雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

二条の姫君  第百一回

2015-07-24 08:40:12 | 二条の姫君  第三章
          第三章  ( 二十七 )

この時の姫さまの御装束は、練り糸の薄物の生絹(スズシ)の衣に、薄(ススキ)に葛(ツヅラ)を青い糸で刺繍したものに、赤色の唐衣という御姿でありました。
御所さまは姫さまの方に視線を向けられますと、
「今宵は、何とご退出になるのか」
と御言葉を掛けられました。

姫さまどのようにお答えすべきが迷われているご様子で、そのまま伺候されておられますと、
「青葛を手繰りながら訪ねてくる山人ではないが、何かのついでに便りをしようというのか。その青葛は嬉しくないなあ」
とだけ口ずさむように仰られると、女院(正室の東二条院)のもとへ参られるのでしょうか、そのままお立ちになられました。
姫さまは、その後ろ姿をじっとお見送りになられましたが、その心中は察するに余りあるものでございました。

たとえどのようなことになろうとも、「そなたに対して隔意を抱くことはない」と、長い年月に渡って何度もお約束して下さったことを思えば、どうしてこのようなことになってしまったのかと、姫さまは今すぐにも死んでしまいたいほどの思いに襲われていましたが、出立の車が待っていると急がせるお付きの人の声に少しばかり冷静さを取り戻されたご様子でした。
姫さまは、なお何れかに身を隠してしまいたいなどと申されたりしておられましたが、このような事態となった事情を知るためにも、とりあえずは二条町の兵部卿の邸に向かうことを承知なさいました。

お邸に着きますと、早速兵部卿自らが姫さまにお会いなさいました。
「私自身が、いつ死ぬか分からない老いの病だと思う。この頃になってからは、特に病気がちで心細くもあるので、そなたのことが気にかかってならないのだ。
故大納言(二条の父)もいないので、そなたがとても気の毒で、善勝寺隆顕のような若い者にまで先立たれ、それでなくともそなたの身を気遣う者がいなくなっているというのに、東二条院がこのように仰られるからは、無理に御所さまにお仕えしているのも憚りがあると思うのだ」
と言われて、一通の手紙を取り出されました。

それには、
「二条は院の御方に御奉公して、この身をないがしろに振る舞うのが面白くない。直ちにそなたの所に呼び戻しなさい。典侍大(スケダイ・二条の母)もいないから、そなたの他には指図すべき人がいないから言うのです」
などと書かれていて、しかも東二条院自らがお書きになったお手紙でした。

「たしかに、この上は無理を押してお仕えすべきでない」
と、姫さまも思われたようで、退出した直後は、事の事情がはっきりして、気持ちの整理がついたようなお言葉も漏らされておりました。
しかし、古詩にも詠われているように、まことに長き秋の夜にふと目を覚まされた時などには、千声万声の砧の音も独り寝の姫さまに話しかけているかのように哀れに聞こえ、空を渡って行く雁の涙も、思い悩まれる姫さまの宿の萩の上葉を尋ねてきて露になってしまったのだろうかなどと、心細げなご様子が見え隠れするようになりました。

そのような日を送られているうちに、はや年の瀬となりましたが、旧き年を送り新しき年を迎える様々な準備も、姫さまには何の張合いもないように見受けられておりましたが、かねてからの宿願である祇園の社に千日籠るべきなのを果たそうとお考えになられたのです。
これまでもいろいろとお考えのようでしたが、何かとさし障ることも多かったのですが、十一月の二日、初めての卯の日で石清水八幡宮の御神楽が催される時にまず参籠されました。
その時には、「神に心をかけぬ間ぞなき」と詠んだ人のことを思われながら、このような御歌を詠まれました。
『 いつもただ神に頼みをゆふだすき かくるかひなき身をぞ恨むる 』

     * * *


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