水の丘交通公園

鉄道メインの乗り物図鑑です。
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タビノワ:信州北回廊の旅~最終日~

2013-09-30 10:55:40 | レポート:タビノワ
行程表
長野-長野電鉄-信州中野-長野電鉄-湯田中-長野電鉄A特急「ゆけむり」-長野-しなの鉄道-上田-しなの鉄道-
長野-JR信越本線-北長野…徒歩…信濃吉田-長野電鉄-長野-北陸新幹線「あさま」544号-東京

最終日である。少し遅く目が覚めて朝食をとりに行く。
昨日とはうってかわって線路側の窓側の席が埋まってしまっていたので善光寺側の席を確保した。
長野市内も官庁街に近い場所は高い建物が多いがビルの間から善光寺が見えた。


〇ビルの隙間から善光寺。後ろのロッジも凄い所にあるなぁ。

最終日なのであまり遠出はせず長野中心に適当に周ることにする。
ホテルをチェックアウトして衣類などの荷物を配送に預けてから
長野駅へ向かう。
そういえば今回湯田中まで一度も行ってない。
というわけで無駄に湯田中まで行ってみることにした。
駅に入ると丁度「スノーモンキー」が行ってしまったため、止む無く普通列車で信州中野へ向かう。
須坂ではモンスターハンターラッピングのスノーモンキーが車体清掃をやっていた。
信州中野で湯田中行に乗り換える。
2番線から4番線への乗り換えとなり、いったん階段を上がらなければならない上に
接続時間2分といういじめとしか思えない慌ただしい乗換であった。
この区間の普通列車はB特急が各駅停車となる以外は3500形の独壇場である。
勾配を右に左にカーブしながら湯田中に到着する。
長野駅もそうなのだが渋温泉がモンスターハンターP3にてハンターの拠点となる
ユクモ村のモデルとなったことから発車と到着時にモンハンの音楽がそのまま
流れる。どうやら目標を達成したらしい。


〇湯田中で折り返しを待つ3500形。

折り返しまで時間もあるので周辺を散策する。
駅前のバスターミナルには少し前の型のバスがずらりと並んでいた。


〇長電バスが並ぶ湯田中車庫。

なお特急列車ではないので温泉宿の番頭さんが車で出迎えに来る光景は見られなかった。
午後の特急到着時は各温泉宿から幟を持った番頭さんが出迎えに来る古き良き光景が今でもみられる。
ローソンで買い物ついでにトイレや各種支払いを済ませていたら列車が行ってしまった。
10時41分の次は…11時58分のA特急だけ?!
再び街を軽く周回。狭い範囲に神社が2柱もあるというのはすごい。
楓の湯の足湯につかりつつ時間少し前に駅に戻ると券売機が普通列車の切符しか売らないモードになっていたので
駅員さんを呼んで対応してもらう。
程なく「ゆけむり」が入ってくる。車内清掃と座席転換を済ませたら改札が始まる。
今回は展望席には座らず、2両目の連結側に席を得る。

長野駅に戻り軽い昼食の後は切符の端まで無駄に行くことにして、ちょうど入線していたしなの鉄道に乗り
上田を目指す。
115系であったが今度はJR東日本所属車であった。


〇長野駅に並ぶJR東海「しなの」


〇上田駅に到着した115系。

上田で別所線ホームに行って時刻を確認したらしばらく列車が無いのでそのまま戻る。
今度は信州カラーのしなの鉄道車の2連。下校時間かぶり始めて混んでるのに2連の115系である。


〇上田駅に進入する115系2連。

これで長野に戻る。屋代線代替バスの時間と姨捨行の千曲氏循環バス「めいげつ」号の時間を確認したら
どちらもこの時間の接続は無いのが確認できたので途中下車もなく来た道を戻る。
屋代から屋代高校手前まで並行する屋代線廃線跡の軌道や架線柱の撤去作業が推し進められていた。


