ぼけ~~~っと人生充電記!

こんな時だから、こんな時だからこそ、色んな事を書き残していきます。

俳優・寺田農さん死去 81歳 最後まで仕事を続けながら…多数の作品で存在感 『ラピュタ』ムスカ大佐も

2024-03-23 23:00:00 | テレビ(ドラマ、他)

 俳優で声優としても活躍した寺田農さんが14日未明、肺がんのため亡くなった。81歳。所属事務所「CESエンタテインメント」が23日、公式サイトで公表した。

 同社は「弊社所属 寺田農が2024年3月14日未明、肺がんのため81歳で永眠いたしました。最後まで仕事を続けながら、諦めることなく希望を持って、治療に励んでまいりましたが、桜の開花を待たずして帰らぬ人となりました」と報告。

 「これまで応援して下さったファンの皆様、多くの作品でお世話になりました関係者の皆様の生前のご厚誼に深謝いたしますとともに謹んでお知らせ申し上げます」と伝えた。

 1942年11月7日生まれ、東京都出身。文学座付属研究所に入団。68年に映画『肉弾』で主演を務め、「毎日映画コンクール」で主演男優賞を受賞。多彩なジャンルのドラマ・映画・舞台で存在感を発揮した。また、『天空の城ラピュタ』ムスカ大佐役をはじめ、声の仕事でも愛された。

■報告全文

弊社所属 寺田農が2024年3月14日未明、肺がんのため81歳で永眠いたしました。 最後まで仕事を続けながら、諦めることなく希望を持って、治療に励んでまいりましたが、桜の開花を待たずして帰らぬ人となりました。 これまで応援して下さったファンの皆様、多くの作品でお世話になりました関係者の皆様の生前のご厚誼に深謝いたしますとともに謹んでお知らせ申し上げます。 なお、故人ならびにご遺族の意向により近親者のみにて家族葬を執り行いましたことを併せてご報告いたします。 誠に勝手ながら、ご弔問・ご香典・ご供物・ご献花の儀は辞退させて頂きたく存じます。 何卒ご理解賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

株式会社CESエンタテインメント

(https://news.yahoo.co.jp/articles/aaf3d5a89b165c6e203f7a41a014bdcd3d7f86cb)

 

名優さんがまた一人この世を去りました。

ご逝去を悼み謹んでお悔やみ申し上げます。

                          5681号

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「30連勝を止めた男」佐々木八段、藤井聡太名人破り優勝 NHK杯

2024-03-17 23:00:00 | テレビ(ドラマ、他)

 第73回NHK杯将棋トーナメントの決勝が17日、NHK・Eテレで放送され、佐々木勇気八段(29)が前回覇者の藤井聡太名人(21)を169手で破り、初優勝した。対局日は2月12日。2022年度にタイトル戦以外の四つの「一般棋戦」を全て制覇する「グランドスラム」を成し遂げた藤井名人は、23年度も4棋戦全てで決勝に進出する強さを見せたが、優勝は将棋日本シリーズJTプロ公式戦だけとなった。

 藤井名人の23年度勝率は8割4分9厘(45勝8敗)となり、防衛に王手をかけている棋王戦五番勝負以外に年度内の対局がないため、中原誠十六世名人(76)の持つ年度最高勝率(47勝8敗の8割5分5厘)更新の可能性がなくなった。

 NHK杯決勝は、前年と同じ顔合わせとなった。振り駒で先手番となった佐々木八段が角換わりの戦型から事前研究していた手順に誘導し、一気に藤井名人の玉に迫った。残り時間の差でも優位に立ったが、一瞬の緩みを突かれて反撃されて、一時は藤井名人に逆転を許した。しかし、藤井名人が最後に決め手を逃し、佐々木八段が辛勝して雪辱を果たした。

 ◇「30連勝を止めた男」

 佐々木八段は名人戦順位戦でA級に所属するトップ棋士で、17年に過去最多の公式戦29連勝中だった藤井名人に初黒星を付けたことで知られる。終局後、佐々木八段は「優勝できるとは思っていなかったので涙が出るくらいうれしい。藤井さんを追い詰めることができたらと思って臨んだ。藤井さんに勝っての優勝はかなり自信になるし、これからもしっかりした将棋を指さなくてはいけない」と喜びを語った。藤井名人は「終盤は判断がつかないことが多かった。次回は一局でも多く勝てるようにしたい」と巻き返しを期した。

 藤井名人は23年度、糸谷哲郎八段(35)に勝って将棋日本シリーズを連覇したが、銀河戦で丸山忠久九段(53)、朝日杯将棋オープン戦で永瀬拓矢九段(31)にそれぞれ苦杯を喫し、準優勝となった。

(https://news.yahoo.co.jp/articles/9602b5d260d9b731cf903bed6f916e1f50b6674b)

 

佐々木八段の意地が藤井八冠のNHK杯連覇&年度最高勝率更新をなくした。

佐々木八段に拍手!

