水の丘交通公園

鉄道メインの乗り物図鑑です。
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京成電鉄 AE形電車

2011-06-30 22:50:28 | 電車図鑑・私鉄電車(関東)
京成成田スカイアクセス線開業に伴い、同線経由の新しい「スカイライナー」として、
また、大手私鉄で初めての160km/h運転に対応するために登場した車両である。
平成21年~平成22年に8両編成×8本=64両が製造された。
製造を担当したメーカーは日本車輛である。
編成の組み方は成田空港側から順に以下の通り。

AE1-1+AE1-2+AE1-3+AE1-4+AE1-5+AE1-6+AE1-7+AE1-8

形式の「AE」は「Airport Express」の略称である。
なお、「AE」形は京成電鉄で2代目となり、「スカイライナー」用の車両としては
3代目となる(京成の特急専用車としては、1500形、1600形、3150形3191~94号車、
3200形3291~3294号車&3295~3298号車、初代AE形、AE100形に続いて6代目)。
車番の見方はハイフンの前が編成番号、後が号車番号で、第2編成はAE2-1・・・から
始まる。
車種構成は以下の通り。

AE1-1形:成田空港側に運転台を持つ制御電動車。コンプレッサー装備。
AE1-2形:中間電動車。集電装置と主制御装置装備。
AE1-3形:中間電動車。補助電源装置装備。
AE1-4形:中間電動車。サービスコーナー有。集電装置・主制御装置装備。
AE1-5形:中間付随車。トイレ・洗面所・車椅子対応席有。
AE1-6形:中間付随車。コンプレッサー装備。
AE1-7形:中間電動車。補助電源装置装備。
AE1-8形:京成上野側に運転台を持つ制御電動車。集電装置・主制御装置装備。

車体はアルミ製で特急「開運」号用の1600形が一般車格下げの時に使用した車体以来、
久しぶりの採用となった。
デザインは山本寛斎氏によるもので東京と成田空港を最短で結ぶ列車であることから、
「風」をテーマにスピード感を強調した流線型の先頭部分となった。
ヘッドライトは中央部に4つ集中して装備した他、編成番号表示とテールライトは
正面窓丈夫に収まるようになっている。
塗装はストリーム・ホワイトを基調に正面から車体上部にかけてウインド・ブルーと
している。
行き先表示は側面のみでフルカラーLED式となっている。

車内は回転式リクライニングシートで従来のAE100形よりも前後間隔を10㎜、
左右の幅を20㎜広げている。
モケットには新素材の「バネックス」を営業用の鉄道車両で初めて採用し、
座った時の底付き感を無くすようにしている。
テーブルは各座席背面及び仕切り壁壁面に大型のものを設置している他、5号車の
車椅子スペース直後の席は同スペースに座席が設置されていないため、窓側壁面に
小型のテーブルを設置している。
また各座席の脚台にコンセントを2つ設置しており、携帯電話の充電やモバイル
パソコンの利用に対応している。
床面は青をベースに市松模様をグラデーションで入れた。
各客室デッキ寄りにスーツケースなどの大型荷物を置くためのスペースを設置し、
滑り止めのストッパー・バーや監視カメラを設置している。
なお、監視カメラは各出入口デッキ部分にも設けられ、セキュリティ面の向上も
図られている。
ドアは各車両1箇所片引き戸でスーツケースを持っての乗降が容易なように広めに
取られている。
旅客案内装置は各客室仕切り上部にあり、液晶ディスプレイのものを採用し、日本語、
英語、中国語、韓国語の4ヶ国語に対応している他、先頭部分からの前面展望映像も
見ることが可能である。
トイレは5号車にあり、洗面台、一般(洋式)、男性小用、車椅子・身障者対応が
まとめて配置されている。
洗面台は通路上に面した僅かなスペースにあるが、カーテンで仕切ることが
可能である。
男子小用の便器にはフランス製のものを採用しており、国内でよく見られるものとは
デザインが異なる。
この他にサービスコーナーが4号車にあり、小さなバーカウンターと飲み物の
自動販売機が設置されている。
また、この部分には京成の電車で初めてAED(自動式体外徐細動機)を設置している。

主制御装置はVVVFインバータ制御で素子はIGBT式、定速度運転機構付きのものを
採用している。
ブレーキは回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキを採用した。
基礎ブレーキには高速対応のため、電動台車に油圧で作動するキャリバー型
ディスクブレーキ、付随台車に空気圧で作動するテコ式のディスクブレーキを
搭載している。
台車は京成電鉄の電車で初めてのボルスタレス台車で高速運転に対応するため、
蛇行動防止のためのヨーダンパー及び大手私鉄電車では初めての
フルアクティブサスペンションを採用している。
モーターは定格出力175kWの高出力モーターとし、駆動方式はTDカルダン駆動方式
となっている。
この台車については3500形電車や3700形電車で試験を行ったものをベースに
改良を加えたものである。
運転台は片手(左手)操作式のワンハンドルマスコンである。
集電装置はシングルアーム式を採用している。

運用はスカイアクセス線経由の全車指定席特急「スカイライナー」が中心で
印旛日本医大前~空港第2ビル間で日本の大手私鉄最高速度の160km/h運転を
実施し、日暮里~空港第2ビル間を最短36分(京成上野~成田空港間44分)で
走破している。
これ以外にも朝の京成本線経由の上り着席定員制特急「モーニングライナー」、
同じく夕方下りの「イブニングライナー」でも運用されている。
本形式の登場により、京成本線経由の「スカイライナー」及びAE100形電車は
「シティライナー」に愛称を変更したほか、「~ライナー」列車全列車が
デッキ、トイレを含めて全面禁煙となった。
なお、平成23年6月末現在、同年3月11日に発生した東日本大震災及び福島第一原発
事故による電力供給不足を受け、一部列車に運休が発生している。