〇長野電鉄屋代線の設備撤去中のユンボ。既に特徴的であった架線柱はもうない。

長野に戻るとまだ少し時間が余っている。ホームで軽く撮影しながら案内表示を見ると直江津行の普通が出るとあるので
これに乗り北長野の様子を見に行くことにする。
車両は115系。
長野車両センターで解体中だった185系のグリーン車はすっかり姿を消し、他の車両の解体にうつっていた。
北長野に到着し留置されている211系を撮影する。手前が東海道線仕様で奥が宇都宮線・高崎線仕様車である。
東海道線仕様のものはセミクロス車で改造はもう少し先になるかもしれない。
ついでに長野駅に留置されていた211系は2階建てのサロを4両ぶら下げて留置されていたが何かに転用するつもりなのだろうか。


〇長野駅に留置される211系。カーブで隠れているが2階建てグリーン車4両をつないでいる。


〇北長野駅に留置される211系。

北長野駅の跨線橋から構内を眺めると意外と新幹線と近い。案外と撮影名所になるかもしれない。
改札を出て徒歩で信濃吉田駅へ向かう。
北長野駅と信濃吉田駅は東急ストアと若干の住宅街をぬけてすぐの場所にある。
途中の踏切で走ってきた普通列車を軽くスナップ。


〇丁度走ってきた普通列車長野行。

風呂屋や少し時代錯誤な喫茶店を見つつ信濃吉田駅に到着する。
駅は東京にもありそうな規模の橋上駅舎でエレベーターも備えているがエスカレーターはない。
ホームに降りてしばらくすると8500系の信州中野行が来た。
遠足だろうか。小学生を満載してきて構内がにぎやかになる。


〇小学生を満載してきた長電8500系

賑やかだなぁと笑っていたらこっちに来た長野行列車も小学生の団体様が前2両を占領し大混雑だったので
最後尾へ。地方では稀によくあることである。


〇長野まで乗った3600形。

長野で晩飯の駅弁を買い、構内で軽く撮影をしつつ列車を待つ。


〇パノラマグリーン車ではない特急「しなの」。付属編成だけで組成されている。


〇E2系「あさま」544号。

そして新幹線「あさま」544号が入線。清掃を待って乗車となる。
帰りはグリーン車を奮発してゆっくり眠って帰るはずだったが、
軽井沢で隣や前の席が埋まり揺らされたうえ、隣の席がまともな座り方ができない若い男で
辟易した。こんな下衆がグリーンに乗るなど随分とグリーン車も格が下がったものである。
それでも東京まで目をつぶり今回の旅行を終了した。


〇東京駅に到着したE2系「あさま」544号。




タビノワ:信州北回廊の旅~2日目~

2013-09-29 15:55:28 | レポート:タビノワ
行程表
長野-しなの鉄道-坂城-しなの鉄道-長野-JR篠ノ井線-姨捨-JR篠ノ井線-長野-長野電鉄-小布施-長野電鉄
-須坂-長野電鉄-長野/長野駅-アルピコバス「びんずる」号-善光寺大門…善光寺見学…善光寺大門
-アルピコバス-長野駅/長野-しなの鉄道-屋代/屋代駅-長電バス-須坂駅/須坂-長野電鉄-長野

いつもの出勤で起きる朝5時過ぎに目が覚める。前の晩もかなり早くダウンしているので睡眠時間はたっぷりだ。
朝風呂を済ませてしばし窓から外を眺める。泊まったホテルは線路のすぐわきにあり、存分にトレインビューが
楽しめる。
朝イチのE257系やE351系、大糸線から来たE127系100番台、東海道線や高崎線での運用を終えて長野入りした211系、
「妙高」の送り込みの189系、そして当地の主力車両である115系、飯山線のキハ110系、北陸新幹線E2系などが
思ったよりも頻繁に出入りしていた。


〇長野駅場内を進行する転属したての211系。

211系はあちこちに疎開留置されているが長野駅周辺での運用はまだまだ少ない。
朝食の時間になったので最上階のレストランに向かう。ここからも長野市内を
展望できる。
このホテルはボリュームのある朝食メニューが特徴である。今回は朝からミートローフが出てくるのは流石だったが、
ベーコンが昔みたいにロング1本出てこなくなったのは少し寂しい。


