★ベトナム・ハノイは「こんなとこ」★

コネなし、金なし、能力なし。50を過ぎて、単身ハノイで会社を作り10年目。毎日「こんなふうに」すごしています。

ベトナムハノイの「また巡ってきた6か月」

2023-01-10 15:13:39 | ベトナム・ハノイ

 3年半前、大病を患い、日本で手術を受けた。癌である。

その後コロナ禍になり、日本への検診帰国が難しくなった。

最初は1か月おきに、そして3か月おき、そして現在は6か月おきに

「がんの再発検診」を受けている。現在はベトナムの病院でその検査を受ける。

ベトナムで日本と同じレベルの検診を受けるには高額な検査になる。

癌経験者は「海外の医療保険はいるのは難しい」 仕方が無い事である。

そして検診の度、「その前後は精神的なストレスにさらされる」 がん告知を受け

手術後もこの病気は「再発の恐怖にさらされる」そのためにうつ病になる人も多い。

自分も6か月おきにこのストレスにさらされる。しかも海外で。

まあ自分で選んだ道なので仕方がない。

本日昨日受けた「検診の結果が出た」 「再発の兆候はなかった」・・・

うれしいが、ずっとこの生活を続けていると精神的に「疲れてしまう」(いつかで続き、そしていつかは

悪い知られを聴くのかと思うと)

 それでも「頂いた命、大事に使っていこうと思う」

そのためには「短期間の目標を持とうと思う」

この円安が無ければ今頃は「空気の良いダナンとホイアンの間の海沿いの平屋のあばら家」で

静かな生活を過ごしていたかもしれない。

 しかしこの円安で「創業以来の危機」に陥った。

自分でできる限りの方策を行い「何とか事業継続」の見通しが立った?

あと少し頂いた命を用いて、現在の会社の「継続できる体質の強化」を行おうと思う。

せっかく十年かけて育てた技術者を路頭に迷わせるわけにはいかない。

そしてそれが出来たなら、今度こそ「静かな日々を空気の良いベトナムの地で過ごそうと思う」

病院の帰り、いつもより疲れたからだと気持ちで「そんなことを考えた」

少し疲れた。

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ベトナムハノイの「年始早々の良く無い知らせ」

2023-01-10 13:52:39 | ベトナム・ハノイ

 2023年元旦、ハノイは穏やかで、静かな年明けであった。

年末31日に訪越されたお客様の対応で元旦から仕事である。

 そんな中、日本に住んでいる「兄から連絡が入った」

*施設に入っている母(96歳)が元旦の朝、見回りの看護師に

「意識なし」「嘔吐している」状態で発見され「病院に入ったそうだ」

*病院に移床時には意識なく、右手が動かない状態だった。との事だ

状況を見る限り「脳血栓、脳梗塞」を疑った。

脳の造影写真を撮るのには3日ほど後ではないと効果がないそうである。

「兄もすぐに駆け付けたかったが」、世はコロナ、感染後の重篤比率が高い

老人施設や病院では「面会すらままならないそうだ」 仕方が無い事だ。

年始早々の「良くないニュースだった」・・・どんな年になるやら???

 そして3日後「医師とコンタクトをとっている兄から連絡があった」

造影では「脳血栓、脳梗塞」の症状はなく、今は「普通にしゃべることができて」

「右半身にも麻痺は無い」事が確認された。

原因は「高齢のための臓器の働きが悪くなり(老衰)不整脈のために意識を失ったらしい」

96歳 仕方がないのかもしれない。原因がわかり「対処療法」を開始したそうだ。

平均の健康年齢もとっくに過ぎた母だが、自宅で転倒するまでは「歩くことが好きで」

買い物や通院は「歩いて行っていた」それがこの年齢まで生きることが出来た原因ではないかと思う。

見習いたいものである。新年早々の「良く無い知らせ」も「少しばかり良い知らせになった」

 自分は「健康年齢には及ばないが」できれば「ベッドの上で暮らす日々は経験したくない」

延命措置もいらない。 自然のままに消えていきたいと思う。

新年早々の「母の事件」を通してそんなことを考えた。

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