志情(しなさき)の海へ

かなたとこなた、どこにいてもつながりあう21世紀!世界は劇場、この島も心も劇場!貴方も私も劇場の主人公!

「フェミニズムの視座からみる沖縄演劇ー【忠孝婦人】を中心に」を書きながら過ごす大みそか!

2010-12-31 16:15:23 | グローカルな文化現象
毛利三彌先生が中心になって査読する「西洋比較演劇研究」に応募する論稿を書きながら大みそかが暮れていく。締め切り前に何とかコンセプトが固まってきてPCに向かっている。こんな大みそかは初めてである。隣の部屋から紅白歌合戦のあまり聞きごたえのよくない歌声が聞こえてくる。

やんばるの母の所へ行きたいのだが、論文が仕上がらないゆえに17歳も勝手に自分の部屋で宿題をやったりネットを見ているようだ。ヤンバルに行けないのかもしれない。ひょっとしたら明日の朝まで徹夜状態になるのかもしれない。大みそかから新年にかけて書いたのだという言い訳で添付で送りたい。

こんな経験は生まれて初めてである。大みそかから新年にかけて論文に取り組むなんてことはなかった!こんな年末年始もいいね!それにしても論稿を書きながら自分の能力のなさにあきれている。それが一応形が整ったにしても多くの注釈を入れ、参考文献を書き込むと20000字にはなるのだろうか?送っても査読で突き返される可能性も大である。今までノラリクラリとつきあって今頃ひらめいて書いているというありさまは自分自身情けないが、引用する論稿なり書物を書いている方々の緻密さに圧倒されたりしている。まともな論稿になりえるか?合間にこんな文章を打ち込んでいる。

ひねもすことばを組み立てる。それがどこに導かれるのか?歌と共に鼾も聞えてくる。「スンキャ ミナサイン」(死ぬまで人は見下せない)という宮古島のことわざが浮んでくる。

諍いの歴史があり、地獄があり、おだやかな時が流れるのか、溝は深く、それでも続くもの。男女の溝の深さは、諦観と虚無と妥協を拒絶すると、さびしい砂漠が滔々と続くだけだが、それを身に引き受けるのも決意!人は優しさを求めてやまないままに弧絶に死ぬ?!なんてことがないように奇跡を信じよう!軌跡?奇蹟!生涯の思いを詩句に封印する鬼気迫るものはあるね!

あなたの孤独はあなたのもので、わかりかねる闇を拓けないままーーー!

なんて人は観念的なんだろう!さびしさを紛らし時が流れる。手を伸ばせば届いてもあえて伸ばさないのは、過去への離別!
HYの歌が流れる。いいね、他の歌手よりはるかにいい!甥の結婚式に聞いたような歌だ!

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