鮎と戯れて・・・魚族に感謝

東北地方を中心とした短い夏のあまり多くない鮎釣りの記録。家族に感謝して。近くの広瀬川の環境等にも拘るも、オフは時事問題も

しっとりしたのもいいもので、

2016-04-14 14:08:11 | 思いつくまま

 いま例によってNHKFMを聴いています。 最初の曲紹介によると、シベリウス特集みたいで、まもなく交響詩”フィンランディア”が演奏されるようです。 何かとっても得したような感じです。

           (三角公園の桜)

 

 シベリウスのフィンランディアといえば、去年の11月23日かな、丁度私の誕生に開催された尚絅音楽祭での演奏会を思い出します。 何となんとナントそのとき生のオーケストラの演奏で、フィンランディアを聴いたのです。 真新しい広い教会で聴くというのもいいものでした。 間もなく演奏が開始されるでしょう。

           (公務員住宅向かいの堤防の桜)

 

 

 朝方は強い雨という天気予報は当たったというべきか外れたというべきか。確かに総長(こういう「総長」が出てくると、どうしても思い出すのは新鮮組ですね、局長・副局長のほかに総長という地位がありました。例の山南総長です。)いや早朝は強い雨が降っていましたが、6時頃には小粒の雨となり、7時過ぎには一応止んでくれました。 

          (午前9時30分頃)

  

 出勤する人には良かったですね。新一年生も傘を持っての登校ではなくなったので、保護者はホッとしていたことでしょう。 

                            

 それでもこちらは上下ともレインコートでの完全武装をして十字路に立ちました。いつ降っても対応出来るようにしておかないと、子どもたちの安全はまもられません。

   

 そうそう立哨のとき見ました、軽やかに低空を飛ぶツバメの姿を。 今年初めてのツバメとの対面ではないかな。

 (これはツバメではありません。広瀬川分流を人懐っこく飛ぶセキレイ?でしょうか)

           

 ツバメということで、二十四節気を見てみると、ツバメは「清明 初候」でした。14日からは「清明 末候」に入り、「虹始見(にじはじめてあらわる)」です。 ツバメではなくて「虹」でした。虹が初めて出る頃ということで、その年初めて見える虹を「初虹」というそうです。

             

  

 少し霞む河原では久し振りに、ウグイスが迎えてくれました。 またきのう同様近くの高校生たちが50メートル走の計測をしていました。二人ずつ走るのですが、迫力ありますね。 50メートルを7秒台(男子)で走るようですが、若い肉体が走っていくというのは正に若さの象徴そのものです。

 (水面は雨のために濁りが入ってるのですが、中洲の木々を綺麗に映し出してくれます。)

           

 象徴的といえば、韓国の選挙結果がこれからの日韓関係にどのような影響を及ぼすのか興味がありますが、与党のセヌリ党が大きく交代しました。 与党と野党が拮抗してきた、3党体制の韓国の政局は羨ましいです。国民にバランス感覚があります。(北朝鮮のことを考えると複雑な心境になりますが)

                

 日本も夏の参議院選挙(または衆参同時選挙)で、一強多弱から与野党が拮抗し鬩ぎ合うような体制になって欲しいし、是非ともならないといけません。 独裁体制の打破、これに尽きます。

   

   (桜の花びらは、だんだん散って寂しくなりつつあります。)

 いまからフィンランディアが演奏されます。この曲はフィンランドがロシアの圧政から解放、独立する苦悩と支援を表しています。演奏中止にさえなったのですから。 いまこそ日本も自民党の圧政からの解放を!それが民主主義です。

 

 驚いたのは今全国的に待機児童解消ということが大々的に叫ばれていますが、保育園の開園が周辺住民の反対で中止されてしまったことです。 もっともいまや赤ちゃんが公共交通機関内で泣き叫んだり、小学校で子どもたちが元気に騒ぐことさえも近隣住民から苦情の基になってしまうという悲しい現実がありますので、そういうことも出てくるのかなと思うのですが、ではあっても悲しいことです、淋しいことです。

 米軍基地や飛行場のことではありません。人間だれしもが成長するにしたがって辿ってきたごく自然なことなのです。 もともと泣いて生まれてきたわけですし。誕生のときはいくら泣いても、いや泣き声が大きいほど喜ばれ、周りの大人も喜んだではありませんか。

  

 泣いて騒いで悩んで大きくなっていくのです。周りに迷惑を掛けながら、お互い様です、成長していくのです。付近に保育園等ができたら逆に喜んで、遊びに行ったりしたらいいじゃないですか。今はいろんな組織団体はは地域との連携を重視していますし、その中に生きがいなり喜びを見出せばいいのです。

 自分の老後、静かな老後や余生を優先するのはそれはそれで意義があることではありますが、どうなろうとも所詮ニンゲンは一人では生きてはいけないのです。周りの支援や助けが必要になってくるのです。互助共助です。

              

 今回の件では確かに道路が狭いという難点はあると思います。送り迎えの車や自転車、人の出入りは多くなるでしょう。でもそれは行政や警察等の強力な?協力で乗り越えられなくはない問題と思うのですが、みなさんはどう思いますか?  虚しくなってきます。

 (話しがまた逸れてきました。)

 

  (この2枚は我が家の庭?に咲いていた花です。名前はしりません。)

                         

 

 さてはて、下の2枚の写真は何を意味するのか? 次号?次次号??のお楽しみです。

 

                 


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする