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世界はキラキラおもちゃ箱・2

わたしはてんこ。少々自閉傾向のある詩人です。わたしの仕事は、神様が世界中に隠した、キラキラおもちゃを探すこと。

トカムの穴⑥

2018-07-04 04:12:49 | 風紋


シュコックの予想通り、一連の作業は四日で終わった。みなの働きが予想以上によかったのだ。特にトカムの働き様はよかった。トカムは目を輝かせて働いていた。穴を掘るのが楽しくてしょうがないのだ。セムドに、穴を掘る仕事をしたいと言おう。トカムはもう胸の中にそんな決意を秘めていた。

いい感じだ。いいことが起こりそうな気がする。

アシメックは野の風を感じながら思った。

「よおし、岸の土を掘りぬくぞ。みなよけろ。溺れないと思うが、水が一気に行く」

みなが、水が来ると予想されるところの外に出たのを見計らって、アシメックは鍬を振り、沼の岸の土を抜いた。とたんに、あふれるように、水がほとばしった。オロソ沼の水が、一気に、みんなの掘った溝に流れ込んだ。

ああ!という声が湧いた。

水は見る間に溝を埋め、そこからあふれ出し、その周りの野に流れ出したのだ。

さらさらという音もない。水は静かに、だが、あっという間に、野を覆っていく。男たちは子供のように顔を輝かせた。流れてくる水から、鬼ごっこのように逃げていくものもいた。

「すごい」とサリクが言った。アシメックは水の中に立ち、水が流れていく様子を見ている。サリクはその姿をまぶしそうに見た。神カシワナカの幻を、その後ろに見たような気がした。

そして気付いた時、みんなは野に広がった沼の水面を見渡していた。オロソ沼は、今までよりも三倍は広がっていた。

流れるのをやめ、静かになった水面は、青い夏空を映し込み、真っ青な空がそのままそこに下りてきたように見えた。





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トカムの穴⑤

2018-07-03 04:12:50 | 風紋


おれ、穴を掘ろう。なんで今まで、掘らなかったんだろう。墓穴とか、囲炉裏の穴とか、みんな掘りに行こう。村中の穴、全部掘ろう。

涙を汗でごまかしながら、トカムは穴を掘り続けた。深いところまで掘った。地面が硬くなって難しいところも、一心に掘った。トカムの掘ったところは、ほかの奴が掘ったところと微妙に違っていた。なんとなく凸凹が少なく、形が整っている気がする。そこに何かを感じている者もいた。

男というものは、他の誰かに違うものに気が付くときは、痛いと感じる。穴を掘っているトカムは、みなにそれを感じさせるものがあったのだ。

「ようし、今日はもういい」
ひとしきり掘っていくと、やがてまたアシメックが言った。みなはほっと溜息をついて、作業をやめた。

「だいぶ掘れたな。七日かかると言ったが、もっと短くていいようだ」
イタカの野に現れた大きな溝を見て、アシメックは言った。
「この調子なら、あと二日でできる」言ったのはシュコックだった。
「このまま掘って行って、最後に沼の岸の土を掘りぬくんだ。そうすると、溝に一気に水が流れる。ここらへんの低いところに水が広がるだろう」
アシメックが手を広げながら指し示すと、みなはあたりを見回した。アシメックの予想では、この野の湿った土のある一帯はみな沼になるというのだ。
「浅い沼になるな」とシュコックは熱い感動を感じながら言った。
「ああ、そして来年の春には、ここらへんに稲の苗を植える。そうすれば、採れる米の量がずっと増える」
「でかい夢だ」
「やってみるさ」

アシメックは堂々と言った。




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トカムの穴④

2018-07-02 04:13:09 | 風紋


次の日の朝早く、アシメックが広場に来てみると、もうトカムがそこに来ていた。まだ他のものは集まっていない。

「やあトカム、早いな」
アシメックが声をかけると、トカムは恥ずかしそうに、「うん」と言った。
「仕事が楽しいのか」とアシメックが言うと、トカムはくちびるをかみしめた。トカムは今、穴を掘りたいのだ。そんなことは、土器を作っている時も、ヤルスベで色塗りの仕事を習っている時も、感じたことはなかった。

