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流野精四郎&東澤昭が綴る読書と散歩、演劇、映画、アートに関する日々の雑記帳

人生の計り方

2014-09-26 | 映画
 私がたまに立ち寄る喫茶店で食事を注文すると出される箸袋にはこんな言葉が印字されている。
 「私は自分の人生をコーヒースプーンで計ってきた。(T・Sエリオット)」

 私が自身の人生を計る目安は何だろう、と考える。考えたからといって答えが見つかる訳ではないのだけれど。
 昔ならば私が踏んだ舞台の場数だとか、演じた役の数だとか、それらしいことを言えたのだろうが、引退した役者の身としてはそうカッコいいことを言うことができない。
 それでも、私がこれまでに客席から観てきた舞台のあれこれや映画のワンシーン、ワンショットはいつまでも記憶に残り、私の人生をいくばくか退屈でないものにしてくれている。それは確かなことだ。やがてそれらが記憶の薄れとともに消えていくとしても…。

 先日観たのは、ガス・ヴァン・サント監督作品「プロミスト・ランド」だ。
 出演者でもあるマット・デイモンとジョン・クラシンスキーが製作、脚本を兼任している。
 デイモン演じる大手エネルギー会社のエリート社員スティーブは、シェールガスの埋蔵地に乗り込み、農場主から掘削権を借り上げる仕事で好成績を上げ、出世コースを順調に歩んでいる。そうした中、環境への悪影響を指摘し住民投票を呼び掛ける元・科学者でいまは地元の高校で講師をしているフランク(ハル・ホルブルック)ややり手の環境活動家ダスティン(ジョン・クラシンスキー)に往く手を阻まれる、という物語だ。
 順風満帆だった主人公が苦難の中で真実に目覚めていくという、ある種の社会派ドラマと教養小説がドッキングしたようなこの手の映画が私は結構好きである。観たあとは何となく自分も成長したような気になるし、ある種の清々しさもある。
 しかしこの映画に関しては、大企業=悪という図式がどうにもステレオタイプではないかと気にかかる。さらに、掘削の賛成:反対のどちらにも立たないよう配慮しているとはいえ、作り手たちの立ち位置は明らかだろうし、ネタバレなのでここでは書けない最後の大どんでん返しも作為が見え過ぎるのではないかとの感想を払拭できない。
 言うならば突っ込みどころはたくさんある、という映画なのだ。私など、観た直後にはどんでん返しにもうひとひねり出来るのではないかと思って勝手に盛り上がっていた。
 いろいろケチをつけてしまったようだが、この映画がつまらないと言っているのでは決してない。むしろ楽しんだし、こうしてあれこれ映画を一緒に観た人と話に花を咲かせるのも映画を観る醍醐味の一つなのである。

 もう一つ最近観たのがビル・アウグスト監督作品「リスボンに誘われて」である。
 原作は全世界で400万部のベストセラーになったというパスカル・メルシエの小説「リスボンへの夜行列車」。
 主演のジェレミー・アイアンズをはじめ、『イングロリアス・バスターズ』のメラニー・ロラン、『アメリカン・ハッスル』のジャック・ヒューストン、私には『ベルリン天使の詩』が懐かしいブルーノ・ガンツ、『愛を読むひと』のレナ・オリン、『長距離ランナーの孤独』『ドレッサー』のトム・コートニー、若い頃『愛の嵐』や『さらば愛しき人』に心ときめいたシャーロット・ランプリングなど、ヨーロッパを代表する実力派俳優が多数出演している。

 スイス・ベルンの高校で、古典文献学を教えるライムント・グレゴリウスは、5年前に離婚してからは孤独な一人暮らしを送っていたが、学校へ向かうとある嵐の朝、吊り橋から飛び降りようとした女を助けるが、彼女はコートと1冊の本を残したまま消え去ってしまう。本に挟まれたリスボン行きの切符を届けようと駅へ走り、衝動的に夜行列車に飛び乗ってしまうライムント。車中でその本に読みふけり心を奪われた彼は、リスボンに到着すると、作者のアマデウを訪ねる。謎めいた彼の妹が兄は留守だというのだが、当の彼が実は若くして亡くなっていたと知ったライムントは、アマデウの親友や教師を訪ね歩き、その足跡を辿っていく。医者として関わったある事件、危険な政治活動への参加、親友を裏切るほどの情熱的な恋。時を遡りながらライムントはアマデウの素顔と謎を解き明かしていく…。

 ミステリー、恋、サスペンス、政治、歴史、観光等々、あらゆる映画的要素が混然となって観客をその世界に引き込んでいく間然する所のない映画である。
 それにしても不明を恥じなければならないが、今の世界都市リスボンの姿からはこの映画に描かれたような歴史的背景があるとは知らなかったし、わずか40年前に革命が起こり、多くの血が流されたとは想像もしなかった。

 これも映画を観ることの効用だろう。映画によってそれまで知らなかった世界を知り、新たな刻印を心に刻み込む。
 そうして私は自分の人生を計る目安を見つけるのだ。
 


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