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ひとり考え続けていることを公開しています。また、文学的な作品もあります。

詩集 『うさぎのだんす』 (2/2)

2016年03月05日 | 詩集

26

 キーボードを打っている


この大気の下
言葉が滴り落ちてくる
あるいは
言葉は湧きだしてくる
れいのうしゃではない

積み重なりの今から
ピアノかあれば
自然に弾き出すように
絵筆があれば
手が勝手に動くように
人の

白い野を越えている
 d\e k 0b5we. a
人の姿は ない
 vsk rt@q f ue a
踏み固められた道に
 2ntq/o;q na i a
溶け込んだ日差しがあり人の影があり
 s: byq@ vx@dt@ 3l vsk t:@ t@ 3l a
まぼろしのように匂い立つ
 j-@\d k 94 i i6eqz a




27

 わからない


人みなするように
ふと視線が下る

どこへ行くのか
よくわからない
どこから来たのか
どのように来ているのか
よくわからない

わかっていることから
数え出す
わからなかった岩山も
あるとき ひと触れで崩落し
年輪のようにまたひとつ加わる
少しずつ 数え方も変わってくる

幼時の記憶のような
だれもがわからないことは忘れ去り
日々熟(こな)れた手足が動いている
ように見える
わからないことなんて無いかのように
自信満々に語る者もいる
だれも奥底の微かなもやもやは 消えない

どこへ行くのか
よくわからない
どこから来たのか
どのように来ているのか
よくわからない
わたしは
人は

わたしの
人の
背中やこの歩みの中から 
いま ここに
わからないことは浮上する
わたしはわたしであり
わたしは人でもあり
いま ここに 生きて在るのだから
時間の織り目から滲み出す
わからなさの匂い
ひと息のコーヒーにかすかに匂い立つ



28

 さくら木の下で


小さい子がいう
カメさんになりたい

若者がいう
職人になりたい

老年がいう
なりたいものはないが
ねこの まあるくなってじっと佇んでいる
いいねえ

(滲み出し
触手をのばす
言葉は
ほの暗い在所の軒先から
ふるふるこぼれ落ちている
春霞の さくらの木のように
はなやいだ大気の下 しずかな
樹液が 絶え間なく 律動している)



29

 大きな声を出さなくなった


子どもの頃は
大きな声を出していたような
流れ高まり
放つ声 大気ふるわせ
帰ってくる
増幅された膨らみに からだの芯ふるい 波に乗り
また声を放つ
潮が引いていくと
ちっちゃな自分に戻っている

太古には
子どもでなくとも
大きな声を放つことがあったのかもしれない
しなびた風景を新たにつなぎ留めるよう
みなの肌触れ合いぶつかり合い
手を打ち 足踏み鳴らし 裸の肌が波打つ
しぼりにしぼり 汗は膨らみ 蒸気が上がり
大きな声が律動する

大きな声を出すと体に障る
大きな声を出すと回りの視線が気になる
そんなことではなくて
大きな声は変貌して
選挙の投票みたいになってしまった
はいこうしてここに書いてああしておしまいです
黙々と 行って帰ってくる
よそゆきを着込んだ
ひとりひとりの黙々に
ひとつひとつの大きな声は溶け込んでしまって
町中では大きな声を出すことがない



30

 きらい


ぴーまんきらいうめぼしきらい

ぴーまんはにがい
うめぼしはすっぱい
苦と酸にからだが折れ逃げる
うめぼしのはちみつ漬けのように
ぴーまんも少し甘くできるのかもしれない

あのひときらい

他人がきらいであれば
避けることもできる
けれど どんな小さな集まりでも
かならずうまく合えない者がいる
日々の積み重なりに
きらいが中和していくこともあるかもしれない

自分がきらい

まっすぐ進んでピンに当たる
と身をよじっても
溝の方にそれていくということがある
ボーリングのように
もう一度トライ
しても苦い後味が引いている
付き合うほかない
時間の根深い結晶に
日々ひなたの匂いを振り振りかける