タイトル戦も頑張ってください。

                          5673号

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声優のTARAKOさん急死 63歳 「ちびまる子ちゃん」を35年 最近までアフレコ参加

2024-03-09 23:30:00 | テレビ(ドラマ、他)

 フジテレビで放送中の国民的アニメ「ちびまる子ちゃん」(日曜後6・00)で主人公、まる子を演じている声優のTARAKOさん(本名非公開)が急死したことが8日、分かった。63歳。群馬県出身。死因は明らかになっていない。遺族は悲報をフジテレビと所属事務所に伝えており、葬儀は家族葬で営む。鳥山明さんと時を同じくして、日本アニメ界は大切な存在を失ってしまった。

 遺族から報告を受けたフジテレビ関係者は「TARAKOさんは今年に入って体調を崩した」と話した。「最近までアフレコに参加されていた。とにかく突然のことで、何があったのか…」と言葉を失った。今月22日に公開になるアニメ映画「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション」にも出演しており、2月末にキャストが発表になった際には「ここまできたら根性決めます!私命をかけて演じますね」とコメントしていた。

「TARAKO」という個性的な芸名。学生時代に「サザエさん」のタラちゃんのような話し方だったことから、友人が呼んだことに由来すると言われる。デビューは1981年、アニメ「うる星やつら」の幼稚園児役。声優のイメージが強いが、活動の軸足は演劇畑で、演劇集団「WAKUプロデュース」を主宰。シンガー・ソングライターの肩書もあった。

 芸能活動が一変したのは、やはり「ちびまる子ちゃん」への抜てきだった。1990年1月7日の初回放送から現在まで35年にわたりまる子を演じているが、実は当初、まる子役は別の声優に決まっていた。2018年に亡くなった原作者さくらももこさんが、自分の分身であるまる子のイメージと違うと再度オーディションを行い、自身の声に似ているTARAKOさんを選んだ。それ以来、独特の声でまる子を演じ続け「TARAKO=まる子」のイメージで国民的な人気者だった。

 体調の急変と、突然の知らせに周囲は驚くばかりだが、昨夏に受けたインタビューでは「死生観」について語っていた。両親が急死だったことを明かし「死は怖くなくなった。天国に行けば、両親や、愛犬、愛猫に会える。天使になった友人たちにも会える」と吐露。自身の葬儀についても「喪服は着ないで。普段会う時のような服で」と要望し、自分が書いた演劇の脚本を追悼上演してほしいとも願っていた。

 TARAKOさんは、さくらさんが亡くなった際「私がそっちにいったら似たような声でいっぱいいっぱいおしゃべりしてくださいね」とメッセージを送っていた。さくらさんと天国で再会し、どんな話をするのだろうか。

(https://news.yahoo.co.jp/articles/f53b780a2179f76705482398600acef456386e1a)

 

びっくりした、非常いショック!!

鳥山明死去の次がこれ、、、。

63歳って、ほんま早過ぎる、これからやんか!!残念です。

ご逝去を悼み謹んでお悔やみ申し上げます。

                          5668号

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『Dr.スランプ』漫画家・鳥山明さん死去 デビューから約46年 功績を振り返る

2024-03-08 23:00:00 | テレビ(ドラマ、他)

『DRAGON BALL』や『Dr.スランプ』などで知られる漫画家の鳥山明さんが1日に急性硬膜下血腫のため亡くなったことがわかりました。68歳でした。

1955年4月5日、愛知県に生まれた鳥山さん。1974年、県立工業高校のデザイン科を卒業し、広告関係のデザイン会社にデザイナーとして入社しました。

その後、1977年にデザイン会社を辞め、1978 年に『週刊少年ジャンプ』の読切作品『ワンダー・アイランド』で漫画家デビューしました。

関連書籍によると、漫画家になったきっかけについて、最初はお金目当てだったとインタビューで明かし、「たまたまマンガを募集してたから、応募してみたんです、あとは意地です」と語っていました。