西武鉄道 4000系電車

2011-06-28 22:23:49 | 電車図鑑・私鉄電車(関東)
西武秩父線の輸送体質改善と秩父鉄道への直通運転開始に伴い登場した車両である。
昭和63年~平成4年にかけて4両編成×12本=48両が製造された。
製造を担当したメーカーは東急車輛である。
編成の組み方と構成形式は以下の通り。

クハ4000形(奇数)+モハ4100形(奇)+モハ4100形(偶数)+クハ4000形(偶)

クハ4000形:奇数車が飯能側、偶数車が西武秩父側に運転台を持つ。
 奇数車は連結部分に便所と車椅子スペースがある。
モハ4100形:中間電動車。奇数車に集電装置と主制御装置、奇数車に補助電源装置、
 エアコンプレッサーを装備する。

車体は普通鋼鉄製で同時期に登場した新2000系と似た雰囲気ながら独自のスタイルと
なっている。
正面は貫通型で全体に丸みを帯びた形状となっており、正面窓も曲面ガラスを
用いている。
塗装はホワイトにレッド、グリーン、ブルーの細帯が入るいわゆる「レオカラー」で
山口線「レオライナー」8500系以来の採用となっている。
行き先表示は正面と側面にあり、いずれも字幕式である。

車内は戸袋部分をロングシート、それ以外を4人向き合わせのボックスシートとした
セミクロスシート配置である。
飯能側先頭車の車端部には便所(和式・車椅子未対応)があり、その向かいに飲み物の
自動販売機とくず入れが設置されていた。
天井の照明は関東の私鉄電車としては珍しくグローブカバー付きとなっている。
また、車端部妻面を除いて広告スペースを廃しているため、ひじょうにすっきりとした
見付となっている。
ドアは片側2箇所で自動モードの他、冬季や夏季の長時間停車に配慮して
半自動モードに切替可能で、半自動モード用のドア操作スイッチが各ドア横に
設置されている。
側面窓は2連式の1段下降窓である。

主制御装置は抵抗制御でブレーキは抑速ブレーキ機能付き発電ブレーキ併用
電磁直通ブレーキである。
台車は軸箱支持をペデスタル式としたダイレクトマウント式空気バネ台車で
モーターの駆動方式は中空軸平行カルダン方式である。
これらの機器は101系電車の廃車発生品を流用している。
運転台はツーハンドルで西武鉄道用の保安装置の他、秩父鉄道用の保安装置も
搭載している。

登場後、池袋線池袋口で試験的に運用されたり、臨時列車で新宿線で運用された
ことがあったが、基本的に西武秩父線の各駅停車と池袋発着の秩父鉄道直通の
快速急行で運用されている。
基本的に4連単独であるが、秩父鉄道直通列車は2本を繋いだ8連で運行される。
秩父鉄道直通列車は横瀬で4両ずつに分割され、前4両が西武秩父経由三峰口行き、
後4両が御花畑経由長瀞行き(直通開始当時は野上。程なく寄居まで延伸するも
平成19年に長瀞まで短縮)となる。
秩父鉄道でワンマン運転が開始されるまでは寄居~影森間の区間列車にも
充当され、当時、急行用の3000系以外非冷房車ばかりだった秩父鉄道において
冷房付きクロスシート車という破格のサービスを提供した。
平成14年より西武秩父線のワンマン運転開始に伴い、運転台へのドアスイッチ設置、
運転士マイクの設置、マスコンへのデッドマン装置装備、各車両車端部の
ボックスシートのロングシート化、便所向かいの自動販売機撤去と車椅子スペース化、
車内監視カメラ設置、ドア開閉放送機能付き自動放送装置設置などの
改造を受けている。
平成15年~19年にかけては検査時に集電装置のシングルアームパンタへの交換が
行われた。


○車内。ボックスシートは枕カバーこそ無いもののヘッドレスト付きで
 長時間の乗車でも疲れにくいよう工夫されている。


○秩父から戻ってきた池袋行き快速急行。「北辰の梟」号のヘッドマークを
 付けている。昨今はイベントの度にヘッドマークを付けていることが多い。

国鉄 DD54形ディーゼル機関車

2011-06-27 20:52:51 | 保存車・博物館
エンジンを2基搭載したDD51形ディーゼル機関車の一応の成功を見て、エンジンを
高出力な物を1基として同程度の出力を維持しつつ、軌道の軸重制限が幹線よりも
厳しい亜幹線向けに導入できるように開発された車両である。
昭和41年~昭和46年にかけて40両が製造された。
製造を担当したメーカーは三菱重工業である。

特に番号分けは行われていないが、大まかに分けて以下の3つのタイプに分類される。

1~3号機:量産先行機。正面窓枠がステンレス、ヘッドライトは窓上左右に2つ、
 側面のエアフィルターや動輪の輪芯形状が以降の機体と異なる。
4~24号機:正面窓枠がステンレス、ヘッドライトが窓下左右になる。連結器開放テコの
 形状、勾配などでの滑走防止に使う砂箱の形状が2種類ある。
25~40号機:正面窓枠がHゴム。ヘッドライトは窓下。車体溶接方法の違いで
 3形態ある。

車体は普通鋼鉄製で日本の内燃機関車では珍しいボンネット無しの箱型車体を
採用している。
車体デザインは本形式のベースとなった西ドイツ国鉄(現・DB/ドイツ鉄道)の機関車の
ものをベースとしたもので車体上部が台形状にすぼまる独自のものを採用している。
上記の通り、量産先行型の3機だけヘッドライトが窓上、それ以外はテールライトと
上下ユニットになるように窓下に設置されている。
既述の通り、正面部分の違いはあるが、重連を基本的に想定していないため、
全機とも貫通扉は装備していない。
車体塗装はオレンジ一色で正面にステンレスの飾り帯が入る。

