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時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

帰国した日系ブラジル人の苦悩

2009年11月05日 | 移民の情景

 労働市場の停滞が日本人の労働者ばかりでなく、外国人労働者にも厳しい対応を迫っていることは、このブログでも伝えてきた。最近では、NHKBS1(10月30日)が、日系ブラジル人労働者とその家族が直面する苦難を報じていた。不況が進行すると、最初に採用中止、解雇などの対象になるのは外国人労働者であることは、これまでの内外の数多くの経験が示してきた通りである。これは日本に限ったことではない。不況が長引くと、出稼ぎ先での仕事の機会がなくなり、帰国する外国人労働者も増える。今回、取り上げられたのは、ブラジルへ帰国した日系人の苦悩だ。

 日本に出稼ぎにきたブラジル日系人のほとんどは、自動車、電機などの下請け部品企業で働いていた人たちが多い。日本人が就業しなくなった製造業の単純作業と言われる領域だ。不況の浸透とともに最初に職を失った。求職活動を続けたが、次の職がなく、結局帰国を決意した人たちである。今回日本政府は、かつて石油危機後の不況期にヨーロッパの国々が実施した帰国費用支給制度を取り入れた。自主的に帰国する日系ブラジル人労働者、本人には30万円、扶養家族には20万円が支給される。ただし、この制度を利用し帰国した者は、3年間は来日できない。こうしたことを考慮してか、来日した日系人の多くは、景気回復を期待してじっと耐えている。しかし、日本での仕事探しに絶望し帰国した人も13,000人に達している。

 問題はブラジルへ帰国した人たちが仕事につけないことだ。その原因はいくつかあるが、帰国したが母国で活用できる技能を身につけた人たちが少ないことだ。日本で10年以上、時には20年近く働いていた人たちも多いのだが、多くはいわゆる単純労働についていたため、帰国しても評価される技能が身についていない。さらに、日本で生まれ育ち、親たちの母国語であるポルトガル語が話せず、ブラジルでの学校生活に適応できない子供たちの問題まで生んでしまった。

 ブログで再三強調してきたことだが、海外出稼ぎが効果を上げるためには、労働者が出稼ぎ先で習得した新たな技能が、帰国後母国の発展に役立つことである。しかし、この例のように、日本で長く働いても、帰国後、母国に寄与できる技能が身についていないことは多い。この責任の一端は、外国人労働者に技能上達の機会を与えず、こうした仕事をさせてきた日本の使用者にもある。(そうした選択をした外国人労働者にも一端の責任はあるとはいえ)ほとんどの場合、外国人労働者には仕事の選択の自由がない。雇い主側がいかに美辞麗句を連ねようと、多くの外国人労働者はその場かぎりの役割しか与えられなかった。悪名高い技能研修制度についても、同じ問題がついてまわった。

 移民(外国人)労働者については、日本はヨーロッパなどの経験から十分学びうる立場にあった。しかし、最重要な点については、ほとんどなにも学んでいないのだ。(当のヨーロッパも行きつ戻りつしているといえるかもしれない。)この誤りを後世に繰り返さないために、外国人労働者を含める新たな雇用政策は、あるべき道に戻らねばならない。この領域、ともすれば「木を見て森を見ない」議論が多いが、人口減少の坂道に立った今は姿勢を正す最後のチャンスだ。

 日本で働く外国人労働者にも、彼らを受け入れる以上、日本人労働者に準じたあるいは同等な機会が与えられねばならない。外国人労働者を受け入れながら、当初から彼らを「二流、三流市民」に位置づけることは、大きな禍根を残す。単純労働の分野に残留させることなく、国内労働者同様に技能水準の上昇の可能性も保証されねばならない。出稼ぎ先で一定の成果を残した後に帰国し、新たに身につけた技能で母国の発展に寄与できることが必要だ。そして、なんらかの理由で帰国せずに出稼ぎ先へ定住することを選択した人々に対しては、子女の教育機会を含めて、自国民にできるかぎり準じた待遇・条件を整備することが欠かせない。

 

Reference
2009/10/30 BS1 「日系ブラジル人 帰国後の厳しい現実」

コメント (3)
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グローバルな移民の動き

2009年10月27日 | 移民の情景

 

 この地球上を移動する移民(外国人労働者)の姿、様相は、きわめて多様であり、実態を理解するにはかなりの努力が必要だ。世界で自国の国境の外に出て、働いている人々の数だけみても約2億人近いとみられる。このブログでは気づいたかぎりで、トピックスを拾ってきた。ひとつひとつは小さな断片であっても、集積してくると、かなりのことが分かってくる。

 他方、大局的視点から大きな流れを把握することも、これに劣らず重要なことだ。移民は、その出身国(地域)と受け入れ国(地域)双方に影響する。 移民が増加した地域では、当然さまざまな変化が発生する。たとえば、地域における外国人の増加、住宅や教育問題、仕事の変化などである。

 他方、多数の移民を送り出した地域では、若い人々の減少、外貨送金の流入増加、貧富の拡大、遠く離れた地域との交信増加などの変化が生まれる。

 移民の多くは遠距離というよりは、同一の地域の中で移動している。たとえば、アフリカ内部での移動は多いが、アフリカを出て他の大陸へ移動、働く人はそれほど多くはない。しかし、航空機の発達で、以前では考えられなかった遠距離を移動して、出稼ぎに行く人々も増えた。

 移民に関連する出身国と受け入れ国の間を結ぶものは、ひとつは彼らが身につける新たな熟練であり、労働の成果としての外貨送金である。こうした成果がもたらす効果についても、明らかにされた部分、不明な部分が交錯している。

 これらの点は、前々回に記事に書いたばかりだが、タイミングよく、これらの現状を簡単にヴィジュアル化してくれる次の動画が提示された。

Economist.com/videographics


 

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グローバル不況下の移民・外国人労働者

2009年10月24日 | 移民の情景

 深刻な不況に直面した場合、移民(外国人労働者)がいかなる行動をとるか。その態様は単純ではない。不況の範囲や深度、移民の置かれた立場によって、多様な対応が生まれる。それでも、金融危機に端を発した今回のグローバル不況は、その広がりも衝撃も過去に例がない深刻なものだけに、以前と比較して、かなりはっきりとした動きを指摘できる。

 アメリカ、EUなど移民の大口受け入れ国がほとんど例外なく制限的政策へと移行したこともあって、移民入国者数の減少、母国への帰国(送還)増加という予想される特徴が見られる。金融危機前は、国境開放論もかなり唱えられていたので、顕著な方向転換といえる。

 他方で、送り出し国では不況、雇用機会の減少に対応するため、海外出稼ぎを志す動きも強く、世界規模での労働供給圧力は大きい。しかし、ITなど情報伝達手段の発達で、出稼ぎ先の雇用状況も迅速に伝わるため、実際に出国する人たちにとってはブレーキになっている。

 こうした状況で、移民の活動を実質的に推測するひとつの尺度として注目されているのが、彼らの外貨送金である。移民の活動において、出稼ぎ先の国から母国の家族などへの送金が重要な意味を持つことは、かねてから注目されてきた。しかし、送金に際して彼らが利用する送金手段、経路、実際の使途と効果などについては、不明な部分も多く、実態がいまひとつ判然としないところがあった。しかし、最近では解明も少しずつ進んでいるようだ。

 2001911日の同時多発テロの勃発を契機に、関係国の政府・金融機関などを通して移民の送金の流れを精査する動きが強まった。送金の流れを追求することで、なんとかテロリストの動きが把握できないかとの目的があったようだ。しかし、テロリストに関する情報よりは、移民の海外送金の実態の方が明らかになった。

 世界を移動するおよそ2億人といわれる移民が母国へいかなる形で、どのくらいの送金をしているかが少しずつはっきりしてきた。家事手伝い、皿洗い、食肉加工、鉛管工などに従事する移民労働者の外貨送金は、先進国の開発途上国向け援助より額が大きくなった。世銀の調査では、昨年には3280億ドルが先進国から開発途上国へと送金された。この額はOECD諸国からの1200億ドルの政府援助よりはるかに大きい。たとえば、在外インド人からの送金が少ないと云われてきたインドだが、2008年には約520億ドルを海外のインド人同胞から受け取った。これは外国からのインドへの直接投資を上回っている。

 移民の絶対数は増加するが、世界人口の3%という現在の比率が大きく増える可能性はない。グローバル不況の影響は明らかで、世銀によると外貨送金のピークは2008年だったかもしれないと推定されている。6月のOECD 報告では、移民は先進国の景気後退のマイナス面を背負っているようだ。たとえば、ヨーロッパで失業率が高いスペインでは、本年六月時点で、全国平均の失業率18%に対して外国人は28%だ。EU諸国で働くポーランド人労働者のように帰国が増える場合もみられる。


 相変わらず不明な部分もある。外貨送金額は増加したが、これらが移民労働者の母国へもたらす影響については、依然はっきりしない。ポーランド、メキシコ、フィリピンなど中所得国からの出稼ぎ移民は多い。他方、より貧困なアフリカ諸国からの移民はそれほど大きくない。これらの国から海外出稼ぎに行くのは簡単ではない。ほとんどの移民は、海外へ出稼ぎに行くために、資金や教育という何らかの踏み台、ステップを必要とする。そのため、移民を送り出す家族は、ある程度の所得や貯えがあり、教育も受けていて、平均よりも豊かな家族だ。最も困窮している人たちは出稼ぎに出られない。家族が海外へ行かれるか否かで、貧富の格差が拡大する現象がみられる。

 最近では、移民の労働の成果である外貨送金は、それを必要とする人に効率的に届くようになった。これまでのような送金途上での手数料、金利などによる損失・浪費が少ない。携帯電話、送金手段などの発達で最も有利な時期に送金が可能となり、従来送金の過程にあったさまざまな損失・漏出を最小限に防いでいる。

 本国の家族へ届いた送金の一部が、消費財などに使われて無駄に“なっても、大部分は有効に活用されているようだ。教育や健康維持などの積極面にも使われるようになった。

 しかし、単なる現金送金という次元での効果を超えて、移民は人的面でのウエルフェア(厚生)を向上させるだろうか。10月5日発表された国連 Human Development Report によると、移民は労働の自由な移動というプラスの面を増加しているという。国境を越えることで、国内では限られている機会が拡大し、より豊かに、健康的になり、教育面でも改善が期待できるという。確かに海外へ出稼ぎに出られることは労働市場の拡大という意味では望ましい。しかし、移民に出ればそれで問題が解決するわけではない。