鳥山さんの名を知らしめたのは、1980年に連載がスタートした『Dr.スランプ』。自称・天才科学者の則巻千兵衛と、千兵衛が生み出したアンドロイド・アラレちゃんが繰り広げる痛快ドタバタギャグ漫画で、1981年にはテレビアニメ化され、アラレちゃんは大人気キャラクターとなりました。

さらに、1984年にはのちに大ヒットを記録する『DRAGON BALL』の連載がスタート。主人公・孫悟空が、7つそろうとどんな願いもかなうというドラゴンボールをめぐって大冒険を繰り広げる物語は人気を博し、コミックスは全世界累計2億6000万部を超えています。(2024年1月時点)

『DRAGON BALL』は、1986年にはアニメ化され、その後数々の映画も公開されています。

2013年には、第40回アングレーム国際漫画祭の40周年記念特別賞を受賞。 2019年には、フランス芸術文化勲章シュバリエを受章しました。

2023年8月には、冒険ファンタジー作品『SAND LAND』が映画化され、アメリカなどでも上映され、北米最大規模の映画祭・ファンタジア国際映画祭で、審査員特別賞を受賞するなど、世界的にも評価されていました。

葬儀は近親者のみで執り行われたといい「静謐を望む本人の意向により、ご弔問・ご香典・ご供物・ご献花その他はご辞退申し上げます」ということです。また、お別れの会などについては未定とし、決まり次第発表されるということです。

(https://news.yahoo.co.jp/articles/00d99b1a0c62e1d88ed21b67c403a269f9f44076)

 

Dr.スランプで大いに笑い、DRAGON BALLはジャンプの発売日が待ち遠しかった。

68歳、まだまだ早すぎる。

ご逝去を悼み謹んでお悔やみ申し上げます

                          5667号

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女優の山本陽子さん死去 81歳 お嬢さんタイプから美形の人妻、キャリアウーマンなど広い役柄

2024-02-22 23:00:00 | テレビ(ドラマ、他)

 女優の山本陽子(やまもと・ようこ)さんが静岡・熱海市で死去したことが22日、分かった。81歳だった。

 日本的な美ぼうで「天下の美人女優」とも言われた山本さんは高校卒業後、野村証券に入社。投資相談コーナーに勤務したが、1963年に日活第7期ニューフェースに応募し、合格して芸能界入りした。裏話があり、野村証券のアルバイト学生が山本さんに無断で写真を日活に送り、一次選考合格の知らせが届いて驚きながらも、気持ちを切り替えた。数本の映画を経験後、翌64年に高橋英樹と共演した映画「抜き打ちの竜・拳銃の歌」でヒロインを務め、本格女優デビューを果たした。

 当時はヤクザ路線の映画が人気を集めていたこともあり、なかなか適役に恵まれず、テレビドラマに活路を見いだした。65年のTBSドラマ「光る海」「七人の孫」に出演し、お茶の間の人気者に。姓が山本という縁もあり、山本富士子から引き継いで「山本海苔店」のCMに出演。街中で「海苔のお姉ちゃん」と声をかけられるなど親しまれた。71年には「サラリーマンが選ぶ理想の妻イメージ調査」の第1位に選ばれた。

 のちに交際が報じられた田宮二郎さんとの名コンビで、TBSドラマ「白い影」「白い滑走路」が高視聴率を記録。NHK「となりの芝生」では姑にいびられる嫁を好演。お嬢さんタイプから美形の人妻、キャリアウーマンなどへと役柄を広げた。さらにフジテレビ「日蔭の女」「彩の女」などで不動の地位を築き、大物女優として、帝国劇場「絵島生島」「明治一代女」など舞台にも進出した。

 生涯独身を貫いた山本さんだが、田宮さん、俳優・沖田浩之さんらと熱愛を報じられた。90年のスポーツ報知のインタビューで田宮さんについて「私の人生にとって一番影響を与えてくれた人。今になってみれば、女優としても大きな影響を受けて、いい出会いだったと思う」と語っていた。99年に沖田さんが亡くなった際には舞台の記者会見で「青春の一ページとして(沖田の存在を)記憶に残したい」などと目を潤ませながらコメントした。

 70歳を機に東京から静岡県熱海市に移住。今月2日にはテレビ朝日系トーク番組「徹子の部屋」(月~金曜・後1時)に高橋英樹と出演し、元気な様子で今後の女優業にも意欲を見せていた。