機関はV型16気筒のDMP86型ディーゼル機関1基で西ドイツ(当時)マイバッハ社(現在は
MTUフリードリヒスハーフェン社)が設計したMD870型ディーゼル機関を三菱重工業が
ライセンス生産したものである。
変速方式は液体式で爪クラッチ式4段変速機構があるDW5型で、やはり西ドイツの
メキドロ社設計のK184U型変速機のライセンス生産品である。
この変速機はシフトアップ・ダウン時にエンジンの回転数とトルクコンバータの
回転数を同調させて接続させる機能がある。
また、爪クラッチをギア回転中に接続させた時のショックを軽減する衝撃緩和装置まで
装備しており、工業国である西ドイツの精緻な技術を遺憾なく詰め込んでいる。
動軸配置はB-1-Bでインサイドフレーム式の金属バネ台車が動力台車、
真ん中に軸重軽減のための1軸式付随台車を設置している。
また、旅客列車に運用するため、暖房用蒸気発生装置を装備している。

昭和41年に量産先行機3機が福知山機関区(→福知山電車区)に配置されて運用された。
この運用成績が良好であったため、翌年より本格的に量産が始められ、福知山線や
山陰本線の蒸気機関車牽引の旅客列車を次々に置き換えていった。
昭和43年にはお召し列車牽引の任を1・3号機が務めたほか、昭和47年に32~37号機の
5機が元空気溜め管増設改造など20系客車牽引対応改造を受け、寝台特急「出雲」の
京都~浜田間の牽引機として活躍した。

その一方で事故や故障の多い機関車であり、導入間もない昭和43年に山陰本線鳥取~
湖山間を進行中の2号機の推進軸が突如脱落して線路に突き刺さり、脱線転覆した
いわゆる「棒高跳び事故」に遭った。
同様の事故が11号機、14号機でも翌々年にかけて複数発生した。
原因はエンジンの出力と推進軸の強度が合っていなかったという、三菱重工業側の
ミスが原因であった。
こうした事故は推進軸の強化と脱落防止策をとることで昭和45年以降は発生していない。

昭和40年代後半になるとエンジンや変速機の不調による故障が相次いだ。
これはエンジンや変速機の構造が極めて精巧な造りであった為とライセンス生産の
部品が多く、保守のノウハウが不足していたことに起因する。
通常の整備でも手を焼くところに故障ともなれば、担当の福知山機関区の手に負えず、
三菱の技術者が常駐していた鷹取工場まで回送して修繕させたり、
ブラックボックスとなってる部分の部品の発注や問い合わせを行わなければ
ならなかった時などは三菱商事の対応の遅れで修繕できない状況が続くという
悪循環が生じた。
このため、折角の新鋭機ながら本形式の信頼性は失墜してしまった。
また、この当時の国鉄は国鉄労働組合の労働運動の真っ最中で、普通の車両すら
ろくに整備されないのに、保守に手間がかかる新鋭技術を盛り込んだ本形式は
「労働強化に繋がる」として敬遠される傾向が強かったのも影響した。

昭和50年代に入り、DD51形が初期不良を克服して安定した性能を見せてきたことから、
徐々に運用を離脱する車両が発生し、昭和51年~昭和53年にかけて全車が廃車された。
廃車完了の時点で整備費用がDD51形の18倍に達し、後期に製造された機体では
僅か5年弱で除籍されたものをはじめ、法定耐用年数に満たないまま廃車になった
ものも多数あった。
この「高価で高性能な新鋭機関車」を早期に廃車にした国鉄は後日、会計検査院から
国会で厳しい追及を受けることになる。

廃車後、33号機が「出雲」を牽引していた本形式に愛着のあった、ある交通医学博士が
国鉄と掛け合い、解体を免れて福知山機関区で保管された。
その後、昭和59年に交通科学館に搬入され、現在でも展示されている。

なお、余談であるが、国鉄には「ゴー・ヨン(54)機関車のジンクス」というのがある。
国鉄ではC54形蒸気機関車、EF54形電気機関車、ED54形電気機関車という「54」の
数字を持つ機関車が過去に在籍していたが、いずれも少数配置であったこと、
新鋭技術を盛り込みすぎて不具合を発生し、保守が追いつかず、
早期に淘汰されたという悲運の機関車ばかりである。
以下にそれらの簡単なプロフィールを紹介する。

C54形蒸気機関車
・昭和6年に汽車会社と川崎重工によって17両が製造された。
製造時より正面左右にデフレクターを持った初めての機関車で溶接構造を多用し、
大幅な軽量化を実現したが、重量配分の悪さと過度の軽量化による空転多発、
上記理由による牽引力不足や車体強度不足などで昭和38年までに全車廃車された。
あまりに不具合が多く、廃車が早かったため、保存された車両は1両も無く
全車解体された。
また、晩期に運用されたのが山陰地方だったため、今回紹介のDD54形と対比される
ことが多い。
EF54形電気機関車
・EF52形の高速対応型として昭和6年に2両が製造された。元々はEF52形の8・9号機で
あったが、性能の違いから昭和7年に形式を改めた。
東海道本線の旅客列車牽引に用いられたが、太平洋戦争に突入し、貨物需要に
対応させるため、昭和19年~20年に低速対応に改造され形式もEF14形に改称。
その後、中央線に配置されたが、元々が旅客機で軸数の多さから軸重が軽くなり、
牽引力が不足することは否めず、昭和35年に大阪の吹田機関区に移動して大阪駅の
構内入換機となり、昭和48年に廃車となった。
かつての同僚であるEF52形が昭和50年の引退まで旅客運用に用いられ、同一性能
だったEF53形も瀬野八の補助機関車EF59形として昭和61年まで運用されていた中、
地味に最期を迎えた。
ED54形電気機関車
・大正15年にスイスから2両輸入した電気機関車である。スイス・ブラウン・ボベリ社と
スイス・ロコモーション・アンド・マシン・ワークス社の合作でブフリ式という駆動装置
を採用し、当時最大の1500kwの定格出力を誇った。
ブフリ式とはモーター、小歯車、大歯車を弾性支持された主台枠に固定し、
車軸の中心移動に追随可能な特殊な歯車で動力を伝達する駆動方式のことである。
モーターに直接振動が伝わらないように大歯車や小歯車にリンク装置や特殊な歯車、
スプリングが多数仕込まれている。
モーターが台枠装荷となることでバネ下重量を軽くでき、モーターの高速回転も
可能というメリットの反面、当時の日本の技術では手に余る代物で整備のため、
分解したら元に戻せなかったというエピソードが残っている。
導入当初は乗り心地の良さから乗務員の評判は上々であったが、やはり整備不良に
よる不調が始まると忌避されるようになっていった。
末期は殆ど運用されず、大宮工場の隅で放置され、昭和23年に除籍された。

