おだわらぐらし

縁あって引っ越した 相模の国_小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わった三年半の思い出

山中城へ行ってみました2

2009-08-23 22:53:20 | 静岡
以前も行った 箱根の三島側にある「山中城」ですが、
豊臣側との激戦があった 街道の南側「岱崎出丸(たいさきでまる)」は見損ねていたので、土曜日 亭主と「再見学」してきました。

↓駐車場の裏手を走る 旧「東海道」。
山中城は 西国から攻め上ってくる敵を小田原に入れないために 箱根中腹に設けられた山城で、 街道を南北から挟む形で立っています。
前回は本丸側を見学したのですが (よくわからないままに^^;)
当然ながら本丸は山の斜面の「高いほう」に造られており、
下から攻めてくる敵を最初に迎え撃つ事になったのは「低いほう」の 街道南側__  岱崎出丸 だったのですね。
 
北条も 対豊臣戦に備え この出丸を補強しようとしたようだが
工事未完のまま合戦になったようだ___と
見学者用の説明板に書かれていました。
 
↓御馬場北堀
 この先の「すり鉢曲輪(くるわ)」に上がった敵の行く手を
 阻むために作られたのでしょうね・・・
 
↓すり鉢曲輪
 芝生の下から岩盤が覗いてました。
 元々はどんな様子だったのかな?
 
↓すり鉢曲輪から下を覗くと
 「障子堀」が見えました。
 そのすぐ向こうが旧街道。
 
山中城を守っていたのは五千の兵士。
攻める豊臣側は三万五千。
ごく短い時間で 勝敗が決まったようです・・・。 
 
山中城は うち捨てられ・・・

後北条時代の山城の様子を 当時のままに 今日に伝えている、
のですね__。 


さ、 次は山を下りて 三島の「柿田川公園」へ行ってみましょう~。(つづく)