〇ホテルのレストランから長野駅を望む

朝食を済ませて長野駅へ向かい「信州北回廊切符」を購入する。2500円で信越本線篠ノ井~妙高高原、篠ノ井線篠ノ井~
姨捨、しなの鉄道篠ノ井~上田間、飯山線豊野~戸狩野沢温泉、長野電鉄長野~湯田中、アルピコバス長野駅~
川中島古戦場~松代、長野駅~善光寺大門(びんずる号のみ)、長電バス須坂屋代線(長野電鉄屋代線代替バス)須坂駅~屋代駅
が2日間乗り放題で沿線施設の割引も効くフリー乗車券である。

まずはしなの鉄道に乗って坂城駅へ向かう。来たのは沿線が舞台のアニメのキャラクターをラッピングしたいわゆる
「痛電車」とJRから譲り受けてまだ塗装を変えてない115系の5連であった。
通勤通学時間帯は外して乗ったので空いているなぁと思っていたら坂城駅の一つ手前の戸倉駅で乗っていた痛電車が
切り離しとなり、前2両に乗り換えさせられた。
車掌さんは「青い電車に乗り換えてください」といっていたが、それだと北陸本線のあいつらが思い浮かぶ。


〇JR色のまましなの鉄道に譲られた115系2連のワンマン電車。

坂城で降りて169系の展示されている留置線へ行ってみる。今年の春まで運用されていた車両で元々は信越本線の
横川~軽井沢間で「峠のシェルパ」EF63形電気機関車との動力協調運転ができる急行用電車として登場したもので
ここは同車にとって走り慣れた古巣であった。
しなの鉄道では快速や朝夕の速達列車「サンライズしなの」、「サンセットしなの」で使われた。
引退を記念して国鉄当時の塗装に戻されて当地に保存されている。


〇坂城駅にて保存されている169系。

編成は軽井沢側よりクモハ169-1+モハ168-1+クハ169-27である。
車内や運転席の公開はされておらず外観からのみの見学となっている。
一通り見た後、駅に戻るとすぐ長野行の列車が入ってきた。
何となく乗ったら快速でそのまま長野に戻る。
車両は同じく115系の2連である。
どうでもいいが2両編成でこの区間は昼間でもかなり混みあう。
効率化もいいが、着席もサービスであることをしなの鉄道に理解してほしい。


〇長野駅に到着した115系2連の快速。

長野について今度は姨捨に向かってみることにする。今度も115系の3両編成。
篠ノ井までは同じルートだがしなの鉄道を左に見つつ姨捨へ向かう。
昨日の妙高高原までも山登りの感覚が凄いがこちらもかなりの勾配である。
斜面を登りきったところでいったん停止し、バックで姨捨駅に入る。
姨捨駅はスイッチバック駅で長野側から駅に入る列車、又は長野駅へ向かう列車は一旦スイッチバックして入る形となる。
通過列車は駅の脇をスルーしていく。
日本の三大車窓の一つにも数えられるだけあって周辺の景色はよい。
姨捨駅の冠着駅側の踏切で観光客の車が急斜面に踏ん張りながら写真を撮っていたがあれは危ないと思った。


〇姨捨駅名板。


〇姨捨駅から望む絶景。

駅は近年改装されたらしくホームに展望台が設けられ景色の一番いい場所での撮影が自由にできるようになった。
この日は天気も良く善光寺平がよく見渡せた。
すぐに長野行の普通列車が入ってきたのでそれに乗る。
来たのはE127系100番台。長野では珍しいJRになってから製造された車両である。
車体は東北地方の701系のそれと同じであるが直流電化区間のみ対応となっている点が異なる。
またトイレが当初より車いす対応の大型便所となっているのも特徴である。