この他に電車でクモハ54形、気動車でキハ54系が存在するが、どちらもこうした
不具合は発生していない。
キハ54系はJR北海道とJR四国で現在も現役である。

南海電気鉄道 2200系電車

2011-06-25 21:08:59 | 電車図鑑・私鉄電車(関西)
高野線で運用されていた21001形「ズームカー」の増結用車両であった22000形を
支線向けに転用した車両である。

■22000形時代の概要
高野線「ズームカー」で運行されていた急行列車の増結による混雑緩和と
旧型車の置き換えを目的として登場した。
昭和44年~47年にかけて2両編成×16本=36両が製造された。
製造を担当したメーカーは東急車輛であるが、昭和45年までに製造された14本は
旧帝国車輛を引き継いだ同社大阪支社で、昭和47年に追加された最後の2本は
東京本店で製造されている。
これは東急車輛大阪支社での鉄道車両製造事業が昭和46年で終了したためである。
編成の組み方は以下の通り。

←難波:モハ22000形(奇数)+モハ22000形(偶数)

どちらも制御電動車で奇数車に集電装置と補助電源装置、エアコンプレッサーを、
偶数車に主制御装置を搭載している。

車体は普通鋼鉄製で南海本線向けの7100系電車をそのまま短縮したようなスタイルと
なっている。
丸っこい21001形と比較して角ばったスタイルである為「角ズーム」の愛称で
呼ばれることもある。
正面は貫通型で、やはり7000系以来のスタイルを引き継いでいる。
行き先表示は昭和45年製造分までは行き先板か種別板表示を正面に掲示、
昭和47年製造分から正面向かって左側に行き先表示幕を装備した。
塗装は淡いねずみ色にダークグリーンの帯で後に現行のグレーにブルーとイエローの
ストライプに変更されている。

車内は通勤輸送に対応するため、オールロングシートである。
昭和44年~45年にかけて製造された分は非冷房だったかが、昭和47年製造車は
当初より冷房装置を搭載している。
ドアは片側2箇所で両引き戸、側面窓は一段下降式を採用している。

主制御装置は抵抗制御で基本は21001形と同じであるが、昭和48年に架線電圧を
直流600Vから1500Vに昇圧することが決まっていたため、複電圧対応とされた。
ブレーキは抑速ブレーキ機能付き発電ブレーキ併用電磁直通ブレーキである。
台車は軸箱支持をウイングバネ式とした金属バネ台車でモーターの駆動方式は
中空軸平行カルダン方式である。

昭和55年より非冷房車への冷房取り付け、正面と側面への行き先表示幕設置などの
改造を受けた。
連結相手の21001系の老朽化に伴い、「シルバーズーム」こと2000系登場後も高野線で
同車に併結して運用されたものの装置の違いによる相性の悪さが顕在化したこと、
小さな2ドア車での急行運用で輸送力の限界が近付き、平成2年より開始された急行の
金剛駅停車で列車遅延が常態化したなどから、2000系で22000形も置き換えられ、
高野線を去ることになった。

■2200系への改造とその後の経過
2000系に高野線を追われ、本来の連結相手である21001形も引退してしまい、
宙に浮いた本形式であるが、まだほかの車両と比較しても古くは無かったため、
平成6年より更新改造が行われ、非冷房車が残る支線に転用されることになった。
全16本中、4本が未改造のまま廃車となり、2200系に3本、2230系に3本、2270系に
6本が改造された。
このうち2270系は貴志川線用で南海の籍を外れて和歌山電鉄に引き継がれたため、
今回の紹介から外す。

2200系は支線向けとされながら、高野線でも運用可能な車両として改造を受けた
ため、外観では行き先表示の拡大、機構面では橋本から先の山岳区間に
乗り入れるためのスイッチをカットした程度である。
改造前後の番号の変化は以下の通り

新:モハ2201+モハ2251←旧:モハ22005+モハ22006
新:モハ2202+モハ2252←旧:モハ22007+モハ22008
新:モハ2203+モハ2253←旧:モハ22013+モハ22014

その後、2203編成が高野線のイベントカー「天空」に改造され、山岳スイッチと
関連機能の復帰、内装や外装の大幅な改造を受けた。
車番もモハ2208+モハ2258に再度変更されている。
「天空」については別途紹介するので今回は省略する。

2230系は完全に支線向けに改造したもので床の高さの変更、山岳スイッチの撤去、
正面連結幌座の除去などの改造を受けている。
改造前後の番号の変化は以下の通り。

新:モハ2231+モハ2281←旧:モハ22011+モハ22012
新:モハ2232+モハ2282←旧:モハ22015+モハ22016
新:モハ2233+モハ2283←旧:モハ22009+モハ22010

