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世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

計画②

2018-06-24 04:12:47 | 風紋


「見込みはありそうだ。少なくとも川の上に家を建てるなんて話じゃない」
「もちろんさ」
「仕事をするとしたら夏だな。狩人組は少し暇になる。人員を貸してやってもいいよ」
「助かるな。やつらは体がいい」

岸に舟を近づけると、ヤテクとシュコックを先に下ろし、アシメックは舟をおさえながら自分も飛び降りた。そして櫓を岸に突き刺したあと、二人と一緒に稲舟を抱えあげた。舟はいつまでも水の上に置いておいてはいけないというのが、カシワナの常識だった。

舟を岸に上げる作業をしていると、その脇を、釣竿を持ったネオが通った。それに気づいたアシメックは、気さくに、「よう」とネオに声をかけた。

驚いたネオは、アシメックを振り向き、少し上ずった声で答えた。
「ああ、アシメック」
アシメックはかかえていた舟を岸に下ろすと、手をはらいながらネオに近づいてきた。
「テコラは元気か?」
「うん、元気だよ。もうだいぶしゃべるようになった」
「いいな。女はものをいうのが早いっていうからな。かわいいか」
「かわいい。おれのことは、ネオって呼ぶよ」

嬉しそうにそう言うと、ネオはアシメックに挨拶をしてそこを去ろうとした。魚を釣りにいかねばならないのだ。最近ではもう、それが彼の仕事のようになっていた。しかしそのネオの背中が、前よりも一段と太くなっているのを認めると、アシメックはふと思い出して、もう一度声をかけた。

「ネオ」
呼ばれてネオはまた振り向いた。
「なに?」
「男の仕事があれば、声をかけるって言ったことがあったな。おまえ、鍬は持てるか?」
それを聞くと、ネオは迷いもせずに、「持てる」と言った。本当はまだ鍬など持ったことはないのだが。

「よし、いいだろう。この夏に、イタカで男の仕事をする。おまえも協力しろ」
「わかった。やるよ」
ネオははっきりと答えた。アシメックはほほ笑んだ。

そしてネオは、釣竿の先を返すと、急に村の方に向かって走りだした。釣りはやめたのだ。家に帰って、鍬を探し、持ってみねばならない。ネオは村への道を走りながら思った。




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計画①

2018-06-23 04:12:45 | 風紋


春になり、再びイタカにミンダが咲き始めるころ、アシメックはオロソ沼に舟を出した。同じ舟に、沼の見張り役のヤテクと、狩人組の頭のシュコックが乗っていた。

アシメックの計画に、セムドは難色を示したが、シュコックは興味を示してくれたのだ。

「とんでもないことだという感じはするが、できないことじゃないな」

シュコックは冷静だ。毎年かなり気の荒い狩人組の男たちをまとめているだけある。いい男が集団でやる仕事というのには、興味を持つ。

スライの稲舟はオロソ沼を魚のように走り、まだ水面に顔を出してきたばかりの、稲の若苗の間を巡った。

「これが、あのすばらしい米になるんだとは思えないな。一目見ただけでは、イタカの野に生える普通の草と変わらない」
アシメックが言うと、見張り役のヤテクが言った。
「全然違う。稲はもっと美しくて長い」
「そうだろう」アシメックは笑いながら同意した。ヤテクはオロソ沼の近くに天幕を張り、稲の成長を、若苗の時から収穫のときまでずっと見張っているのだ。

「これが若苗だな」アシメックは稲の株の一つに触りながら言った。ヤテクが答えた。
「うん。そこらに生える株は大きくなるんだ。底の泥がいいらしい」
「ふむ。これを抜いて、ほかのところに植えることはできるか?」
そう聞くと、ヤテクはしばらく困ったような顔をして黙った。何か言いにくいことを持っていそうだ。アシメックがもう一度聞くと、ヤテクはしぶしぶ言った。
「……うん、じつは一度、若苗の時、誤って稲を抜いたことがある。慌てて、ほかのもっと浅いとこに植え換えたんだけど」
「それで、どうなった」
「うん、ちゃんとその苗も育った。稲も実ったよ。ほかのよりは少し小さくなったんだが」
「よし、いい」