 基本的に重要なことは母国に雇用機会が創出されることだ。そのためには、政治的安定の確保も欠かせない。あまりに貧困なため、あるいは国内の悪政によって、経済的に窮迫、難民化する事態は深刻である。リビアやエリトリアなどにその例がみられる。

 移民には従来から指摘されている熟練労働者、医師などの「頭脳流出」というマイナス面も依然としてある。政策上の観点からは、母国の経済発展を図り、国内の雇用機会を増大することが、単に海外出稼ぎを推奨することよりも重要度は高い。この点は、1980年代から指摘されているが、十分定着したとはいえない。開発途上国の経済発展における移民(海外出稼ぎ)の役割と位置づけは、移民政策の根源につながる課題だが、未だ根付いていない。経済発展が軌道に乗るまでの間、海外出稼ぎに頼るとして、答を先延ばしにしている国が多い。

 

Reference
The aid workers who really helpThe Economist October 10th 2009




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扉は開かれたか

2009年07月26日 | 移民の情景

  遅ればせながら評価の高い映画『扉をたたく人』The Visitor を見た。移民問題ウオッチャーとしては、見ておきたい作品のひとつではあった。これまでかなりの数の移民にかかわる作品を見てきたが、佳作であることは間違いない。  

  ストーリーについては、すでに新聞映画欄(公式サイト)その他でかなり紹介されているようので、触れることをしないが
9.11以後のニューヨークの光景が興味深かった。たとえば、スタッテンアイランドへ行くフェリーからの景色だ。ワールド・トレードセンターがなくなったマンハッタンの光景は、どこか別の都市のように映る。  

 作品が対象とする状況は、厳しさだけが目立つようになった不法移民への対応だ。ブッシュ政権が果たし得なかった包括的移民政策の暫定状況が生みだしたものだ。アメリカに居住している1200万人近い不法移民のかなりの部分が経験している日常の光景でもある。オバマ政権に移行してから、新たな政策は提示されていない。政策の全体像が欠けている中で、現実の対応は不法滞在者という最も弱い人たちに最も厳しい。幸い数は少ないが、本質的には日本の不法滞在者対策にも通じるものがある。  

 オバマ大統領も就任以来、大不況をはじめとするs難問山積に支持率も低下傾向にあり、移民政策へはほとんど手がついていない。それでも選挙遊説中から公約している以上、秋以降にはなんらかの動きが生まれるだろう。

 タイトルの日本語訳『扉をたたく人』(原題:The Visitor)は、よく考えられたものだが、それでも色々な見方が可能だ。思いがけないことから、自分の心の底深く閉ざされていたものに気づかされる大学教授の主人公ウォルター(リチャード・ジェンキンス)の姿。国際経済学者として「開発途上国と経済発展」の研究に過ごしてきたことに虚しさを感じている。世界は進歩しているのか、それとも後退しているのか。とりわけ、多数の移民を送り出すアフリカの実態を見るかぎり、主人公ならずとも、経済学そして先進国の果たしてきた役割に虚しさを感じる
かもしれない。移民をめぐる状況が、その一端を示している。形式化した学会と同僚との付き合い。これまでの自分の人生はなんであったのか。

  愛する妻にも先立たれ、心の空白を埋めるためにと思って始めたピアノの教習も、60歳を過ぎてはと冷たく告げられる。傷心の主人公は、思いがけないことで知ることになったシリアからの不法移民の青年クレフが演奏するアフリカン・ドラム、ジャンベによって新たな力をもらう。虚ろな心を抱えた主人公が頼るものは、わずかにジャンベだけだった。その響きは閉じたウォルターの心を少しずつ解きほぐす。そして自らも多少関わってしまったことで生まれた友人の苦難をなんとか救いたいと、新たな生き甲斐と力を感じるようになる。青年の母親とのはかないロマンスもそれを支える。

 しかし、その努力が実らないと分かった時、エピローグで主人公が地下鉄のプラットフォームで、人目をかまわずジャンベを打ち鳴らす姿は、なにを暗示するとみるべきだろうか。アメリカで合法市民としての地位を得ている大学教授とは誰も思わないに違いない。気の触れた初老の男がジャンベを叩いているとしか見ないだろう。逮捕されシリアへ強制送還された不法移民の友や、図らずもロマンスの相手となった友人の母親がアメリカへ戻ることはない。友も失った主人公に残されたものは、ジャンベひとつ。これから、なにをたよりに生きて行くのか。

 原題の邦訳は、よく考えぬかれたものではあるが、なぜ原作者は、
The Visitor(訪問者)としたのか。登場する人物の誰もが、この世界で安住の場を持てず、心ならずも漂泊の旅を続けている。国家の厚い壁、そしてそこでは市民といえども、安住しているわけではない。The Visitor(訪問者)は、心の安らぎの場を見出し得ず、あてどなくさまよい歩く現代人の姿でもある。

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地中海波高し:イタリアの苦悩

2009年06月27日 | 移民の情景

 イタリアの移民・難民問題については、何度か記している。かつては、移民の輸出国であったイタリアだが、1980年代から受け入れ国へと転換した。一時期はアルバニアなどからの不法移民に手こずったが、近年はアフリカからの不法移民に苦しんでいる。スペインと並びアフリカからの移民の最短距離の目的地となっている。すでに90年代からイタリア一国だけの力では、押し寄せる移民・難民に対応できないと音を上げ、EU、OECDなどの場で統一された政策の実施を要望してきているが、あまり実効が見られない。最大の課題は政治・経済の不安定もあって、アフリカへの投資が停滞し、雇用機会の創出ができていないことにある。根源的対応がないかぎり、労働力の流出は止まらない。

 毀誉褒貶に翻弄されている現ベルルスコーニ政権は、国境を密かに越境してくる「隠れた移民」clandestine immigrants の阻止を掲げて、政権与党の座についた。しかし、「隠れた」という表現はいまや適当ではなくなっている。現実は次のように歴然としているからだ。

 近年の大きな問題はアフリカ、とりわけリビアから命を懸けて海を渡ってくる人たちだ。彼らはイタリアの地に到着すると、難民としての庇護申請をする。しかし、いかなる庇護も与えられないおよそ3分の2は、本国送還されることになっている。しかし、彼らのほとんどはイタリア到着時から意図して、国籍などを証明する書類を一切所持していない。そのため入国管理当局は彼らがどこからきたか皆目分からない。一時的な収容施設も満杯になり、結果として彼らは許可なくイタリアに滞在する不法移民の中に入ってしまう。かなりの者は、イタリアを経由してフランス、ドイツなどEUの中心での仕事の機会を求めて移動する。

 彼らは正式の滞在、労働許可を得られないために、犯罪を犯す者も多い。この問題も現政権が減少を公約した点だ。今月、イタリアの国境パトロールはリビアの沿岸警備隊と協同して、リビア沿岸をパトロールした。ヨーロッパへのもっとも危険なルートを閉ざすためのキャンーペンの一環だ。これは考えられる現実的対応として認められていた方策だった。

 しかし、今回は国連を含む国際機関などが割ってはいった。事の経緯は次のような状況であった。1週間前、イタリア海軍が越境潜入者と思われる者で満載の船舶3隻を拿捕した。しかし、彼らをイタリアにつれてゆかずにリビアへ送り戻したのだ。この措置は、イタリア政府としては、リビアのカダフィ政権との1年近くにわたる裏面での外交成果だった。しかし、ローマの喜びは長くは続かなかった。

 イタリア政府は、彼らに難民として庇護申請を求める機会を与えなかったとして避難された。国連UNHCRの高等弁務官は、国連事務総長に支持されていた。さらにConucil of EuropeやNGO、そして驚いたことに、ベルルスコーニの有力な支持者である国民同盟Nationa Allianceの創立者で、現内閣の連立相手でもあるフィニからも問題視された。 

 他方、今回500人以上を強制送還したことについて、中道左派をはじめとするグループからは政府支持を表明する動きが生まれた。イタリアの領海外で移民を送還することは法的に認められているとの政府の見解を支持する動きだ。中道左派政府は1990年代には、アルバニアの港湾を一時封鎖した前例もあると主張した。

 しかし、問題はさらにこじれ、NPOの人権監視機関 Human Rights Watchの代表は、「イタリアは国際難民法を書き換えようとしている」と批判、「1951年のジュネーヴ協定は、どこならば移民を送還できるか、あるいはできないか記していない」。「彼らの生命や自由が脅かされる地域へ送り戻さない」という協定にイタリアも署名しているはずだと攻撃した。さらには、アフリカへ送り戻された者が期限のない拘束や迫害にあっている例を知っていると述べた。

 他国には公海上で難民が送還されない権利を得ているかについて類似した問題を経験してきた国もある。特にアメリカは1990年代から、しばしばキューバ、ハイチなどからの越境者をカリブ諸国に送還してきた。

  公海上で拿捕された越境者のボートなどへの対応は、国際海事法、国際難民法、国際人権法、国際刑法などの交錯する領域であり、法律や条約の次元と現実の間にさらに詰められるべき問題が残っている。通常、庇護申請、難民認定などの手続きは、越境者が目的の国に上陸した上で開始されるが、公海上での問題については、1951年のジュネーヴ条約の他、1948年の人権擁護の一般宣言などを含む一連の規範が存在する。同時にさまざまな束縛的でないが広範な領域をカヴァーする慣習法などもかかわっている。主要なものは自国を離れる権利、他の国の領域に接近する権利、庇護は政治的行動とされないこと、難民が強制的に自国へ送還されないこと(non refoulment)、十分な経済・社会的権利が難民にも適用されること、さらに難民について永続的な権利を受け入れ国は供与することなどがある。他方、難民の側にも庇護を保証する国の法律に従うなどの義務がある。こうした問題に主として当たるのはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)だが、近年は難民以外の関連する問題にも関与するようになっている。 

 ベルルスコーニ首相は、反移民という印象を与えまいと苦慮しているようだ。今週、下院は入国・滞在に必要な書類を保持しない外国人に厳しい罰金を課し、居住許可には高い費用を求める法案を通過させた。しかし、野党の政治家や聖職者たちの一部は、人種的な純粋さをイタリアが求めるのはもはや手遅れだとしている。たとえば、カトリックのカリタス派はイタリアの人口のおよそ7%は移民だと主張している。