「天空」以外は全てワンマン化改造を受けており、汐見橋線、高師浜線、多奈川線、
加太線で運用されている。


○高野線橋本~極楽橋間で運用されているイベント列車「天空」。
 詳しい紹介はいずれ訪問した際に新たなショットが撮れたときにでも。

上田電鉄 7200系電車

2011-06-24 23:23:49 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
老朽化した旧型車の置き換えと冷房化のために東京急行電鉄から7200系電車を
譲り受けたものである。
平成5年に2両編成×5本=10両が入線した。
製造年は昭和42年~43年で製造を担当したメーカーは東急車輛である。

■東急時代の概要
営団日比谷線の直通用に設計され、その規格を満たすために全車電動車方式で
製造された7000系の反省に立ち、東横線以外の高速走行を必要としない路線での
運用を考慮した経済性重視の車両として登場した。
昭和42年~43年、昭和47年にかけて53両が製造された。
メーカーは東急車輛。
構成形式は以下の通り。
デハ7200形(制御電動車。制御装置・空気圧縮機・電源装置付き)、
デハ7300形(中間電動車。制御装置搭載。補助機器は当初搭載せず)、
デハ7400形(中間電動車。制御装置・空気圧縮機・電源装置付き)、
クハ7500形(制御車)

当初は製造順に附番されたが、本形式製造途上の昭和42年12月より運転台や
制御装置などの機器のメーカーの違いを分かりやすくするため、改番を実施した。
これにより、日立製作所製の機器を持つ車両が下2桁0番台、東洋電機製の機器を
持つ車両が下2桁50番台となった。
これも7000系で機器の違いで性能が違ったため、運用を分けていたものの、
車両の番号を分けず現場の混乱を生んだことから取られた措置である。
しかし、本形式では全線で運用可能な車両とすることが前提となったため、
性能が統一されており、この改番はあまり意味を成していない。

車体はオールステンレス製(デハ7200号+クハ7500号のみアルミ合金製)で
正面は三つ折れでさらに中心の貫通扉両脇が「く」の字に折れた「ダイヤモンドカット」と
呼ばれる独自の形態をしている。
塗装はなく、ステンレス無地であったが、昭和63年以降赤帯を正面にのみ巻いた。
行き先表示は当初が正面のみ、後年は側面にも追加されている。
車内はロングシートで側面窓に初めて一段下降窓を採用。
ドアは両開きで片側3箇所である。
冷房は昭和47年に目蒲線・池上線用に投入されたデハ7260+デハ7452+クハ7560の3両が
新造時から、それ以外は昭和50年代後半に改造で装備している。

主制御装置は抵抗制御方式でブレーキは界磁制御器による回生ブレーキ併用
電磁直通ブレーキである。
なお、界磁制御器のスイッチを切ることで回生ブレーキをカットすることも
可能である。
台車は電動車が軸箱支持をペデスタル式としたダイレクトマウント式空気バネ台車、
制御車が防振ゴム支持で軸バネを持たないパイオニア式とした空気バネ台車である。
モーターの駆動方式は中空軸平行カルダン。
制御車の台車は乗り心地が悪かったことから、後年電動車と同じ構造のものに
交換したものがある。

東急では東横線をはじめ大井町線、田園都市線で運用され、その後、池上線、
目蒲線に活躍の場を移し、平成12年8月に事業用のデヤ7290形なったアルミ合金製の
2両と7600系に改造された9両を残して引退した。

■上田電鉄譲渡車の仕様
上田交通時代の平成4年にデハ7200形×5両、クハ7500形×5両の10両を譲り受けた。
新旧の車番変遷は以下の通り。なお、東急時代の改番は省略する。

上田:モハ7251+クハ7551←東急:デハ7257+クハ7551
上田:モハ7252+クハ7552←東急:デハ7252+クハ7557
上田:モハ7253+クハ7553←東急:デハ7253+クハ7553
上田:モハ7254+クハ7554←東急:デハ7254+クハ7511
上田:モハ7255+クハ7555←東急:デハ7258+クハ7558

譲渡にあたっての改造を担当したのは東急長津田車両工場である。
当初の改造内容は帯色の変更(前面のみ赤→正面~側面グリーンの濃淡)、
車番変更、回生ブレーキのカット、側面行き先表示の撤去と正面方向幕の手動化
程度である。
車番を見て分かるとおり、電動車の機器は全て東洋電機製のもので揃えられているが、
クハ7554号車のみ日立製作所の機器となっている。
ただし、制御車なのでマスコンぐらいしか違いが無いので特に問題はない。

平成9年よりワンマン改造を実施し、運賃箱、運賃表、整理券発行機、ドア回路の
変更などが施されている。
平成17年より7253編成に「丸窓電車」モハ5250形を模したラッピングを施し、
「まるまどりーむ」号になった。
当初、同編成1本だけだったが、同年の上田電鉄発足にあわせて7255編成も同様の
ラッピングを施されている。
このラッピングはクリームと紺色のツートンカラーという外見だけでなく、
車内も木目調のカッティングシールを貼り、座席のモケットも東急時代のオレンジと
ブラウンの2色からワインレッド一色になり、丸窓も運転台側に近いドアすぐの
窓で再現された本格的なものである(座席の張り替えは7255編成では未施工)。
また、他の編成でも帯色を紺とクリームの2色に変更したが、7254編成だけ帯を
剥がした無地とされた。
当初は期間限定での実施予定であったが、好評を博したため、そのまま運用された。

平成20年に東急から1000系電車×4本が入線することになり、本形式3本が
置き換えられることになった。
退役したのは7251編成、7252編成、7254編成の3本である。
7251編成は同じ東急7200系を1800系として運用している豊橋鉄道に譲渡され、
同社で部品供給用として保管されていたデハ7255号を整備して組み合わされ、
1810編成モ1860+ク2810として再起した。
7252編成と7254編成のうち、モハ7252号とモハ7254号は東急車輛へ譲渡され、
同社工場の入換牽引車になった。
残ったクハ7552号とクハ7554号は下之郷工場でしばらく保管の後、解体されている。
「まるまどりーむ」号2本は現在も籍を有しているが、予備的な存在となっており、
最近は動く機会が少ない。


