
Barry Eichengreen, Hall of Mirrors~The Great Depression, the Great Recession, and the Uses - and Misuses - of History, Oxford University Press, New York, NY, 2015.
トランプ大統領就任以来、まもなく3ヶ月が経過する。就任以前から今日まで、ガザ、ウクライナの戦争の停止、不法移民問題を含めて懸案の課題に対し、関係国首脳との矢継ぎ早の会談、大統領令など、次々に着手はされたが、解決あるいは決着した事案はない。いつ満足しうる状態に辿り着くのか、ほとんど定かではない。このままでは、「大山鳴動して鼠一匹」のような結末にも陥りかねない。
関税引き上げをめぐる騒ぎにしても、鉄鋼、アルミ、自動車など重要な品目に大幅な課税を行うと発表したが、関係諸国から引き下げ要請、対抗しての報復課税などが続出して、世界経済に無用な分断と混乱をもたらすだけではないかとの批判も生まれている。こうした動きを見ていると、かつて同じような対応が、世界経済に多大な打撃を与えたことをを図らずも思い出した。あたかも、トラウマのように思い浮かぶことがある。
世界恐慌の傷跡
1929年10月24日(暗黒の木曜日)にニューヨーク株式市場で株価が暴落したことを契機に、
工業生産や物価が急落し、失業者が増大した。企業や金融機関の倒産などが相次ぎ、アメリカ、そして世界各国へと拡大した。世界の多くの国々で、恐慌への不安が募っていた。ひとつの出来事が過去を映し出す鏡のように浮かんでくる。
工業生産や物価が急落し、失業者が増大した。企業や金融機関の倒産などが相次ぎ、アメリカ、そして世界各国へと拡大した。世界の多くの国々で、恐慌への不安が募っていた。ひとつの出来事が過去を映し出す鏡のように浮かんでくる。
スムート=ホーリー法の衝撃
1930年、フーヴァー大統領政権下で出された世界恐慌対策で、高関税を課することによって国内産業を保護しようとした。各国のアメリカ向け輸出が減少し、結果的に世界恐慌を更に悪化させるものとなった。法案提出者のスムート Smoot 上院議員とホーリー Hawley (ホーレーとも表記)下院議員の両名の姓からスムート=ホーリー法として知られている。1930年、世界恐慌下のアメリカ合衆国で議会を通過、フーヴァー大統領(1929年 - 1933年)が署名して制定された、高関税政策立法のことである。
法律の狙いと思わざる結果
この法律は、元来アメリカ国内の農産物価格を引き上げ、農民を守るために構想されたが、対象は農産物以外の工業製品にも当てはめられ、国内産業全般を保護して高賃金を維持することによって恐慌の克服をめざそうとしたものであった。しかし、アメリカが保護貿易に転じたことで、各国も一斉に高関税の方向へ変わったことによって、世界貿易は停滞し、逆効果に終わった。スムート=ホーリー法は、自由貿易を原則とした世界貿易に停滞を生み、そして恐慌を深刻化させた。
現段階で推測するかぎり、トランプ政権の保護貿易策は、1930 年代に比べて関税の引き 上げ規模は小さい。もっとも、経済に占める貿易規模の拡大と市場開放度の高まりを背 景に、現代は自国景気が海外景気の動向に左右されやすい経済構造になっている。今後、トランプ政策への各国の反抗や報復措置で、貿易戦争の次元へとエスカレートすれば、投資や消費の下振れ幅がさらに大きくなる恐れがある。
民主主義国家の分断・分裂
1930年代のアメリカの政策がもたらした最悪の事態は、当時の民主主義諸国を互いにライバルの貿易ブロックに分割したことだ。1920年代、国際連盟はなんとか「関税休戦」を交渉した。しかし、スムート・ホーリー関税はアメリカが持ち込んだ経済的罰に激怒した同盟国を反抗させたが、代わって同盟国によって対抗策が課されたという裏切り感にアメリカは脅かされた。
ひとつの例が1931年、イギリスのチェンバレン首相は「帝国の優遇措置」を制定し、大英帝国の周りに関税の壁を築いたことである。イギリス、オーストラリア、カナダ、インド、ニュージランド、南アフリカ連邦が署名した。
トランプ政権の現在の政策が保護主義への転換をもたらすとして、問題視する論調も多い。トランプ大統領には、相手国との「取引」を背景に「アメリカ・ファースト」の公約イメージを実現するということ以上に、永続する世界平和の理念を創り出そうという考えはないようだ。地球レヴェルの平和実現という理想は、「トランプ・ゲーム」の卓上には生まれないのだ。
トランプ政権の保護貿易策は、1930 年代に比べて関税の引き 上げ規模は小さい。もっとも、経済に占める貿易規模の拡大と市場開放度の高まりを背景に、現代は自国景気が海外景気の動向に左右されやすい経済構造になってはいる。今後、貿易戦争へとエスカレートすれば、投資や消費の下振れ幅がさらに大きくなる恐れもある。
スムート=ホーリー法は、前年1929年に勃発した大恐慌の最中、フーバー大統領が国内産業保護を目的として打ち出した大幅関税引き上げ措置だったが、英独仏などの貿易相手国が報復措置として関税引き上げに踏み切ったため、結果的に世界貿易を減少させただけでなく、第二次世界大戦の遠因にもなったとされる。
しかし、トランプ大統領はじめ政権を担う関連省庁のトップたちが、果たしてこうした「歴史の教訓」を学んでいるかどうかについては疑問符がつく。
錯綜する現実
トランプ大統領の政策の意図を読んで、すでに現実にはさまざまな動きがある。日本製鉄によるU.S.スチールの買収計画、鉄鋼、アルミ、自動車などへの関税引き上げなどが議論の俎上に載ってきた。とりわけ、4月3日発動といわれる追加関税の国内車産業への打撃は大きい。
韓国の現代自動車(ヒョンデ)グループの鄭会長は3月24日、アメリカのホワイトハウスでトランプ大統領と並んで記者会見し、ヒョンデが今後4年間で210億ドル(日本円でおよそ3兆1500億円)を投資すると発表した。計画には南部ルイジアナ州に製鉄所を建設することが含まれていて、EV=電気自動車に使う鋼材を生産する見通しのようだ。投資にはアメリカで鋼材から完成車までを一貫して生産し、「トランプ関税」を回避する狙いがあるものとみられる。アメリカ市場を失いたくないとの「防衛的投資」といえるかもしれない。トランプ大統領は、「彼らには関税はかからない」と発言している。
トランプ大統領の時代が、アメリカだけの復活、繁栄、国威の発揚を目指すかぎり、地球上に永続的な平和の時代は実現しそうにない。世界が取り返しのつかない分断、分裂、破滅の時を迎えないよう主要な国々のリーダーシップに求められる責任は一段と重くなった。