(https://hochi.news/articles/20240222-OHT1T51004.html?page=1)

 

そうですか、、。

女優なら美人なのは普通ですが、その中でもとてもきれいな女優さんでした。

急死だそうで周りの人はとても驚いたことでしょう。

ご逝去を悼み謹んでお悔やみ申し上げます。

                          5656号

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かしまし娘・正司歌江さん死去 94歳 妹の照枝&花江が追悼「いまはただ悲しい」【コメント全文】

2024-01-24 23:00:00 | テレビ(ドラマ、他)

 かしまし娘で人気を博した正司歌江さんが19日に亡くなった。94歳だった。24日、ワハハ本舗が発表した。

 1929年生まれ、北海道出身。妹の照枝、花江と「かしまし娘」を結成し、56年から本格的に活動を開始した。流行歌や浪曲を取り入れた音曲漫才で人気を博し、ギターや三味線を弾きながら、「うちら陽気なかしまし娘」のテーマソングと共に、老若男女を問わず全国的に親しまれ、不動の人気を得た。

 2009年、80歳の時にワハハ本舗に所属。以降も、生涯現役を掲げ、ドラマ映画バラエティ等々、活発的に活動を続け、ワハハ本舗全体公演でも元気な姿を見せていた。

 葬儀・告別式は、遺族の意向で親族のみで執り行った。ワハハ本舗は「皆様におかれましては、これまで正司歌江を温かく見守ってくださいましたこと、心よりお礼申し上げます。本当にありがとうございます」と呼びかけている。

 妹の照枝と花江は、所属事務所を通じて追悼コメントを寄せた。

■正司照枝コメント これでおしまい かしまし娘~♪ です。穏やかな最期だったようですが、いまはただ悲しい。

■正司花江コメント 面倒見のよい芸達者な姉でした。歌江姉ちゃん、ありがとう。

(https://news.yahoo.co.jp/articles/31cf8bbbd21bd5d96216ac094dffb293c0b8280f)

 

それではみなさま、さよお〜な〜ら〜

と歌ってあの世に旅立ったのかは知らんけど。

あの世で先に逝ったお笑いの人たちと笑っておられることでしょう。

ご逝去を悼み謹んでお悔やみ申し上げます。

                          5630号

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八代亜紀さん、冠二郎さん、小金沢昇司さん…演歌界で年末年始にかけて悲しい訃報相次ぐ

2024-01-15 23:00:00 | テレビ(ドラマ、他)

 歌手の小金沢昇司さん(65)が11日、呼吸不全のため亡くなった。15日、キングレコードから発表された。

 演歌界では年末年始にかけて、悲しい別れが相次いでいる。「舟唄」「雨の慕情」などで「演歌の女王」と称された八代亜紀さんは、昨年12月30日に急速進行性間質性肺炎のため73歳で死去。膠原(こうげん)病と闘病する中で「容態の急変」と発表される突然の旅立ちだった。

 NHK紅白歌合戦に3度出場した冠二郎さんは1日に埼玉県内の病院で、心不全のために79歳で亡くなった。11日に所属レコード会社が発表した。心臓病や糖尿病の持病があり、13年に口腔(こうくう)がん、19年には虚血性心不全で手術を受けるなどしたが、ステージに立ち続けた。22年秋に足腰が弱ったことなどもあって入院。以来、入退院を繰り返していたという。

 小金沢さんも「歌手の小金沢君」と呼ばれた、のど薬「フィニッシュコーワ」CMでブレーク。3人いずれもお茶の間に広く知られた存在だった。

 昨年もミュージシャンの訃報が相次いだが、年が明けても悲しい訃報が続いている。

 昨年から今年にかけて亡くなった主なミュージシャン ▼1月11日 高橋幸宏さん(イエロー・マジック・オーケストラ=YMO)71歳 ▼1月29日 鮎川誠さん(シーナ&ロケッツ)74歳 ▼2月14日 恒岡章さん(Hi-STANDARD)51歳 ▼3月28日 坂本龍一さん(イエロー・マジック・オーケストラ=YMO)71歳 ▼10月8日 谷村新司さん(アリス)74歳 ▼10月18日 もんたよしのりさん(もんた&ブラザーズ)72歳 ▼10月19日 櫻井敦司さん(BUCK-TICK)57歳 ▼10月末 HEATHさん(X JAPAN)55歳▼11月9日 大橋純子さん、73歳 ▼11月12日 KANさん、61歳 ▼11月26日 チバユウスケさん 55歳 ▼12月30日 八代亜紀さん 73歳▼24年1月1日冠二郎さん 79歳

(https://news.yahoo.co.jp/articles/24001895ee35adba275b4673cd14b6d0016a6873)

 

え?小金沢くんが亡くなったの?

