
(9月3日から5日まで旧盆ですね!仏壇が出る沖縄芝居「5人の母」です!)
人間国宝に一喜一憂スル必要はない、との話です!琉球舞踊に人間国宝が誕生すると、事態はもっと悪くなるという予測も気になりますね。コメント蘭を読まれてください!コメントが100を越えました。
ヒーラーモーイ親方の総括的な追伸はまだ続くことを興味深く見守りたいのですが、マクロにもミクロにも、政治=日常の総体が係わってくるのでしょうね。国の中の指定であるかぎりは国家の規範なり文化的価値やシステムの動向が反映されてくるのは必然の要素があるのでしょうか、それが米軍基地と移設の辺野古への押し付けと同じような「文化政策」が伴ってくる可能性は、常にあるわけでその流れの中でどう、独自性なり文化の自立性を獲得することができるか、厳しいところがある、という指摘でしょうか。
文化行政や教育行政はピラミッド型で全国統一しています。その中で地域の固有性がどう生かされているのか、モノトーンに見える列島の多様性と文化の多元性・ユニークさがどう活かされているのか、気になりますね。沖縄の場合、差異があるのか。すでに内国植民市だと作家が明言してはばからない沖縄の地政学的な歴史と現況の中で、文化行政がそれと違うということはないでしょう。文化の独自性・固有性・価値概念がどう沖縄に住む人々に豊饒なものをもたらしていくのか。それが精神(魂)の拠所になっていくのか、ですね。
ハワイに行った時、貧しいハワイの土着の人々の姿が気になりました。しかし観光地はハワイ王国の歴史と文化が存分に観光資源として利用されているイメージでした。その歴史と文化を培ってきた人々ははじかれ、しかし利用され、誰が潤っているのか、ですが、ひょっとしたら沖縄も又同じ現象(表象)に彩られているのではないか、という危惧を持ちます。そうならない今日から明日へですね。
(瀬名波孝子さんと宜野座村の地域に根ざした「沖縄芝居劇団"劇団美ら芝居"」ですね!)