生きているのがきらい

もうこの峠まで来たら
あとはない
谷は深あく 暗い
前のめりに
こころの襞が 白んで乾いている
水でも飲んで…… いや
そこ そこの わずかの残り振り絞って
自ら 水を少おし 飲み
フラッシュバックを越えて
いのちの裏側まで隈なく歩き回るがいい
あたりまえのように
どこにも日は差しているのだから……



31

 小景


あーん おくちをあけてくれる
 あああん
あーーん よ
 あああんあんp
えーとね あーーん これくらい
 ああんんp
じゃあ それを なんどかつづけてくれる
 ああん ああんp あああん ああんp あん
もういいわよ
ああ そこが すこしはれてるね
わかんなかったね
じゃあ おくすりのんどこうか
ちょっとにがいよ
 ああp あああp ああp
これで だい じょおう ぶ



32

 ぐるぐるまわる


(風が急に倒れ込んでくる)

まわっ

いる
ぐるぐるまわ

おなかもすこしぐるぐる
なりだして
言葉もぐるぐる
まわりだす
まわってまわってまわって
まわるうう

こんにちは
今日は新製品の案内に伺いました。
(きよは
しんせい ひん のあない
にうかうか がいまし た)

まわってまわってまわって
まわるうう

(わからないけど どっかに
地球の自転のような 静止領域が
あるような)
(風が つ め た い)



33

 ぼんやりと見える


途中に見つけた
いい感じの小枝で
背の高い草をなぎ倒しなぎ倒し
歩いて行く
橋の欄干では
叩きながら通っていく
縁起をかついでいるわけでもないな
最後まで叩いていかないと
何かが終わらないようで
歩調を合わせて
叩いて渡る

リズムをとっているわけでもない
口ずさんでいるわけでもない
ただ叩いて渡っている

なんでもない
遠い光景
が浮かび上がってきたら
たぶんわたしの現在(いま)がどこかで呼び寄せている
日々の慌ただしい手順の波に溶け込んでいて
わかりはしないが
ひとつの感情の曲線に
若い芽がぼんやり見える



34

 今は


赤ちゃんの今から
今の今は想像すらできなかった
今の今から
赤ちゃんの今はよくわからない
わからなくても
今の今の今をいくつも越えて
この今に来ている
振り返るといつも
今は燃え尽きた煙のよう

せわしない日々でも
ゆったりと歩いたり
お茶でも飲んだりする
ふと ありふれた今が揺らぐと
いつも
今は
先の見えない
壁に似ている
急に倒れ込んでくることはなくても
からだのどこかで壁を意識している

もういいかい
もういいよお
戦(おのの)きとともに
言葉に不安がよぎっていく
当てはなくても
とっくに手足は駆け出している

(いまいまいまいまいま)



35

 街に出る


この服で出かけるよ
 ちょつと地味だね
これ に するか
 それは派手すぎる
じゃあ どれがいいの………
 うーん ええっとね……

街に出る
うらぶれてはいても
にぎやかにいろんな旗
風になびいている
街中の言葉たちもいくらかなびいている
 いま飾ってるよ

とある店の前で立ち止まる
明るい照明の下
化粧した品々が
誰かを待っているように静かに腰を下ろしている
 いま飾ってるよ

ほしいものはなかったのに
見回している内に
これください
と言ってしまった
こちらとちがって
店の人は
見知らぬ他人
から
いくぶんにこやかな顔つき

変貌を遂げていた
いつものように お金以外に
どこかで なにか交換をして
 いま飾ってるよ
帰って来た



36

 話し合い


本日はお忙しい中集まっていただいてありがとうございます
話し合いは型通りに始まる
話し合いに加わっている
町内の班長会や職場の会議など
加わりたくなくても
加わらなくては
ならないことがある

話し合いの場には
およそ二つの層があり
議題に関わる層と
議題を超えた層があり
 賛成だ
 賛成はするが……
 反対だね
 とりあえずの解決として仕方ないか
  ああ早く終わらないかな
  今日はカレーだな きっと
  議題自体が無意味だな
  あ 笹が揺れている

