時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

漂流するアメリカ移民政策改革

2007年05月29日 | 移民政策を追って

    不法移民の増大を初めとして、アメリカの移民政策は問題山積である。1200万人に達した不法滞在者をはじめとして、もはやまったなしの事態に追い込まれている。中間選挙敗退後も、失点回復の契機を見出せないブッシュ大統領は、移民法改革に大きな期待を寄せてきた。ブッシュ案はむしろ民主党の考えに近いとされ、与野党協力でなんとか実現しようとしてきたが、予期に反して難航している。

  前回紹介したように、左派のテッド・ケネディ民主党上院議員と右派のジョン・キル共和党上院議員を中心に振幅を大きくとり、なんとか超党派で成立させようとのたたき台が出来上がった。 5月17日に公表された議員立法案は、昨年末に提出された案と比較して、入国に必要な書類を保持せずに越境する者と彼らを雇用する者に対して、厳しい対応になっている。すでにブッシュ大統領は法案が議会を通過すれば、直ちに署名するとの意思表示をしているが、問題は下院を通過できるかにかかっている。

  日本では包括的な視点に立った外国人労働者(移民)受け入れ政策の議論はなく、今になっても断片的な議論しか行われていない領域だが、今後のためにも少しアメリカの政策論議の中身に立ち入ってみよう。

  ケネディ=キル法案は、ほころびが目立つ現行移民システムを繕おうと、かなり苦労の跡がうかがわれる。最初のステップとして、すでにブッシュ大統領が着手したように、国境の管理体制を強化する。国境を自動車で直接突破できないように、問題地域に障壁を200マイル(320キロ)にわたり設置する。さらに370マイルの障壁と18,000人のボーダーパトロールを新たに投入する。

  そして、従業員が合法に入国し、就労資格を持っているか容易に判定できる電子確認装置を使用者に導入させる。不法入国者であることを知っていて雇用した使用者に対する罰則を強化する。こうした政策は、右派からの支持を確保し、移民システムへの信頼を回復するためには必要と考えられる。

  すでにアメリカ国内に不法滞在している1200万人(あるいは2007年1月1日以前に入国している者)については、法案は苦心の策ともいえる合法的市民への道を準備している。彼らは指紋登録、犯罪歴のチェックを受け、1000ドルの罰金を支払う。その上でアメリカに滞在することを認められ、アメリカで新しいカテゴリーとなる“Z”ビザで働くことを認められる。「グリーンカード」(永住資格)の申請資格も与えられるが、戸主は一度自国へ帰国し、申請しなおさねばならない。再入国は審査の上認められるが、さらに4000ドルを支払う。この部分については、不法移民に「アムネスティ」(恩赦)を与えるものだという右派からの反対に対応するため、従来の案よりもかなり考えられた内容になっている。

  彼ら不法滞在者の多くは、アメリカ人が働きたがらない農場、建築などの分野で働いている。1200万人という数は、いまやオハイオ州の規模であり、右派が主張してきた全員の本国送還はほとんど非現実的になっている。ケネディ=キル法案については、アムネスティだという批判もあるが、罰金が課される上に他の条件も付加されており、アムネスティではない。

  すでにアメリカに合法居住している者の家族など、「家族との結合」のために入国申請をしている者の待ち時間も短縮する。2005年5月以前に申請し、許可を待っている者の数はすでに400万人に達している。しかし、この促進措置をとっても、さらに8年間を要するといわれる。移民政策は放置しておくと、後々大きな負担となることを示す例である。今後受け入れの基準は、従来の「家族のつながり」の程度よりも「熟練の重視」へ重点移行する。今後、「家族の再結合」ヴィザの発行対象は、主として18歳以下の配偶者と子供になる。こうしたメリット・システム移行の陰の犠牲者となるのは、おそらく貧乏で熟練度の低い若いメキシコ人などだろう。

  他方、IT技術者など高い熟練を持った外国人を受け入れる一時枠は、今年は85,000人に限られている。当初のケネディ=キル案では、産業界の要請に応じるため、ポイント・システムを使って年間38万人について永住を認める提案を含んでいた。ポイント付与の基礎は、仕事に関連する熟練、教育、英語能力に置かれる。

  さらに、法案は当初年40万人分のテンポラリー(一時的)労働者の枠を設けていた。これは1回2年間に限って、最大3回まで更新が認められるが、2年就労するごとに完全1年間の中断が要求される。彼らは主として農業、建築、レストランなどの分野で働く、教育程度は義務教育終了程度の労働者である。しかし、このいわゆるゲストワーカーの枠は、20万人に半減された(5月23日、上院通過)。実際にはアメリカへ入国し、就労を望む者はこれよりもはるかに多いため、この措置では解決できず、不法越境者は増加し続けるだろう。しかし、国境管理も強化され、その道は今よりも厳しく危険になる。

  ケネディ=キル法案の内容が明らかになると、批判、反対も多くなった。不法移民の大量送還をまじめに提案する者は少ないとはいえ、不法入国者を雇用することが違法であるとの措置を強化するならば、不法滞在者は論理的にも全部帰国させるべきだと主張する議員もいる。

  労働組合は概して懐疑的だ。ゲスト・ワーカープログラムは賃金を引き下げ、労働条件を悪化させる労働者のプールを使用者に与えるものだと主張する。

  ポイント・システムについても批判がある。現実を知らない官僚よりも使用者のほうが適切な判断ができるという見解だ。市場の需給に任せたほうが、どの職種、分野が不足しているかを見極めるに現実的だとの見方も強い。法案を通過させて、ブッシュ大統領に内政上のポイントを与えたくないとの下院民主党グループもある。

  こうした騒ぎにもかかわらず、世論は法案の基調には賛成している。少なくも60%のアメリカ人は、まじめに働いている不法滞在者には市民権への道を開くべきだと考えている。下院の最終投票まで数週間はかかるだろう。そして、その後上院が判断することになる。立案者が思うようには動かない移民法改革だが、もうまったなしの所まで来てしまった。

 

References

CBS News

“Better than nothing.”

“Immigration: Of fences and visas.” The Economist May 26th 2007.

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