〇姨捨で並ぶ115系の甲府行き普通とE127系100番台の長野行き普通。

なにしろここから1時間以上列車が無いので戻るしかない。
この車両、最近まで大糸線専属であったため、車内ポスターにまだ北アルプスの山並みを紹介するものが
残っていた。


〇車内に残る大糸線時代のポスター。

長野に戻り昼飯にお焼きを買う。ナス味噌と餡子を買ったら「ニラが破れちゃったのあるんだけど食べる?」といわれたので
それもおまけで付けてもらった。お茶付けても410円という格安ランチである。
今度は長野電鉄に向かう。小布施にあるながでん電車の広場に展示されている元特急車2000系のD編成を見に行くためだ。
ホームに降りると2100系スノーモンキー(元成田エクスプレス。JR東日本253系)がいたが発車まで時間がかなりあったので
先行の普通列車信州中野行に乗る。


〇長電の長野駅で発車を待つスノーモンキー。

車両は3600系L2編成3連(旧営団日比谷線3000系電車)である。JRやしなの鉄道が2連メインになっていく中、
長野電鉄の長野~信州中野間は日中3連がメインとなっており対称的である。
さて久々に乗った3600系であるが座席が青色のモケットに張り替えられており、まだまだ使う気があるようである。
この車両、実は特急用電車が運用不能になった時のピンチヒッターの役割も負っている。
というのも信州中野~湯田中間の連続勾配に対応する機能を主力の8500系は有していないためである。
現在は特急が以前より減便され、ゆけむり、スノーモンキーとも予備が1本ずつある形なので滅多に入ることはない。

長いトンネルを抜けて地方私鉄では珍しい複線区間を越えると村山橋を渡る。
この鉄橋は道路橋と一緒に鉄道橋が設置されている。数年前に架け替えが行われすっかりきれいになった。
下流側にあった前の橋は取り壊されており、柳原側の橋脚1つと村山駅側の橋の袂に部材の一部が展示されている。
車庫のある須坂を越えて程なく小布施に到着する。
それにしても沿線のリンゴ畑の見事さも圧巻であったが流石栗の街小布施だけあって立派な栗の木が多い。
リンゴはだいぶ赤くなってきていたが、栗はまだイガが緑のが多いので収穫はもう少し先のようだが。


〇晴天の小布施駅

小布施駅併設のカフェにてマロンソフトを味わいつつ土産物を物色する。栗鹿の子は好きだがやっぱり高い。
一旦ホームに戻って電車の広場のD編成と対面する。3~4年ぶりの再会となる。
最後に見たのは写真の塗装に復元された直後だったと思う。


〇電車の広場に鎮座する2000系D編成。

ちなみにA編成も旧屋代線信濃川田駅にて以前電車の広場で公開されていた車両と共に保管されているが公開の
目途は立ってない様子である。
車内は手前の2008号車のみ公開されている。現役時代、座席は両端の座席が4人向きあい、扉間が集団見合い式の状態で
固定されていたが、全座席が4人向きあいの状態となっていた。
回転機能は死んでいたわけではなかったようだ。
じっくり見学していたら長野行も湯田中行特急「スノーモンキー」も行ってしまったので構内でしばし待つ。


〇ホームに残る古い案内板。

駅舎は近代化改修をうけ、併設の町のトイレに至っては洋式化までされ非常にきれいな状態を保っている中、
ホームの待合室はレトロなままで残置されている。
特にホーローで作られた案内板は今ではなかなか見られなくなったもので「屋代」、「木島」など今では電車が
行かなくなった駅名も見られる。
暫くしてさっき乗ってきた3600系が戻ってきてこれで須坂に出る。
須坂には長野電鉄の車庫がある。以前は所狭しと電車が留置されていたが木島線と屋代線の廃線、長野線も運用減で
以前ほどひしめき合ってる感じはない。