話し合いの場には
沈黙が重奏している
けれど
ふんわり引き寄せられ
浮上してきた言葉たち
掃き寄せられ
なびいている
沈黙の噴流に押され
結論が下される

最終的な取り決めの後には
いつも帰って行く
沈黙たちの通り道がある
    向こうには 古くからの山々や海がひらけ
  なだらかな丘陵を成している
苦も喜も踏みしめられた
相変わらずの土ぼこりのする道を
下っていく
小さい頃から見知った人々はあんまり見かけなくなってしまったな
  下っていく
   点点点と影を引いている



37

 飾る


(飾りっ気がないと
部屋が静かすぎる)
なにげなく
花を飾る
絵を飾る
置物を飾る
飾ってしまっている
(部屋のくうきが変わる)

せんたくした
服を着る
(着飾るが少し忍んでいる)
洗い仕舞い込まれた中から
ひとつを選び取る
派手な鳥や歌手たちのようには
着飾ることはない
けれど ぱんつをはいて
うっすらと着飾っている

言葉が
かたち成しはじめる
どこからともなく
よぎるものがあり
着飾ってしまっている
出かけた道の途上に佇んで
何か忘れ物があるような
と触手が下り
あちらこちらと探して回る
靄(もや)が深い
 おっとお
つまづきそうだ


38

 交叉する


たとえば
皿など洗っていると
知らぬ間に
足もとに来ていて
踏んづけそうになる
少し踏んでしまって
 ふぎゃ
というときもあり
 どきり
よろけてしまう
 ごまちゃーん ぽい ぽい
こちらには
知らぬ間に 急に
と見えても
ねこにとっては
このねこの見渡す筋道がある
このねことこのひとと
ふだんの視線のちがいは
見渡す世界のちがい
うまく交叉するのがむずかしい

    ふぎゃ
 どきり



39

 見えないところがある


見えないところがある
見えるということは
芯から湧き立つ
匂い色合い漂い流れ
しっとり
肌合いに感じること

見えないところがある
自分の中でも
気づいたときには
角を曲がってしまっていた

見えないところがある
身近なひとの
繰り返し目にする光景に
視線が折れて込んでしまう

見えないところがある
足もとにすり寄ってくるのに
触れようとするとすり抜けていく
片手を柱で支えて見つめていると
片手の方ばかりじっと見ている
遊ぼうというのか ねこは
視線がさまよう


40

 目の検査


ひとりひとりの中に視線が注いでいます
あるいは 視線が湧き上がり
深い時間のいくつもの層から
踊り出すように
視線が行き交い
言葉は視線たちに溶け込んで
姿かたち成し匂い香り肌合いを放っています

何が見えますか
 人人人 目の前を歩いています
 (ちょうどいい いま 人の目線の高さ)

何が見えますか
 家家家 田田田 山山 干拓地 海
 (高い ヒコーキに乗っているぞ あれは五十年前のぼくの家)

何が見えますか
 しいんとしている 人の内臓のよう
 (高過ぎ 目がくらむ人工衛星 ぼくの誕生以前)

何が見えますか
 岩土岩水
 (暗い 地下何層だろうか 生き物のいない地球のからだの中)

では 次行きます
何が見えますか
 心配する パニックというのだ
 最悪の事態 想像する、 「手がかり」を
 ひとつずつの 現場の問題、
 勇気と尽力 感謝 します。

 深い悲しみ 恐怖 人間のこころは、
 ほっとく 暗い 洞窟の闇のなか
 射してくる光 脱出
 光の穴から、 空気も、希望も 出入り

 右に行くか 左に向うか、
 「どちらの判断も尊い」 と 思 う
 「右往左往」 反対側のリスク 覚悟
 「右往」のみ

 ぼくらは 元気な者 として 動いて います。 註.

