院長のへんちき論(豊橋の心療内科より)

毎日、話題が跳びます。テーマは哲学から女性アイドルまで拡散します。たまにはキツいことを言うかもしれません。

「複雑性PTSD」

2011-05-25 21:37:13 | Weblog
 DSM-Ⅲ(アメリカ精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル第3版)には、並みのPTSD以外に「複雑性PTSD」という概念が載っていた。

 この概念は並みのPTSDよりもっと変てこな概念で、その診断基準によれば、ほとんどの精神疾患すなわちうつ病とか神経症などが、その範疇に入ってしまう。

 だが「複雑性PTSD」はDSM-Ⅳ(第4版)では外された。なぜ外されたのか真相は知らないけれども、あまりに広範囲の精神疾患を覆ってしまうからではないかと推測している。

 DSMの編集委員会では「複雑性PTSD」を外しても、並みのPTSDさえ残しておけば、ベトナム帰還兵への補償には影響がないと判断したしたようだ。

 J.ハーマン女史は、DSM-Ⅳにも「複雑性PTSD」を残したかったようだが、思い通りにはいかなかった。

 DSMの編集委員会が、ベトナム帰還兵に対する温情として第4版に並みのPTSDを残したとすれば、人情は尊いけれども学者としては落第である。学問は人情で行うものではない。

 このように政治や人情がからんだDSMというマニュアルは、いったい何なのか?元来はベトナム帰還兵の無気力状態やフラッシュバックについて考え出された病名なのに、ハーマン以来、性的児童虐待やレイプにまで対象が広げられ、我が国では阪神淡路大震災以来、災害とも結び付けられるようになってしまった。

 アメリカ精神医学会は、ベトナム帰還兵が死に絶えたり、別の補償制度が生まれたら、さっさとPTSDを引っ込めるべきである。

 すでにこの欄で述べたように(2011-04-02)、災害による精神変調はわざわざPTSDなぞと呼ばずに、「反応性抑うつ状態」とか「驚愕反応」のように、控えめに診断しておいたほうがよいだろう。

 補償が絡むと、学問的に診断したはずのものが、ややこしいことに巻き込まれる。DSMというマニュアルは、アメリカでは医療者よりも弁護士や保険会社によく買われ、また読まれているという。これは正常な姿ではない。