Geoffrey Parker, Global Crisis: War, Climate Change and Catastrophe in the Seventeenth Century, 2013, pp.871
本文だけでも708ページの大著
年を追うごとに深刻さが際立つ地球温暖化の進行、絶えざる戦争勃発の危機、そして・・・・。2001年9月11日の同時多発テロ事件に始まった21世紀は、それまでの世紀とはかなり異なったものになりそうな予感がしていた。異常気象、大規模な森林火災、戦争の危機など、さまざまなリスクに溢れた時代が到来している。そのことは、ブログにも記したことがある。
そして、このたびの中国湖北省武漢市に突発した新型コロナウイルスによる肺炎とその拡大は、世界に大きな不安感を生み出している。「新型肺炎、景気減速も・・・」という一見すると因果関係を想定し難いような依存関係が今日の世界には形成されている。
ヒトの移動を制限する
アメリカは1月31日、公衆衛生上の緊急事態を宣言した。過去14日以内に中国に滞在した外国人の入国を2月2日から拒否する措置に出た。そして豪州、日本など現段階で64の国が中国との間で何らかの入国制限を導入した。かつてないヒトの移動のグローバルな規模での制限が始まった。最大の動機は感染症の拡大を防ぐということにありながらも、自国内に制御し難い感染源が持ち込まれることを防ぐという自国中心的、利己的な動機が強く働いている。さらに中国国内でのさまざまな生産拠点の閉鎖、移転などが始まり、モノの移動にも制限が波及し、経済活動の領域にも深刻な影響を及ぼしつつある。その範囲は世界経済に及び、影響も大きくなりつつある。中国に近接し、オリンピック開催国としての日本はとりわけ大きな不安を抱え込むことになった。開催までに新型肺炎を抑え込むことができるだろうか。
グローバル・クライシスの到来
このブログで再三取り上げているラ・トゥールの世界、17世紀ヨーロッパの実態が頭をよぎる。歴史上初めて「危機の時代」と呼ばれた。 日本ではあまり知られていないが、イギリスの歴史家ジェフリー・パーカーの大著『グローバル・クライシス』*1についても記した。
*1 Geoffrey Parker, Global Crisis: War, Climate Change and Catastrophe in the Seventeenth Century, Yale University Press, 2013
パーカーの議論の出発点は、17世紀の「全般的危機」general crisisisをめぐる論争から始まる。その先駆として、歴史家ヒュー・トレヴァー・ローパー( Hugh Trevor-Roper) は、17世紀中頃のヨーロッパ諸国が抱えていた国内の不安・危機的状態を最初に体系的に提示した*2。
*2 Hugh Trevor-Roper, The Crisis of the 17th Century, Religion, the Reformation, and Social Change
パーカーは「ヨーロッパの危機」から出発しながら、展望の範囲を「グローバル危機」の次元まで拡大し、先行研究に不足していた論理と実証面を著しく充実した。「グローバル危機」の中心は気候変動の強調だった。多くの資料を駆使し、パーカーは17世紀の地球は概して長い低温の時代であり、長い極寒の冬と冷夏の時期を経験したことを主張した。最新の気象学者の研究では、この時期、17世紀の危機の根源は当時の気候変動による寒冷化、いわゆる「小氷期」を原因として指摘する。 17世紀の世界において、経済活動を主として支えた産業は農業だった。当時の農業は気象条件に大きく左右されていた。
こうした気象条件は、グローバルな次元での農業の不作、飢饉を生み、それがもたらす極度の貧困は人口減少につながった。そして、17世紀は政治的にも激変の時代だった。気象など重大な変化に対応する政策をほとんど何も提示できなかった。
パーカーの所論を離れても、17世紀は危機的諸相が至るところに見られた。気象変化に始まり、飢饉、貧困、疫病の蔓延などが固定化し、対応、解決の見通し、手段を持たない人間の間には、過大な租税賦課、英蘭戦争、30年戦争に代表される不毛な対立、宗教界の混迷、魔女、妖術などの蔓延を招き、多くの犠牲も生まれた。
今日の新型肺炎問題の原型ともいうべき事態は、14世紀に続く17世紀におけるヨーロッパ、そして中国におけるペストなどの疫病 Plagueの流行だろう。とりわけペストは黒死病とも言われ、発症の根源が解明されていなかったため、人々の恐怖の的であった。ヨーロッパにとどまらず、明末清初期の中国華北では、合計1000万人がペストで死亡し、人口動態の面でも大変化があったことが判明している。パーカーによると、1628-31年の間のペストの流行で、フランスだけでもおよそ100万人の人命が失われたと推定されている(Parker, p.7)。
地球温暖化にしても、大国のエゴが障害となって有効な政策を発動できない状況を見ると、人類は17世紀の苦難を新たな形で再体験することになるのだろうか。17世紀、ジョルジュ・ド・ラ・トゥールが生きた時代が、今とは断絶した遠い過去であるとは思えない変化を、我々は目のあたりにしている。