○無地になった7254編成。このクハ7554号車は上田電鉄7200系唯一の
 日立製マスコン装備車だった。


○車内。ほぼ東急時代のままだが、ワンマン化の際、乗務員室仕切り扉が
 大型の引き戸に替えられた。


○運転台。基本的に東急時代と変化は無い。左右にあるレバーはワンマン運転用の
 ドアスイッチ。マスコンは東洋電機製。ロゴが見える。
 

○「まるまどりーむ」号の7553編成。運行当初、ヘッドマークを掲出していたが、
 最近は取り付けていない。


○「まるまどりーむ」号車内。

今日の1枚:バラと都電

2011-06-23 20:21:16 | 今日の1枚
明日は某所で臨時のお仕事で早出となるため、写真1枚だけの更新です。

都電の三ノ輪橋電停で折りしもやってきた9000形9001号車をバックに
バラを撮影。
滅多にこんな写真は撮らないんですが、このときは何となく撮りました。

今年で都電は100周年。震災によるスケジュールの遅れなどはありますが、
これから夏にかけてイベントが多くとり行われることでしょう。

名古屋市交通局 5000形電車

2011-06-21 22:46:13 | 電車図鑑・地下鉄
名古屋で最初の地下鉄である東山線開業時からの電車の老朽化に伴う置き換えと
同線の冷房化のため、導入された車両である。
昭和55年~平成2年にかけて6両編成×23本=138両が製造された。
製造を担当したメーカーは日立製作所と日本車輛である。
編成の組み方と車種構成は藤が丘側から順に以下の通り。

5100形+5200形+5300形+5400形+5500形+5600形

5100形/5600形:制御車。エアコンプレッサー・静止型インバータ搭載。
5200形/5500形:中間電動車。主制御器搭載。
5300形/5400形:中間電動車。
5100形~5300形と5400形~5600形が3両1ユニットとなっており、それを背中合わせに
連結する構造となっている。
東山線の電車としては初めての冷房車となった。

車体はアルミ合金製で名古屋の地下鉄では初めて採用した。
本形式では6両固定編成での運用が前提となったため、正面の非常用貫通扉を左に
寄せて運転台からの視野を拡大した。
また、正面貫通扉以外の部分を僅かに傾斜させたスタイルとなっている。
行き先表示は正面と側面にあり、いずれも字幕式である。
車体塗装は窓周りとライトケースが濃い目のグレー、側面にラインカラーの
レモンイエローの帯が入り、それ以外は無塗装である。

車内はオールロングシートで座席のモケットの色はオレンジ色である。
名古屋市営地下鉄東山線、名城線の電車では車体が他の地下鉄に比べて小さいことと
乗車時間が短いという理由から網棚を設けていなかったが、路線の延伸で長い時間
乗車する機会が増えたことから、本形式から扉に近い部分にのみ設置した。
本形式では車体両端に冷房装置を搭載したため、この部分だけ天井が
低くなっている他、他の部分も冷房ダクトと送風装置が出っ張る形で設けられている。
ドアは片側3箇所・両開き扉で側面窓はドア間が両脇を固定、真ん中を下段固定・
上段下降とした3連窓、車端部は下段固定・上段下降の2段窓となっている。
ドアの窓は金属固定が基本だが、試作車の第1編成だけ正面貫通扉も含めて
ゴム固定になっていた。
車内の旅客案内装置は昭和63年~平成2年にかけて製造された第21~23編成の
車端部貫通路上部と乗務員室仕切り戸上部にLEDスクロール式のものが
設けられている。

主制御装置は電機子チョッパ制御方式を東山線の電車で初めて採用した。
ブレーキは回生ブレーキ併用電気指令式ブレーキである。
台車は軸箱支持をペデスタル式としたダイレクトマウント式空気バネ台車で
モーターの駆動方式はTDカルダン方式を採用した。
車輪には市電1800形電車以来のゴムを断面に仕込んだ剪断式弾性車輪を
採用している。
集電方式は台車に取り付けたコレクターシュー(集電靴)でサイドレールから
電力を供給する第三軌条方式である。
編成構成の部分でも述べたが、本形式以降、東山線の電車、及び名城線の電車は
3両1ユニット構造となり、小さな車体の少ない床下スペースを有効活用すべく、
機器を分散して配置している。
運転台はツーハンドル式で、当初、保安装置が打ち子式ATS式であったため、
計器類の配置はシンプルであったが、平成16年3月末のATC化に伴い速度計などが
大きく改造され、やや物々しい雰囲気に変化している。
なお、この改造で乗務員室仕切りの進行方向右側の窓が機器搭載の関係で
小型化されている。

本形式は試作車である第1編成登場後、昭和57年より量産が開始され、100形や
200形などの旧型車両を置き換えた。
最大で23編成が在籍し、東山線の主力車両として活躍した。
しかし、保安装置のATC化に伴う運行速度と運用効率の向上による車両定数の削減で
平成16年に2本が廃車された。
その後、登場後30年近くが経ち、陳腐化が進み、5050形の増備やN1000形が登場した
ことから、平成20年より本格的な廃車が開始されている。


○車内。手前天井部分に冷房装置があるため、天井が低い。
 座席には着席定員を示す線がミシン目で織り込まれている。


○乗務員室仕切り部分。右側の窓が半分ほどの大きさになっているが、
 この部分にATC関連の機器が設置されているためである。
 第21~23編成では乗務員室仕切り扉上と車端部貫通路上に旅客案内装置が
 設置されている。