〇須坂駅に留置される旧屋代線用の3500形O6編成。廃線間際に赤帯を外して営団時代の姿に復元された。

旧屋代線ホームである4番線と長きに亘り未使用となってる5番線の間の留置線には倉庫代用となっている
3500形が2連2本留置されていた。
また保存車となっているOSカーは以前留置されていた位置から移動して車庫側に置かれていた。
改札を出て駅の反対側に回り込んでみる。ここには跨線橋が渡してあるが、近年リニューアルされたようで
ポリカーボネイトの窓越しながら駅構内を覗きこむための穴が設けられていた。
反対側に回ると部品供給用の東急8500系の中間車(車番不明)2両とED5001号電気機関車が置かれていた。


〇ED5001号機関車とOS10系。敷地外より撮影。

駅に戻る途中でふと長野寄りの車庫を見ると3500形が取り込まれ、偶然ではあるが長野電鉄現役車両が
フルで並んだ。


〇長野電鉄の現在のフルメンバー。左から8500系、2100系「スノーモンキー(2013年9月現在モンハンラッピング付)」、3500系、1000系「ゆけむり」

しばし構内をうろつき8500系の普通列車で長野に戻る。来た編成はT2編成であった。
中間車のサハ8552号がやたらカラフルな座席となっている。


〇サハ8552号車内。

長野駅に戻りどうしようかと思ってるとバスターミナルにレトロ調のバスが来て「びんずる」号とあったのでこれに乗る。
久しぶりに善光寺に向かうことにした。
前に善光寺に向かった時は本堂が修復工事ですっぽりと覆いの中に隠れてしまっていたので
まともに見るのは初めてである。

長野市内を抜けて坂を上っていくと善光寺大門に到着する。富士屋ホテル前にバス停がありレトロ調のバスと
古いホテルの組み合わせが映える。


〇善光寺大門バス停と富士屋ホテル

参道の仲見世を進みまず大門をくぐる。


〇善光寺大門。

大門をくぐると境内で御本堂、奥には五重塔の屋根が森の中に見える。


〇善光寺御本堂

まずはお参りをしてから阿弥陀様との繋がりを深くする戒壇巡りをする(要チケット購入/500円也)。
前回は瑠璃壇のことを知らずにスルーしてしまったが今回は空いていたのでじっくりと右の壁を
さわりながら進む。前を進む。本当に何にも見えない中、進むとようやく触れた。
外に出て本堂の周りを一周してバス停に戻る。
何か軽く食べようかと思ったら17時にはすべての店が閉まるらしくほとんどの店が店仕舞いを始めており
寄れる場所もなくバス停に着く。
バスはびんずる号ではなく普通のアルピコバスだった。近くの女子高の下校時間と重なり、
女子高生だらけの車内であった。

長野駅からまだ少し時間があるので屋代に向かう。丁度よく長野電鉄屋代線の廃線代替バスが出るようなので
これに乗ることにした。
来たのは115系の上田行。


〇屋代駅に着くしなの鉄道115系。

大分日は暮れていたが屋代駅周辺の線路撤去はかなり進んでおり、架線柱はほぼ解体処分されて鉄くずと化していた。
暗くなった屋代駅について跨線橋を渡ると屋代線側はすっかり暗がりになっていた。


〇屋代線とつながっていた通路。床は木のままで奥は真っ暗だった。

駅の待合室は蚊取り線香の匂いが鼻をつつく。そんなに蚊が飛んでいるのかと高をくくっていたら、頬を刺された。
かゆみ止めを塗りつつバスを待つ。姨捨行の千曲氏循環バス「めいげつ」号もいたが、姨捨から長野に戻るには
少々微妙な時間になりそうだったので諦めた。
さぞ存分に夜景が楽しめただろう。

須坂駅行きのバスが入ってきてこれに乗る。中乗り前降りのワンマンカーで運賃は整理券と共に払うタイプの
普通のノンステップバス。
途中の屋代高校や松代駅で中高生の大量の乗車があり、賑やかになったが大室団地までにみんな降りてしまった。
川田駅で保存車を見たかったが暗闇の中に隠れて全く見えなかった。