 沈黙の流れに溶けている 時おり泡立つ

何が見えますか
 サ行のように凪いだ海
 遠い星のようにきらきら光っている

何が見えますか
 五十音が溶けてしまったような ・ ・・
 静まり帰っている

何が見えますか
 マントルの熱気
 ぼわっと感じる あっちち

はい
これでおしまいです
まあ問題ないでしょう

 註.「今日のダーリン」(2014.2.27、糸井重里『ほぼ日刊イトイ新聞』)の言葉から



41

 日々のあわいには


日々のじかんのまぎれから
ふと言葉が湧いてきたら
そうっと 書き付けることもあれば
なんども反芻していても
しだいに消えていくこともある
たとえ消えてしまっても
まあ いいか……

そうだね
それがいいね
あいづちを打っても
長い時間の流れでは
そんなことあったかな
ということもある

あれ それ それ
あれは なんだったかな
とってもたいせつなことのようで
思い出せない
流れに下っても
しずかに 泡立つばかり
一日と一日のあわいには
そんなことがある



42

 こころづもり


湧き立つ雲のような
こころづもりがあっても
歩き出したら
予期しなかった
影も差してきて
こころ模様が揺らいでくる

木々でも
人でも
流れに出会う
あ そこはまたいで
歩く
こちらからも
流れ出している
出会うものや人たちも こちらも
幾たび訪れきたか 春霞
春霞に揺らいでいる

自分のこころづもりでも
自分に こちらとあちらの意味があるように
こちらとあちらのこころ模様が見分けがつかない
春霞
ふいと
さくらの小枝を折り取って
家路についている



43

 狂言から


でん でん むーし むーし
でん でん むーうしむーしい
 やあ     やああ      よおああ
   ぽこぽこ     ぽこぽこ
      ヒュー         ヒューア

でーん でーん むーし むーし
まい まい まーい まーい
 やああ   よああ      よおおお
    ぽこぽこ   ぽこぽこ
      ヒュー         ヒューア    ヒュー

でーん でーん むし むーうおおあーし
まい まーい まーい まもおあーい
     ぽこ   ぽこ     ぽこぽこ
                     ヒューア

つのだーせ つのだーせえ つのだああーせえええい
やり だーせ やあり だーーーせえい えいえいえい
 やああ   よああ      よおおお
    ぽこぽこ  ぽこぽこ
       ヒュー      ヒューア    ヒュー

  註.
『schola(スコラ)坂本龍一 音楽の学校』(能/狂言1 NHK 2月27日)を聴いて。登場する野村萬斎の、昔、NHK『にほんごであそぼ』に出た「ややこしや」がおもしろかったので、この番組を聴いてしまった。能とか狂言には興味は持てないが、二つの出し物がわたしの耳を捉えた。たまたま柳田国男の「蝸牛考」をいま読みかけている。




44

 高速度撮影から


う うっ
う ううう
う う う
うみんp
うみんp がうんp
うみ が うまうまp
ウクライナ
う うっ
う ううううう
うみが
うみが うまうまれ るんるん
うみが うまれる

海が生まれる




45

 超高速度撮影から



・・
・・・

・・・
・・

おお
・・
・・


なみ ぬう
・・・
うう

うねるるるるるどどど
・・・・・・
うね るるるるる ど どど
・・・・・・・・
・・

うみ
・・・

・・・・
わた うみん


・・・・・・・
うみが うまれ れれれれれえ
・・・・・・・・・
・・
・・・
うみが うまれ る

海が生まれる



46

 メリーゴーランド


めーりさんの
ひつじ
ひつ

ひーつじ
めーーり さんのー
ひ  つじ
かわ い  いーね

めーーり
さんの
ひつ

し つ じ
 つじ
めーり さんー
 む かーえ
しっ かり もーー
の だーー


めーり さん

ねむる
ねむる ねむる
めーり さんは
ねーむる
…… ……



47

 ジェットコースター


めーりさん

めーりさ
ん の


ひ ひひ
ひ ひ ひ ひ (ゴホ ゴホッ)
ひ ひ ひーーーい

めっ
ひっ
うっ
うおっ うおっ おっ おお
うおおおおおおおおおおおお
(グル グル グルグル)


