去る7月15日の読売新聞によると,法務省は民法の法定利率を引き下げる方針を固め,早ければ2009年の通常国会で法改正したいとの考えである,とのことである。
私はこの記事を読売新聞で読んだだけで,他紙が報じたかどうか分からないし,今では検索をかけても,まったくひっかからないので,ことによると読売新聞の勇み足で,誤報かもしれない。
ただ,バブル崩壊後,歴史的な低金利時代が長く続いたので,法定利率の引き下げが,検討課題であることは間違いないと思われる。
*****
まず,この法定利率の引き下げの影響であるが,記事によると,適用利率が低ければ,遺族が受け取る賠償金が多くなると解説されている。これは確かにそのとおりで,ホフマン係数やライプニッツ係数の割引率が小さくなれば,それだけ係数が大きくなることは当然である。
問題は,どの程度大きくなるかだが,ライプニッツ係数では,おおよそ,次のようになる。(小数点以下5桁未満切り捨て)
5% 2.5%
10年 7.7217 8.7520 ←約13%増
20年 12.4622 15.5891 ←約22%増
30年 15.3724 20.9302 ←約33%増
40年 17.1590 25.1027 ←約43%増
49年 18.1687 28.0713 ←約52%増
また,未成年者のライプニッツ係数は,おおよそ,次のようになる。
0歳 7.5494 17.9984 ←約2.4倍
5歳 9.6352 20.3635 ←約2.1倍
10歳 12.2973 23.0394 ←約1.9倍
15歳 15.6948 26.0670 ←約1.7倍(66%増)
17歳 17.3035 27.3867 ←約1.6倍(58%増)
これから分かるように,特に未成年者に対する逸失利益の賠償額は,相当に大きくなる。
勿論,これは逸失利益の計算の問題だけだから,治療費,休業損害,慰謝料といった損害項目には影響しないから,全体がこのような大きな金額になるわけではない。しかし,若年者に重篤な後遺障害を残す例では,逸失利益が,全損害額に占める割合は相当大きくなるから,かなりの賠償額の増加につながると考えられる。
☆☆☆☆☆
ところで,この問題の淵源を辿ると,平成の超低金利時代を迎えて,平成12年ごろから,中間利息の控除の率を問題にする事件が出始め,低金利時代が長期化して,金利の回復がもう長期的にも期待できない状態であるのに,5%などという高金利で中間利息を控除するのは実態に合わないという主張がなされた。
これに対して,多くの事件では,法定利率によることは必ずしも不合理ではないなどとして,民事法定利率の5%で中間利息を控除していたが,いくつかの裁判例が,4%(東京高裁平成12年3月22日判決・判例時報1712号142頁),3%(長野地裁諏訪支部平成12年11月14日判決・判例時報1759号94頁),2%(津地裁熊野支部平成12年12月26日判決・判例時報1763号206頁,津地裁四日市支部平成13年9月4日判決・判例時報1770号131頁)などといった利率で中間利息を控除していた。
この問題は,結局,平成17年に,最高裁で「損害賠償額の算定に当たり,被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は,民事法定利率によらなければならない。」とする判決がなされて決着がついたという経過がある(最高裁平成17年6月14日第3小法廷判決・民集59巻5号983頁)。
その面から見ると,今回の法定利率の改定は,上記の最高裁判決が,結論としては,民事法定利率によることを強制するという判断を示しつつも,その判断経過の中で,「我が国では実際の金利が近時低い状況にあることや原審のいう実質金利の動向からすれば,被害者の将来の逸央利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は民事法定利率である年5%より引き下げるべきであるとの主張も理解できないではない。」としたことに対して,立法や行政の側が,答えを出そうとしている動きであるということができる。
△△△△△
では,その他に,法定利率の引下げの影響として,何があるか。
まず,逸失利益にかかる損害賠償額が上昇することの反面として,自動車保険の保険料の引上げは避けられないところであろう。(これがあるから,引下げの施行日は,法律の制定時から1年以上先になるだろう。)
自動車保険でも,自賠責と任意保険のそれぞれで,全部の保険金給付額に占める後遺害の逸失利益相当額の割合が違うであろうから,その引上率は一律とはいえないだろうが,逸失利益が生じるような高額の損害賠償事案では,任意保険からの給付が多くなると考えられるので,任意保険の保険料の引上率の方が,多分大きくなるであろう。