東京地下鉄 15000系電車

2011-06-19 21:09:16 | 電車図鑑・地下鉄
東京メトロ屈指の混雑路線である東西線の輸送力改善とラッシュ時の遅延防止を
図るために登場した車両である。
平成21年に登場し、予定では平成23年度までに10両編成×13本=130両が
導入される予定である。
製造を担当するメーカーは日立製作所である。
編成の組み方は以下の通り。
←東葉勝田台・西船橋方面
15100形+15200形+15300形+15400形+15500形+15600形+15700形+※
※+15800形+15900形+15000形

15100形/15000形:制御車。15100形が西船橋側、15000形が中野側に運転台を持つ。

15200形/15800形:中間電動車。15300形/15900形とユニットを組む。主制御装置・
 パンタ2基搭載。

15300形/15900形:中間電動車。15200形/15800形とユニットを組む。蓄電池・
 エアコンプレッサー・補助電源装置(SIV)搭載。

15400形:中間付随車。特に補機の搭載無し。

15500形:中間電動車。簡易運転台・主制御装置・集電装置搭載。

15600形:中間付随車。簡易運転台装備。

15700形:中間付随車。エアコンプレッサー装備。

車体はアルミ製で摩擦攪拌接合を用いたダブルスキン構造のものを採用している。
05系最終グループをベースとしつつ、有楽町線・副都心線の10000系電車のデザインや
技術も採り入れている。
正面は05系最終増備車とよく似た左側に非常用貫通扉を寄せた流線型であるが、
ヘッドライトが鍵穴を横向きにした様な形状となり、大人しいデザインとなった。
床面の高さを抑えてホームとの段差を極力なくしてバリアフリー性の向上を図った他、
車体隅柱の△化による衝突時の衝撃緩和や外板剥離の防止、外板の肉厚を従来の
車両より厚くすることで車体の強度も向上させている。
塗装は正面半分がブラック、正面下部から側面上部に回りこむようにラインカラーの
水色の帯、窓下にも同様に水色の細帯が入り、ドア部分は紺色の細帯が入る。
行き先表示はフルカラーLED方式で正面と側面に設置されている。

車内はロングシートで10000系と同等の座席を色違い(10000系がゴールド系なのに
対し、本形式はブルー系)で採用した。
車内貫通扉は通常の長窓タイプで連結側は木目調の化粧板を採用し、寒色系主体の
車内でアクセントとなっている。
ドアは片側4ドア・両引き戸で乗降時間短縮のため、全てのドアを幅の広い、
ワイドドアとなった。
ドア間側面の窓割りは05系ワイドドア車と同じく戸袋窓と一段下降窓が交互に
入るものとなっている。
ただし、05系ワイドドア車では運転席後方の客用ドアを通常サイズとしていたが、
本形式は全ての客用ドアがワイドサイズとなっている。
車内旅客案内装置は各ドア上にあり、いずれも液晶画面式で右が停車駅や乗り換え
案内、左が広告用となっている。
なお、右側のものはFOMA回線を用いて他線運行情報を流す機能があるほか、左のものも
拠点駅で内容を自動更新できる機能がある。

主制御装置はIGBT式のVVVFインバータ制御方式でブレーキは純電気ブレーキ機能付き
回生ブレーキ併用電気指令ブレーキである。
台車は軸箱支持をモノリンク式としたダイレクトマウント式空気バネ台車で10000系の
ものをベースとしつつ東西線向けに改良されたものを採用した。
モーターの駆動方式はWN駆動方式である。
運転台は左手操作式ワンハンドルマスコンでコンソール上には各種モニタリング
装置を設置している。
集電装置はシングルアーム式のパンタグラフである。

本形式は平成22年春より営業を開始したが、同年1月に放送されたとあるテレビ番組で
製造中の姿が公開された。
営業開始後は線内運用を中心に運用され、その後他の形式同様にJR中央・総武線
各駅停車、東葉高速鉄道への直通運用にも就くようになった。
本形式の増備が終わると05系ワイドドア車5本と合わせて18本がワイドドア車となり、
最も混雑が集中する茅場町8時~8時半到着の15本に集中投入して輸送力の改善を
図る予定である。
なお、平成22年末より第6編成の15506号車で新型モーターとその制御器の
試験を行っている。


○車内。ドア間6人掛け。10000系とは異なり、天井は通常構造。
 写真手前、向かって右の蛍光灯が点灯していないのは東日本大震災後の
 電力事情悪化による節電対応で外されているため。


○ワイドサイズとなった客用ドア。

信楽高原鐵道 SKR311形気動車

2011-06-16 21:02:31 | 電車図鑑・ローカル私鉄&第三セクター
開業時より運用していたSKR200形気動車の老朽化に伴う置き換えのために
導入された車両である。
平成13年~平成14年にかけて2両が製造された。
製造を担当したメーカーは富士重工で同社が地方非電化私鉄、第三セクター鉄道向けに
販売していたLE-DCシリーズの一つである。
単行運転を前提にした車体前後に運転台を有する両運転台車であるため、
決まった編成は組まない。

車体は軽量構造を採り入れた普通鋼鉄製である。
正面は分割・併合に備え、中央部に貫通扉を装備し、左右の窓は側面まで
回り込んだパノラミック・ウィンドウとなっている。
正面下部にはスカートが設置されている他、過去に発生した信楽高原鉄道列車正面
衝突事故を教訓に油圧バンパーを装備している。
これらの車体構造は本形式より6年前の平成7年に導入されたSKR300形と同等のもので
ある。
塗装はクリームにライトグリーンの帯で車体中央部にタヌキのイラストと「SKR」の
文字が入る。
行き先表示は字幕式で正面にのみ設置、側面はステッカー表記である。