 ベルルスコーニのこのたびの決定は、先日のヨーロッパ議会の選挙前になされた。危惧されることは、人種差別主義者が自分たちは首相からの支持を得ていると思うことだ。1970年代以降、ヨーロッパの移民受け入れの過程は、受け入れと制限の波動を繰り返してきた。今回の世界大不況で受け入れ国は一斉に制限的方向へ舵を切っているかに見えるが、これがそのままずっと閉鎖的国境の体制につながるわけではない。少子高齢化の進行で、人手不足は避けがたく、不況脱却とともに新たな受け入れへの動きが戻ることは必至である。それまでに、いかなるヴィジョンを再構築するか。もはやこれまでのような行きつ戻りつのストップ・アンド・ゴー政策は許されない。先進国に残された時間は少ない。

 

 


 * 庇護申請者 asylum seekers とは国際的保護を訴え出た者をいう。その多くは庇護を求める国へ到着した段階で申請を行う。しかし、当該国に到着以前に大使館あるいは領事館へ庇護を求めることもできる。申請は国際連合UN convention 1951条の難民の地位規定に基づき判断される。認定されれば難民としてのステイタスを付与され、難民となる。認定されなかった者は通常、再申請を行う。それでも認定されなければ、当該国を退去することになる。しかし、ヨーロッパやアメリカでは別の地位 Exceptional Leave to Remain(ELR) として、難民ではないが自国へ戻れない者という包括的なグループに入れられる。


Reference
Immigrationin Italy "A mess in the Mediterranean" The Economist May 16th 2009 


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牧歌は聞こえない:イギリス農業労働

2009年06月13日 | 移民の情景

John Constable.
The Wheatfield, 1816
oil on canvas, 53.7 x 77.2 cm
Private owned



  イギリスの田園と聞くと、コンスタブルやゲインズバラなどの作品から思い浮かべるような、緑溢れて牧歌が聞かれ、田園詩が流れるような光景が目に浮かぶ。しかし、そこに働く人たちの実態は、イメージとは大きく異なる。イギリス、ウスターシャーの農村イヴシャム Eveshamの状況についての小さな記事が目にとまった。かつて、イギリス滞在中に見聞したことを含めて、少し記してみよう。

劣悪な住環境
 ここにはポーランド、アフリカ、中国など多数の国から来た外国人労働者が働いている。イヴシャム郡では2003年以降、英語が母国語でない労働者が56%増えた。その多くはキャラヴァンやトレーラーハウスなど、粗悪な飯場のような所で暮らし、農業労働に従事している。貨物用コンテナーに住んでいる労働者も多い。水道、トイレなどの設備もない。

 彼らは、アスパラガス、豆、キャベツにいたる、ありとあらゆる野菜の栽培、採取に従事している。こうした農業労働者の状態を調査したイギリスのシンクタンク Institute for Public Policy Research(IPPR)の報告書は、ヨーロッパの他国のように労働者のためにホステルのような設備を建設することを勧めている。現在でも、農場など仕事の場所に近い所に、安いホテルなどを準備している雇い主もいないわけではない。しかし、1室に数人を入れるなど、居住の状況は劣悪だ。

 外国人労働者、とりわけ就労許可を持っていない外国人労働者は、出稼ぎ先の国で自分のしたい仕事がどこにあるか、なかなか分からない。外国で仕事をするには多くの困難がつきまとう。そのため、しばしばギャングマスターと呼ばれるブローカー(労働者確保・請負人)に頼って、働き場所を探すことになる。こうした業者は労働者をどこかへ派遣するというよりは、自ら集めた労働者を特定分野で働かせ、直接労働者に賃金を支払う形をとることが多い。

 農業ばかりでなく、林業、漁業、食肉加工などの分野の労働はおおかた低賃金であり、労働条件も劣悪なことが多い。労働者のかなりの部分は、これら業者の手引きで集められ、各地を放浪するようにして働いている。いわば、労働供給業者によって手配される労働者だ。上記の調査では、こうした分野で働く労働者のおよそ23%は、雇い主や派遣業者によって、仕事ばかりか宿舎などの生活面でもさまざまに束縛されている。

モーカムの惨事
 労働分野では、しばしば大きな労災などの発生によって、事態を改善する立法などの動きが生まれる。2005年の2月、イギリス北西部モーカムで女性を含む21人の中国人が、海流に呑み込まれ溺死した。彼らの多くは不法就労者であり、はるばる福建省から苦難の旅をしたあげく、イギリスでギャングに雇われて働いていた。仕事は、波の荒い海岸でザルガイ(トリ貝の類)を採取することだった。潮の流れも強く、危険な作業だった。彼らは、ザルガイ採取の登録料として一人当たり150ポンド、住居代20-30ポンドをギャングマスターに支払っていた。採取した貝一袋当たり9ポンド、週約300-400ポンドが彼らの手にしたものだった(現在1ポンド=約155円)。

 彼ら労働者の生活条件も厳しく、海岸近くの劣悪な簡易ホテルに1室10人近くが押し込められ、毎日、危険な海岸で働いていた。その結果がこうした惨事につながった。日本ではあまり注目を集めなかったが、事件は当時、中国、英国間で大きな問題となり、温家宝首相が渡英するまでになった。

規制の強化 
 この事件の後、こうした劣悪な労働分野の環境を多少なりと改善する動きが生まれた。問題の業種を対象にした特別の許可制を導入する法律、Gangmasters Licensing Act 2002が制定された。注目すべきは、許可を受けていない事業者との間で労働者派遣の契約をする者、即ち(派遣先に対して)無許可の事業者と契約をした派遣先に罰則を適用する形で、規制が強化されることになった。

 さらに、監視機関として、Gangmasters Licensing Authority (GLA)という政府機関も設置された。GLAは、農林業、食品加工、貝類採取、食品加工、包装などの分野で働く労働者を搾取から防ぐことを目的としている。労働者供給業者は、GLAに彼らの労働者を適切に保護する旨の同意書を提出し、認可を得なければならなくなった。

  もっとも、こうした規制に頼る形式主義が、事態をかえって悪化させた側面もあった。たとえば、最低賃金で働いている労働者からは、部屋代として週当たり31ポンド(47ドル)以上を徴収してはいけないことになっている。しかし、このことが住居環境を劣悪なものに引き下げることにつながってもいる。こうした問題は残るが、GLAのような監視機関が設立されたことは、総じて評価されている。

自立と共生への道
 他方、こうした間に東欧からの移民労働者が増加するにつれて、農場側もギャングマスターのような供給業者への依存することが低下してきた。外国人労働者は、仕事や生活上の利便性もあって、同国人が同じ地域に集まって住む傾向が強い。最近の問題は、同じ国からの労働者がイヴシャムのポーランド人のように、特定の地域へ「集住」する現象が強まっていることだ。結果として、以前ほど仲介業者などに頼らず、自助、自立の道が模索されるようになった。

 こうした「集住」地域では、仕事より住宅をめぐる競争が激しくなっていることが新たな問題になっている。さまざまな理由から、彼らに適した住宅供給がきわめて不足しているのだ。

 賃金がどうであれ、イヴシャムの冷凍食品包装工場で早朝6時からの交代制勤務に応募する地元イギリス人は、きわめて少なくなってしまった。イギリス人と外国人労働者が仕事を取り合う競争は影を潜め、代わって競争の場は、地域での住宅をめぐる競争へと移っている。イヴシャムのような地域では、外国人労働者が求める住宅が払底する状況になっている。外国人向けの住宅が供給されないのだ。なかでも最初に家を買う人のための住宅がなく、ソーシャル・ケア用の住宅にまで外国人労働者が入居するまでになった。

 集住が進む傍ら、最近の不況深刻化に伴って、移民労働者への需要が減少し、仕事を失った労働者が帰国する動きがみられる。しかし、母国との賃金格差、子供の教育などの理由から帰国しない労働者も多い。世界大不況にもかかわらず、イギリスでは農業、林業、介護などの分野で労働力不足が厳しい。景気が上昇へ転じれば、不足は一段と深刻化するだろうと見られている

 集住によって、移民労働者の政治参加意欲も高まり、状況改善への自主的な動きが強まることは、共生社会を目指す政策の視点からは望ましいことだろう。移住者が地域の中で孤立した存在ではなく、地域共同体のメンバーとして自立し、政治にも参加してゆくことは共生社会のイメージだ。しかし、実際には地域住民との間に新たな軋轢も増加し、共生社会の実現は容易ではない。住宅問題、さらに政治参加の代表システムへの批判など新たな難題が次々に生まれている。移民労働者の問題は、労働市場の範囲を越えて、住宅、地域、政治の次元へと拡大している。共生社会が乗り越えねばならない課題だ。イギリスに限ったことではない。牧歌の聞こえる時代は遠く過ぎ去った。



* 日本でも「農業ブーム」といわれる農業再生・活性化の萌芽が一部に見られるが、人気があるのは大規模経営が可能な地域である。中山間農地といわれる山村などの小規模農地は荒廃の一途をたどっている。そこで働く農業従事者の数は約400万人にのぼる。国内労働者だけでどれだけ維持・再生が可能か、きわめて疑問だ。


Reference
'No rural idyll' The Economist May 16th 2009


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激変する移民労働市場

2009年02月03日 | 移民の情景

広がる移民労働者の帰国
 移民(外国人)労働者がグローバル大不況の浸透に伴い、出稼ぎ先で仕事を失い、自国へ帰国する動き(1月3日) が顕著になってきた。不況が到来すると、最初に解雇されるカテゴリーの労働者なので、この動きは予想されたことではある。言い換えると、移民労働者の動向は労働市場の最先端の動きを知るに欠かせない。
 今回は世界のほとんどの地域で一斉に逆流現象が起きている。ドバイ、アブタビなど湾岸諸国のように、8割近くを出稼ぎ外国人労働者に頼こる国では、衝撃はことのほか大きい。これらの国々は彼らに定住を認めず、市民権取得の道も閉ざしているため、工事などの契約が終了したら即時帰国しなければならない。
 帰国する労働者のほとんどは、自費で帰国費用を調達しなければならない。日本に来ている日系ブラジル人などの中にも、仕事の機会がなく帰国しようと考えても帰国費用も払えず、寒い冬空に苦難の日々を過ごしている人たちも多い。航空機の発達で、『蒼茫』の時代とは大きく様変わりしたとはいえ、簡単には帰れない。
 しかし、移民労働者の帰国促進を目指した制度を導入した国もある。スペインでは移民が増え、総人口の1割を越えるまでになった。建設業を中心に、近年ヨーロッパ全体で生まれた新規雇用の3分の1近くを生み出したといわれた。2000年から2007年の間に、EU加盟国のブルガリア、ルーマニア、そしてエクアドルなどから4百万人近くを受け入れてきた。しかし、アメリカの住宅不況とほぼ同時にバブルが崩壊し、着工件数は急速に減少し、失業率はすでに12%を越えた。そのため、この分野で働いていた多くの移民労働者が仕事を失った。

