管理者を務めているやまねこデイサービスが休業の日曜日、私は喫茶店アルファヴィㇽへ手伝いに来ていた。
アルバイトのIさんが弘前の実家へ戻って以来、お店はオーナーとバイトの女学生、それに私の3人で営業を続けていた。
さっきからカウンターに座っている若い女性がなにか言いたげに頭を動かしている。
その隣では、小さな男の子が熱心にクレヨンでノートに絵を描いていた。
あの、とその女性はやっとオーナーへ声を掛けた。
貼り紙にパート募集とあるのですが、私が応募してもいいでしょうか?
ええ、構いませんよ。
オーナーの声は優しかった。
私、隣町から越してきて、ついさっきアパートを契約したばかりなのですが、職が決まっていないとこの子の保育所を申し込めないんです。
オーナーがうなずく。
お子さんは何歳?
三歳です。
お名前は?
リヒトといいます。
あら、いいお名前ね。
じゃあ、保育所の申込用紙にはこのお店をお書きなさい。
これから頑張ってね。
ハイ、と答えると女性は大粒の涙をこぼした。
その時、ドアが開いてNPO法人なごやか理事長が入ってきた。
カウンターの中の私を見るなり、「きみはウチの管理者じゃなかったっけ?」とお約束のジョークを飛ばした。
その彼はおや、という風に男の子を見やると、ボクお名前は?と尋ねた。
リヒトくんです。
オーナーが代わりに答えた。
おお、いいお名前だね。
そういいながら、彼は隣の母親をプロの目で眺めた。
理事長、またオーナーに先を越されたようですね。
今日は今年になって初めてのマスク配布日だ。
NPO法人なごやか理事長が組合長を務める市福祉施設等運営法人組合に対し、けせもい市から寄付を受けたマスクや使い捨て手袋の配布依頼が昨年来、たびたびある。
法人内から選抜された私たち二人一組5チームの計10名は保管場所へ朝集まると、あらかじめ理事長からメールで配信された事業者リストとその職員数に基づいて公平に按分した数値表に従って配布物をおのおの黙々と仕分け、終わったチームからそれを持って出発して行く。
そこには全く無駄な動きがない。
チームリーダーの私は組合員・非組合員約50法人の中でも大きいところを受け持ち、最短のルートで回った。
配り終えたチームは朝の集合場所へは戻らず、それぞれが自分の事業所へ帰ってミッション完了の報告メールを理事長へ送り、それは私にもCCで届けられる。
最後のメールが届いたのは昼前で、私はその速さに十分満足していた。
今ごろ市の担当課では、マスク等に添えたなごやか理事長の文書に促されて事業者たちがかけたお礼と報告の電話がひっきりなしに鳴っているだろう。
「それをイメージすると、やりがいが感じられると思うよ。」
これが理事長の好む電撃戦というものか。
管理者を務めるなめとこデイサービスの、スタッキングチェアの買い替えに関する伺い書が決裁されたとの連絡を受けて、私はお礼かたがたNPO法人なごやか理事長の執務室を訪ねた。
「繁盛店は備品が痛みやすいからね。」
理事長は添付したカタログのコピーに目を落とした。
「座面の色がたくさんあるようだけれど、どれにするの?」
併設するあおぞら認知症デイサービスから揃えて行くつもりなので、ブルーにしようと思います。
「ああ、いいね。
ブルーで全部揃えても、ルービック・キューブのように別の色が何脚かずつ混在しても、面白い。要は、選んだひとにコンセプトがあるかどうかだろうね。」
「ずいぶんに秋保温泉方面へドライブに行った時のこと、道路沿いの古い平屋の民家をそのまま使い看板だけ建てた訪問看護事業所を見かけた。
土曜日でお休みなのか、玄関先に営業用の軽自動車が三台並んでいたのだけれど、それがね、緑、黄、赤なんだ。
営業車が3台となると、普通は色を揃えたくなるけれど、その事業所はちょっとふざけたかったのだろう。
それを見て僕は、ああ、こういうのもアリなんだ、と思った。そしてそのユーモアをNPOなごやかでも実践している。」
利用者様ならびに家族様各位
令和3年1月吉日
特定非営利活動法人なごやか
なめとこデイサービス 管理者
新型コロナウイルス感染症にかかる対応について(お願い)
拝啓 大寒を迎え、寒さが厳しさを増しておりますが、皆様にはますますご健勝のこととお慶び申し上げます。また、日頃より当事業所の運営にご理解とご支援を賜り、深く感謝申し上げます。
さて、本市でも新型コロナウイルスの感染に関する新聞報道等が目立ち、不安な状況が続いております。当事業所においても、現在できる限りの対策は行なっておりますが、市内他法人施設でクラスターが発生したことから、更に細心の予防が必要になっております。つきましては、当事業所利用に際し、皆様に下記の通りのご協力を賜りたく、なにとぞよろしくお願い申し上げます。
なお、ご不明な点がございましたら、当事業所までお気軽にお問い合わせ下さい。
敬具
記
【なめとこデイサービスの利用について】
- 利用時の検温、マスク着用のお願い
利用時には、お手数ですが体調確認をはじめ検温とマスク着用を引き続きお願い致します。発熱、咳や体調不良があった際には利用をお控えください。PCR検査を受けた際には、検査結果に関わらず事業所にご連絡くださいますようお願い致します。
- 感染者多発地域への外出について
感染者多発地域へ外出の際には感染防止対策を実施していただき、また利用前に当事業所への連絡をお願い致します。状況に応じて自宅での健康観察をお願いする場合もございますのであらかじめご了承ください。
- 感染多発地域からの帰省親族の接触について
感染多発地域からの帰省親族との長時間の接触があった利用者様におかれましては、自宅にて5日間の健康観察を、その方が同居の場合は自宅にいらしてから14日間の健康観察を、それぞれ行なった上での利用のご協力をお願い致します。
【発熱や咳等、体調不良時の対応】
季節の変わり目による体調不良、風邪の罹患などでも「咳」や「発熱」の症状がある場合は集団感染予防のため、利用を控えて頂きますようご協力をお願い致します。
以上
あろうことか、私の今年の初夢はNPO法人なごやか理事長が主役だった。
これはいささか言い訳じみているが—私たちなごやか職員と理事長は東日本大震災後の一時期、家族以上に長い時間を共に過ごし、さまざまな困難を乗り越えようと心を合わせた。
だから夢にまで登場するのも致し方ないのかもしれない。
夢の中で私たちは理事長の還暦のお祝い会を企画していた。
相手にサプライズを仕掛けるのが好きな彼を、今日はこちらが驚かせようと、私はなめとこデイサービスじゅうに紅白の幕を張り、さらに派手なステージを作って、赤いちゃんちゃんこと帽子を準備していた。
そこへ理事長が現れたのだが、私たちはみな度肝を抜かれた。
理事長は白いパンツに赤いポロシャツ姿で、その髪はきらきら光るプラチナシルバーに変わっていた。
紅白の幕の前に立った理事長は「保護色?」ととぼけて見せた。
「還暦だし、色々もういいんじゃないかと思ってさ。」
ニヤニヤ笑いながら彼は言った。
異変はSNSですぐに伝わり、事業所には100名以上の職員が集まり始めていた。
この事態を、一体どう収拾したらいいの?
私は汗だくで目を覚ました。