この白い花は?
4月は花の季節。桜は日本人の心の奥深く根ざしたように、誰もがその開花を待ち望む。桜を楽しむのは日本がベストだが、ワシントンの桜、イギリスの誇る植物園キューガーデンの桜並木Cherry Walkなど、外国でも多くの人の目を楽しませている。
しかし、桜に限らず、花の種類、数はいったいどのくらいあるのか、分からない。さらに花をつけない植物の数がどのくらいあるのかも分からない。あらかた発見し尽くされたと思っていたが、今日でも毎年2000近い新種が発見されているという。毎年植えるようになったチューリップでさえ、種類がどれだけあるか分からない。前年の秋に球根を植えて、翌年春に開花するのが楽しみだ。今年は例年より開花が早いような気がする(上掲の画像もチューリップ)。
植物、とりわけ花の咲く植物を愛でる人たちも世界中数知れない。その方法も様々だ。開花の時期にその場所へ出かけて花を実際に自分の目で見るというのは、最も手軽な方法だ。
しかし、そればかりではない。このブログに登場させたこともあるカナダ、オンタリオに住む友人のように、人生の途上で、ツツジ(躑躅、とても覚えられない漢字! Rhododendron)の栽培に傾倒し、その分野の専門家になった人もいる。脊椎を損傷し不自由な身体で、イギリスのキュー・ガーデン:王立植物園 Kew Gardens: The Royal Botanical Gardens にまで出かけていった。この世界的な植物園はその構想の壮大さ、素晴らしさに圧倒されるものがある。IT上でもCherry Walk を初めとして現在の同園の素晴らしさの一端を知ることができるので、ぜひ訪れてみてほしい。
管理人もかつてイギリスでしばらく住んだ折訪れて、その企画・構想の壮大さ、素晴らしさに圧倒された思いがある。さらに、日常の場面では隣家の夫妻から四季の植物の育て方について、かなり多くのことを教えてもらった。それまで、ほとんど関心がなかった植物の生育、栽培の方法に多少目覚めるきっかけになった。
イギリス人の植物好きには、日常の色々な場面で驚いたことがある。ケンブリッジにあるフィッウイリアム博物館(Fitzwilliam Museum, ケンブリッジ大学の一部)を訪れた時、多くの人たちが熱心に見入っているコーナーがあった。近づいてみると、ボタニカル・アートと呼ばれるジャンルの作品展示だった。
世の中に存在するありとあらゆる植物を、できうるかぎり精細に描いた作品群である。色彩がつけられたものも、ペン書きのものもある。色彩鮮やかに、ストーリー性もある油彩画の世界を見慣れていると、植物学者だけの世界という感じもするが、多くの人たちが実に熱心に覗き込むように見ていたのには驚いた。
今年、アメリカの友人から一冊の本が送られてきた。
Flora Illustrata: Great Works from the LuEsther T. Mertz Library of The New York Botanical Garden, edited by Susan M. fraser and Vanessa Bezemer Sellersm, Yale University Press, 2014.
上掲図は同書表紙 Flora Illustrata クリック拡大
同書に掲載されている植物・果実を描いた作品
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見てみると、ニューヨークの植物園付属図書館が所蔵する植物画を対象とした2015年のアメリカ園芸協会賞の受賞作品である。12世紀から今日にいたる時代に描かれた100万点を越える植物に関係する所蔵作品から選び抜かれた植物画と同植物園の今日にいたる歴史を語る大変な労作であった。ブロンクスにあるこの植物園は、はるか昔に訪れたことがあるが、その素晴らしさだけに感動して、この本に書かれているような圧倒的な事実の重みは気づくことがなかった。
このニューヨーク市の植物園は、アメリカのキューガーデンを目指すという意気込みで設計されたようだ。新大陸発見以来の原生林が残されているのも、そのひとつだ。アメリカ産業史に残るアンドリュー・カーネギーと J.P.モルガンも登場してくる。これらの植物園のたどった歴史をみると、それぞれに日本では考えられない気宇壮大な構想が背景にあって驚かされる。その歴史も実に興味深く、のめり込んだら植物学者として別の人生が必要なくらい面白い。
単に植物の見方、植物園の目的、あるいは経営面まで実にさまざまな問題領域がある。ひとつのエピソードを紹介しておこう。キュー・ガーデンズの入場料は、国家助成があってので、かつては名目的なものだったが、マーガレット・サッチャー首相が助成を撤廃したので、一挙に200倍になり、大人一人あたり15ポンド(約2500円)となった。それでも、植物園側のさまざまな催し事などで、入場者数は増加を続けてきた。他方、ドイツが誇る100を越える大植物園のひとつであるミュンヘンの植物園は公的助成によって、大人一人あたり4ユーロ(約500円)に維持されている。以前にベルリン大学の植物園の経営が困難になった話を聞いたことがあるが、広大な植物園の維持管理には怖ろしく費用がかかる。たとえば、温室の維持だけでも大変なのだ。
植物園の歴史をたどると、古くはアレキサンダー大王がペルシャやインドから珍奇な植物を移送し、その維持・栽培のために設置されたものが最初ともいわれる。1540年代には、イタリア・トスカナのメディチ家コシモ大公庇護の下で、ピサで開園され、人気を呼んだようだ。このように、大植物園の維持には国家を含めて,パトロンの存在がきわめて重要になっている。植物園をめぐる単に植物の栽培、維持にとどまらず、薬品材料、医学研究などを含め、新たな産業の創生基盤として国家的注目を集めるようになっている。
さて、ブロンクスの植物園は1926年まで電灯が設置されていなかったので、入場は昼間だけ、必要に応じてガス灯がつけられたとのこと。こうした状況の中で、トーマス・エディソンは同園の植物学者と一緒に白熱電球のフィラメントに使える植物の繊維を探していたらしい。その結果がどこにたどりついたかは、ご存知ですね。
追記(20150421):
植物園の歴史は、古くはアリストテレスの弟子の時代まで遡るようだが、ボタニカル・アートについては、18世紀の航海時代にかなり発展したようだ。3月まで東京渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されていた「キャプテン・クック探検航海と『バンクス花譜集』 展も、キャプテン・クックの南太平洋航海に同行したジョゼフ・バンクスらが持ち帰った植物と写生をもとにした銅版画約740点が『バンクス花譜集』(ジョセフ・バンクス、ダニエル・ソランダー編)としてまとめられたものを展示したものだった。当時のイギリス人には、こうしたヨーロッパにない珍奇な植物は驚きの的になったようだ。現代のイギリス人のボタニカル・アートへの強い関心もこうした歴史的背景につながるのだろう。
追記(20150422):
桜開花前線も北海道に到達。今日は札幌の開花宣言があった。例年より11日も早いとのこと。桜にちなむトピックではイギリスのエリザベス女王の公園の八重桜が美しく咲き、イギリス人の間で訪れる人が多いと報じられた。この桜、今から22年前にイギリスの造園家ジョン・ボンド氏の依頼で、北海道七海町の造園家浅利政俊氏が56品種の中から選んで送った八重桜が接ぎ木されて開花しているらしい。ボンド氏は故人となったが、その選定を感謝してウインザー王立造園協会の造園家が来日し、松前で浅利氏に会い、謝意を述べる機会が生まれた。こうした国際交流は素晴らしい(BSNews)。
★連載している「カードゲームいかさま師の世界」は、これも限りなく長くなってしまいそうで、時々「ティールーム」でお休みとします。