肉魔神

野球と本の備忘録

内P終了

2005年09月27日 05時21分19秒 | 映画
毎週欠かさず視聴していた「内P」が終わってしまった。ダラダラ感が好きだったのだが。さまーずは、この番組で見せる姿が一番面白い。

「10ポイ~ンツ」
「キープ」
「ロ~ドリ~ゲス」
「今日のなにがし」
「ずんのやす」
「めぐの安」
「徳ちゃん」
など名文句も数多く生まれた。最近の女性アイドルは、この番組にアシスタントとして出た人以外は分からない、と言っても過言ではない。

ちなみにアシスタントの好みとしては
徳ちゃん→めぐの安→安田美紗子→山本梓
の順となる。
熊田曜子はどうも好きになれない。

筆や

2005年09月25日 18時13分40秒 | 食事
土曜の昼に南海氏と一緒に三崎坂上にある洋食屋「筆や」へ行った。「どっちの料理ショー」でポークソテーを紹介していた店だ。雨にもかかわらず店の前には5人ほどの列があった。これは期待が高まる。

ランチのみのメニューでポークソテーは無かったので、ビーフシチューセット(サラダ、ご飯つき=写真)2100円を注文。南海氏は乾燥トマトのパスタ。率直な感想は「まあまあの味だけど、2100円はちょっと高い」。舌が肥えすぎているのか。

客はほとんどが50~60代のばばあ。また、このばばあ達が揃いも揃って「ビーフシチュー。パンは(プレーンでなく)ガーリック」を注文する。年齢がいくとあっさりしたものが好みになる、なんて大嘘だ。驚いた。

近くに徳川慶喜の墓がある。東京だなぁ。

中2日の結婚式

2005年09月22日 21時11分05秒 | その他
今週はハード日程だった。

土曜=仕事→結婚式余興練習(マツケンサンバ=写真。朝5時まで)
日曜=ダブルヘッダー
月曜=結婚式(H先輩)→仕事→結婚式余興練習(朝5時まで)
火曜=仕事→余興練習(朝6時まで)
水曜=仕事
木曜=結婚式(M先輩)→仕事→飲み(渋谷・センター街「門」で朝5時まで)
金曜=神宮球場で横浜ーヤクルト戦→自宅飲み

H先輩の結婚式は近鉄ファンという理由だけで都ホテル東京(近鉄グループ)だった。
また、M先輩の式場、羽沢ガーデンは満州鉄道の2代目総帥の元自宅を改造したもの。非常に珍しかった。

3日で3試合

2005年09月19日 21時05分48秒 | 草野球
先週は金曜日に社内野球、日曜日に所属チームでダブルヘッダーと、3日間で3試合をこなした。ちなみに土曜は仕事、月曜日は結婚式&仕事でここのところハードスケジュールが続いている。

社内野球は2番遊撃で中安、二ゴロ、一ゴロの3打数1安打。相手とこちらの実力差がありすぎて、手加減されたのであまり面白くなかった。

日曜日の第1試合(上沼田東公園)は、7番サードで先発。内野安打2本。でもあまり強い当たりは打てず。投手としてはクローザーとして2回を2失点0自責点。五回は2死からエラーが遊撃失策が出たが(2死から失策が出ると、以降はいくら打たれても自責0)、そこから抑えられなかった。六回は3人でピシャリ。足が攣りそうだったし相手打者が非力に見えたので、スローボールだけで抑えきった。

第2試合(舎人公園)は、4番サードでフル出場。3タコ。強烈ライナーやボテボテのゴロをビシッとアウトにするファインプレーを連発したが、最後に2連続失策。途中までが完璧だっただけに残念だった。

駒苫元部長のウソ

2005年09月18日 00時19分49秒 | 裏事件簿
週刊現代9月10日号の192ページに、先日駒大苫小牧の茶木野球部長から暴行された3年生の記事が載っている。
それによると事件の概要はこうなる。

