マウンテンドームアドベンチャー 白ヒゲおやじのエッセイ

この日記は1990年から数年間、高聴取率を誇り本にまでなった人気FM番組の20周年記念としての復活版である。

ウバッチー現役復帰 !

2011年03月30日 | Weblog
りん誕生以来、二年近く住み込んで乳母を務めてくれたウバッチーが四月一日から、いよいよ徳島の白衣の天使に戻ることになった。

持ち前の美貌とモデル並みのスタイル、頭脳明晰の上に抜群の運動神経の持ち主で男仕事もいとわない逞しいスーパーウーマン。りんはウバッチーのこどもと思い込んでいたお客さんも少なくない。こんな彼女を手放すのは実娘を嫁がせるときと同じ想いかしてならない。しかし「週末には出来る限り帰ってくるから」と嬉しいことをいってくれている。

 年齢的には適齢期につき、本気でいい相手を見つけてやらないと。しかし、「嵐のニノ君がタイプ」といってきかないから、おいらの好みの体育界系は、ちと、いや、かなり難しいようだ。

 乳母役、ご苦労さん。現役復帰、おめでとう。ほんとにありがとうだ。
 しかし、ウバッチーと毎日、逢えなくなるのをりんはわかっているのだろうか。

うどん発祥の地

2011年03月24日 | Weblog
きょう、待望の東北自動車道が再開し、一般車の通行ができるようになった。これで支援物資が続々と届くことだろう。あの阪神大震災のとき、地元香川から、うどん部隊が駆けつけ大貢献した。

 そこで敢えて話を変えてみよう。その「うどん」発祥の地については各地方で好き勝手な説を唱えているようだが、地元香川(讃岐・さぬき)では弘法大師(空海)が中国から持ち帰り、それがお大師生誕の地である善通寺から琴平・坂出を中心に伝承されてきたとされている。
 中でも「さぬきうどんブランド」の発祥の地は、わが綾川町といわれているらしいが、その理由と真相については・・・ ? ? ?である。

 ところでおいらはうどんよりも生そばとかラーメンのフアンなのだが、残念なことに、わが県内には生そば屋がほとんどなく、ラーメン屋を探すのにも一苦労いるくらいだ。うどんの手軽さと安価に太刀打ちできないのだろう。

 しかしだなあ、おいらにはうどん屋の前で長蛇の列を作ってまで待つ県外客の気持ちが理解できないのだが・・・。

今こそ愛国心

2011年03月22日 | Weblog
 先週から、単1・単2の乾電池と懐中電灯、それに建築資材のコンパネ(合板)などが、この度の大震災の被災地送られて、どこの店頭からも消えている。
 電気店、ホームセンター、スーパー他、あらゆるメーカーさんよ、今までご愛顧いただいた日本国民に今こそ報いるときだ。今回の乾電池一つとってもその気になればやれるじゃないか。国家・国民が一丸となって助け合うことこそが真の愛国心ではないのか。今こそ、そのときである。

浅はかさを恥ろ

2011年03月17日 | Weblog
 今回の東日本・関東巨大地震で、今や日本国中の物流が混乱をきたしているという。被災地でもない地域の人間がどうして買い溜めをするのか。この浅はかさが情けない。

 そんなきょう、円相場が80円を切ったとニュースで大騒ぎしていた。
 おいらが大学卒業時の40年前は高度成長期の真っただ中であり、その大きな要因の一つであった固定相場制が世界中から圧力を受けていやいやながら始めて変動相場制になった。
 そのとき大学五年生で、「貨幣経済学」というゼミをとっていたおいらは麻雀と競馬に明け暮れながらも懸命に「変動相場制について」という卒論を120枚くらいも書いた。にもかかわらず、評価は無残にもなんと「可」だった。だから現在の変動相場制は忘れようにも忘れられないできごとなのである。
 そんなどうでもいいことはさておいて、現在のように一円、一銭の上がり下がりでこんなに一喜一憂するのなら、もとの固定相場に戻したらどうなんだ、といいたい。

 おいらは教科書も買わずに一年生のときの必須科目である経済学原論を五年生までかかって、これまた「可」をとって卒業した男である。だからしてわかった風なことはいえないが、それでも卒業した以上は、一応、経済学部出の経済学士の端くれである。といいながらも勉強していない以上、専門的な難しい知識を持ち合わせていないから、おいらの言い分がいいのか悪いのかはわからない。しかし少なくとも今の中国のように自国のためにならないと思ったら、たとえ世界中からなんと批難されようとも固定相場制を変えようとしない強い意志を持つ国であれば、少なくとも今の日本のような情けない買い溜め行動なんかなかったのでは、と思えてならない。

 買い溜めに走る一部の日本国民よ、もっと冷静になろうではないか。君たちがやっていることは火事場泥棒といっしょじゃないか。そんな浅はかさは恥じてしかるべきである。

日本国最大の危機 !