アシメックはそう言うと、櫓を操り、舟の方向を変えた。同乗しているシュコックが言った。




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イメージ・ギャラリー㉓

2018-06-22 04:13:02 | 風紋


Z. S. Liang

希望を見出したアシメックのイメージです。
作者のイメージでは、アシメックはもっと頬骨が高く、アーモンド形のりりしい目をしています。
なかなか似た絵を見いだせないので、これを採用しました。




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クプダ⑦

2018-06-21 04:12:50 | 風紋


イタカの野とオロソ沼の境界あたりで、アシメックはずっと地面を睨んでいた。エルヅは、歩く足の幅を数えて、広さを測ると言っていた。それをやってみた。

太陽を見ながら方角を測り、自分の歩数をざっと数えてみた。水たまりをよけながら歩き、歩数はすぐに百を超えた。アシメックはエルヅにならい、百以上も数えた。オロソ沼の近くの、低い湿った地面の広さは、南北に向かってだけで六百歩あまりもあった。東西は数えられなかったが、同じくらいある。かなり広い。これだけの広さを沼にして、稲を植えるには、どれだけの人数がいるだろう。土木工事だけなら十人で十分だ。だが、稲を植える時にはそれだけでは足らない。

稲は、春の若い苗の内に、とって植えればいい。毎年沼から自然に生えてくる苗を、いくつか株分けすればいい。そうすれば、いくらでも増えるはずだ。だがそれをやる時期と人員は……

歌垣の前だ。狩人組には鹿狩りをやらせればいい。そのほかの人間には、稲を植えさせる。

アシメックの頭の中には、着々と計画が盛り上がって来ていた。夢で聴いた神の声をもう一度思い出した。

イタカの野に細い川を描き
稲を歩かせ
豊の実りを太らせよ

わかった。おれはそれをやるのだ。なんでもない。カシワナカの教えにもあった。とんでもない難を解決せねばならない時は、とんでもないことをやってみろと。

やってみるしかない。




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クプダ⑥

2018-06-20 04:12:34 | 風紋


セムドは家の外に出て、藁を打っていた。アシメックの姿を見ると立ち上がって挨拶をしようとしたが、その前にアシメックが話し出した。今度も怪訝な顔がアシメックを待っていた。

「イタカに、沼を?」
「ああ、広げるのだ」
「確かに、沼が広くなれば、米の収穫量も増えるが」
「ああ、ヤルスベの要求にも対処できる」
「しかし、ほかにもっと簡単な方法があるだろう。溝を掘って川を作るなんて」
「男が十人もいたら、ひと夏でできる。人集めをしてくれないか。やってみたいんだ」

アシメックは熱を持ってまくしたてた。その様子が少し気ちがいじみて見えたので、セムドは少し落ち着けと言った。言われて、アシメックも少し度を失っていたことに気付いた。自分の思い付きに酔っていたらしい。だが、夢で聴いたカシワナカの声は、このことだとしか思えなかった。

アシメックはもう一度セムドに人集めをしてくれと頼んだ。それはセムドの仕事だからだ。しかしセムドはいい顔をしなかった。

冬は寒い。春は鹿狩りが忙しい。野でそんな大それた仕事をするとしたら、夏しかなかった。しかしそれでは夏の土器づくりが難しくなる。土器づくりは重要だ。毎年作れば作るだけ、壊れる土器も多いのだ。余っている人員は少ない。

「……トカムは、何とかなる。あれはいまだにろくな仕事をしてないんだ。だがほかのやつは、難しい」
セムドは細い声で言った。まだ頭がアシメックの考えについていけないのだ。

「そうか、トカムには声をかけておこう。とにかく、夏までに人を選んでおいてくれ。それまでに、おれは細かい計画を考える」

そう言ってアシメックはまた、セムドの元を離れた。足は自然にまたイタカの野に向かった。




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クプダ⑤

2018-06-19 04:12:39 | 風紋


アシメックはいつの間にかイタカの野を走っていた。村に帰り、ミコルの家の前にある板をたたいた。ミコルはようやく寝床から起きてきたところだった。呼ばれて外に出てみると、真っ青な顔をしたアシメックが息を切らせている。

ミコルの顔を見ると、挨拶もそこそこにアシメックはしゃべりだした。自分の心にあることを口でいうのが難しかった。ミコルはアシメックが何を言っているのか分からず、怪訝な顔をしている。アシメックは何度も説明した。

