トマ・クチュール、19世紀フランス、アカデミズム。
シェイクスピアの戯曲をテーマとした絵である。裕福なタイモンは友人たちに豪勢に金を振りまいていた。太っ腹な彼のふるまいを期待した人間が、たくさん彼の周りに集まってきた。だが、彼が財産を失い負債者となってみると、誰も彼を助けるものはいなかった。そういう仕打ちを受けたタイモンは、やがて友人たちとアテネに憎悪の言葉を浴びせ、ついには人類そのものに憎悪をぶつけて、人間社会を去り、城外の洞窟に逃れて一人住むようになる。どんな人間の愛情も友情も、彼の心を戻すことはできなかった。タイモンはやがて人間社会に背を向けたまま孤独に死ぬ。
人間は、人間の世界で一度つらい目に会うと、もう二度とあんな思いはいやだと言って人間を馬鹿にする。そのままなかなか帰ってこない。人間が本当に人間らしく生きるためには、愛の世界に戻ってこなくてはならないのだが、馬鹿は一度味わった苦しみを忘れられずに、なかなか心を戻すことができないのだ。痛みを味わうのがいやなばかりに、永遠の痛みに落ちて行く。それがタイモンの道だ。その先には何もない。憎悪とは所詮激しい愛への渇望だからだ。それは、愛に背を向け続けている限り、永遠に愛を得られないという、どん詰まりの洞窟なのである。