効果少ない帰国促進策
 スペイン政府はエクアドル、モロッコなどEU非加盟国の中で、スペインと二国間の社会保障協定を結ぶ19カ国からの移民で、失業している労働者を対象に、母国への帰国を促す帰国補助制度「自発的帰国プラン」を昨年末に新設した。母国への帰国費用を補助し、およそ8万7千人がこの制度で帰国することを期待している。スペインでの居住・労働許可証を持っている者には、3年間はスペインへは入国してこないことを条件に、将来の失業給付を一部先払いするなどの優遇措置が含まれている。
 興味深いのは1970年代、第一次石油危機後、フランスなどで働いていたスペイン、ポルトガルなどの労働者に対して、帰国費用補助が行われたことがあった。しかし、その効果は期待を大きく下回った。母国へ戻っても、仕事の機会がなく、出稼ぎ先へ留まろうとした労働者が多かったのだ。いまや移民受入国側に回ったスペイン政府は、この経験を今度はなんとかうまく機能させたいと思ったようだ。一人当たり最大40,000ドルが支払われることになっているが、移民労働者はほとんど興味を示さないらしい。

高まる外国人嫌い 
 他方、世界各地で移民労働者への風当たりが強くなっている。ロシアは今回の危機以前は、経済成長率が6%を越える高成長を誇っていたが、不況の浸透で2%近くへ急減した。好況期には旧ソビエト諸国からの移民が多く、人口の10%近く、2500万人が外国人労働者になっていた。しかし、不況の到来とともに職を失う者、賃金未払いなどが目立つようになった。こうした状況を反映して、ゼノフォビア(外国人嫌い)が力を得て、「ロシアはロシア人の国だ」などと主張する過激な若者などによる襲撃、暴力行為などが増加した。すでに85人近くが死亡するなど、憂慮すべき人道問題が発生するまでになっている。
 ロシアの人口一人当たりの総国民所得はUS$換算5780ドルであるのに対して、移民労働者の母国であるキルギスは490ドル、タジキスタン390ドルなど、きわめて大きな格差がある。そのために、ロシアはきわめて魅力的な出稼ぎ先であった。ロシア側も深刻な人で不足を補うために査証免除などの優遇措置を講じて、受け入れを促進してきた。移民労働者は主として建設、工場などの現場で働いていた。 
 しかし、不況の到来でロシア人の失業率も急上昇し、昨年の6%から今年上半期は25%近くへ急上昇するなどの予測もあり、国民の不満も高まっている。メドベージェフ大統領も対応を迫られ、プーチン首相も移民労働者の受け入れ制限強化を約し、今年は受け入れを半減させると発言している。「ロシア人は一番」とする過激なナショナリズムも高まっており、保護主義化への傾斜が急速にすすんでいる。

懸念される保護主義への動き
 世界全体ではおよそ2億人が母国を離れ、他国で働いている。全世界の人口の約3%にあたる。しかし、ヨーロッパではギリシア、アイルランドなどかつての移民送り出し国でも、移民労働者の比率は10%を越えている。ILOの予測によると、今年2009年の世界の失業者は2億人を超えるのではないかとされ、ほぼ移民労働者の数に相当する。しかし、これはマクロ水準での状況に過ぎず、地域や国の水準へ下りると、きわめて複雑な実態が展開している。
 すでに記したが、アメリカでも労働需給の悪化は移民労働者に大きな影響を与えている。一般の失業率はすでに7%を越えた。16年来の高さである。メキシコ側から流入する不法越境者の数は大きく減少している。帰国する移民労働者の多くは、自主的な判断で出稼ぎ先に残るか、帰国するかの決断をしている。その意味では、労働市場の自律的な需給調整の動きではある。
 ILOは2009年だけで2千万人分の雇用が失われると推定している。そして、こうした厳しい不況期にありがちな保護主義への動きを警告している。歴史的に見ても。この危険性は明らかだ。
 1920年代、1930年代の世界恐慌期にも、恐慌突入前は多数の移民を受け入れていた新大陸アメリカは、その後扉を閉ざし、受け入れ移民の数は長らく低位にとどまっていた。国内労働者の雇用機会が奪われるとして、国境開放に反対した。移民労働者は農業や看護・介護分野などで、国内労働者より低い賃金で長時間働くことを辞さないなどの特徴があり、結果として国内労働者の失業率が悪化することもある。 

急激な需要(プル要因)の減退
 海外で働く移民労働者から母国への送金も大きな影響を受けている。
2008年、インドは在外インド人から約300億ドル、中国は華僑を含めて270億ドル近い送金を受けている。(世界銀行推定)。フィリピンの場合、およそ800万人が海外で働いている。その本国送金は国内総生産の1割近くに達する。2008年はかなりの伸びを示したが、2009年については大幅に減少すると推定されている。グローバルな不況の影響はさまざまだ。中国では海外への出稼ぎよりも国内での出稼ぎが圧倒的に多い。その数はおよそ1億4千万人といわれるが、このたびの不況でかなりの数が仕事を失うとみられる(この問題はいずれ取り上げたい)。  
 移民労働者の帰国、逆流減少は、部分的には過去にも常に起きていた現象である。しかし、今回は文字通り、グローバル・マイグレーションの象徴的な動きが各所に見られる。全体としてみれば、帰国する移民労働者は全体の中では周辺的な部分に留まろう。多くの移民労働者は、出稼ぎ先国で可能な限り働き
、その多くは家族とともに必死に目前の現実に耐え、劣化する仕事の機会にすがっている。アメリカに居住し、働いている不法滞在者約1200万人のほとんどは、母国へ戻ることはないだろう。 
 問題は、彼らのかつての母国も大不況の影響を深刻に受けていることだ。いまやグローバル恐慌の様相をあらわにしてきた今回の不況だが、厳しい崩壊の局面を乗り越えての回復・反転に向けて、いかなる世界的協力が行われるか。しばらく目が離せなくなった。
 現段階では不況の急速な拡大による需要(プル要因)急減による余剰発生とみることができるが、彼らの母国である開発途上国もさらに厳しい経済状況にあり、再び海外出稼ぎへの供給(プル圧力)が高まる可能性もある。
 IT上で瞬く間に国境を越えて移動する資本と比較して、流動性に制約があるとみられた労働力だが、高まる国境障壁にもかかわらず移動するグローバルな労働力の全容が次第に見えてきた。移民労働者がどこで踏みとどまるかは、各国の労働市場の今後を判定する大きなバロメーターともなる。しばらく崩壊のプロセスが進む労働市場で、来るべき時代への修復、再編がいかに行われるか、注目して行きたい。




References
「活況ドバイ急降下:開発中断・・・職失う外国人」『朝日新聞』2009年2月1日
'The people crunch.’ The Economist January 17th 2009

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逆流する人の波:アメリカ・メキシコ国境

2009年01月03日 | 移民の情景

 
 新年早々から日比谷公園にテントが並ぶという状況は、どう見ても異常としか言いようがない緊急事態だ。「オバマ」がいない日本は、国民に将来へのエネルギーが充ちてこない。今はとにかく、与野党一致して、直前の問題へあらゆる手を打つべき時だ。その際忘れてほしくないことのひとつは、外国人労働者にも日本人に準じた救済措置を講じてほしいということである。彼らは忘れられた存在になっており、異国の寒風の中に文字通り放り出されている。
 
 雇用政策についても、基軸となる構想がほとんど打ち出されていない日本の状況はかなり危うい。オバマ政権の「グリーン雇用」とまでは行かなくとも、中長期的にあるべき雇用創出の姿を政府は提示すべきだろう。新年早々でもあるし、ブログのひとつのテーマである移民問題の定点観測を続けてみたい。

 移民(外国人労働者)に関する分析、論評を見ていると、かなり極端な主張に気づくことがある。いまや日本においても、外国人労働者は珍しい存在ではなくなったが、依然として偏った見方も横行している。きわめて簡単に要約すると、ひとつは、外国人労働者は砂のように流動的で、景気の変動に応じて大きく増減する(あるいは増減しうる)という見方であり、他方では多少の増減があっても移民は一方的に増加を続けるという見方である。いずれも正確ではない。移民についてもグローバル化が進んだ時代だが、地域や政策上の差異も依然として大きく、現実の動きをマクロ・ミクロの双方において、絶えず観察する必要がある。このブログは、その点をかなり意識してきた。

 今回の大不況は、この点を見定める格好の機会だ。移民労働者は国内労働者以上に雇用調整の直接的対象になることが多いが、不況の深刻度が移民労働者にどの程度の影響を与えるかを観察することができる得難い機会だ。今回ほど深刻ではないが、同様な事態は1973年の第一次石油危機後のヨーロッパでも起きている。ドイツ、フランスなどが採用していたゲストワーカー・プログラムが破綻している。

 今回のグローバル不況の震源地であり、世界一の移民大国でもあるアメリカでの変化は、とりわけ注目に値する。少し振り返ってみると、2002年時点では、アメリカ経済は小さな景気後退から回復しつつあった。その頃から、合法・不法を問わず、移民労働者が国境へ押し寄せていた。当時は移民の流れは一方通行で不可逆的な現象と考えられていた。押し寄せる移民の大波をいかに防ぐかというイメージが、アメリカ国民に強く印象づけられていた。

 ギャラップ世論調査によると、2006年まではアメリカは、イラク戦争に次ぐ問題として、移民を国家的重要課題として考えてきた。しかし、このブログでも再三記してきたように、ブッシュ大統領が人気回復の材料として力を入れた「包括的移民政策」は、多くの修正にもかかわらず、議会の承認を得られず、実現しなかった。

 移民の中では、特に南の国境を越えてくるヒスパニック系の不法越境者が問題となっていた。しかし、2008年9月に終わる会計年度でみると、アメリカを目指す不法越境者で国境で拘束された者は、およそ724,000人であった。この数は1970年代以降で最低の水準であった。当然とはいえ、国境パトロールは自らの管理活動の成果がもたらしたものと誇示してきた。しかし、現実をつぶさに見ると、入国管理の厳しい法規制よりも、市場の需給の力の方が大きかったと思われる。

