本日、わが息子が勤める英明高校野球部が夏の甲子園大会への初出場が決まった。
英明高校とは、明治時代に明善高等女学校として創立され、2001年、英明高校と改名して男女共学となり、2004年、硬式野球部新設のために、他校からわが息子が呼ばれて以来、創部6年目にして初の快挙となった。
かつては野球王国で知られていた本県の野球人気もこのところかなり消沈気味だったが、前身が歴史ある女子高だったのと新鮮さという点で久々に盛り上がっているようだ。
今大会予選5試合中、2試合目から決勝までの4試合を二桁安打の二桁得点で勝ち進み、今日の決勝選は、第67回の選抜で初出場初全国制覇を果たしたことで知られる観音寺中央高校(前・息子がコーチしていた)相手に21安打の17対0で快勝した。
打って打って勝ち進んできた試合は「勢い」と「勝ち進むごとに上達する」そのものだった。かつての池田高校の再来か ! と思ったほどだ。
わが息子も、かつては知る人ぞ知る、元・高松商業のエースで四番でキャプテンだった。現大リーガーのゴジラと同級生で甲子園対決を夢見ていたほど。しかも誕生日も一日違いというおまけつきだ。
その高校時代に不運にも投手の生命ともいうべき右手人差し指を事故で切断し、甲子園出場の夢は叶わなかったが、苦節18年目にして、とうとう教え子たちでその夢を果たしたというわけである。
念願の甲子園出場の際には、現・野球部長という立場から、もしかしたら解説者としてTV画面で白ヒゲJrが登場するかも。そのときには応援よろしくお願いします。
なにはともあれ、ケガ続きのおいらにとっては久々にめでたい日となった。
■写真は懐かしき高校時代の息子の雄姿。
英明高校とは、明治時代に明善高等女学校として創立され、2001年、英明高校と改名して男女共学となり、2004年、硬式野球部新設のために、他校からわが息子が呼ばれて以来、創部6年目にして初の快挙となった。
かつては野球王国で知られていた本県の野球人気もこのところかなり消沈気味だったが、前身が歴史ある女子高だったのと新鮮さという点で久々に盛り上がっているようだ。
今大会予選5試合中、2試合目から決勝までの4試合を二桁安打の二桁得点で勝ち進み、今日の決勝選は、第67回の選抜で初出場初全国制覇を果たしたことで知られる観音寺中央高校(前・息子がコーチしていた)相手に21安打の17対0で快勝した。
打って打って勝ち進んできた試合は「勢い」と「勝ち進むごとに上達する」そのものだった。かつての池田高校の再来か ! と思ったほどだ。
わが息子も、かつては知る人ぞ知る、元・高松商業のエースで四番でキャプテンだった。現大リーガーのゴジラと同級生で甲子園対決を夢見ていたほど。しかも誕生日も一日違いというおまけつきだ。
その高校時代に不運にも投手の生命ともいうべき右手人差し指を事故で切断し、甲子園出場の夢は叶わなかったが、苦節18年目にして、とうとう教え子たちでその夢を果たしたというわけである。
念願の甲子園出場の際には、現・野球部長という立場から、もしかしたら解説者としてTV画面で白ヒゲJrが登場するかも。そのときには応援よろしくお願いします。
なにはともあれ、ケガ続きのおいらにとっては久々にめでたい日となった。
■写真は懐かしき高校時代の息子の雄姿。