だがトカムは、自分の気持ちを言うのが下手だった。だから何も言わずに、小さくうなずいただけだった。だがそれでも、アシメックは嬉しかった。トカムはいい目をしていた。エルヅに数を数える力があるのを発見した時と、同じ予感がした。

やがてみんなが広場に集まってきた。アシメックは昨日と同じように、みなをイタカの野に導いていった。

汗を流して、鍬を振り、土を打つ。そのとき、鍬が土に食い込んで、穴が空く。トカムはそれが面白かった。自分の思うように、穴が空くのがおもしろかった。鍬の重さもここちよい。腕を振り上げる時、鍬が一瞬後ろに飛びそうになるのを、自分の手で押さえる感覚が、ここちよい。

おれ、できる。

トカムは土を掘りながら思った。それが、涙が出るほどうれしかった。土器を作る時も、帯を編む時も、みんなのように器用に作れなかった。それが恥ずかしくて、家に閉じこもりがちだった。このまま、何もできずに、何もせずに、人生終わるのか。そう思ってたまらなくなる時もあった。




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トカムの穴③

2018-07-01 04:12:46 | 風紋


アシメックが引いた線を基準に、男たちは一心に掘っていった。風が起こす風紋のように、それは美しい文様だった。人間が、同じ心に従ってみなで働いている。それはまるで、不思議な風が地面に描いた不思議な文様のように見えるのだ。

みんなのために、いいことをするのだ。男というものは、そういうものだ。それがカシワナカの教えだった。カシワナ族の男たちは、その神の教えに従って働いているのだ。みんなで力を寄せ合い、働いている。それは実に美しい。アシメックはみなと一緒に働きながら、神が今自分たちを見ていると感じていた。村の危機を救うために働いている男たちを、今、カシワナカが見ている。

もちろん穴は一日では堀り終わらなかった。夏の太陽が照りつけ、汗ばんだ男たちが疲れを見せ始めるころ、アシメックは仕事を終わらせた。
「よし、今日はここまででいい。後は明日またやろう」

みんながほっとして、アシメックの顔を見た。族長の顔が、日差しを照り返して一段と立派に見える。彼は嬉しそうに、地面に掘られた穴を見下ろしていた。みんなも穴を見た。思ったよりも深い穴が、思ったよりも広く空いている。男たちは汗をぬぐいながら、それに自分で感動を覚えていた。これは、すごいことができるかもしれない。

トカムも、その感動を共にしていた。鍬の柄を握りしめながら、自分が掘ったところをじっと見降ろしていた。人間の腰あたりまでが埋まる深い穴が、自分の下に空いている。それを自分はやったのだ。そう思うと、トカムは何か、これに似たことを経験したことがある、と思った。何だったか。そうだ、子供のころ、山でうまく鳥を捕まえたことがあったのだ。飛んでいる鳥を、手を伸ばしてうまく捕まえた。あのときのうれしさと、これは似ている。

捕まえた鳥を見せた時の、母の嬉しそうな顔がよみがえった。




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トカムの穴②

2018-06-30 04:12:42 | 風紋


「ようし、みな鍬は持ったな。では、行こう」
アシメックの声が聞こえた。ネオはもうモラのことは忘れ、広場の真ん中にいるアシメックを見た。アシメックはフウロ鳥の羽を三本髪にさし、太く長い腕を空に向けて立てていた。美しかった。ほれぼれする男だ。ついていきたい。 

男たちはアシメックに従い、イタカの野に赴いた。イタカの野を掘るなど、初めてする仕事だ。誰もが不安を持っていた。だが、堂々と前をゆくアシメックの背中を見ていると、勇気が湧いて来る。なんでもできるような気がした。

イタカの西のはずれ、オロソ沼との境界辺りにまで一行を導いていくと、アシメックはみなをひとところに集め、しばし待たせた。そして、腰に差していたナイフを抜き、地面に線を描き始めた。