そうなると,すでに優良運転者を選別して保険料を割り引いている商品が多くなっているが,そのような動きが加速する可能性がある。そうした場合,その反面として,事故を起こし易いグループの車両や運転者に対する保険料は,なお一層高額になるおそれもあり,そうなると,本来保険の必要性の高いグループであるのに,十分な保険に入れないなどということが,可能性としてないわけではないように思われる。
まあ,自動車保険の保険料の引上げは,そこそこということになるだろうが,もっと影響の大きいものとしては,医療過誤の責任保険が考えられる。こちらは,給付の対象となる医療事故は,事実上,結果が重得なものに限られるから,ほとんどのケースで逸失利益が生じることになり,全部の保険金給付額に占める逸失利益の割合は相当に高いと思われる。
そうなったときに,これは本来あってはならない話であるが,医事紛争で医師の側の過失を不当に認めないケースが増えて,その分医療過誤訴訟が多くなることも考えられるし,医療側でも,保険の査定が厳しくなることから,紛争を恐れて,医療の萎縮が起こることも考えられないわけではない。
このあたりは,何が起こるかを,容易に見通すことはできないように思える。
▽▽▽▽▽
その他の場面では,民事・商事法定利率以外の法定利率的なものや,約款での約定損害金への影響も考えられる。
今の時代,何としても高いと感じられるのが,延滞税率年14.6%や,民間連合協定工事請負契約約款(旧・四会連合約款)の約定延損金規定1日1万分の4(平年であれば年14.6%)であろう。
工事請負契約約款は,平成12年に延損金率が1日1千分の1から引き下げられた(これは消費者契約法の関係らしい。)が,それでも高いことは高い。これでは,請負でちょっとトラブって,代金の支払を留保すれば,すぐに1千万円オーダーでの約定延損金が発生するというのが実情である。
こういうところへの影響,要するに,こういった延損金についても,率の引下げが議論になるのではないか,ということも視野に入れなければならないだろう。
◇◇◇◇◇
さて,法定利率の引下げについては,経過規定がどうなるのかも,興味があるところである。
まさか,遡及適用ということはないだろうけれども,将来適用といっても,施行日以後になされた法律行為について適用するのか,施行日以前になされた法律行為についても適用するのか,というのが,ひとつの問題であろう。
施行日以後には,遡及適用がない以上,判決の主文は,基本的に,「被告は,原告に対し,100万円及びこれに対する平成19年9月1日から平成21年12月31日までは年5分の,平成22年1月1日から支払い済みまでは年2分5厘の割合による金員を支払え。」というふうになるのだろう。
それでは,施行日が分かっている場合,施行日以前に言い渡される判決でも,同じように,施行日の前後で,法定利率を分けた主文が掲げられることになるのだろうか。
それとも,裁判所としては,施行日が分かっていても,いなくても,施行前は,年5分で判決を出すことになるのだろうか。
もし,施行日が分かっていても,施行日前には,年5分で単純に判決を出せるのであれば,施行日以後の利率は,現実問題としてどうなるのであろうか。
勿論,この問題は,今なされている単純な年5分の判決の効力にも関係することであり,判決で確定した権利が,法定利率の改正で,どのように扱うべきなのかも,なかなか興味のある問題である。
この辺は,多分経過規定(附則)で何らかの定めが置かれることになろうが,判決で確定した権利にも,法定利率の変更の効力を及ぼす(判決で年5分の支払が命じられていても,新たな裁判を要することなく2分5厘に変更される。多分,それが公平だろうとは思うが。)となると,確定判決によって確定した権利を法律によって事後的に変更することは,これまで一般的にはなかったことだけに,思わぬ影響が出ることもあり得ると思われる。
例えば,この場合には,法定利率による遅延損害金であれば,利率変更の対象になるが,約定遅延損害金は,変更の対象にならない。それをどうやって見分けるのか,といった問題が予想される。
逆に,判決で確定した権利には,法定利率変更の効力が及ばないとされた場合には,それが永久に続くのかどうかという問題も生じるだろう。例えば,判決が確定してから10年経ったところで,時効中断のために再度の訴えを起こすこともあるが,その再度の訴えでも,年5分が続くのか,それとも,今度は年2分5厘になるのか,ということも問題になりそうである。
※※※※※
ともあれ,読売新聞の報道が事実であれば,そのうち何らかの動きがあるだろうから,それに注目しておきたい。