65歳?まだまだ早過ぎます。

ご逝去を悼み謹んでお悔やみ申し上げます。

                          5620号

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堂本剛&百田夏菜子、電撃結婚 年の差15歳 10代の頃からフジ「堂本兄弟」共演 「お似合い」の声

2024-01-11 23:00:00 | テレビ(ドラマ、他)

 KinKi Kidsの堂本剛(44)が11日、「ももいろクローバーZ」百田夏菜子(29)と結婚したことを発表した。2人は、剛の冠番組「新堂本兄弟」(フジテレビ)などで何度も共演。番組ファンから、祝福する声が上がった。

 「ももクロ」はストリートライブから活動を開始し、2009年8月に「今、会えるアイドル、週末ヒロイン」というキャッチフレーズで「ももいろパンチ」でインディーズデビュー。2010年「行くぜっ!怪盗少女」でメジャーデビューすると、アクロバティックなパフォーマンスで、瞬く間に話題を集めた。

 2012年2月5日、フジテレビ系「新堂本兄弟」に初出演したももクロ。百田はこの時の収録について、2011年12月に投稿したブログの中で「今日は新堂本兄弟の収録がありました 昔から見てた憧れの番組の1つ 決まったよ!ってきいたときはやっぱりうーーーひょーーーーってなったよね」と、興奮気味につづっていた。

 堂本光一、剛との絡みが話題となり、その後も同番組に頻繁に出演。番組ファンから「緊急で堂本兄弟やってほしい。みんなが大騒ぎしておめでとーってお祝いしてこーさまはももクロメンバーと余興で踊ろう」「乙女戦争の時とかによく堂本兄弟出てたけど、いつから付き合ってたのかな」「私が初めてももクロ見たの、堂本兄弟やったなー。エクボは恋の落とし穴とかやっとったんめっちゃ覚えとる。10代やったなももクロは」「ももクロちゃん、堂本兄弟とかブンブブーンの出演回数多かったし、そこら辺で接近かしら?」「堂本兄弟ほぼ準レギュラーだったももクロを見てたのでとっても感慨深い」と、祝福する声が続出した。

 堂本と百田は11日、連名の文書で結婚を発表。「この度、堂本剛と百田夏菜子は結婚いたしました事をご報告させていただきます」とし、「世界の平和を願い、自分たちのいまに感謝を込めて、一日一日を大切に生きていきたいと思います。皆様のお心が少しでも平安に向かいますよう心よりお祈り申し上げます」と願いを込め、力強い直筆の署名を添えた。

(https://news.yahoo.co.jp/articles/e5a464cc0287667d18d784151a0e5e1940fbf95d)

 

おめでとう!!

祝福の声がテレビラジオから、ネットからも聞かれます。

15歳差?好きになったら年齢なんて関係ないね。

末長くお幸せに。

                          5616号

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<八代亜紀さん>昨年末に73歳で死去 葬儀は本人の強い遺志によりスタッフのみで 後日お別れの会

2024-01-09 23:00:00 | テレビ(ドラマ、他)
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女優の中村メイコさんが死去、89歳 肺塞栓症で昨年12月31日に…12月25日番組収録から6日後

2024-01-08 11:48:19 | テレビ(ドラマ、他)

 女優の中村メイコ(なかむら・めいこ、本名神津五月=こうづ・さつき)さんが昨年12月31日に肺塞栓症(はいそくせんしょう)で死去した。89歳。東京都出身。ホリプロが7日に発表した。葬儀はすでに密葬で執り行われ、お別れの会は後日執り行う予定。

 ホリプロは「弊社所属の女優 中村メイコが昨年12月31日、肺塞栓症(はいそくせんしょう)で亡くなったことをお知らせ申し上げます。89歳でした。既に親族での密葬を済ませており、後日、お別れの会を執り行う予定です。最後のお仕事は2023年12月25日の番組収録でした。皆さまにおかれましては、生前のご厚誼を深謝申し上げます。株式会社ホリプロ」と発表。最後の仕事は、先月25日に行った番組収録だった。