 減少が最も大きいのは建築、造園などの分野で働いていた非合法な労働者だった。今回の経済不況の根源でもある住宅市場に直接関連する分野である。彼らは不況の発生とともに、直ちにレイオフ、解雇の対象にされてきた。 

 ピュー・ヒスパニック・センターによると、2007年から2008年の間にアメリカに滞在していた不法滞在者1200万人のうち、およそ50万人が減少したと推定している。その内のある者は帰国し、また合法化への道を選んだと思われる。そして、不法滞在者ばかりでなく、新規に入国を目指す合法的移民の数も減少しているとみられる。

 オバマは大統領選の過程で、自分が当選したならば移民問題は最初の1年の間にとりあげると明言している。国民的関心がきわめて高いことがその背景にあることはいうまでもないが、移民の中心であるヒスパニック(ラティーノ)系は、ほとんどが民主党支持であることを十分意識しての発言でもある。実際、オバマ候補に投票したヒスパニック系選挙民はきわめて多かったことが分かっている。2012年までにラティーノの多い選挙区はさらに拡大する。

 不況に押されて不法移民が自らの意思で帰国するのならば、移民問題の最大の課題は、自然に解消するのかもしれないと思う人々もいるだろう。現在の移民管理システムの最大のほころびが修復されると考える人もいるかもしれない。しかし、現実には移民政策の構築は困難さを増すと見る専門家が多い。

 2007年に潰れてしまった包括的移民法案は、第一に1200万人近い不法移民の合法化、第二に既存の法律をさらに強化し、不法入国には厳しくあたること、第三に農業分野などアメリカ人が就労したがらない分野で、移民労働者の供給を増やすことなどが含んでいた。リベラル、ヒスパニック、保守、ビジネスマンなどへの妥協を含んだ産物だった。

 今回の大不況は、これらのパッケージの第3の部分を押し流してしまうだろうと見られている。不況が到来する前には、オバマを含めて中西部の民主党系支持者は、農業分野などでのゲストワーカー・プログラム案には賛成ではなかった。不況の時に、移民受け入れ拡大を提案することは難しい。ちなみに、アメリカの過去2回の移民法緩和は、失業率が低かった1965年と1990年に実施された。

 大不況の力にまかせてしまい、アメリカが新移民政策の検討、導入を先送りすることは望ましくない。というのは、近い将来、幸い経済が再建され、活気を呈してくると、移民問題は再び難題として浮上してくることが明らかだからだ。

  移民の流れは必ずしも、不可逆的ではない。長い時代の経過の間には、寄せては返す波のように、入国・出国の変化が続く。しかし、長い時間が経過した後には、波が土地を浸食したように深い跡が残る。

 今回の大不況でも移民労働者の多数は、出稼ぎ先に留まるだろう。移民労働者の流れには、ひとたび動き出すとよほどの条件変化がないかぎり、同一方向へ流れ続ける特性がある。移民の流れがある方向へ動き出すと、定住化などが進み、かなりの期間、主流は同一方向へ流れる。逆転防止装置のある「ラチェット歯車」のような効果だ。大不況の衝撃を受けて、一部に帰国などの流れが生まれているが、多くの移民労働者は出稼ぎ先にとどまるだろう。本国に戻っても仕事があるわけではない。帰るも地獄、留まるも地獄だ。今回の不況で、日本、アメリカなどへの出稼ぎは減少し、帰国者が増えるだろう。逆流を止める動きが、どこで働くかを見極めることも、今後の雇用政策にとって、重要な意味を持っている。

 不況が移民労働者を押し戻しているからといって、移民政策への関心を低めてしまうことは後に大きな禍根を残す。とりわけ、人口減少に伴う労働力不足がすでに深刻な形で押し寄せている日本にとって、目前の派遣労働者問題だけに目を奪われて、中長期の労働力政策(移民受け入れを含む)の国民的検討・構築を先送りしてしまう愚は、どうしても避けねばならない*。次世代のために、しっかりと考えねばならない重要課題だ。



* たとえば、今回の不況発生以前から日本人が就労したがらない労働分野は急速に拡大しており、外国人労働者がそれを補ってきたという事実が存在する。不況が深刻化している中で、地域や職種でみると、人手不足に悩む分野も厳然として存在する。実は今回の「非正規雇用」(妙な用語だが)の過剰と人手不足は、車の両輪のような関係にある。国の雇用政策は、こうした点をしっかりと把握したものでなければならない。


References
'The border closes.' The Economist December 20th 2008

杉山春『移民還流』新潮社、2009年


 

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夢潰えて:帰国する移民労働者

2008年12月19日 | 移民の情景

  アメリカ連邦準備制度理事会(FRB)が12月16日の公開市場委員会で、政策金利を年1.00%から過去最低の0.00~0.25%に引き下げると発表したことで、今回の不況は大きな転機を迎えた。アメリカにとっては史上初のゼロ金利である。事態はかつてない局面へ入った。

 不況はインフルエンザのようにグローバルな次元へと拡大し、ほとんど同様な症状を呈している。そのひとつが雇用情勢の悪化だ。労働者の間では、移民(外国人)労働者、有期雇用労働者、先任権 seniority が短い労働者などが、最も深刻な影響を受けている。外国人労働者については、日本でもようやくメディアに取り上げられるようになった。外国人の集住地域では、解雇され、職を失った日系ブラジル人などが留まるか、帰国すべきかの岐路に立たされている。

 苦境に立っているのは、先進国の労働者にとどまらない。1、2ヶ月前まで、「わが国の経済は底堅い」と指導者が胸を張っていた中国でも、農村部から都市部へ出稼ぎに来た農民工が同様な状況に追い込まれている。その数2億人ともいわれる農民工が都市部で働いているが、建設工事、輸出産業の不振などで失職した労働者が、農村へ戻る動きが見られる。しかし、いずれの場合も、戻った先に仕事の機会がないことが問題となっている。(農民工も広い意味では出稼ぎ労働者の範疇に含まれる)。

 このたびの大不況で、アメリカに不法滞在していたメキシコ人労働者などが、帰国を決意する動きが現れていることはすでに記した。その後、具体的な事例が報じられるようになった*。

 メキシコ、ミチョアカン州、シンキアという人口700人ほどの小さな村の例が報じられていた。メキシコではどこにも見られるような村である。この村からアメリカへ出稼ぎに行った労働者たちからの送金は、村の全所得の12%近くになる。この村からアメリカ、フロリダは働きに行っているセレゼロさんは1児の母だ。母子家庭で娘を妹に預け、出稼ぎにアメリカへ行った。

 彼女は、毎週1500ペソ(110ドル)を送金してきた。しかし、今回の不況で失業してしまった。住宅不況とリンクする建設労働者の失業はひどく、他の産業でも仕事は見つからない。彼女は帰国することにした。生活費が高いアメリカで失業しているよりは、メキシコで失業しているほうがまだましという判断だ。

 ところで、World Bankの推計によると、今年1-8月、アメリカからメキシコへの送金は前年比でマイナス4.2%に達した。しかし、メキシコ中央銀行の発表では、10月にこの比率は大きく跳ね上がって上昇した。その背景には、多分失職した労働者が、帰国前にそれまで貯めていた現金を送金しているためと推定されている。 Pew Hispanic Center によると、アメリカの不況の深刻化とメキシコからの越境が難しくなっていることが重なって、1200万人と推定されるアメリカ国内の不法移民の数はピークを打ち、やや減少している。アメリカ経済の深刻な悪化に伴って、隣国メキシコの経済も窮迫しており、ペソの価値も低下が著しい。

 アメリカは、この機会に不法滞在者を少しでも減らそうと考えているようだ。国境パトロールが拘束した不法越境者や不法滞在者を積極的に本国へ送り戻している。帰国費用を持たない労働者については、その負担までしている。第一次石油危機後、帰国しない外国人労働者に苦慮したフランス、ドイツなど受け入れ国が実施したが、自発的な帰国者は少なかった。ちなみに、今回の危機で、メキシコのように陸路が使えないエル・サルバドルなどの場合、アメリカ側は航空機でピストン輸送で送り戻している。といっても帰りは乗客のいない空の運行となる。不法移民の送還費用は一人680ドルかかるといわれるが、アメリカも今や背に腹はかえられないのだ。

 日本の雇用情勢も急を告げている。目前の苦難に対応するため、当面切り張りのような対応もいたしかたない。しかし、それだけでは破綻は必至だ。中長期的に雇用創出を旨とした基本政策の確立を図らねば、この国に将来はない。現状は、不況で職を失った労働者になんとか冬を越してもらう程度の対策に過ぎない。

 バラック・オバマは「アメリカン・ドリーム」を実現したが、ヒスパニック系労働者
は夢が潰えて、苦難の時を迎えている。日本はなんとしても、次世代のために夢と希望を取り戻さねばと思う。この国は、いかにして生きるか。再生の姿が描かれるまで、しばらくがまんの時が続く。しかし、与えられた時間は長くはない。



*
CBS News、December 17th, 2008
"The end of the American dream." The Economist 13th 2008.