私はこの記事を読売新聞で読んだだけで,他紙が報じたかどうか分からないし,今では検索をかけても,まったくひっかからないので,ことによると読売新聞の勇み足で,誤報かもしれない。
ただ,バブル崩壊後,歴史的な低金利時代が長く続いたので,法定利率の引き下げが,検討課題であることは間違いないと思われる。
*****
まず,この法定利率の引き下げの影響であるが,記事によると,適用利率が低ければ,遺族が受け取る賠償金が多くなると解説されている。これは確かにそのとおりで,ホフマン係数やライプニッツ係数の割引率が小さくなれば,それだけ係数が大きくなることは当然である。
問題は,どの程度大きくなるかだが,ライプニッツ係数では,おおよそ,次のようになる。(小数点以下5桁未満切り捨て)
5% 2.5%
10年 7.7217 8.7520 ←約13%増
20年 12.4622 15.5891 ←約22%増
30年 15.3724 20.9302 ←約33%増
40年 17.1590 25.1027 ←約43%増
49年 18.1687 28.0713 ←約52%増
また,未成年者のライプニッツ係数は,おおよそ,次のようになる。
0歳 7.5494 17.9984 ←約2.4倍
5歳 9.6352 20.3635 ←約2.1倍
10歳 12.2973 23.0394 ←約1.9倍
15歳 15.6948 26.0670 ←約1.7倍(66%増)
17歳 17.3035 27.3867 ←約1.6倍(58%増)
これから分かるように,特に未成年者に対する逸失利益の賠償額は,相当に大きくなる。
勿論,これは逸失利益の計算の問題だけだから,治療費,休業損害,慰謝料といった損害項目には影響しないから,全体がこのような大きな金額になるわけではない。しかし,若年者に重篤な後遺障害を残す例では,逸失利益が,全損害額に占める割合は相当大きくなるから,かなりの賠償額の増加につながると考えられる。
☆☆☆☆☆
ところで,この問題の淵源を辿ると,平成の超低金利時代を迎えて,平成12年ごろから,中間利息の控除の率を問題にする事件が出始め,低金利時代が長期化して,金利の回復がもう長期的にも期待できない状態であるのに,5%などという高金利で中間利息を控除するのは実態に合わないという主張がなされた。
これに対して,多くの事件では,法定利率によることは必ずしも不合理ではないなどとして,民事法定利率の5%で中間利息を控除していたが,いくつかの裁判例が,4%(東京高裁平成12年3月22日判決・判例時報1712号142頁),3%(長野地裁諏訪支部平成12年11月14日判決・判例時報1759号94頁),2%(津地裁熊野支部平成12年12月26日判決・判例時報1763号206頁,津地裁四日市支部平成13年9月4日判決・判例時報1770号131頁)などといった利率で中間利息を控除していた。
この問題は,結局,平成17年に,最高裁で「損害賠償額の算定に当たり,被害者の将来の逸失利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は,民事法定利率によらなければならない。」とする判決がなされて決着がついたという経過がある(最高裁平成17年6月14日第3小法廷判決・民集59巻5号983頁)。
その面から見ると,今回の法定利率の改定は,上記の最高裁判決が,結論としては,民事法定利率によることを強制するという判断を示しつつも,その判断経過の中で,「我が国では実際の金利が近時低い状況にあることや原審のいう実質金利の動向からすれば,被害者の将来の逸央利益を現在価額に換算するために控除すべき中間利息の割合は民事法定利率である年5%より引き下げるべきであるとの主張も理解できないではない。」としたことに対して,立法や行政の側が,答えを出そうとしている動きであるということができる。
△△△△△
では,その他に,法定利率の引下げの影響として,何があるか。
まず,逸失利益にかかる損害賠償額が上昇することの反面として,自動車保険の保険料の引上げは避けられないところであろう。(これがあるから,引下げの施行日は,法律の制定時から1年以上先になるだろう。)
自動車保険でも,自賠責と任意保険のそれぞれで,全部の保険金給付額に占める後遺害の逸失利益相当額の割合が違うであろうから,その引上率は一律とはいえないだろうが,逸失利益が生じるような高額の損害賠償事案では,任意保険からの給付が多くなると考えられるので,任意保険の保険料の引上率の方が,多分大きくなるであろう。
