拶していたのでした。
夜な夜な先輩達の前でビビりつつ、気がつけば同じ階の新入生皆の結束が
ものすごく深まっていました。
初対面の人とこんな短時間で親しくなったことはなかったかも。
入学後5日経ったその夜、事件が起こりました。
「優しい先輩」たちが門限を過ぎて帰寮してしまったのです。
この門限、破った者に課せられるペナルティはすごい、と聞かされていたので
先輩たちがどうなってしまうのかがとても気掛かりでした。
そして臨んだ臨時寮総会。
2年生全員がその部屋で私達を待っていました。皆神妙な顔で私達と対面して座り、
遅れてしまった先輩たちが最前列でうなだれて正座しています。
非常に重たい空気の中、優しい先輩が口を開きました。
「私達が門限に遅れたのも…」
そうか、皆の前で謝罪しなきゃいけないのね、と思っていたら
また違う先輩が「お昼の挨拶も」「いいお湯いただきました、と言うのも」…?
そして極妻の如く怖い先輩がこれまた低い声で「私達が怖いのも」
その言葉に続いて先輩全員顔を上げ、こう言いました。
「全部、ウソで~す!」・・・ぇええええっっ?!
「私たちホントは、優しいんだよ」とニッコリし、ガッツポーズの先輩たち。
そうです、代々続いている2年生主体の大ドッキリだったのです。
安堵と脱力で、新入生一同泣き崩れてしまいました
そのカミングアウトの後は、実に和やかなお茶会(ちゃんとおもてなしの用意を
先輩たちはしてくれていたのです)となったのでした。
それにしても、先輩たちの演技力には参ったな。