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不況が解決策?不法滞在移民

2008年12月12日 | 移民の情景

  アメリカ発の金融危機はいまや金融市場にとどまらず、各国の実体経済(生産物・労働市場など)の次元に急速に浸透しつつある。その速度は驚くばかりで、対応が間に合わないほどだ。アメリカ、ヨーロッパ、そして日本で雇用不安が急速に拡大し、深刻な打撃を与えている。

 派遣労働者、期間限定労働者、そして内定取り消しなどの問題にとりまぎれ、メディアの注目を集めるまでにいたっていないのが、外国人労働者だ。日本でも大田、大泉、浜松あるいは豊田市周辺などの外国人の集住地域では、仕事を失う外国人労働者が急速に増えているようだ
。彼(女)たちの多くは、これまでも日本人労働者のように正規労働者としての地位を得ることは難しく、派遣労働者などの不安定な形態で仕事に就くことが多かった。そのため、今回の世界的不況では最初に打撃を受けた最大の被害者だ。

 外国人労働者は、不況に大変弱い存在だ。景気が後退すると、国内労働者よりも真っ先に採用中止、解雇など雇用調整の対象にされてしまう。それだけではない。ひとたび失職すると、景気が反転上昇に向かっても、仕事の機会になかなかありつけない。国内労働者が十分雇用された後、それでも労働力が不足する場合になることが多い。失職している間、家族などの生活を支えるセフティ・ネットがきわめて不十分にしか存在しない。   

 すでにアメリカでは問題が顕在化し、これまであまり見られなかった注目すべき変化が現れている。今年10月、全国平均の失業率は6.5%だが、移民の多いヒスパニック系に限ると、8.8%の高率である。 アメリカへの移民労働者の主要な送り出し側であるメキシコ政府の推計では、外国で働こうとする国民の数は2006年と比較して、今年は40%以上の減少だという。最大の出稼ぎ先のアメリカなどで労働需要が大幅に減少しているからだ。アメリカの国境パトロールが拘束した不法越境者の数は、昨年度(9月に終わる会計年度)は、前年度と比較して18%減とされている。

 21世紀に入って、アメリカにおける不法越境・滞在者の数は年々増加を続け、2007年には1200万人を越えたと推定されていた。しかし、その数を減らしたいというブッシュ政権下の政策対応は、議会の反対もあって実現せず、国境障壁の強化以外はほとんどなにもされることなく、放置されてきた。オバマ新政権の前に放り出された感じだ。  

 こうした状況で、アメリカで働く外国人労働者からメキシコなどの母国への送金も激減している。2007年で、すでに2000年以降の最低水準となった。メキシコへの外貨送金は2006年に前年比17%増加して、237億ドルを記録した。しかし、2007年は1%しか増えなかった。今年は7-8%減となると、メキシコ中央銀行は予想している。

 ヒスパニック系労働者は、農業、建設業、サービス業などで多数働いているが、一部にはアメリカで働くことをあきらめ、メキシコなどへ帰国する者が増えている。以前はアメリカを出国し、自国へ戻る人々についてはほとんどノーチェックという時代もあったが、テロや麻薬密輸への対応もあって、出国者についての管理も厳しくなっている。

 これまで不法滞在者の多くは、できるだけ長くアメリカ国内に留まり、アムネスティなど市民権獲得の機会を待ちたいと考えていた。そのため、不況に直面しても帰国することをせず、じっと耐え忍んでいた。しかし、今回はかなり様相が異なっている。不況はかつてなく深刻度を増し、仕事ばかりでなく、アメリカで生活すること自体が難しくなってきている。彼らはついに残された最後の選択肢、帰国の道を選び始めた。
アメリカ国内の不法滞在者取り締まりも、一斉に強化されたようだ。この機会に不法滞在者の数を減らそうという意図があるらしい。

 不法滞在者の数は、初めて減少の兆しを見せ始めた。Pew Heispanic Center の推定では、2008年3月現在の不法滞在者は1190万人と、前年2007年の1240万人から初めて減少を示した。2000年の840万人から一貫して上昇してきた

 これまでアメリカは国境管理の強化などで、不法越境者を拘束し、強制送還するなどの手段で、不法滞在者の増加に対応してきた。それにもかかわらず、不法滞在者の数は減少することなく、増加の一途をたどってきた。今回の大不況は、初めてその増勢に歯止めをかけ、滞在者数が反転減少を見せ始めた。

 しかし、母国へ帰っても、そこでも不況は彼らを待ちかまえている。アメリカで仕事がなくなったからといって、簡単には帰れない事情がある。国境隣接州などでは帰国者も増えるだろうが、ひとたび生活の基盤を築いてしまった労働者や家族は帰ることもできない。日本で働く日系ブラジル人などの間でも、日本で働くことに見切りをつけて帰国する人も増えているようだが、ブラジルも不況の直撃で仕事がない。世界同時不況の厳しさだ。移民労働者にとって、今年の冬はいつになく寒さが身にしむものになる。

 



 

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国境の南:麻薬密貿易との戦い

2008年11月17日 | 移民の情景
 

  大学生の間での大麻の吸引や栽培が、メディアで大きな注目を集めている。想像以上に、かなり広範囲にわたっているようだ。ついに大規模な麻薬禍が日本にも押し寄せてきたかという思いがする。かなり長い間、国境にかかわる問題を考えてきたが、この10数年、アメリカ・メキシコ国境における最も深刻な問題は、不法越境者による労働の側面ばかりでなく、それ以上に国境を越えてアメリカへ不法に持ち込まれる麻薬のもたらす犯罪や害悪にかかわるものだった。

 コカインなどの麻薬は、ボリビア、コロンビアなど南米や中米の秘密の生産地から、メキシコを経てアメリカへ持ち込まれ、世界の他の地域へ送り込まれてきた。そればかりでなく、麻薬取引にかかわる犯罪の増加がアメリカ、メキシコ両国にとって大きな安全保障、政治的課題として急速に浮上・拡大してきた。今年10月だけでも、国境密貿易に関わって150人以上が死亡している。

 10月25日には、メキシコの麻薬捜索の特別部隊によって、この密貿易の組織のひとつ‘ティファナ・カルテル’の手配中の5人の首謀者の一人が逮捕された。しかし、衝撃的であったのは、そのわずか2日後にメキシコ政府側で組織犯罪摘発にかかわるグループの多数の高官たちが、ティファナ・カルテルの競争相手の大組織に捜査情報などを流していたことが判明した。この組織は、世界最大の密貿易グループの一つとされている。さらに、11月4日には、メキシコのモウリニョ内務相らの乗ったヘリコプターが墜落し、乗員全員が死亡するという事故があり、密輸組織の報復ではないかと噂されているほどだ(メキシコ政府筋は否定しているが)。

 メキシコ国境に近い都市ティファナは、こうした密貿易マフィアと両国の警察・軍隊などのグループが、陰に陽に衝突している拠点である。この国境が密貿易の場と化していることについては、いくつかの理由がある。アメリカという大市場へ持ち込めば、国境を越えるだけで麻薬の生産者、売り手や仲介業者にとっても巨額な利益が生まれる。アメリカを経由して多くの国へ売り捌かれる。

 この売り手、買い手の間に介在するのが、麻薬マフィアの存在だ。彼らは麻薬という違法な取引を仲介するために、世界に広くネットワークを張り巡らす。さらに、警察などの介入を回避するために、地元の警察や軍隊を買収する。メキシコの場合、長い年月の間に犯罪組織は警察や政治組織の上層部まで手を伸ばし、贈収賄、脅迫などの手段で買収してしまった。そのため、麻薬捜査に当たる関係者のどこまでがクリーンなのか疑心暗鬼を生み、捜査をきわめて難しくしてきた。

 メキシコ側だけの情報や警察力ではとても解決できないと見たメキシコ政府は、2年前カルデロン大統領の政権に移行後、アメリカの協力を依頼し、連邦麻薬禁止機関と警察などからの情報を得て、大規模な捜査・摘発活動に着手した。しかし、捜査はなかなか進展しなかった。その背後には、既述の通り、麻薬取り締まりの任に当たる検察上層部にまでマフィアの手が伸びていたからだった。

 すでに1997年、メキシコの麻薬密輸の取り締まりに当たる陸軍最上層部の指揮官が不法取引組織と結んでいたことが判明していた。2000年にフォックス前大統領が当選したが、その政治は麻薬犯罪をの風土を助長してきた。カルデロン大統領当選後、麻薬組織への強い姿勢を恐れたマフィアによって、メキシコ連邦検察庁の上層部の何人かを暗殺された。今年に限っても麻薬取引にからみ少なくも4000人が殺害された。

 これには、政府の強い姿勢がようやく功を奏し、影響力を持ち始めているからだとの見方もある。 2006年12月以来、48,000人の密輸業者が逮捕された。さらに、69トンのコカイン、24,000丁の火器などが押収された。メキシコ警察によると、これらの銃のほとんどは国境を越えたアメリカ側で購入されたものとのことだ。アメリカの民間における銃砲所持問題の根は深い。
 
 カルデロン大統領のメキシコと、政権末期のブッシュ大統領のアメリカは、これまでになく協力している。1年前、ブッシュ大統領は麻薬撲滅作戦のために4億ドルを投入し、ヘリコプター、電子探索装置、人員訓練の必要性を連邦議会に要請した。議会は承認したが、未だ関連分野への支出はなされていないらしい。この問題も未解決のままにオバマ新大統領に引き継がれるようだ。アメリカ、メキシコばかりでなく、世界の安全と平和のためにも、こうした組織犯罪の撲滅を期待したい。グローバル化は不可避とはいえ、犯罪のグローバル化だけはなんとしても避けねばならない。


#アメリカ・メキシコ国境における不法越境、密貿易などにかかわる諸問題を鋭く分析した数少ない好著。
Sebastian Rotella. Twilight on the Line. New York: W.W. Norton,1998.


Reference
’Spot the drug trafficker’ The Economist. Novemver 1at 2008.
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移民市場の潮流変化?

2008年08月12日 | 移民の情景

  
  世界の移民の数や人口に占める比率は、長い時間のパースペクティブで見てみると、着実に増加している。かつて「人口爆発」といわれたほどの増加率ではなくなったが、現在67億人近い世界の人口は、国連推計では2050年に向けて87億人近くまで増加を続けると推定されている。この地球はさらに混み合ってくる。島国であることに加えて人口減少が急激に進む日本に住んでいると実感がないかもしれないが、人はさらにひしめき合って、この地球に生きることになる。とりわけ開発途上国の人口増加は、環境汚染や食料危機をさらに悪化させる原因のひとつになっている。そうした「悲惨な時代」に、幸い自分は確実に存在していないことが分かっているのだが、やはり気になる。

  世界の人口に占める移民の比率も、国際的な統計が次第に整備され、ほぼ時系列で追跡できるようになった。世界の人口全体の中では3%強とさほど大きくないかに感じられるかもしれないが、移民は特定の地域に偏在するので、非常に大きなインパクトを感じる地域も多い。長期的に比率は上昇傾向を辿っている。

  他方、短期の視野で見ると、国境を越える移民・外国人労働者の動きにはかなり大きな波動のような変動がみられる。いま、世界の移民の潮流はひとつの転換期にあるという指摘がなされている。要するに、これまで増加してきた移民の流れが落ち着き、反転減少の動きを見せているという*。大分眉唾ものだと思っているが、移民労働のウオッチャーとしては、見逃せない点だ。

  移民の需要と供給の双方について、いくつかの点が指摘されているので、見てみよう:

