み空ゆく月のひかりにただひとめ逢ひ見し人の夢にし見ゆる(万葉集)
さだかには見もせぬ人のおもかげをなにぞや月に思ひいづらむ(宝治百首)
あま雲の絶え間たえまをゆく月のみらくすくなき妹(いも)を恋ひつつ(藤葉和歌集)
目には見て手にはとられぬ月のうちの桂のごとき妹(いも)をいかにせむ(新勅撰和歌集)
あはれなど月の桂のよそにのみ手にもとられぬ影を恋ふらむ(新千載和歌集)
あま雲のわりなきひまをもる月のかげばかりだに逢ひ見てしがな(玉葉和歌集)
いかにして木の間の月のほのかにも見つとばかりを人に知らせむ(風葉和歌集)
ひさかたの天てる月をかがみにて恋しき人のかげをだに見む(古今和歌集)
月よなほくまこそなけれかきくらす恋のなみだは雨と降れども(六百番歌合)
月かげを我が身にかふるものならば思はぬ人もあはれとや見む(拾遺和歌集)
あしひきの山より出づる月待つと人には云ひて君をこそ待て(拾遺和歌集)
月待つと人にはいひてながむればなぐさめがたき夕暮の空(千載和歌集)
来ぬ人によそへて待ちし夕べより月てふものはうらみそめてき(続後撰和歌集)
こよひかと月のすがたの変はるまで頼めぬ空をながめなれぬる(源孝範集)
うき人の面影そへてたのむ夜も来ぬ夜もひとり月を見るかな(新拾遺和歌集)
などもかく思ひわびてはながむらむ月は恋しき人のかげかは(殿上蔵人歌合)
人問(と)はば月ゆゑ落つるならひぞとこたへやせまし袖のなみだを(新千載和歌集)
いかにしてしぼらで見せむさ夜ごろも月のしづくはなみだなりけり(光経集)
涙をもしのぶるころの我が袖にあやなく月のやどりぬるかな(千載和歌集)
うちたえてなげく涙にわが袖の朽ちなばなにに月をやどさむ(山家集)
月をのみぬるる袂にやどせども恋しき人はかげだにもせず(殿上蔵人歌合)
恋せじと月にややがて誓はましくもる涙のうきにつけても(続古今和歌集)
もろともに見しにひかりやまさりけむ今はさびしき秋の夜の月(唐物語)
もろともにながめし夜半の睦言を思ひいでよと澄める月かな(治承三十六人歌合)
もろともに見しはむかしの袖のうへに今は涙をかこつ月かな(新続古今和歌集)