 夫で作曲家の神津善行氏は「2歳8ヶ月で映画デビューしてから86年という芸能生活を、生涯現役のまま幕をおろすことになりました。長い時間をこの世界に存在させていいただいたこと、皆様に深く感謝 申し上げます」とコメントを発表した。

 天才子役として2歳から映画やドラマ、ラジオに出演、NHK紅白歌合戦では3年連続で紅組司会を務めるなど幅広く活躍した中村さん。夫は作曲家の神津善行氏で、長女は作家の神津カンナ氏(64)、次女は女優の神津はづき(61)で、その夫が俳優の杉本哲太(58)と芸能一家を築いた。

 芸歴86年を誇り、テレビ本放送の前から活躍した才女が静かに逝った。放送の歴史を知る生き字引の死は芸能界にとっても大きな損失だ。

 22年5月4日に放送されたテレビ朝日系のトーク番組「徹子の部屋」に夫婦で出演し、「朝晩のお酒は欠かさない」と元気なところを見せ、23年2月2日放送の同番組では歌手の森公美子とともに出演するなど元気だった。そして先月25日には番組収録にも参加。これが最後の仕事となった。

 父は作家の中村正常氏で、母は「おチエさんの老青春を生きる」の著者のチエコさん。2歳8カ月だった1937年、父に抱かれた写真が婦人雑誌のグラビアに掲載され、これがP.C.L(現・東宝)のプロデューサーの目に止まって榎本健一主演の「江戸っ子健ちゃん」で映画デビューを飾った。

 芸名は本名の五月を英語「MAY」とシャレて「ナカムラ・メイコ」としたが、37年公開の「南風の丘」から中村メイコと改めた。「ロッパの駄々っ子父ちゃん」「エノケンのワンワン大将」「小島の春」(いずれも40年)と出演を重ねた。

 1940年に開催が予定されていた東京五輪に先立つ実験放送の頃からラジオに登場。5歳で出演したNHKラジオの連続放送劇「ほがらか日記」が人気を呼び、天才子役の名をほしいままにした。

 44年に奈良県に疎開し、終戦後の47年に複数の関西の女学校に合格するが、いずれもPTAが芸能活動に反対して入学に反対。このため、父の正常が自ら家庭教師となって英才教育を施した。49年に東京に戻り、NHKラジオ「ジロリンタン物語」や「お姉さんといっしょ」などに出演。複数の人間の声を自在に使い分ける“七色の声”が話題となり、電波の申し子として超売れっ子タレントとなった。55年にはビクターレコードから「田舎のバス」で歌手デビュー。ボニージャックスとともに関西の製菓会社のCMソングも歌い、江利チエミが歌った「新妻に捧げる歌」では作詞にも挑んだ。

 映画は成瀬巳喜男監督の東宝「くちづけ・第四話・女同士」(55年)や松竹「東京チャキチャキ娘」(56年)などに出演。東宝「御用聞き物語」(57年)は主演俳優として銀幕を彩った。

 黎明期から親しんだ放送では59年から10年続いたテレビ朝日のトーク番組「メイコのごめんあそばせ」やNHK「連想ゲーム」の紅組初代キャプテン、「お笑いオンステージ」、フジテレビ「3時のあなた」の司会など縦横無尽に活躍。NHK「紅白歌合戦」も59年から61年まで3年連続で紅組司会を務めた。

 エノケン、森繁久彌、三木のり平といった日本を代表する喜劇俳優と共演してきたことから自らを「喜劇女優」と呼んだ。美空ひばり、江利チエミとの交遊も有名で、無名時代の川谷拓三が一時期、付き人を務めていたこともある。

 若き日は作家の吉行淳之介に熱を上げたが、片想いで終わり、その後出会った神津と57年に結婚。芸能界きってのおしどり夫婦として知られた。

(https://news.yahoo.co.jp/articles/0557a34c334a41a861e86631bfa15011a599aa10)

 

1日のテレビが地震一色になる中、jcomチャンネルで大河ドラマ「篤姫」の総集編を一挙放送していました。

そこに和宮付き女官宰相典侍、庭田嗣子役で出ていた中村メイコさんを見ていたので、ちょっとびっくりしました。

面白い方の印象が強いです。

ご逝去を悼み謹んでお悔やみ申し上げます。

                          5611号

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