めーりしゃん
はあ
ぬむる のむるーよ
ふう




48

 歩いて行くよ


大気が冷たければ
少し厚着する
風が強ければ
鼻歌でも歌い
踏ん張りながら歩く

どうしようもないことが
押し寄せてきたら
押したり引いたり
回り道したりすり抜けたり
なんとかしようと足掻くだろう
たぶん


くたびれた
言葉の靴でも
立ち止まって
ほとんど触ることのなかった
ひもを結び直し
出かけるにはつらい
小雨降る日でも
雨をかき分けるように
歩いて行くよ

ああ
あめがつめたいな
肌合いにまでしみこんでくる
言葉も縮こまる
手をこすりながら
歩いているよ
車はときおり通り過ぎても
ひとにはめったにであうことがない



49

 重力の話


重力といっても
物理学の話ばかりではない
とりあえず重力と呼ぶもの
目には見えないようで
見えるときがある
仲違いした重圧に
顔も重たく 少しゆがんでいる
早く出かけたい子どものからだは
待ちかねて重力をはねのけようと揺れ動いている

重力の話には
まだ先がある
遥か 人が魚だったとして
そんな時の重力は
消失している?
遥か 人が鳥だったとして
重力を振り切ろうとする飛行の繰り返しは
消失している?
 そんなこと考えても無意味だ!
断定の裏側にも現在の重力がかかっている

ふだん気にも留めないことが
気になったら
きみは現在の囲いから少しだけ後景に移動している
重力が少しだけ揺らいでいる
ふだん人が気にも留めないようなことが
気になりすぎていたら
きみは若すぎるか老年か
あるいは不幸な生まれだったのかもしれない
重力がずいぶん揺らいでいる

NASAの重力観測衛星によると
物理学でも
この地球は一様な重力分布でもないらしい
心や精神にも重力の揺らぎの場があり
ふだん気にも留めないことが
気になりだしたら
気づかなかった
きみの中で
重力分布が変動している




50

 胎内画像


動いていますね
ほら ここが顔ですよ そこが足
はい あ こっち見てる

  うっぷぬっぷ うっぷぬっぷ
  うっぷぬっぷ うっぷぬっぷ
  (外からの 気配)ぱ ぱ ぱ
  ぱっぷぱっぷ ぱっぷぱっぷ

赤ちゃんは狭っ苦しく感じないんですか
そりゃあ 大丈夫ですよ 小宇宙ですから
はあ

  つるりんぱ つるりんぽ
  うっぷぬっぷ うっぷぬっぷ
  (かおがきこえる)ぷぬ ぷぬ ぷぬ
  (おとがみえる)ぷぬ ぷぬ ぷぬ
  (においがふれる)ぷぬ ぷぬ ぷぬ
  (むこうに なにがあるのか まあいいか)
  うっぷぬっぷ うっぷぬっぷ
  うっぷぬっぷ うっぷぬっぷ
  ゆらゆらゆうらり ゆるゆるゆるん

ちゃんと育っていますか
大丈夫ですよ 良好な発育です

  (おとやかげがとけてながれ くる
  うすいまくのむこうから うえのほうから
  あったかい ひざしのよう)ぷにゅぷにゅ ぷにゅ
  (ぼくはあなたのようで あなたはあなたのよう)
  (そっちのみずは なんかにがい)くにゅくにゅくにゅ
  うっぷぬっぷ うっぷぬっぷ
  うっぷぬっぷ うっぷぬっぷ
  うっぷぬっぷ うっぷぬっぷ
  ふあああ~あ


51

 下るまなざし


誰でもふとうつむくときがある
肌慣れた場に
静かに着地してゆく
上の方から吸引するものや
飛び交う言葉のかけら
嫌な自分も顔を出している

もうひとつ下ってゆくと
子どもの頃の原っぱに出る
草は踏みしだかれ
鳥が舞っている
吸引するものも 飛び交う言葉もなく
土や草の匂いの
ことばが漂っている

下るまなざしになった言葉が
さらに下ってゆくと
くらい洞窟の
所々に小さなひかりが差している
ここはどこ
という思いが起こることもなく
手探りで ゆっくりと歩いている
 きん こん かん
かすかな 水気のある音が
響いている
 きんこん かん
フラッシュバックのように
寄せてくる波をかぶりながら
 きん こん かん
半ば怖いもの見たさに
音の源流の方へ
歩いている

