30日午後9時からのNHK・BS2映画劇場で懐かしい題名を見つけた。日本での公開は1953年10月、アラン・ラッド主演の西部劇『シェーン』である。この映画は、私が小学校6年生12歳の時、生まれて初めて観た洋画である。
歳をとると今現在のことはよく忘れるが、昔のことは不思議とよく覚えているという、老人特有のボケ症状なのだろうか、この歳になっても、上映された映画館の名前も場所も、連れて行ってくれたのが母方の祖母だったこともはっきり覚えている。
過去にもテレビで放映されることはあったろうに、なぜか、今まで一度も観た記憶がないのである。で、これは見逃してはなるまいと、9時を待ちかねてテレビの前に鎮座した。
ハリウッドの有名な映画音楽家ヴィクター・ヤングのあの懐かしい主題曲とともに、ワイオミングの美しい風景と、馬を走らせるシェーンの後姿から映画は始まる。この主題曲に日本では「遙かなる山の呼び声」という邦題が付けれ、多くのファンに愛された名曲である。
ストーリーはほとんどの人がご存知だろうが、ご存じない方はサイトを読んでいただくとして、56年ぶりに観た感想は、「やはり西部劇はいい」のひと言につきる。だが、子どもの頃に観たときはなんとも思わなかったが、アラン・ラッドが意外に背が低く小男であったということがちょっとショックだった。175センチという身長は外人にしては低いし、肩幅も狭くて全体がこじんまりとした体格はたくましいガンマンというには優しすぎるように思った。もっともこの映画自体、少年とその両親との心のふれあいを描いたもので、荒々しい銃の撃ち合いはラストの方だけという、一般的な西部劇とはちょっと違っている。やはり、12歳の眼と56年を経た眼で観るのとでは大分違っていて、なんだか新しい映画を観たような気がして楽しかった。
主演のアラン・ラッドは30本近い作品に出演しているが、この『シェーン』以外にはこれといった作品はないそうで、強いて上げれば、ソフィア・ローレン主演の『島の女』(1957年)くらいだといわれている。この『島の女』は私も観た記憶があるというくらいで、彼は以後、ヒット作に恵まれず、1964年に薬物とアルコールの乱用のため、50歳の若さで他界している。また、ジョーイ少年を演じ名子役となったブランドン・デ・ウィルデは、その後数本の映画に出演しただけで、これまた不慮の自動車事故で30年の生涯を閉じたそうである。
映画が終って2人の解説者の談話の中に、意外な話があった。一般的には「少年に見送られて馬で去った」とされるラストシーンだが、「この時の馬上のシェーンは実はすでに死んでいる」という解釈が存在しているというのである。その根拠は、①決闘の撃ち合い中、シェーンが撃たれていること。②ジョーイの必死の叫びにまったく反応しなかったこと。③走り去ったシェーンの片手が力なく伸びていること。④ラストシーンでシェーンがいる場所が墓場であること―だというのである。でも、だれが言い出したことかは知らないが、少年が「シェーン、アイム・ソーリー」、「シェーン、カム・バック!」と叫ぶラストシーンで十分、それから先のことなど知りたくない。
若かりしころのアラン・ラッド。あまり似ていないけど…。
歳をとると今現在のことはよく忘れるが、昔のことは不思議とよく覚えているという、老人特有のボケ症状なのだろうか、この歳になっても、上映された映画館の名前も場所も、連れて行ってくれたのが母方の祖母だったこともはっきり覚えている。
過去にもテレビで放映されることはあったろうに、なぜか、今まで一度も観た記憶がないのである。で、これは見逃してはなるまいと、9時を待ちかねてテレビの前に鎮座した。
ハリウッドの有名な映画音楽家ヴィクター・ヤングのあの懐かしい主題曲とともに、ワイオミングの美しい風景と、馬を走らせるシェーンの後姿から映画は始まる。この主題曲に日本では「遙かなる山の呼び声」という邦題が付けれ、多くのファンに愛された名曲である。
ストーリーはほとんどの人がご存知だろうが、ご存じない方はサイトを読んでいただくとして、56年ぶりに観た感想は、「やはり西部劇はいい」のひと言につきる。だが、子どもの頃に観たときはなんとも思わなかったが、アラン・ラッドが意外に背が低く小男であったということがちょっとショックだった。175センチという身長は外人にしては低いし、肩幅も狭くて全体がこじんまりとした体格はたくましいガンマンというには優しすぎるように思った。もっともこの映画自体、少年とその両親との心のふれあいを描いたもので、荒々しい銃の撃ち合いはラストの方だけという、一般的な西部劇とはちょっと違っている。やはり、12歳の眼と56年を経た眼で観るのとでは大分違っていて、なんだか新しい映画を観たような気がして楽しかった。
主演のアラン・ラッドは30本近い作品に出演しているが、この『シェーン』以外にはこれといった作品はないそうで、強いて上げれば、ソフィア・ローレン主演の『島の女』(1957年)くらいだといわれている。この『島の女』は私も観た記憶があるというくらいで、彼は以後、ヒット作に恵まれず、1964年に薬物とアルコールの乱用のため、50歳の若さで他界している。また、ジョーイ少年を演じ名子役となったブランドン・デ・ウィルデは、その後数本の映画に出演しただけで、これまた不慮の自動車事故で30年の生涯を閉じたそうである。
映画が終って2人の解説者の談話の中に、意外な話があった。一般的には「少年に見送られて馬で去った」とされるラストシーンだが、「この時の馬上のシェーンは実はすでに死んでいる」という解釈が存在しているというのである。その根拠は、①決闘の撃ち合い中、シェーンが撃たれていること。②ジョーイの必死の叫びにまったく反応しなかったこと。③走り去ったシェーンの片手が力なく伸びていること。④ラストシーンでシェーンがいる場所が墓場であること―だというのである。でも、だれが言い出したことかは知らないが、少年が「シェーン、アイム・ソーリー」、「シェーン、カム・バック!」と叫ぶラストシーンで十分、それから先のことなど知りたくない。
若かりしころのアラン・ラッド。あまり似ていないけど…。
私は映画の内容をはっきり覚えていませんが、アラン・ラッドは凄腕のガンマンというイメージを全く感じさせないための配役だったように思います。
映画の中でシェーンは家族にそう思わせようと振舞っていたように記憶しています。
そして最後の撃ち合いでのギャップですごく盛り上がったのではないでしょうか。
洋画って何十年経てもステキですね。邦画はなんていうか、時代のギャップがありすぎてどうも見る気になれません。
最近、BSで次々と西部劇が放映されているので楽しみです。