(1) メキシコなどラテン・アメリカ諸国から、アメリカへの移民の数が減少している。
  これについては十分信頼できる統計はないが、いくつかの観察結果から、そうではないかと推察されている。ひとつには、このところ3年続けて、アメリカ・メキシコ国境周辺での不法移民の拘束数が減っていることだ。2000年には年間164万人の拘束者があったが、その後大幅に減少、2002年かから再び増加を見せたが、最近ではおよそ半減に近いという。また、移民の母国であるラテン・アメリカ諸国への外貨送金は、2007年には240億ドルと観光収入を上回っていた。しかし、2008年については減少しているようだ。

  このように、流入移民数と外貨送金の二つが減っている要因としては:
  
  
第一に、 アメリカ国内での移民、とりわけ不法移民に対する反感が高まったことが挙げられている。これについては、9.11以降の反テロリズム基調が続いていること、州レベルでの入国書類不保持者を雇用することへの規制強化、州や郡などのレベルで強化されてきた移民取締り、不法入国者についての情報を入手する科学的探索・発見などの技術的向上などがあげられている。
  
  こうした中で、アメリカの国土安全保障省は、新年度の不法入国者(テロ対策も含む)対策予算として120億ドルを計上した。これには、国境パトロールの強化、物理的障壁の設置などが含まれている。南のボーダーは確かに物理的障壁は高くなる。

  第二に、アメリカ経済の停滞の影響が指摘されている。2007年以来、経済が停滞し、新規雇用も減少している。そのため、アメリカ国内の移民労働者の雇用機会が減少し、その情報がメキシコなどへ伝わっている。こうした情報の伝達速度は、IT時代の今日ではきわめて速い。

(2)EUにおいても移民数の流入が減少している。
  EUの統一的移民政策Frontexの責任者は、政策効果が上がって証拠として、北アフリカからの不法入国者を例年の倍近く送り戻したと報告している。イギリスなどでも、移民流入数は減っている。しかし、これについては、テロ対策などもあって事業所などへの臨検が拡大している影響もある。フランス、イタリアなどでも同様な動きが見られる。ブログで指摘したロマ人問題もそのひとつだ。

  ヨーロッパでは東欧諸国などからイギリス、ドイツなど西を目指す移民の流れは、一時は専門家の予想を上回った。しかし、当初の高い水準が継続するわけではない。流れの逆転も起こりつつある。ポーランドからイギリス、ドイツなどへ出稼ぎに行った労働者からの外貨送金は当初増えた。しかし、バルティック諸国の経済が活況を呈するようになって賃金も上昇し、ポーランド国内の建設労働者などの賃金も上昇し、労働力不足の事態も生まれるようになった。その結果、帰国者の数も増加しているという。これも、事実として確認されているとみてよいだろう。
  
  結果として、ヨーロッパでも、移民への需要も供給も減っているという推測である。しかし、これはアメリカ、ヨーロッパに見られている変化であり、世界の他の地域、中東諸国、オーストラリア、アフリカ、アジアの一部などでは、移民・外国人労働者の数は依然増え続けている。さらに、テロ対策その他で受入国の規制が強化されて流入が減少しているとしても、その背後にある流入圧力も軽減しているとは言い切れない。

  アメリカの移民政策が連邦法レヴェルでは、新大統領が決定するまで、事実上機能不全状態にあること、オバマ、マッケインいずれの大統領になろうとも、ヒスパニック系票田確保にこれまで以上に傾斜を強めざるをえないこと、物理的障壁強化の実効性に疑問が持たれていることなど、多くの要因が不安定な状態にあることが、現在の小康状態を生んでいると見るべきではないか。

  EUについても、加盟国拡大に伴い基軸国と新加盟国との人的交流は拡大しており、人的移動性が減少することは考えにくい。焦点は加盟国拡大によって前線が東へ移行しており、新たな国境問題も外延部へとシフトしていることだ。

  これらの点を総合してみると、それほど簡単に移民の流れが減少の方に方向転換する兆しが見えているとは断定できない。母国が次第に競争力を身につけ、経済水準がある一定レベルに達すると、海外出稼ぎへのインセンティブは次第に低下し、送り出し数は漸減する傾向はこれまでも観察された。ポーランドやルーマニアなどでそうした動きが見られることは望ましいことだ。雇用の機会が自国内にあり、家族などと離れることなく過ごせることは、いかなる国にとっても望ましい。

  ヨーロッパやアメリカへ移民しようと考える所得の閾値は、年収6000ー7000ドル(Kathleen Newland、Migration Policy Institute) くらいという推定もある。しかし、この判定ラインも経済発展とともにかなりシフトすると見るべきだろう。

  総体として自国内に仕事の機会が得られるようになることは、その国にとって望ましいことだ。しかし、自国経済が十分な雇用機会を提供しえない最貧国にとっては、先進国の壁が高くなり、移民の機会が減少することは影響が大きいと見られている。 World Bankの推定では、1兆ドルが2007年には貧しい国へ流れたが、2009年には8000億ドルくらいに減少するだろうとの推定だ。外貨送金の減少が、原油や食料品の高騰と重なると打撃が大きい。そうなると、国内経済の不振で雇用機会がなく、急迫した海外出稼ぎへの圧力も高まる可能性も残されている。

  地域を個別的に見ると、さほど楽観はできない。最大の問題地域は中国だ。国内労働移動の問題になるが、北京などから強制的に送り戻されている農民工たちは、五輪後どうするのだろうか。インフレ圧力の高進の下、十分な雇用機会を確保することは難しくなっている。

  中国政府は、北京五輪という国民的目標が達成された後の空白に不安を抱いているという。すべてを五輪の成功のためにと、牽引してきた緊張が途切れる瞬間だ。メディアは五輪の成功に中国13億人が燃えていると形容しているが、燃えていない人の方がはるかに多いのではないか。五輪の火が消えた後の闇の暗さは大きな不安要因だ。

  ヨーロッパでは自国民の人手が足りなくなっている高齢者の介護などの仕事は、次第に遠方の国から受け入れないとまかなえなくなる。たとえば、イギリスの場合、遠く、スリランカ、フィリピンなどのアジア諸国に依存する動きがある。高齢化はアジアでも明らかに拡大し、人手不足をおぎなうために、台湾、そして日本でも外国人を「家事手伝い」として雇い入れる動きが静かに浸透している。
  

  OECDの推計によると、2000年頃の時点で、OECD諸国に占める外国生まれの人口比率は平均7.5%とされている。15歳以上の人口については、およそ9%とされる。比率が高い国はルクセンブルグ(32.6%)、オーストラリア(23%)、スイス(22.6%)などだ。他方、韓国、メキシコなどは1%以下である。日本もかろうじて1%を上回る程度である。

  世界全体の移民の絶対数、人口に占める比率には大きな変化はなく、着実に増加している。今日の2億人の移民ストックは2-30年すれば、3億近くになるのは間違いない。アメリカ、EUなどに見られる一見、移民の流れが弱まっているかに見える動きは、かなり多くの要因が重なったものであり、世界の移民の流れが需給共に減少、反転に向かっているとは即断できない。大きな潮流、小さな流れの双方について、絶えずウオッチを続ける必要は依然として残っている。


Reference
"A turning tide?" The Economist June 28th 2008

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あなたのトマトはどこから来たか

2008年07月26日 | 移民の情景

   
    深夜、地震のニュースを見るためにTVをつけた後、「アメリカ映画協会100年の名作100本」 AFI's 100 Years 100 Cheers なる番組を見るともなしに見てしまった。自分の人生の過程と重なっていて、なかなか興味深かった。人気映画の順位は、これまで見た同じような順位付けとはかなり異なるところもあり、往年の名優、監督などが選ぶ作品は、それなりに楽しめた。これについては、記憶細胞を刺激された部分もあり、いずれ改めて記すこともあるかもしれない。

  順位表の中で、第7位にスタインベック「怒りの葡萄」が入っていたので、少し驚いた。このブログ(下掲)にも何度か書いたこともあったが、先週、ある大学で話題にしたばかりだった。ほとんどの学生は作品を読んだこともないようだ。司会役の先生が、今の学生は「1980年代生まれなんですよね」と気の毒そうに付け加えてくれた。以前ならボディブローを打ち込まれたようなショックだが、今はこたえなくなった。

  それでも、スタインベックは今日でもアメリカ人の心に、しっかり根を下ろしているのだ。さまざまな折りにそれを感じることがある。スタインベックが描いた農業季節労働者の世界は、今もほとんど変わっていない。アメリカの農業労働は、低賃金、劣悪労働分野として知られ、国内労働者が働きたがらない。ほとんどはメキシコ、中米などからやってきた外国人労働者だ。

  最近、注目を集める動きがフロリダ州であった。農場経営者やファースト・フ-
ド・チェーンなどの大規模な顧客を相手どり、労働者側が賃金の引き上げに成功したのだ。農業季節労働者の組織である「イモカリー労働者連合」 Coalition of Immokalee Workers が、バーガー・キングから時間賃率の引き上げを勝ち取るという近年では珍しい動きがあった。

  マイアミに本社を置くバーガーキングは、農業労働者が採取するトマトの出来高給を1ポンド(450グラム)当り1セント引き上げ、宿舎、休息時間など関連する労働条件も改善することに同意した。

  フロリダはアメリカ国民の食卓に上るトマトのおよそ80%を供給する一大産地だ。トマト農場の労働者の労働条件の改善要求は、長年にわたる当事者段階の交渉にとどまらず、議会の公聴会の対象にもなり、その労働条件の劣悪さが注目を集めていた。 一部の企業は2005年の段階で、労働者側の要求する賃率引き上げを受け入れていた。マクドナルドのように、裁判で係争中の企業もある。しかし、フロリダの農場主の90%近くが加入している 「フロリダ・トマト栽培者取引所」Florida Tomato Growers Exchange は強硬路線を維持し、賃率アップに応じた農場主には10万ドルのペナルティを払わせると脅かしていた。

   1ポンド当り1セントの賃率引き上げは、実に過去30年間で始めてのものとなる。しかし、それでも労働者はフロリダ州の最低賃率の時間あたり6.79ドルを得るためには、炎天下で過酷な労働で、600キログラム以上のかごを一杯にしなければならない。

  今回の労働条件改善がなんとか成功したのは、連邦下院と教会筋の支援があったためだ。4月には85,000人の署名がバーガーキングに突きつけられた。さらに、同社の役員が農業労働者を「血を吸うやつら」「人間も程度が悪い方」というような差別発言をメディアでしていたことが判明、社会的批判を浴びることになった。どこの国でもそうだが、経営者がよほど失点をしないと、労働条件の改善がなされない。

  農業労働者を軸とする労働者の連携は他の産業へも広がりつつある。ウオール・マート、サンドウイッチ・チェーン、レストラン・チェーン、スーパーマーケットなどが当面の交渉目標になっている。バーガーにかけるトマト・ケチャップがどこで作られ、いくらにつくか考えたこともなかった人たちも、多少目が覚めたようだ。昨年、「あなたのTシャツはどこから来たのか?」というアメリカ経済学者の本が、話題を呼んだが、衣食住、時々その源へ思いを馳せることも必要だ。
Tシャツ原料、うなぎの「国籍」、住宅の耐震性など、材料に事欠かない。さて、日本のトマトは?


