もし目が不自由になったら、こんな景色も見られなくなるんだなあ。
今まで眼は良かったので眼科には縁がなかった。それがとうとう「老人性白内障」に、まあ80歳だものしょうがないか。だがいまほど、自分の目が見えることのありがたさを感じたことはない。
15日は術後最後の診察日。検査用の目薬をさして瞳孔をひらき観察する。今回は目薬を3回さした。通常、さしてから20分から30分で瞳孔が広がり、4~5時間ほどすれば元の状態にもどるという。
診察後、先生が「ほかに眼の病気はなくきれいです。違和感はだんだん慣れてきますが、完全に気にならなくなるには2~3カ月かかることもあります」と。次は1ヶ月後である。
会計をすませ、タクシーが来るのを待っていると、周辺が白くぼやけて見え、まぶしくて目を開けていられなくなった。最初の診察のときも同じ検査をしたが、今回のようにひどくはなかったけどなあ。
なんとか帰宅できたが、薄目をあけて歩かなければならないので足元がフラフラする。部屋が明るすぎるのでカーテンをひいて暗くした。テレビも見られないし本も読めない。ソファに座ってただ時間が過ぎるのを待った。が、夜になってもよくなったように思えない。電灯を点けるとまばゆくて目がチカチカする。さすがにちょっと心配になった。
「このまま元に戻らなかったらどうしよう」、ベッドに入っても不安でなかなか寝付けなかった。翌朝、恐る恐る目を開けたら、まだ少し変だったが見えるようになっている。ほんの一時的の症状で、目が開けられないから目をつぶっていただけ、やがて元に戻ると分かっていても怖かったし、不安だった。
これまで目の不自由な人を見ても「不便だろうなあ」と思っても、自分のこととして考えたことはなかった。が、一瞬だけど見えないことの不便さを知り、恐怖や不安を経験したことで、目の不自由な人の気持ちが、ほんの少しだけど分かったような気がした。
私は薄目をあけて見ることはできたが、何をするにも不便でイライラした。「もし目が不自由になったら、私はどうしたらいいのだろう」、考えるだけで怖くて不安だった。改めて思った。目の不自由な人がどんなに不便な思いをしながら生活しているんだろうと…。そして、見えるってなんてありがたいんだろう、と神さまに感謝した。
事、視覚障害だけは特別な存在です。
1瞬でも見えにくく感じられたオールドレデイさんの
恐怖心、よ~く分かりますよ。
日にち薬で良くなっていらっしゃる様子、安心しました
因みに
(大阪大学アイバンク眼球提供登録)者になって
40年 目の不自由な方への協力だけは出来る範囲で
種々やっています。
手話にも興味はあるのですが、根が怠け者
本気で学ぶにはチョット躊躇しているのですが
私は網膜剥離を起こして白内障でもないのにレンズを入れられました。文句をいうと、将来白内障になる可能性があるからといわれ半ば強制的にはめられました。お陰で手術しなかった目よりはっきり者が見えるようになりました。それはそれでいいのですが、困ったことが起きました。それは、肝心の中心部がまったく見えないということです。字を書いていてもペン先が見えず何をを書いているのか分かりません。文字を書くときは片目をつぶって見える方で書きます。どうやら網膜剥離の手術のとき目の中心部を焼いてしまったようです。
同じ手術でも患者は十人十色、どんな名医でも100%成功なんてあり得ないことです。私の場合マンが悪かったか、日頃の行いの悪いせいで「バチが当たった」のだと思うことにしました。
今回は色々体験しました。足の不具合とは違い、目の具合が悪いのは堪えます。五体満足、これにつきますね。
新しいレンズを入れたようです。それがうまく合わないこともあるそうですが…。なんにせよ目の手術は怖いですね。
私もまだすこしピントが合わないのか、文字がぼやけることがあります。ただ、テレビの色がすごく鮮明に見えるのにはビックリしました。目が悪いと気分まで悪くなりますね。