車内は扉付近をロングシート、それ以外を向かい合わせのボックスシートとした
セミクロスシート配置である。
ロングシートの肘掛は衝突の衝撃で座席が外れないように枕木方向にパイプを1本
通している他、手すりにゴムを巻くなど安全性の向上が図られている。
ドアは片側2箇所のステップ付き片引き戸で左右で若干位置がずれる。
側面窓は下段上昇・上段下降の2段式ユニット窓である。
ワンマン仕様のため、ドア周りに整理券発券機を運転室後方に運賃表と運賃箱を
設置している。
運賃箱は運転台を使用しないときに運転室を仕切るための仕切りを兼ねる。
また、信楽高原鉄道では衝突事故以降、乗換駅である貴生川駅での乗車券発券及び
運賃収受の業務の委託を中止したため、同駅での運賃支払い証明の発行機も
搭載している(連絡乗車券は唯一の有人駅である信楽駅のみで発行。無人駅からの
乗車の場合は貴生川で運転士に運賃を支払い、降車証明をもらう。貴生川駅で
改札を出る場合はそれを駅員に渡す。JR草津線に乗車する場合は降車駅で
証明書を見せて所定の運賃を払う。ICOCA利用の場合は運賃支払い後、
貴生川駅ホームにあるリーダーにタッチするだけ)。

機関はUDトラックス(←日産ディーゼル)製PE6HT03型ディーゼルエンジン1基である。
変速方式は液体変速式で総括制御可能である。
ブレーキは直通管付き空気自動ブレーキで、保安ブレーキを2重化している。
台車は軸箱支持がペデスタル式のインダイレクト式空気バネ台車である。
運転台はツーハンドル式で、ワンマン運転対応の各種機器が備わる。

本形式の登場で開業時に導入したSKR200形201号と203号が廃車となった。
以降は同線の主力として運用されている。


○車内。右の柱はエンジンから延びる排気管のもの。
 網棚が座席全長で設置されてない。


○ロングシート。パイプがゴムで覆われている他、パイプを1本横方向に設置して
 衝撃で座席が外れないように配慮している。

JR北海道 キハ201系気動車

2011-06-15 22:34:52 | 電車図鑑・JR新系列一般用車両
函館本線の最混雑区間である小樽~札幌間を走る列車のうち、2ドア・デッキ付の
気動車で運行されていた小樽以西のいわゆる「山線」区間から札幌方面への直通列車の
輸送力改善のために登場した車両である。
平成9年に3両編成×4本=12両が製造された。
製造を担当したメーカーは富士重工である。
編成の組み方と構成形式は以下の通り。札幌駅基準で左側が室蘭・旭川方面、
右側が小樽・倶知安・あいの里教育大方面となる。

キハ201-100+キハ201-200+キハ201-300

キハ201形100番台:札幌駅基準で旭川方面に運転台を持つ先頭車。エンジン2基搭載。
キハ201形200番台:中間車。エンジン2基と便所、車椅子スペース設置。
キハ201形300番台:札幌駅基準で小樽方面に運転台を持つ先頭車。エンジン2基搭載。

車体は同時に開発された731系電車と同じステンレス製で上方が台形状にすぼまる
独自のものを採用した。
正面は踏切事故などを考慮して高運転台構造とし、衝突時のダメージを極力抑え、
乗務員や旅客の安全を第一に考えた強化構造としている。
また、分割・併合運用に備えて貫通扉を正面中央に設置している。
行き先表示は側面に、種別表示は正面中央貫通扉上部にそれぞれ字幕式のものを
設置した。
帯色はJR北海道のコーポレートカラーであるライトグリーンにブルーの帯が側面と
正面に入れられている。

車内は通勤輸送を主眼にしてオールロングシートとなっている。
また、各ドア寄りの座席の一部を跳ね上げ式とし、ラッシュ時の立席スペースの拡大と
閑散時の座席確保を両立した。
ドアは片側3箇所、全て片引き戸で札幌近郊でも多く残る低床ホームに対応して
ドアステップが設けられているほか、乗降しやすいようデッキ構造を廃している。
防寒対策としては各ドアにエアカーテンを設置、遠赤外線暖房装置の採用、
乗客用ドアスイッチの設置などの他、座席とドアの仕切りを大型化のものとしている。
側面窓は全て固定式で降雪時の破損を考慮してガラスではなくポリカーボネート製と
なっている。

機関はN-DMF13HZE型ディーゼルエンジン(450PS)を各車両2基搭載している。
変速方式は液体式で変速1段直結4段パワーオン機能付きとなっている。
ブレーキは機関ブレーキ・排気ブレーキ併用電気指令式空気ブレーキである。
台車は空気バネ式ボルスタレス台車で左右の空気バネの圧力を調整することで
車体を傾斜させてカーブでの速度向上を図った車体傾斜装置を装備した。
また、同じ車体を持つ731系電車との動力協調運転が可能であり、走行性能も
同等に揃えられている。
この高性能ゆえに製造コストが高く、最初の4本だけで製造が打ち切られている。
しかし、車体傾斜装置などは後に特急「スーパー宗谷」用のキハ261系気動車を
製造するにあたり、本形式の運用データが参考にされている。

配置は苗穂運転所で当初の目的である函館本線での運用は小樽より西でワンマン運転を
行っている関係で多くは無い。
本形式が同区間で運用される際にはワンマン機器を搭載していない関係で
車掌が乗務する。
それ以外では札幌での近郊輸送が主体で学園都市線(札沼線)や電化区間ながら函館本線
手稲~江別間で運用される。
また、本数は寡少ながら731系電車との併結運用もある。
この電車と気動車の動力協調運転は、平成23年現在、本形式と731系のみで
行われている。


○731系と併結運転するキハ201系。奥の3両が731系、手前3両がキハ201系で
 手前が札幌駅、奥が苗穂方面である。