「この線に沿い、掘っていくんだ。幅はこれくらいでいい。深さは腰くらいだ。沼から遠いところから掘れ。そう、そこのあたりだ」

「ずいぶんと長い」と驚いて言う者がいた。実際、アシメックが地面に引いた線は、みなが思っていたよりもずっと長かったのだ。これは一日で終わる仕事ではない。アシメックはその声に笑って言った。
「できる仕事だ。墓掘りを七日ほど続けるんだと思えばいい。みんなでやれば、必ずできる」

そしてアシメックは、自分の鍬をとり、大きくふるって地面に最初の穴を開けた。それを合図に、みなが一斉に掘り出した。




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トカムの穴①

2018-06-29 04:12:52 | 風紋


宝蔵には鉄のナイフのほかにも鉄の鍬があった。もちろん米と交換してヤルスベ族からもらったものだ。

鍬と言っても、畑を耕すために使うものではない。このころにはまだ農耕はなかった。鍬は単に、土を掘るために使うものだった。主に、家を建てる時の土台を掘るときや、墓穴を掘る時などに使う。

細い木の棒の先に、大きな鉄の板がつけてある。鍬というより斧に近い。だが、穴を掘るには十分に役に立った。

歌垣も終わり、そろそろ蝉が鳴き始めるという頃、アシメックは男たちを広場に集めた。あれからまたいろいろな男と話をし、最終的に人員は二十人集まった。トカムとネオもいる。最初は渋っていたサリクも参加した。自分では内心異論を持ちつつも、アシメックには勝てないのだ。どうしても一緒にいたくなる。

アシメックの命で、シュコックが皆に鍬を配った。人数分だけ、鍬はあった。ネオは鍬を渡されたとき、その重さに負けないように自分の腕に力を込めた。ほかの男よりはまだ細いが、十分に筋肉は太くなってきている。大丈夫だ、働ける。ネオは自分にそれを言い聞かせた。

広場の隅から、モラが自分を見ていた。ネオはそれに気づくと、微かに笑って、モラを見た。子負い袋を背負っている。あの袋の中に、テコラがいるのだ。

そう思うだけで、ネオは自分の中に何か不思議なものが走るような気がした。やらなくちゃならない、という気持ちがして、身が震えた。




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イメージ・ギャラリー㉔

2018-06-28 04:12:39 | 風紋


Judy Larson

美しい絵ですね。計画のために動き回るアシメックのイメージです。
この当時は騎馬の習慣はまだありませんでしたが、村の危機をなんとかするために、
アシメックは馬に乗ったようにあちこち走り回っていたのです。




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計画⑤

2018-06-27 04:12:38 | 風紋


「大丈夫だ、できる。鍬は持てるんだろう? 土をかくくらいなら、簡単だ。どうだ?」
アシメックは言った。トカムはくちびるを噛みながら、アシメックの顔を見た。真剣な目が、自分を見ている。

こんなこと、断ったら、おれは、もっとだめになる。トカムはそう思った。そして、半分泣きそうな顔をしながら、「わかった」と返事をした。

「そうか!」とアシメックは喜んだ。そしてトカムの肩に手をおき、もう一度言った。

「夏になったら、一緒にやろう。約束だぞ」

トカムはうなずいた。

トカムの家を出ると、アシメックは空を見た。高いところをまた鷲が飛んでいた。

いける。と思いながら、アシメックは鷲を睨んだ。やってみねばわからない。神もやってみろと言った。

その年の鹿狩りには、アシメックは最初から最後まで付き合った。狩人組のやつらと、いい感じで話をしておきたかったのだ。

例の仕事の話をすると、サリクは意外に消極的だった。今まで聞いたこともないような仕事をするのには、あまり気のりがしないようだった。だがレンドとモカドは興味を持った。やってみてもいいと言った。

「おもしろそうだな。でもオロソが広がると、鹿がイタカに来なくなるんじゃないか?」
「そこは大丈夫だ。水をひいても、アマ草が生えるところまではいかない」
「ほんとか?」
「ああ、そこはちゃんと土地を見てるんだ。イタカはオロソ沼の岸から傾斜してだんだん高くなっている。地面が高くなって水気がなくなって乾いているところからアマ草が始まっている。おそらくそこから先に水は行かない」

