ニュージーランド移住記録:日記「さいらん日和」

2004年に香港からニュージーランドに移住した西蘭(さいらん)一家。子育て終了、仕事もリタイア。好きに生きる記録です。

限界越え

2012-12-23 | 海外子育て
連日のコース料理を反省して、
狙っていたとはいえ、
今日は限界越えのハードなガーデニング・デーになってしまいました


そこまでやる予定ではなかったのですが、

という天気予報が外れ、今にも降ってきそうな
曇り空


この季節にここまで曇って降らないのは千歳一隅のチャンス
・・・・と思ってしまうのは日光皮膚炎気味だから


朝起きるや庭に飛び出し(あっ、日焼け止めはしっかり塗りましたよ)
草むしり&植え替え
延々やって1時にやっとブランチというか、ランチ


「曇ってても、まさか午後はムリだよね~」
と思いながら、また外に出てしまい、今度は、
剪定&根元の草むしりなどなど


なっ、
なっ、
なっ、
なーんと、



6時まで


長い時間しゃがんでいたので、さすがに腰もダルく、
朝元気にカード屋へ行った善(15歳)まで帰ってきてしまいました
「夜ご飯作らなきゃ
ということで、やっと家に上がりました。


話すのも億劫なほど疲れてしまったものの、なんとか夕食もできて、
善と2人でカードのジャッジ(大会のときの審判)制度の話になり、
善は今日、その試験を受けていたそうで、無事パス。
「まぁ、ボクぐらいのレベルだったら落ちないよ。」
と、サラっと言っちゃう元NZ代表


審判登録をしていると、指定されたカンフェランスに行くだけで、
年間300ドルがもらえるんだそうです
(でもNZはカンフェランスが4年に1回あるかないか、らしいです)



う~ん、ますます奥が深い、カードの世界




善本人が覚えていたかどうかわかりませんが、
今日23日は当初の予定でいけば、善が1人で帰国する日でした。
飛行機も早々と予約し、本人も滞在を楽しみにしていました。
その前に家族でクライストチャーチ旅行を済ませておく段取りでした。


しかし、10月に入って私の父から、
「年末に温くんに会うのはお断りします」
という予期せぬ手紙が届きました。


この時点で父は温に合流して善も来るはずだったことを理解しておらず
(伝えていたのですが・・・)
温1人でも「お断り」となったら、2人の場合はさらにどうなる


父の理由は、
「イレギュラーなことは気が重く、ストレスの種になるだけです」
とあり、目に入れても痛くないはずの孫は「ストレスの種」に転落。


善は3週間滞在する予定だったので、夫の実家で3週間はさすがにムリ。
そもそも「会うのはお断りします」と言われてしまった事実に気落ちし、
「みんなに迷惑かけたくないから」
と自分で行くのを断念しました。


善の口から「迷惑」という言葉が出たのと、変わった両親であっても、
「私だけでなく、孫まで拒み始めた」
という現実に私も夫も愕然とし、子どもたちが不憫で涙が流れました。


私と両親の問題は今に始まったことではなく、生れたときからのものです。
私に妹が生まれる前の2、3歳のときの記憶がたくさんあるのは、
叱られないよう、母の気持ちの風向きが変わるの少しでも察知できるよう
常に目覚めているような、妙にませた子だったからでしょう。


実の親に拒まれ続ける苦労がとうとう温や善にまで及び始めた現実に、
私の中で今まで封印していたものが、一気に溢れ出てきてしまいました。



こちらの方も限界越えです。



「親子なんだから」「両親も歳だし」という譲歩と我慢ももう限界です。
ちょうど父の手紙をもらった直後に書いたメルマガ「西蘭花通信」
Vol.0603  ~50代の宿題:上を向いて寝よう~


拒まれる息子たちと小さい頃の自分が重なり、苦しい日々を過しました。
編集後記「マヨネーズ」で書いたように、

どうやら私の50代は抑圧していた子ども時代のもろもろの感情を、1枚1枚引っぺがし、洗いざらいさらけ出し、きれいにしなければならない時期のようです。
この連載は細々と続け、自分の中で問題に決着をつけたいと思います。


善は「落ちないよ」とは言っても、試験に受かったのが嬉しかったようで、
意気揚々と昨日引っ越したばかりの元温の部屋へ戻っていきました。





善くんは絶対に迷惑なんかじゃないよ




クライストチャーチのハグリー公園を歩く善と夫。



ほんとうに美しい公園で、

地震があったことを忘れそうになるほどでした。


1周6kmだそうで、

次に行く時はちゃんとシューズを持っていき、歩くか走るかしてみたい!



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