大倉草紙

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【京都】 鞍馬の火祭

2008年10月23日 20時58分37秒 | 祭り・催し
10月22日(水)
当日の行程:(京都市営地下鉄・丸太町駅) → 【時代祭】 → (京都市営地下鉄・丸太町~三条京阪…京阪・三条~出町柳…叡山電鉄・出町柳~鞍馬) → 【鞍馬の火祭】


   

天慶3年(940年)、大地震や将門の乱で騒然としていた世の中の平安を願い、御所に祀っていた由岐大明神を鞍馬へと遷宮した。
遷宮の時には、手に松明を持ち、道々にはかがり火を焚いていたのだという。
この儀式と由岐大明神の霊験を後世に伝え守ってきたのが火祭の起源だと伝わる。
京都三大奇祭のひとつに数えられている。


鞍馬駅には3時半ごろに到着した。
由岐神社へ。

   
              拝殿(重要文化財)

   
                 本殿

   
                 大杉

樹齢800年、樹高53メートルの巨大な杉。
願掛け杉の御神木として厚く信仰されている。
京都市指定天然記念物でもある。

雨がかなり激しく降っている。
こんな雨の中でも火祭をやるのかなあ、と不安になるほど。
時代祭の時に配られたカッパが重宝する。
5月に訪れた時には、時間が早くていただけなかった御朱印をいただく。

   
  鞍馬の火祭のてぬぐい          由岐神社の御朱印


各戸の玄関先にある篝(えじ=かがり火)が点火されるのは18時。
それまで、鞍馬の町を歩いてみた。


   
               仁王門前の石段

20時過ぎになると、仁王門前の石段に松明が集まってくる。
その時の様子が、一番上の写真。
18時頃からは、祭りの見物客は立入禁止となる。


   
石段の上には、神輿がある。


   
消防車も待機。


   
このように、美しい屏風を飾っている家も見かける。


   
各戸の玄関先には、「御神燈」と書かれた提燈が掲げられ、水を入れた桶が用意されている。


   
                  松明


   
            滝澤家住宅(重要文化財)

祈祷札(きとうふだ)には、宝暦10年(1760)に建てられたと記されているらしい。
もともとは炭問屋であったそうだ。


   
               鞍馬の町並み

狭い道を大きな松明が通るので、18時からは、見物客は右側一方通行で立ち止まらずに歩かなければならない。


   
18時、「神事にまいらっしゃーれ」の合図で、火が灯される。



      

      
松明には、幼児が持つ「トックリ」、小学生が持つ重さ約30キロの「小松明」、中・高生が担ぐ重さ約60キロの「中松明」、大人が担ぐ「大松明」がある。
大松明は、長さが4メートル近く、直径は最大で1メートル、重さ約100キロもあり、これを2~3人で担ぐ。
松明を持った人たちは、「サイレイヤ、サイリョウ」と囃しながら、町じゅうを練り歩く。


   
松明が通ると、見物客の足は止まる。
通りを見渡せるお店の2階に席をとっている人たちは、窓にすずなりになる。
「少しずつ、前に進んでくださーい」と警官は叫ぶ。
火祭の警備にあたっている警官は、昼は時代祭の警備をしていたらしい。


   
見物客の一方通行の道は、祭りを見物できる場所より、家屋裏にある畑の脇の、道ではない「道」のほうが長い。
雨で足元はぬかるみ、カッパを着ていても寒い。
使い捨てカイロをバッグに忍ばせてきたことを思い出す。
まさか使うことはないだろうと思っていたのに。

松明が集まる仁王門前の石段の前を20時過ぎに歩きたかったし、お腹も空いてきたので、いったん列を離れて、にしんそばで暖まる。


   
まるで火事のようだ。
この後、石段では神輿の担い棒の先で、逆さになって大の字に足を広げて下りる「チョッペンの儀」が行われる。


帰宅後、どこからか煤の臭いがする。
火事ではあるまいかと火の元を点検するが、なんともない。
どうやら私自身が臭いの元であるらしい。
松明の煙の臭いをプンプンさせている。
お風呂に入っても煙臭く感じるのは、気のせいだろうか。
おそるべし、鞍馬の火祭。