〇代行バス車内。

須坂駅からすぐ来た8500系の普通列車で長野に戻りホテルに帰った。


〇長野駅で折り返し待ちのB特急「ゆけむり」信州中野行。

タビノワ:信州北回廊巡り~1日目~

2013-09-27 10:51:28 | レポート:タビノワ
行程表:東京→北陸新幹線「あさま」515号→長野→信越本線「妙高」3号→直江津
→信越本線「妙高」6号→長野…ホテル…長野→長野電鉄長野線→須坂→長野電鉄長野線
→長野…ホテル

夜勤を終えて職場から直接東京駅へ向かう。今回の行先は信州である。
当初、広島方面を考えていたが今年の冬に我が家のエアコンが故障してしまい、
急遽エアコンを購入しなければならず、予算が立たなくなってしまったため、
やむを得ず、トータルで広島行きの半額程度まで抑えられ、尚且つ間もなく北陸新幹線金沢延伸で
JRの管轄ではなくなる信越本線の長野以北の乗りつぶしもかねて今回の信州行きを決定した訳である。

東京駅で新幹線ホームに入ると「はやぶさ」&「こまち」が停車中。休日だったこともあり
親子連れの熱烈な歓迎を受けていた。
E5系自体本数もかなり増えてきたこともあり、あまり珍しい存在ではなくなってきたが
それでも人気は高い。
連結相手がE3系だと車体の低さがよくわかる。
これと回送列車1本を見送って「あさま」E2系N編成が入線してきた。
車内清掃を待ってこれに乗り込む。

東北新幹線、秋田新幹線、山形新幹線に新車が次々投入される中、上越新幹線と北陸新幹線は
少し前の車両が目立つ。尤も北陸新幹線には新型車投入が決定しているが。

今回利用の「あさま」515号の停車駅は東京を出ると上野、大宮、軽井沢、終点の長野だけという
下りの速達列車である。
東京~大宮間は速度規制が厳しくノロノロ運転であったが大宮を出ると新幹線の面目躍如といわんばかりの
速度であっという間に熊谷、高崎、安中榛名を通過し、碓氷峠のトンネルを抜けて軽井沢に到着。
軽井沢は雨が降っていたようでホームに上屋があるにもかかわらず構内がずぶ濡れ状態だった。
かなりの大雨だったらしい。
軽井沢を出て佐久平に差し掛かるあたりで晴天となった。
千曲川を見つつ上田を通過して間もなく長野に到着となる。

長野で信越線の普通列車「妙高」に乗り換える。「妙高」は在来線時代のL特急「あさま」の直江津行きや特急「白山」の
代替として北陸新幹線長野開業時より登場した列車で使用車両は189系電車をほぼ専属で運用している。
「ほぼ」と書いているのは車両故障などで115系が運用に就く場合があるからである。
当初は快速列車であったが、途中から名前付きの普通列車になった。現在快速運転を行っているのは直江津から長野に
向かう朝一番の「妙高」2号だけである。
「妙高」には指定席が設定されているため、これを確保した。
これは「妙高」に乗った証拠を残すためでもある。


〇長野駅にて停車中の「妙高」。

乗り換え時間が半端であったので外には出ず駅構内で駅弁を購入してそれで昼食とする。
長野駅は北陸新幹線金沢開業に向け、またオリンピック開催時のままのやや過剰な設備の合理化をするための
改修工事を目下実施中で売店や待合室などがプレハブになっていた。
また、改札の外の店舗も一部土産物店とベッカーズカフェ(旧・喫茶「動輪」)だけとなり広いコンコースが少し寂しくなった。

「妙高」に乗り込み、駅弁を平らげて発車を待っていると車掌がまわってきて検札。
この車掌さん、ホームで立ちながら指定席車にお客が入ってくるたびにすぐ検札に回るという
かなり細かいというか几帳面な人だった。
なお「妙高」の指定席車は進行方向最後尾の車両となる。

定刻に長野を出て北長野の間までにある長野総合車両センターを眺める。ここはJR東日本でも首都圏で運用されていた電車が
最期を迎える場所として有名だがこの日は185系のグリーン車が解体途上であったほか、春まで運用されていた日光線の107系が
主要部品を抜かれて解体を待っていた。
107系はともかく185系の廃車発生は少しショッキングであった。
列車は三才、豊野などに停車しながら徐々に山を登って行く。