6月2日、ノックをエラーしたこの部員が周りの部員に茶化されて少し笑ってしまった。すると「お前なめてんのかよ」とバットで4発の突き。さらにゲンコツで何発も殴られた。みぞおちも殴られた。太ももには蹴りが入った。部員が「やめて下さい」とお願いするも数分間、最低20発は殴り続けた。その後、茶木は「学校に言うなら言え。高野連に訴えるなら訴えろ。その代わりこの町を歩けないようにしてやるからな」とヤクザまがいの捨てぜりふを吐いた。

暴行を受けた後はアゴがおかしくなって口が開けられなくなり、左腕も肩の高さから上がらなくなった。2カ月以上経った8月24日に病院で検査を受けても、外傷性の顎関節症と診断された。

学校側は当初「平手で3~4発叩いた」と説明していた。やっぱり大ウソだった。平手で3発殴られたぐらいで、部員が訴え出るわけがない。しかも、原正教頭はウソをつくことを部員に強要していた。学校というところは、信用ならない。

スイングガールズ

2005年09月17日 05時42分56秒 | その他
前から楽しみにしていた「スイングガールズ」を視た。一言で表すと女子版の「ウォーターボーイズ」だ。

補習中の女子高生たちが野球部の応援に行ったブラバン部のために弁当を届ける、といったことで物語がスタート(弁当屋がブラバンの出発に遅刻した)。女子高生が寄り道している間に弁当が腐る。ブラバン部員は食中毒でダウン。「代打でやるっぺか?」という女子高生(上野樹里)たち。どうにかこうにかあって最後は演奏で終了。まさにウォーターボーイズと一緒のオチだ。

大学時代に免許合宿でいった山形弁が懐かしい。そして「まじめなメガネッ娘」を演じている本仮屋ユイカがかわいい。(←秋葉系のようなコメント)。

映画の最後に「文化庁推奨」と大きく出てくる。暴力シーンやラブシーンが一切ないからだろう。最近の映画ではこれは珍しい。

まず屋

2005年09月17日 05時12分05秒 | 食事
来週はお世話になっている先輩の結婚式が2件続く。その余興(マツケンサンバ)の練習が忙しく、久々の更新となりました。すいません。

ひいきにしている酒井美紀が出演している、というだけの理由で「どっちの料理ショー」を視た。「ビーフカツ VS ポークソテー」。腹が減っていたので、番組の中でポークソテーの名店として紹介されていた「筆や」(日暮里)に行こうと思った。

しかし、あまりに店が狭そうので近所に別の洋食屋はないかとネットで探したところ千駄木の「Ryu」が引っかかった。

しかし、これが大失敗。人生でワースト2のクソまずい店だった。ちなみにワーストは王子に以前あったイタ飯屋「ランポーネ」。生まれて初めて外食で半分以上残した店だ。今日は、負けず劣らぬの店だった。

店構えはなかなか格好いいし、千駄木駅からすぐというロケーションも良い。ただし注文した料理が出てきてからは「あまりにマズい!いい加減にしろよ(怒)!」しか台詞が出なかった。

注文してから30分はかかった上に、焦げた味しかしないポークソテーの薄味クソまずソース。おまけに注文を間違えられた。たまたまこの1品だけが不味いのかと思ったら、連れが注文したカニクリームコロッケも食えないぐらいマズかった。

インターネットのグルメ情報は、もう信用できない。やれ「ぐるなび」だ「ヤフーグルメ」だといっても、店の回し者が投稿しているとしか思えない。あんなクソ不味い店を高評価するなんて。マスコミや記者の存在意義を、今日ほど感じた日はない。

その昔、作家になる前、国分寺でバーを経営していた村上春樹は「店を繁盛させるコツはリピータの獲得にある」とコメントしていた。確かにそうなのだろう。「Ryu」にはもう2度と足を踏み入れないだろう。早く潰れろ!

