雅工房 作品集

長編小説を中心に、中短編小説・コラムなどを発表しています。

テスバウ共和国 入国体験記 ・ 第十四回

2011-08-17 11:10:02 | テスバウ共和国 入国体験記 
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三人の姉妹は、穏やかな家庭で育てられたが、三人それぞれに幾つかの波に翻弄されながら生きてきた。
ただ、三人は形は様々とはいえ常に離れることなく、どこかで結ばれるような形で過ごしてきていた。

その中で、長女の和美は自分の将来はいずれかの高齢者施設に世話になることに決めていて、健康面での不安と共にその時期は差し迫っていると考えていた。
かなりの数の資料を取り寄せ、その幾つかには実際に足を運び、まずまずと思われるものも選び出すことが出来ていたが、テスバウ共和国に興味を持ったのは、テレビ番組の中でかなり詳しく報道されているのを見たことからである。
そして、ここの入国体験講座を受講しようと決断させたのは、息子から東京へ来ないかと誘われたことであった。関西しか知らない和美には、東京という街は住むということでは全く未知の土地であったし、何よりも、自分が子供たちの生活を乱そうとしていることに驚いたからである。

雅代はまだ六十歳になったばかりだが、和美がいずれかの施設に入るのなら自分も当然一緒だと考えていた。それに雅代には、現在の生活も高齢者施設に入ってからの生活もさしたる変化があるようには考えていないようであった。むしろ、日常生活の面倒なことが軽減され、より自由な生活が保障されるような感覚を抱いていた。
ただ、和美が気に入っている高齢者施設は、入居一時金がとても高く、蓄えをほとんど持っていない雅代としては姉について行くのは困難なように思えた。その点では、テスバウ共和国はそのハードルが比較的低く、しかも姉について行くのには最も適しているように思われ、三人そろって移ることを二人の姉に働きかけていた。

二番目の君枝は、あと三年程度は今の生活を続け、その後数年は海外で過ごすのも良いと漠然とした考えを描いていた。独身で、しかも平均的な会社員よりは高い収入を得てきていたが、貯蓄らしいものはあまりなかった。六十五歳まで勤めさえすれば、あとは退職金と各種の年金だけで、別に不便することなく暮らせると考えていた。
しかし、妹の雅代から長姉の和美も加えた三人で生活しようと再三口説かれているうちに少しずつ気持ちが動いていた。
自分の将来設計の中には、病気などは計算に入っておらず、二十年、三十年後の自分の姿を加味していないことに気付いてきたからである。

もちろん、君枝とて自分が老いていくことは当然のことと認識していたが、雅代に何度も言われているうちに、自分が介護を必要とする自分の姿と向き合ったことなどなかったことに気付いたのである。それに、六十五歳まで働くというのも、年金受給までの収入のためで、経済的なことにめどがつくのなら特別拘ることもないようにも思えてきたのである。

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結局、三人の姉妹は、とりあえずテスバウ共和国の入国体験講座だけは一緒に受けるということで意見の一致を見た。
長女の和美は、最後まで自分についてくることはないという意見であったが、雅代がそれを承知しなかった。今こそ、三人の姉妹は新しい共同生活をスタートさせるべきであって、君枝に有無を言わせないつもりのようであった。
もっとも、君枝も少しずつテスバウ共和国という存在が気になりだしていたのだが、それよりも、昔からどうも雅代が苦手だった。妹のくせに実に生意気なのだが、どうも憎めなくて、気がつくというままにされていることがよくあった。そして君枝は、それがあまり嫌ではなかったのである。

結論が出たところで資金面の計算をすることになったが、一番強気な雅代が全く資金の目処が無く三人で大笑いになってしまった。
テスバウ共和国の案内書によると、一人で入国する場合は、月当たり二十五万円程度の安定収入が最低条件であった。二人以上での入国の場合は、条件にもよるが二十万円程度になる。
他に一時金が、三百万円と、予備資金が最低百万円、入国体験講座が五十万円が必要であり、入居のための運送費など諸費用を考えると、一人当たり五、六百万円は必要となる。

すでに六十五歳になっている和美の場合はこの金額でいいわけだが、妹二人には他に必要なものが追加される。
一つには、テスバウ共和国市民に対して、母国政府から一人当たり年間六十万円の補助金が支給されているが、これは六十五歳以上の人に限るので、それ以下の入国者にはその分を個人負担しなければならず、一時金での納付が必要になる。正式入国の日にもよるが、君枝の場合で百五十万円程度、雅代の場合は二百五十万円程になる。
さらに二人の場合は、年金を受け取る時期まで月々の費用も準備が必要で、月に二十万円としても、君枝で六百万円、雅代は一千万円程度必要になってくる。

「とても、わたしには準備できないわ」
雅代が早々と音を上げた。

君枝の場合は退職金をあてに出来るが、手持ちの蓄えではほとんど使ってしまうことになる。
あと二、三年働いて、そのあとは海外を中心に自由に旅行してまわるような生活を思い描いていただけに、このまま高齢者組織に直行するのには抵抗があった。さらに、経済的な面でも、これからの三年足らずの期間に将来のための貯蓄に励めば、五百万円やそこらは簡単に貯められるはずである。それを、その間の生活費に六百万円必要だと言われれば、やはり躊躇してしまう。

「何度も言うようだけれど、あなた方は何も私についてくる必要などないのよ」
長姉の和美は、何度もこの言葉を繰り返している。
「三人で一緒に暮らすのが良いことだとしても、あなた方はもう少し先で来ればいいのよ。まあ、君枝さんがせっかく休暇の手配まで済ましたのですから、入国体験講座は一緒に受けるとしても、あくまでも三人で長期旅行を楽しむ程度の気持ちで受けましょうよ。
それとね、お金のことだけど、私が預かっているお父さんとお母さんのお金、もし必要であればあれは使ってもいいのよ」

三人の姉妹は、何度も相談を重ねた上で、入国体験講座の申し込みをしたのだが、そのあとでも、三人が集まると同じような話を繰り返していた。
いくら仲の良い姉妹だといっても、やはり三人三様の考えがあり、テスバウ共和国という未知の世界に飛び込んでいくのは簡単なことではなかった。




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