「イタカの野にオロソ沼を広げる?」
「ああ、土を掘って川を作るんだ。そして水を導いて、イタカに沼を広げるんだよ」
「……そんなこと、できるのか?」
「やってみねばわからない。とにかく、オロソ沼の近く一帯の野は、ほかより地面が低いんだ。それは確かめてきた。沼の岸の辺りの土を掘って、溝をつくれば水を導ける。それで沼が広がって、稲を植えれば」
「確かに、理屈では、稲が増えるが」
「そうとも、米の収穫量も増える」

アシメックは夢でカシワナカの声を聴いたことは言わなかった。それはミコルには言ってはいけないような気がしたからだ。神の声を聴くのはミコルの仕事だった。だからアシメックは、ミコルに占いをしてくれるようにたのんだ。ミコルは戸惑いつつも、風紋占いをした。茅布の上に色砂をまき、息を吹いてその文様を見る。

「どうだ?」
アシメックが聞くと、ミコルはしばし黙った。かすかに、のどの奥でミコルがうなるような声をあげた。
「……やって、みろとは聞こえる。だが」
「だが、なんだ」
「そんなこと、できるわけがない」

アシメックはそのことは聞かなかった。やってみろの一言だけでいい。彼は挨拶もせずにミコルの所を離れ、今度はセムドの家に向かった。そしてセムドを呼び出し、また同じことを説明した。




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クプダ④

2018-06-18 04:12:57 | 風紋


稲は半身を沼に浸し、枯れていたが、美しかった。まるで神のようだ。これはカシワナ族の宝なのだ。カシワナカがくれた、極上のおいしい食べ物だ。これがあるからこそ、カシワナ族は豊かに太ることができる。みんないい暮らしをすることができる。だが、ここにある稲からとれる米だけでは、カシワナ族が食べるだけで精いっぱいなのだ。ヤルスベ族に分けられる分は少ない。だが、ヤルスベの要求はどんどん大きくなってくる。

どうすればいいのか。アシメックは顔をしかめて稲を見つめた。もっと、米がたくさん採れれば、このオロソ沼が、もっと広ければ。……広さ?

「クプダ(広さ)というんだ、場所が大きいことを、クプド(広い)というじゃないか」

その時、エルヅの言葉が頭にひらめいた。クプダ、広さ。

広くなれば、オロソ沼を広くすれば、なんとかなるのではないか?

イタカの野に細い川を描き
稲を歩かせ
豊の実りを太らせよ

夢で聴いた神の声がありありとよみがえった。たちまちのうちに、アシメックの頭の中にある情景が浮かんだ。川だ。川を掘ればいい。ここに川を掘って、沼をイタカに広げるんだ。そしてその沼に、稲を植えれば、沼が広がる、米がとれる量が増える!!

これか!!

アシメックは振り向き、イタカの野を眺め渡した。野も、オロソ沼に近い一帯には草が少なく、水たまりがあちこちにあった。野はオロソ沼に向かってわずかに傾斜しているのだ。地面も低く、ぬかるんでいるから、鹿もここまでは来ない。そうだ、この湿った辺りを、みんな沼にしてしまえばいい。川を掘って、水を流してしまえば、低いところはみんな沼になる。




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クプダ③

2018-06-17 04:12:42 | 風紋


鷲の翼のある神カシワナカは、大きな風を引き起こしながら、アシメックの頭上すれすれを飛んで通り過ぎて行った。その時、アシメックはカシワナカの声を聴いた。

イタカの野に細い川を描き
稲を歩かせ
豊の実りを太らせよ
ケバルライ

その声を聴き終えたとき、アシメックはまた上空を見上げた。もうそこにカシワナカの姿はなかった。それはどういう意味だ、という問いを起こそうとしたとき、足元からケラド蛇の声がした。下を見ると、そこに細い蛇がいる。しかしそれは赤くない。むしろ青い。いや待て。よく見てみると、それは川だ。細い川だ。

アシメックは視線を導かれるように川の筋を追った。川の上流には、オロソ沼が見える。

そこで目が覚めた。

目を開けると、自分の家の天井の木組みが見える。アシメックは身を起こし、周りを見た。もう夜は明けたのか、家の中は幾分明るかった。少し離れたところの寝床で、ソミナとコルが一緒に眠っている。

アシメックは何かに操られるように、寝床から立ち、足を忍ばせて家の外に出た。まだ日は登りきっていなかったが、空は明るかった。彼は何かに掻き立てられるように、イタカの野に向かった。

