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名古屋鉄道 7300系電車

2008-12-09 21:43:07 | 電車図鑑・私鉄電車(中部)
昭和41年に車体の老朽化した旧型車の機器を流用して、当時の最新車両であった
パノラマカー並みの車体を新製した車両である。
2連9本と4連3本の計30両が製造された。

正面は貫通型で、パノラマカー増結用の7700系に近いが、同車よりも全体に
角ばった雰囲気となっている。
また、貫通扉の窓だけ、縦長になっている。

車内は戸袋部分を除いてオール転換クロスシートである。
冷房も搭載されており、当時の車両としてはサービス面で優れていた。

主制御装置は、3800形と800形から流用した抵抗制御のAL(自動加速)式で、
駆動方式は吊り掛け駆動である。
台車は当初、種車由来のものを履いていたが、昭和53年に別の新しいものに
交換されている。

ファンからは車体のデザインがパノラマカーによく似ていたが、吊り掛け駆動で
展望席もないため、「偽パノラマカー」、「パノラマカーもどき」などの
あだ名で呼ばれた。
名古屋に訪れた名鉄に詳しくない鉄道ファンが、本形式に乗って足元から聞こえる
吊り掛け駆動ならではの響きに驚いたというエピソードもある。
こういった旧型車の機器を流用して車体を新造した車両は、国鉄から地方ローカル
私鉄まで幅広くみられたが、空調完備、固定窓、オールクロスシートというものは
近鉄が規格の小さかった京橿特急用に製造した18000系電車ぐらいしかおらず、
かなり貴重なものであった。

新製当初の計画では、座席指定特急での使用も予定されたため、側面に「座席指定」
表示器が設置されたほか、本家パノラマカーと同じくミュージックホーンを
装備していた。
これらの装備は後に撤去された。

実際、登場時は三河線等から本線、犬山線に乗り入れる支線特急に用いられた。
昭和50年代になると高性能車の増備が進んでいったため、支線のローカル運用から
全車自由席の特急(後の高速)まで1500V線区のAL車が用いられる運用に
幅広く使われるようになった。
特に支線では冷房のない5000系や5200系などの高性能車両より、足回りは古くても
冷房装備の本形式のほうが、一般客に喜ばれ、名鉄線全線のサービス向上に
寄与したことは疑いようがない。
晩年は広見線、各務原線、小牧線などで運行され、平成9年に全車が引退した。

引退後は全車が豊橋鉄道渥美線の架線電圧の1500V化に伴う車両の置き換えのため
譲渡され、うち28両が入籍した(2両は部品確保用で入籍せず。台車は名鉄3400系に
転用)。
豊橋鉄道では車体の長さを形式番号とする慣習があるが、本形式は名鉄時代のまま
車番の変更は行わずに使用された。これは現在に到るまで唯一の例外である。
車体については大きな改造は行われず、貫通扉に方向幕を設置した程度である。
塗装は元のスカーレットにクリームの帯を巻いたものとしている。
一部の編成は特別塗装として、イエローにグリーンの帯を入れた「なの花」号、
ブルーにクリームの帯を入れた「なぎさ」号になっていた。

本形式の登場と昇圧工事完成で、在来車両の全車が本形式に置き換えとなった。
置き換え対象となった車両の中にはカルダン駆動の1900形(元名鉄5200系電車)もあり、
カルダン車を吊り掛け車で置き換えるという珍しい現象が見られた。
しかし、そもそもが長距離・高速運転向けに設計された車両で、起動加速が遅く、
2ドアクロスシートでラッシュ時の詰め込みが利かず、列車遅延が多発し、
折角15分間隔から12分間隔に増発したダイヤも元に戻さざるをえなくなるという
事態に発展した。
このため、平成12~13年ごろまでに東急7200系を譲り受けた1800系に置き換わり、
平成14年に予備車として残った「なの花」編成を最後に全車廃車となった。
廃車後は豊橋鉄道が一般に無償譲渡先を募り、個人や企業などに引き取られて、現在も数両が存在する。



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