
「フローラ」の偉大な力
レンブラントの「フローラ」(花と春の女神)で思い出したわけでもないが、このところ毎年の行事になっている小さな作業をする。猫の額ほどの庭に、チューリップの球根を植えるだけのことである。もとはといえば、かつてイギリスで家を借りて住んだ時に、隣家の退役軍人夫妻からガーデニング技術?のひとつとして教えてもらったことから始まった。ガーデニング好きな夫妻の植物についての知識は深く、季節の折々に色々と教えてもらった。ケンブリッジ郊外の小さな村落であったが、家ごとにそれぞれの季節にふさわしい花が咲くよう、工夫を凝らしていた。
教えられて、郊外の巨大スーパー・マーケットTESCOが経営する園芸用のDIY店へ出向いた。日本の狭い敷地に詰め込んだスーパーを見慣れていたので、TESCOの体育館のような巨大さには驚かされた。園芸用品も耕運機、散水機から花壇用の煉瓦、置物、草花の苗、種、球根など、ガーデニングに必要なほとんどすべてのものを扱っていた。 チューリップは、栽培が楽だからお勧めとの隣人のアドヴァイスで、1箱に50個くらい球根が入ったものを2箱購入した。球根も驚くほどの種類があり、ラベルを見ながら好みの色や花の形状を選ぶ。さすがにオランダ産のものが圧倒的に多い。品種改良が進み、花の色や形状も数多く選択に困るほどだった。チューリップ・バブルのことを思い出す。この花は全般に赤とか黄色などの鮮やかな色が人気があるようだ。
イギリスの土地は地味があまり良くなく、土も固く掘るのに苦労した。20センチくらいの深さの溝に掘り下げ、適当な間隔で球根を埋め込んで行く。後は水をまいておくだけのことだった。それでも自然の摂理は素晴らしく4月になると一斉に芽を出し、急速に成長して美しく花開いた。
チューリップといえば、やはりオランダである。ある年、オランダに招いてくれた友人のJSさんが、休日にクーケンホフKeukenhof公園へドライブに誘ってくれた。ロッテルダムからの風車や運河を眺めながらの快適なドライブだった。この公園は世界一美しい公園とPRしているが、確かに3月末から5月にかけてのチューリップの開花期は素晴らしい。日本のお花見のオランダ版となる。
この自然の摂理は、遠く離れた日本でも変わることなく働いていることを知った。イギリスやオランダのような品種選択の余地は少なかったが、前年の秋に埋め込んだ球根は、春になると不思議に思えるほど同じ時期に芽を出し開花して、目を楽しませてくれた。チューリップは開花するとあまり寿命は長くはないが、鮮やかな色でシンボリックに春の到来を告げる。日本の桜はもちろん美しいが、それとは別にこうした草花が芽を出し、春を告げる自然の仕組みの絶妙さに魅せられて、毎年楽しみな仕事となった。小さな球根が、冬の厳しさにじっと耐えて待ちかねていたように開花する生命力の強さに驚かされる。フローラの力はやはり素晴らしい。