そのときまだイタカは冬だった。冷たい風が山から吹いてきている。アシメックは肩掛けもつけてこなかったことに気付いたが、寒くはなかった。足はどんどん進み、イタカを横切っていった。この野を、南西の方にどんどん進んでいけば、オロソ沼につながっていくのだ。

東の空に太陽が全身を現す頃、足元がゆるくなってきた。ところどころに水たまりが見える。アシメックは足元に気を付けながら進んだ。やがて、行く手に静かなオロソ沼の水面が広がり、枯れた稲の群れが見えてきた。ここからが、オロソ沼だ。




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クプダ②

2018-06-16 04:12:38 | 風紋


アシメックは、イゴの木の下に転がっていたその骨をしばし見つめた。骨には何か汚いものがこびりついていた。嫌な臭いがする。暗い眼窩の奥ではケラド蛇がかすかに奇妙な声で鳴いていた。そう、ケラド蛇は鳴くのだ。蛇なのに、微かな声で鳴くのだ。

遺骸を見つけたら、砕いてやりたいと、誰かが言っていたが、アシメックはそんなことをする気にもならなかった。遺骸は朽ち果てて、獣のように山に転がり、蛇の巣になっている。それは放蕩者にふさわしいなれの果てのように思えた。もう人間とは思えない。その魂はおそらく、アルカラとは別の、誰も知らない魔の闇に吸い込まれていったのだろう。

おまえのおかげで村は大変なことになってるよ。

アシメックはオラブの頭蓋骨に向かって、心の中でささやいた。だがそれ以上のことは何もせず、踵を返して山を下り始めた。なんとかせねばならない。このままでは、カシワナ族が飢えてしまう。ヤルスベは味をしめて、カシワナの米をどんどんとっていくのだ。

境界の岩を超えると、突然山がなくなり、アシメックはいつの間にかイタカの野にいた。

季節は突然春になっていた。ミンダの花が咲き乱れている。

アシメックは村の方向に向かって歩いているつもりだったが、いつの間にか行く手にオロソ沼が見えてきた。どうしてだろう、と思っていると、頭の上から鳥の声がした。見上げると、大きな鷲が一羽、空を舞っている。いや待て、あれは鷲ではない。

驚いている暇もなく、その鷲は翼をはためかせ、見る間にアシメックに向かって降りてきた。アシメックは目を見開いた。それは背に大きな鷲の翼を生やした、実に立派な男であったのだ。自分よりも大きい。

アシメックは思わずひざまずいて頭を垂れた。カシワナカだ。間違いはない。




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クプダ①

2018-06-15 04:12:35 | 風紋


夢の中で、アシメックは山の中をさまよっていた。

秋の採集も済み、山は冬枯れの相を呈してきている。あらかたの木々は葉を落としていたが、紅葉した葉を残している木々も薄暗がりの中で灰色に見えた。

アシメックはオラブの遺骸を探していた。境界の岩はもうとっくに通り越していた。今まで見たこともないような木々の風景が見える。時々おばけのように奇怪な岩が前を遮った。それを飛ぶようによけながら、アシメックは山をさまよい歩いていた。

かん高い鳥の声がして、空を見ると、裸になった木の梢の向こうから、血のように赤くなった太陽が見える。まるで何か、おぞましいことが来ることを教えようとでもしているかのようだ。

オラブの死骸を見つけてはいけないと、言っているのかもしれない。だがアシメックは探したかった。放蕩者がどこでどんな死に方をしたのかを、確かめたかったのだ。

棘の多い藪を越えると、鹿の通り道があった。そこだけ下生えが薄くなっている細い道があるのだ。アシメックはしばしその道添いに歩いた。灰色の風景が続く。そうしているうちに、ふと、大きなイゴの木の根元に、夕焼けの空のような色をした、細長い蛇がいることに気付いた。ケラド蛇だ。毒々しい赤い色をしているが、毒はない。毒があるふりをしている小さい蛇だ。怖がることはない。

そう思って見ていると、蛇はするりと何かの穴の中に入っていった。気になって近寄ってみると、そこに小さい灰色のしゃれこうべがあった。わきにネズミの骨もある。

ああ、オラブだ。さっきの蛇は、この頭蓋骨の目の穴に入っていったのか。




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