オールドルーキー

2005年09月03日 19時10分42秒 | 映画
レンタルビデオ屋で「スイングガールズ」を借りようとしたら貸し出し中。「シービスケット」も貸し出し中ということで「オールドルーキー」を借りてきた。

実際にあった話で、化学の教師をしながら高校の弱小野球部の監督を務めていたジム・モリスがメジャーリーガーになるサクセスストーリー。1年に1勝しかできなかった部員たちに「もし俺たちが地区優勝したら、監督もメジャーリーグのテストを受けてくれ」と約束させられてしまう。無論、チームは優勝し、モリスは入団テストを受け、合格してしまう。

モリスは83年にブルワーズにドラフト1巡目(全体4番目)指名された左投手。芽が出ずメジャー登板なく87年には解雇される。88年にはホワイトソックスと契約するが、翌年にはまたも自由契約となる。

その後高校教師をして、99年1月にデビルレイズにテスト入団。5試合で4回3分の2を投げ3安打3失点2四球3奪三振、防御率5.79。翌年は16試合に登板。10回3分の1で10安打10奪三振7四球、失点9自責点5。2000年の年俸は20万ドル、通算防御率は4・80だった。

劇中の話によると、最初のプロ生活では80マイル台(129~143キロ)しかでなかった球速が、2度目の入団テストでは98マイル(158キロ)出るようになった、ということだ。

ちなみにモリスのように話としては、少年野球のコーチから復帰したスティーブ・エイブリーがいる。90年代のはじめにマダックス、スモルツ、グラビンらとアトランタで先発4本柱の黄金時代を作った左腕。エイブリーは91年から99年まで18→11→18→8→7→7→6→10→6勝をあげた。03年にタイガースで復帰し2勝をあげた。通算96勝。復帰時には「もう1度挑戦する。8歳の子供たちを相手に投げていたのが、いい練習になったのかな」という粋なコメントを残している。ブレーブスファンとしてはエイブリーの映画も作って欲しい。

探偵物語

2005年09月01日 17時44分16秒 | 映画
久しぶりにレンタルビデオ屋に行って「探偵物語」を借りてきた。長年心の片隅に松田優作の姿をテレビで見た記憶があったのだが、よく思い出せずモヤモヤがあった。ドラマが放映されていたのが79年9月~80年4月なので、6歳ぐらい。記憶が曖昧なのも仕方ない。

内容はコミカルな刑事(探偵)ものドラマ。コミカルという点で、おそらく後の「あぶない刑事」「トリック」などにも影響を与えたのだろう。松田優作の台詞回しが早すぎて、なおかつ声が小さすぎて、よく聞こえないところがしばしばある。多々アドリブがあったということなので、そのへんはアドリブだったのだろう。

松田美由紀が熊谷美由紀として登場していた。この競演がきっかけになって結婚したのだろうから、好奇の目で見ていた。「いこかもどろか」のさんまと大竹しのぶを見たときのように。また、脇役の岩城滉一や水谷豊ら、脇役の豪華さも面白い。

数年前、偶然ラジオからSHOGUNの「男達のメロディー」が聴こえた。知らない曲のはずなのになぜかなつかしく、20年以上ぶりなのに口ずさめた。幼少期を外国で過ごした帰国子女が、ふとした瞬間にその言葉を思い出すような感覚だろうか。米国で育ったデーモン木暮が以前「なぜか英語がしゃべれてしまう時がある」と話していたことのように。

「男達のメロディー」は79年に放映されたドラマ「俺たちは天使だ」の主題歌だった。探偵物語と同時期の刑事ものドラマだし、SHOGUNは探偵物語の主題歌も歌っている。だから懐かしかったのだ。

人間の脳の記憶力はすごい。意識下で覚えてないことを無意識に覚えているのだから。今度は「俺たちは天使だ」を借りてみよう。