ふいと途切れて
さらに下っている
どこまで続く?
巨大な白い紙の 小さな点
言葉は無い
無音の
ただ 微かに周囲が黙々と波打っている



52

 峠にて


(なべに500ml水を入れ
42度まで暖めます)

温度計はない
指の感触では
まだぬるい
あと少し
峠でひと息
辺りの草花を眺めていた
下の方を振り返ることはしない

なべはぽつぽつ泡が出始めている
差し入れようとする指は
直前で引き返している
よそよそしい他人のように
峠を越えてしまっていた

(町田康なら踊り出す……
うどんの言葉は うどんの言葉は
煮え二重過ぎて あぢ あぢ あぢぢ
味は和華蘭 腰も和華蘭
わからん音頭だ くにゅくにゅくにゅ
にゅくにゅくにゅく あぢ あぢ あぢぢ)

調理ではないから
ゆっくりと下降していくのを待っていたら
あの場所にたどり着ける
かもしれない
熱すぎるゆの
風呂のいい湯加減の言葉みたいに
やわらぐ場所に


53

 言葉がない と言っても


こ 言葉がない
 無いと言っても 何かあるでしょう さやさや
ちいさな波紋が立っている
 ほらね 何かあるでしょう たとえば……
消すに消せない過去が
ふいと巻き上がった風に押され
転がり込んでくると
言葉の頬が赤らむ
 そうそう
いつもの屈折点が
年を経て摩耗していても
 ずきん ずきっ
うずき出す
風景が縮むのは
 ちいさく ちいさく
こんなとき
いずれにしても
生きて 在る
かぎりは
寄せては返す
とある岸辺に佇んでいる

こ 言葉がなくても
この世界に深く捕らわれていても
そんなことはなかったように
 ああ そうね
お茶も飲めばコーヒーも飲む
ウーロン茶も飲んだしキムチも食べたことがある
(キムチは肌に合わないな)
 水が合わない 水がちがう
水のちがいは
びみょうに作用している

こ 言葉があっても
繰り出すおしゃべりを
ぺらぺらぺら
ぺぺら ぺらぺら ぺぺらぺら
 調子いい
ページを繰るようにたどっていくと
ひっそりと凪いだ海面がある
 もうフィナーレ? あれは それは これは
あらゆるものが 寄せては返し
層を成して 溶け込んでいる



54

 なじみの場所


言葉にいかれてしまった
ように見えても
はだかで走り出したりはしない
言葉のからだに
黙する水面(みなも)に
流れ続ける
いちにーさん さんにーよん さんさんさん
反芻する
うつむく おもわず笑い ひそかに泣き 歩み 止(とど)まる
踏み固められた地に
日差しが
すこし まぶしい

こわいことに
生きていても
言葉が死ぬことがある
3万言費やしても
しずく滴る言葉は流れていない
抜け殻みたいに固くなっても
気づかないことがある
かすかな音や匂いが
生きて在るかぎり
底の方では湧いている

言葉のからだを下る
生きて 在る
かぎり
くりかえしくりかえす
いくつもの層を潜って
遥か下の方
透過した日差しを浴びて
流れ 流れる
無数のちいさなあかりが
自然になにかと 分かち合いながら
ぼおっと
癖のある等身大に
点滅している



  あとがき


  この一月ほど毎日のように詩を書いてきた。若い頃は毎日のように詩を書いていた時期があった。詩を書きながらふとそのことを思い起こしていた。あらゆる専門的な表現者のようにいつもより濃密な凝縮した時間を体験したが、そのことが言葉にうまく凝縮・展開されているかどうかはなんとも言えない。ただ、さて街に出るぞという心積もりとじゃあ人みなどこかで感じるようなやさしい言葉で行こう、ということはなかなか難しい。場違いなものの登場のように絶えず寄せてくる言葉があって、うまく格闘できたかどうか、詩の言葉が場違いなものになっていなければいいなと思う。また、人みな固有の癖のようなものがある。そのわたしの固有の癖のようなものが少しでも普遍の流れの方へ開かれていたらと思う。まだまだ続けられそうだけれど、これで一区切り。またいつか。                 (2014.3.10)

 


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