〇解体前に部品を外されている107系。その裏では185系のグリーン車が解体中。


〇高原を走る「妙高」。

沿線のリンゴ農園のリンゴが赤々と熟れた実をつけ始め、稲刈りが始まった田園風景を眺めながら「登ってるなぁ」と感じられる
急勾配を登って行く。
妙高高原、関山あたりが標高も高く地形も険しいところであるがそこを越えると今度は下り坂になる。
二本木で長野行の115系と交換。なんとクモハ115+モハ114の1000番台のトップナンバーユニットを組み込んだ編成だった。
この駅はスイッチバック駅であるが姨捨駅などと同じく通過列車は駅に入らなくても横の本線からスルー出来る構造である。


〇二本木駅で交換する「妙高」3号と115系の長野行普通列車。

ここからは分かりやすい下り坂である。新井、高田と停車していく。
脇野田駅ではすでにほぼ完成状態の北陸新幹線上越妙高駅を見られた。
脇野田駅と上越妙高駅は隣接はしているものの連絡設備が無く、現行の駅舎からは遠回りを強いられるため、
上越妙高駅のすぐ横に線路が来るように在来線の駅を移設して従来の駅は廃止される予定である。
現時点では特に手を付けられてる様子はなかった。


〇脇野田駅手前で合流してくる北陸新幹線。ほぼ完成しているように見える。


〇脇野田駅。移設・改称が予定されている。

この辺りから直江津までは平地で如何にも地方都市らしい景色の中を進み、直江津に到着する。
直江津に着く直前、車内放送を終えた車掌さんがわざわざ「ご利用ありがとうございました。お忘れ物の無いように」と声かけに来てくれた。
直江津では越後湯沢行の北越急行ほくほく線のHK-100形や末青…もとい真っ青に塗られた北陸本線の普通列車(クハ455-800+413系の3連)、
信越線の長岡行115系などが並んでいた。


〇直江津に到着した「妙高」。

〇ほくほく線HK-100形。

〇青一色となった北陸線413系(クハ455-800)。側面のシールは北陸線全通100周年記念のもの。

直江津で暫く撮影してから戻ろうかと思ったが前日の夜勤疲れが思ったよりも効いているので折り返すことにする。
折り返しまでの間、軽く撮影していると車内整備を終えてドアが開いたので再び乗り込む。
休日で観光客が多そうなので再び指定席を取った。
結果的に予想通りとなり、割と静かな車内で仮眠を取れたのは幸いだった。
起きていたのは妙高高原ぐらいまでで目を覚ましたのは北長野駅を出てすぐだった。

長野で降り、いったんホテルに向かう。ホテルでチェックインを済ませ、部屋で軽くシャワーを浴びて
着替えて休んでから再び、長野駅に向かう。
今度長野電鉄の長野駅である。この時点で既に日没となっている。
長野電鉄の長野駅は改修工事のため、従来の階段が閉鎖され、長野駅ビル「MI DO RI」の階段から地下にある
長野電鉄長野駅へ降りることになる。

長野からとりあえず車庫のある須坂まで行って折り返すことにした。
乗ったのは既に発車待ちの元東急の8500系T5編成。
界磁チョッパ車ならではの豪快な走行音とブレーキシューが鋳輪子になったので「シャー」というブレーキ音で
東急時代とはまた違った乗り心地を楽しむ。


〇須坂駅に到着した8500系。


〇真っ暗な構内に留置される元営団3000系の3500系電車。

須坂に着くと周りは真っ暗でお店もやってないのでさっさと折り返す。
来たのはやはり8500系だが中間車からの改造車で平面顔のT6編成。
モンハンのヘッドマークのお陰で特徴ある表情は隠れているがやはり目立つ。


〇長野駅に到着したT6編成。

長野駅で暫く撮影したのち、ホテルに戻った。