そうなると,すでに優良運転者を選別して保険料を割り引いている商品が多くなっているが,そのような動きが加速する可能性がある。そうした場合,その反面として,事故を起こし易いグループの車両や運転者に対する保険料は,なお一層高額になるおそれもあり,そうなると,本来保険の必要性の高いグループであるのに,十分な保険に入れないなどということが,可能性としてないわけではないように思われる。
まあ,自動車保険の保険料の引上げは,そこそこということになるだろうが,もっと影響の大きいものとしては,医療過誤の責任保険が考えられる。こちらは,給付の対象となる医療事故は,事実上,結果が重得なものに限られるから,ほとんどのケースで逸失利益が生じることになり,全部の保険金給付額に占める逸失利益の割合は相当に高いと思われる。
そうなったときに,これは本来あってはならない話であるが,医事紛争で医師の側の過失を不当に認めないケースが増えて,その分医療過誤訴訟が多くなることも考えられるし,医療側でも,保険の査定が厳しくなることから,紛争を恐れて,医療の萎縮が起こることも考えられないわけではない。
このあたりは,何が起こるかを,容易に見通すことはできないように思える。
▽▽▽▽▽
その他の場面では,民事・商事法定利率以外の法定利率的なものや,約款での約定損害金への影響も考えられる。
今の時代,何としても高いと感じられるのが,延滞税率年14.6%や,民間連合協定工事請負契約約款(旧・四会連合約款)の約定延損金規定1日1万分の4(平年であれば年14.6%)であろう。
工事請負契約約款は,平成12年に延損金率が1日1千分の1から引き下げられた(これは消費者契約法の関係らしい。)が,それでも高いことは高い。これでは,請負でちょっとトラブって,代金の支払を留保すれば,すぐに1千万円オーダーでの約定延損金が発生するというのが実情である。
こういうところへの影響,要するに,こういった延損金についても,率の引下げが議論になるのではないか,ということも視野に入れなければならないだろう。
◇◇◇◇◇
さて,法定利率の引下げについては,経過規定がどうなるのかも,興味があるところである。
まさか,遡及適用ということはないだろうけれども,将来適用といっても,施行日以後になされた法律行為について適用するのか,施行日以前になされた法律行為についても適用するのか,というのが,ひとつの問題であろう。
施行日以後には,遡及適用がない以上,判決の主文は,基本的に,「被告は,原告に対し,100万円及びこれに対する平成19年9月1日から平成21年12月31日までは年5分の,平成22年1月1日から支払い済みまでは年2分5厘の割合による金員を支払え。」というふうになるのだろう。
それでは,施行日が分かっている場合,施行日以前に言い渡される判決でも,同じように,施行日の前後で,法定利率を分けた主文が掲げられることになるのだろうか。
それとも,裁判所としては,施行日が分かっていても,いなくても,施行前は,年5分で判決を出すことになるのだろうか。
もし,施行日が分かっていても,施行日前には,年5分で単純に判決を出せるのであれば,施行日以後の利率は,現実問題としてどうなるのであろうか。
勿論,この問題は,今なされている単純な年5分の判決の効力にも関係することであり,判決で確定した権利が,法定利率の改正で,どのように扱うべきなのかも,なかなか興味のある問題である。
この辺は,多分経過規定(附則)で何らかの定めが置かれることになろうが,判決で確定した権利にも,法定利率の変更の効力を及ぼす(判決で年5分の支払が命じられていても,新たな裁判を要することなく2分5厘に変更される。多分,それが公平だろうとは思うが。)となると,確定判決によって確定した権利を法律によって事後的に変更することは,これまで一般的にはなかったことだけに,思わぬ影響が出ることもあり得ると思われる。
例えば,この場合には,法定利率による遅延損害金であれば,利率変更の対象になるが,約定遅延損害金は,変更の対象にならない。それをどうやって見分けるのか,といった問題が予想される。
逆に,判決で確定した権利には,法定利率変更の効力が及ばないとされた場合には,それが永久に続くのかどうかという問題も生じるだろう。例えば,判決が確定してから10年経ったところで,時効中断のために再度の訴えを起こすこともあるが,その再度の訴えでも,年5分が続くのか,それとも,今度は年2分5厘になるのか,ということも問題になりそうである。
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ともあれ,読売新聞の報道が事実であれば,そのうち何らかの動きがあるだろうから,それに注目しておきたい。
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