Dying Message

僕が最期に伝えたかったこと……

夢路

2007-11-07 03:16:23 | Weblog
 街のネオンを窓に映して、列車が夜を駆け抜ける。レポートをやっていたため帰りが遅れたが、その分乗客は普段より少なく、夜景を独り占めにした気分だ。オレは高校、予備校、大学と電車を使ってきたから電車歴はかなり長いが、思えば夜の電車に頻繁に乗るようになったのは大学生になってからかも知れない。高校では帰宅部だったし、予備校では自習はおろか授業さえまともに出ていなかったからだ。

 いや、予備校時代も一度だけ遅くに電車に乗ったことがある。川崎競馬場にジャパンダートダービーの馬券を買いに行った時のことだ。JDDと言えば3歳のダートチャンプを決める大一番なのだが、なんのなんの、その日は自分にとってはもっと大事な模試の日だった。そんな重要なテストをすっぽかせば当然予備校から厳しく叱られたが、それは特に堪えはしない。それより「オレは偏差値なんていう訳の分からない数字に一喜一憂する連中とは違うんだ」という優越感が何倍も優っていた。

 列車は熱海に着いた。ちょうど平塚と吉原の中間点だ。電車はここが終点なのだが、向かいに浜松行きの車両が留まっている。みんな我先にと急ぐが、別に慌てなくてもいいじゃないか。混んでいるわけでもないんだから。そんなことを考えながら敢えてゆっくり歩く自分に、我に返ったもう一人のオレが苦笑いする。あんたの「自分は周りとは違うんだ病」は未だ健在のようだね……。

 それにしても今夜は冷える。そういえばとくダネの天達が「今年一番の冷え込みです」と言ってたっけ。ただ、気温以上に寒く感じる気がして、それがなぜかと考えてみると、きっと乗客の目が死んでいるからだ。部活に疲れた高校生、仕事帰りのサラリーマンにお先真っ暗の乞食。立場は違えど、誰も全く同じ目つきで、人間らしさのかけらもない。これじゃあまるで屠場に運ばれる豚じゃないか。

 そういえば高校時代、オレも教師から家畜同然の扱いを受けたことがある。学年主任の化学の教師に、ニワトリのように首を絞められたのだ。理由は話せば長くなるが、簡単に言うと、友達を庇ってオレが罪を被ったということ。もちろん自分が良かれと思い、勝手にやったことではあるが、ひと言、そいつから労いか謝罪の言葉がほしかった。人間が他の生物と違うのは情があるところなのだから、それを蔑ろにするのは動物扱いをされたも同然。オレは二重にショックだった。高校の2年でオレが学んだのは、人間の善意は金魚すくいの紙よりも薄く、悪意の水で簡単に破けてしまう。だから他人に依存しすぎてはならないということだ。

 考え事をすると時の経つのがとても早い。あっという間に我がホームタウンに到着だ。しかし腹時計だけは正確なようで、オレに空腹を伝えてくれる。労いをこめてお腹をさすってやると、意外に厚みがある。何だ、やっぱりオレは豚じゃん。そう思うと、どっと気怠るくなって、やるせなくなって、そんな気持ちを振り払うため、オレは右手を目一杯に回し家路を急いだ。


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