アシメックはそうしていろいろな男と話をつけていった。セムドとも話をし、最終的に、夏の仕事に協力してくれる男が、十五人決まった。

よし、これだけいれば、できる。

歌垣が終わり、夏が始まる頃、アシメックは決行を、至聖所から、神と先祖に宣言した。




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計画④

2018-06-26 04:12:45 | 風紋


アシメックは頭の中で工事方法を思い描いていた。いきなり水辺を掘ってはだめだ。水が流れてきて邪魔をする。野の方から掘って行って、最終的に、沼の岸に穴をあけて水を入れるのだ。それがいい。人員は何人いるか。

狩人組を貸してもいいとシュコックは言った。狩人組は今十七人ほどいるはずだが、全部は来るまい。気が乗らないやつもいるだろう。シュコックは狩人組の頭だが、全員がいつも彼の命令を聞かなければいけないというほどではなかった。

ネオは何とかなるだろう。セムドはトカムなら貸してもいいと言った。

アシメックは立ち上がり、村の方に戻った。そして広場を通り過ぎ、トカムの家に向かった。声をかけておこうと思ったのだ。

「いるか」
アシメックが言いながら、トカムの家の入口をくぐると、トカムは囲炉裏のそばで、茅を編んでいた。彼は今、干した茅草を編んで、帯を作っていた。鹿皮の腰布を抑えるための帯だ。そう器用ではないトカムは、そんな簡単な仕事でも、かなり苦労してやっていた。できあがる帯は歪んでいる。あまり人にほめてもらえるような品ではない。

「やあ、アシメック、なに?」
いきなり入ってきたアシメックに驚きながら、トカムは言った。しかしなんとなく用件はわかっていた。セムドから、ある程度の話は聞いていたからだ。

「話がある。実は……」
アシメックはトカムに、簡単にイタカに沼を広げる仕事の話をした。そして協力しないかと聞いてみた。
「鍬で土を掘るだけだ。石なんかも時々運ばねばならない。体があればできる仕事だ。やらないか」

トカムはアシメックの熱心な視線を受けながら、しばし戸惑って口ごもった。断る理由はない。ただでさえ、毎日暇を持て余しているのだ。
「お、おれなんかにできるかな……」
とトカムは苦しそうに言った。トカムにとっては、アシメックはまぶしすぎる存在なのだ。ろくに仕事もしていない自分にとって、毎日超人のように村を走り回って村のために仕事をしているアシメックは、あまりに遠いのだ。そのアシメックが、わざわざ自分の家に来て、仕事をしないかと言ってくれている。




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計画③

2018-06-25 04:13:13 | 風紋


いい感じだ。ものになりそうだ。そんなネオの背中を見送りながら、アシメックは目を細めた。今はひとりでも、協力者が欲しいのだ。

ヤテクの天幕の前でシュコックと別れると、アシメックは村への道を半分帰り、途中からイタカに向かった。そっちから回らねば、例のイタカとオロソの境界には行けないのだ。

イタカの野にはミンダの赤い花が咲き群れている。エマナもたくさん摘んでいることだろう。小さい子の面倒を見ながらの仕事は大変だろうが、今のアシメックにはそんなことを心配している余裕はない。時々花を踏みながら、子供のようにまっすぐにオロソ沼に向かって走った。

オロソ沼の水面が見える、例の境界の所にいくと、アシメックは、二、三日前に地面に描いた印を探した。ここらへんの土を掘って川を作ればいいというしるしを、つけておいたのだ。数日のうちに草が伸び、そのしるしは見にくくなっていた。アシメックは腰のナイフをとり、そのしるしを描きなおした。

川の幅はアシメックの歩幅で二歩分もあればいい。長さは七十歩分くらいでいいだろう。問題は深さだ。どれだけ掘れば、水をこっちの野に引くことができるだろう。

「やってみねばわからんな」

アシメックは地面に描いたしるしを睨みながら独り言を言った。沼のすれすれまで足を運び、水に腕をつけてみたが、肩の辺りまで深く手を差し込んでも、底には届かなかった。オロソ沼は少し岸から離れたところから、急に深くなっているのだ。

「落ち込まないように気をつけねばならない」




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