References
The Grapes of Wrath, 1940 Directed by John Ford
'The price of a tomato,' The Economist June 28th 2008
Pietra Rivoli. The Travels of a T-shirt in the Global Economy, 2005
ピエトラ・リボリ 雨宮寛+今井章子訳『あなたのTシャツはどこから来たのか?』東洋経済新報社、2007年

本ブログ関連記事
「怒りの葡萄今も」 2005年9月16日
「怒りの葡萄その後」 2007年11月5日

コメント (2)
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医師・看護師も国境を越える

2008年07月08日 | 移民の情景

  7月7日、洞爺湖サミットが始まった。アフリカなどの代表も参加するとはいえ、ともすると世界を大国の先進国が主導し、支配する?という構図が見え隠れする。 しかし、現実にここで今後の世界の方向を定める多くの重要路線が決まる以上、関心を抱かざるをえない。

  サミットの議題にはならないが、先進国は
移民(外国人)労働者の受け入れについても主導権を握っている。日本もそうだが、人口減や少子高齢化で、労働力減少に悩む国は、他国から人材を受け入れて対応しようとしている。

  たまたま今春から導入されたイギリスの新たな「選択的受け入れ」を基準とする入国管理制度(Selective Admission)が話題となっている。EU域外からの入国者にそれぞれポイントを付して、高い専門性や投資能力を持った者から優先的に入国を認めるという方針は、制度上の差異はあるとはいえ、アメリカ、EU諸国、そして日本もいずれ採用しようとする方向だ。先進国にとっては、かなり身勝手な方策でもある。

  他国が多大なコストと時間をかけて教育・育成した人材を、受け入れ側の先進国はコストをかけることなく、自国の目的のために利用できる。先進国はおおむね報酬水準も高いので、開発途上国側は不利な立場にある。高い報酬に惹かれて、人材が海外へ流出してしまう可能性が高いからだ。

  高度な専門性を持った人材というと、科学者、技術者、医師、看護師などさまざまな職業がある。そのひとつの例として、内科医についてのデータが目に止まった。自分の国の医学部や医科大学で教育、養成した医師(内科医)の中で、外国へ流出してしまう医師の比率を示したものである。上位を占めるのは圧倒的に開発途上国、それも流出比率の点では、どちらかというと小国が多い。

  絶対数で内科医の海外流出が多い国は、2000年時点で、次のような順位である:

インド(20.3千人)、イギリス(12.2)、フィリピン(9.8)、ドイツ(8.8)、イタリア(5.8)、メキシコ(5.6)、スペイン(5.0)、南アフリカ(4.4)、パキスタン(4.4)、イラン(4.4)、フランス(4.2)、ポーランド(4.0)、ドミニカ(3.6)、カナダ(3.4)、オランダ(3.3)、エジプト(3.0)、ギリシャ(2.8)、アイルランド(2.7)、ヴェトナム(2.4)、中国(2.4)、ルーマニア(2.3)、スリナム(2.3)、マレーシア(2.2)、ベルギー(2.0)、トルコ(2.0)、グレナダ(1.9)、ロシア(1.9)、アメリカ合衆国(1.9)、セルビア・モンテネグロ(1.8)、ハンガリー(1.8)

  インド、フィリピン、メキシコ、南アフリカ、パキスタン、イランなど開発途上の国からの流出が多いことは予想した通りだ。他方、EUの中心国がかなり上位に入っていることに気づく。その理由はもう少し調べてみないと正確には分からないが、域内移動が増加していることが推定できる。

  医師の海外流出の背景は色々と考えられる。医師自身にとっては外国でより高度な研鑽や経験を積みたいという思いもあるだろう。高い報酬水準が期待できることはいうまでもない。ほとんどが流出してしまう国などを見ると、後に取り残される国民の悲哀を感じる。現在の国際的な仕組みでは、こうした問題を適切に解決する方策はない。しかし、これからの時代の移民(外国人労働者)政策には、送り出し、受け入れ双方の適切なバランスにこれまで以上の配慮が必要だろう。

  個人的な経験だが、何度か外国に長期、短期の滞在をしてみて、医療看護の実態の一端にも接した。イギリスで診察を受けた内科医(GP)、歯科医はすべてインドやアフリカが母国の人たちだった。予備知識があったので、別に驚くこともなかったが、友人・知人の中にはなじめずにロンドンの日本人医師の所まで出かけていた人もいた。しかし、グローバル化とは、こうしたことも当然包含しているのだ。フィリピンやインドネシアからの看護師・介護福祉士にお世話していただく時代だ。近い将来は医師もお願いすることになるだろう。日本はここに示したひとつの統計数値からも明らかなように、国際的プレゼンスがきわめて低い。それが良いか悪いかは別にして、外の風に当たる機会が少ない。時代の変化への確たる心構えが必要になっている。

  国で教育・訓練を受けた内科医の中で、海外へ流出した内科医の比率(%、2000年):
グレナダ (97%)、ドミニカ (97) 、セント・ルシア (66) 、ケープ・ヴェルデ (54)、 フィジー (48) 、サオ・トーメ・プリンシペ (43)、リベリア (34)、パプア・ニューギニア (32) 、アイスランド (26)、 エティオピア (26)、 ソマリア (25) 、アイルランド (25)、ガーナ (22) 、ハイチ (22) 、セント・キッツ・ネヴィス (21) 、ルクセンブルグ (21)、 ウガンダ (19) 、ドミニカ (19) 、スリランカ (17) 、ジャマイカ (17) 、ティモールーレステ (16)、 ジンバブエ (16)、 ガンビア (14) 、アンゴラ (14)、 マラウイ (13) 、ニュージランド (13)、 南アフリカ (13) 、ボスニア・ヘルツエゴヴィナ (13)、 マレーシア (12)、 トーゴ (12)


Source:Docquier and Bhargava 2006 Quoted in The World Bank。Migration and Remittances Factbook, 2008

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こちらも壊れる?: FIFAワールドカップへの道(2)

2008年06月26日 | 移民の情景

  北京五輪の聖火リレーは、いまやまったく形骸化し、祭典を祝う儀式の意味すらなくなってしまった。メディアの注目度も激減した。カシュガルやチベット自治区のように、市民の外出禁止、厳重な警戒の下、観ることすら許されない聖火リレーなど、正常な状況では到底国際世論が認めないものだ。四川大地震への同情が、厳しい批判を控えさせているにすぎない。北京五輪でのテロ防止は、今や中国政府にとって最大の問題になったといわれるが、抑圧政策は必ずどこかで破綻する。厳戒体制下でのスポーツ祭典では、不満も鬱積しよう。急速に進むインフレ、1億数千万人といわれる農民工の現状など、中国政府にとっては圧力鍋の蓋が飛びそうな心配の種に事欠かない。不安をぬぐいきれない五輪となりそうだ。

  続報となるが、FIFAワールドカップのホスト国となる南アフリカも、その運営能力が懸念されてきた。こちらの事態も深刻だ。元はといえば、経済の活況が移民労働者の増加を生んだことにある。それが物価上昇や外国人に仕事を奪われる不安に駆られた青年などによる移民労働者への激しい暴力的行動となって爆発した。一時は、収拾不能とみられたが、南アフリカ政府は軍隊などを動員し、抑え込み、暴力行動はやや収まったかに見える。しかし、一触即発の状態が続いている。

  国際的世論などを憂慮した南アフリカ政府は、移民労働者をヨハネスブルグなどの大都市郊外に急造したキャンプへと移動させている。しかし、メディアが伝えるようにその実態は大変厳しいようだ。南半球は冬であり、暖房、給湯などのサービスも受けられず、病人が増えている。収容された移民労働者とその家族は、生活の場を追われ、テント生活を余儀なくされている。正確な数は不明だが、南アフリカには300-500万人の移民労働者がいると推定されている。その多くは近隣諸国からの出稼ぎ労働者だが、今回の暴力行動で少なくも60人以上が殺害され、多数の負傷者がいるという。暴力行為は沈静化しつつあるといわれるが、1,000人以上が拘留されたという。

  ジンバブエ、モザンビークなどへ帰国する労働者も見られるが、帰る所のない者も多い。ジンバブエのムガベ大統領の虐政にみられるように、政権に反対する者に無差別に暴力をふるうなどの行為が広範囲にみられるアフリカの国々では、母国にも簡単には戻れない。残留している者に対しては南アフリカ政府は、国連、赤十字などの力を借りて、救済をしようとしているようだが、こうした危機への経験もなく、対応能力に欠け、膠着状態のようだ。今日まで沈黙を守っていたネルソン・マンデラ氏がジンバブエのムガベ大統領への批判的態度を表明したが、お膝元に火がついている状態では迫力もない。

  南アフリカ政府は、移民労働者がキャンプにいられるのは2ヶ月が限度であり、その後は自分で生活の手段を見いだすか、帰国せよとしている。しかし、元の住居へ戻った場合、隣人たちから受けた暴力行為の恐怖が消えない。この国で生活の再建を図ろうとする移民労働者にとっては、都市の住居へ戻るのは恐怖感が強い。そこは彼らを殺害したり、暴行を加えた住人たちがいる場所である。失業や高くなる食料品、石油価格などにフラストレーションを抱いた貧しい南アフリカ人は、外国人を自分たちの仕事や住居などの希少な資源を奪う者と考えている。こうして刷り込まれた観念を是正するのは、簡単ではない。

  中国とは違った原因だが、こちらもFIFA大会までの道程は急速に険しいものとなった。ひとたび「壊れた道」の修復には多大な努力が必要となる。


Reference

"After the storm". The Economist June 14th 2008
BBC News 2008年6月26日

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