2011年03月13日 | Weblog
東日本大震災に見舞われた方たちに、心よりお見舞い申し上げます。

自然の猛威にただただ唖然とするばかり。
なにをさておいても救援に行きたい。
少しでも役に立ちたい。
たとえ片足が不自由でも、今まで培ってきた経験、ノーハウ、実力を発揮すべきときだ。
持参する必要道具は既に準備万端だ。
それらを嫁に出したレスキュー・ランクルに積み込み、植木屋リョージと伴に被災地へ。
当然、レスラーも柔君もエコさんも・・・その他日本人魂を持つわが同朋よ、白ヒゲおやじに続けー。

と、掛け声あげたいところだが・・・。
今回だけは一個人とかボランティアで太刀打ちできるレベルではない。
企業も団体もみんな国をあげて支援する他ない日本国最大の危機なのだ。
被災地のみなさん、とにかく踏ん張ってください。

一世一代の大勝負

2011年03月06日 | Weblog
 先月に引き続き、昨夜からレスラー&柔君たち教員グループがお客さんしてくれた。
 いつものごとく呑んで食って食って柳ジョージを歌って大きくはじけ、終わったのが深夜の2時半。おいらは6時から起きて早立ちのお客さんの朝食の用意。
 そのうちレスラーが起きて来て、珍しく「呑み過ぎて気持ち悪うー」と一足先に引き上げた。おいらも似たり寄ったりだが、これがおいらの本業だから逃げるわけにはゆかない。しかし今のおいらにゃかなりきつい。

 ところがレスラーが帰った後、なんと柔君から「きょうは嫁取り作戦の日」ということを知らされた。
 「柔道ならどんな相手も怖くはないが、フイアンセの家の前に立ったらお腹が痛くなるかも・・・へへへ」と冗談を飛ばして嫁取りに向かった。
 男なら一度はやらなければならない勝負である。「頑張れ柔君、健闘を祈る」で送り出した。

 今頃は未来のおやじさんと一杯呑っているに違いない。



二度目のひな祭り

2011年03月04日 | Weblog
 きょうは三月三日。りん、1歳と9カ月目で二回目のお雛様だった。

♪ 灯りをつけましょ、ぼんぼりに・・・を最後まで歌えるのに驚いた。
ママが教えたのか、ウバが教えたのか・・・。
それにしてもウバッチーのいない(復職のため一時帰省中)ひな祭りは、山の家族としてはちと淋しかったかな。

 夕方から降り出した雪が薄っすらと積もっている。この冬、最後の雪かな。

入進学シーズン

2011年03月02日 | Weblog
 今、ネットカンニングで大学受験が大騒ぎになっている。たかがカンニング、されどカンニナング。しかしカンニングも進歩したもんだ。

 そんな先週末、オオクワガタからサッカー選手に転身した、あのイケメン兄弟の兄・りく君が大学進学の報告に来てくれた。将来はJリーガーか。
 そしてその弟のりん君も高校進学が決まり、近々、アメリカ留学するという。やるじゃないか。
 そんな今日、大阪のショウタ君から志望高校合格の連絡が入った。これでまたギター少年の誕生だ。
彼らの両親とは彼らがこの世に生を受ける前からの付き合いだ。だから白ヒゲおやじの孫同然のこたちなのである。だから、おいらの喜びも格別だ。

 おっとっとおー忘れていた。孫太一もピカピカの一年生だ。みんなみんなおめでとう。

■写真の右端がイケメンりく君。

久々の遠吠え

2011年03月01日 | Weblog
 先週まで残雪があったのに、このところ、あちこちで梅が咲き始めた。もう春はそこまで来ているのだ。
 そんな3月1日の今日、
「国後島に中国人労働者」というニュースが流れた。
その瞬間、「したたかやなあ」と呆れ返らされた。
低賃金の農業労働者に目をつけたロシア。
それに便乗した中国。
どちらも、したたかさでは引けを取らない国である。
いいたかないけど、これで北方領土返還への道は99% 閉ざされたといって間違いないだろう。

 しかしだなあ、菅さん、あんたにはそんなしたたかなロシアや中国に太刀打ちできるはずがない。
いいたいことも云えない、したたかさのかけらもみられないあんたが日本丸の舵取りをすること自体、間違っている。デモのない国だからと舐めてかかっているようにもみえるあんたのあのニタリ顔をみるたびに虫唾が走る。

―と偉そうにいうおいらも、したたかさを持たずに育った同世代の人間である―

■写真は二月の大雪の日