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食事のあと、三姉妹は同じ部屋にあるソファーなどが置いてあるコーナーに移った。食事の時隣り合わせた夫婦と思われる二人と一緒であった。
食事をした場所と休息する場所とは同じ部屋であるが、途中に柱があるので、もともとは二部屋として作られたものらしい。ただ、仕切るためのアコーディオンカーテンのようなものも見当たらないので、二部屋として使うことはないらしい。
その休息するためのコーナーには、四人用のものから十人位は座れる大きなものまで、いくつもの席が配置されている。お茶やコーヒーなどの自動機が数台並んでいて、自由に利用できるようになっていた。
三姉妹は、食事で隣り合わせた二人と一緒に、一番広い座席になっているところに座った。空いている席にも、もうひと組が続き八人が一つのテーブルを囲み、互いに挨拶を交わしたが、「よろしくお願いします」といった程度のものでしかなかった。
しばらく休憩した後、三人を含む八人は席を立ち、最初の会議室に向かった。
長い廊下には、すでに何人かが先を歩いていたり、車椅子での移動の人も見えた。
三姉妹が最初の部屋に戻ったのは、一時を少しばかり過ぎた時間であるが、正面の席には四人の進行役がすでに席についていた。
各自の席には、参加者全員のメンバー表が配られていた。参加者全員の氏名、性別、年齢、現在居住している都市名が書かれていて、同時に宿泊用の部屋割とチーム分けもされていた。
それによると、参加者は全員で六十五人、部屋は二十六室に分けられているが、同時申込みの者はそれぞれ一室が割り当てられているようであり、単身での申込者は性別ごとに三、四人で一部屋という割り当てになっているようである。
大半の参加者が席に着いた頃、こげ茶色のスーツ姿の男女四人が入場してきて、正面席の真ん中に着座した。進行役の人たちが両側に分かれて座っていたのは、この四人の席を空けていたかららしい。
参加者たちの後方にいてお茶などを運んでくれていた人たちは少なくなっていて、そのあたりには四人の人が立っていて、いずれも赤い腕章をしていることから引き続き参加者たちの世話をしてくれる人たちのようである。
「お待たせいたしました。ただ今から私たちの国テスバウ共和国の入国体験講座を開会いたします」
最初から進行役を務めている橋本さんが立ち上がって開会を告げた。
「講座の進め方につきましては順次説明させていただきますが、何分八週間にも及ぶ長い講座でございます。生活環境が変わることでもありますので、くれぐれも体調にはご注意くださいますようお願いいたします。なお、講座の途中で随時休憩を入れてまいりますが、お手洗いなどが必要な場合は、たとえ講演の途中であっても全く構いませんので、自由にお席を立って下さい。絶対辛抱しないでくださいよ。
皆様のお世話は、お昼前にも申し上げましたように、この赤い腕章をしております私たちが担当させていただきます。担当者は随時交代しますが、出来るだけご不便をかけないように致しますので、その点はご承知おきください。担当は、それぞれの班ごとに分かれますが、お困りの節にはその担当に関わりなく赤い腕章を着けている者でしたら誰でも結構ですから、遠慮なく申しつけて下さい」
橋本さんは、ここで一息入れるように少し間を取った。そして、中央に座っているこげ茶色のスーツの人たちに会釈を送った。
それに応えて中央の四人が立ちあがった。
「それでは、最初の講座に入ります。私たちの国テスバウ共和国の運営を担っている役員から、皆様に歓迎のご挨拶を申し上げます。
本日は、四人の役員が参っておりますのでご紹介させていただきます。
皆様の方から見まして一番左におりますのが、常任委員会議長を務めます大月雅文でございます」
橋本さんの紹介の声に、参加者たちからざわめきが起こった。そして、一斉の拍手となった。
大月雅文はテレビなどへの出演機会が多く、著作物も数多く出版されている。テスバウ共和国がニュースになる時には必ずといっていいほど登場する人物である。
高齢者問題の権威であり、ちょっとした著名人といえるのである。
大月氏は、少し困ったような笑顔と共に会釈し座った。
「その次におりますのが、理事長を務めます石田順三でございます。私たちの国の理事長は、母国の首相にあたる役職です」
石田氏も軽く会釈し、参加者たちも拍手を送った。
三番目が副理事長の宇喜多かおり、最期が医局担当理事の大須賀敬一郎であった。
「温かい拍手をいただきありがとうございました。紹介させていただきました四人が着ておりますこげ茶色のユニフォームは、私たちの国テスバウ共和国の運営にあたっている役員が公務についている時に着用するものです。それでは、四人の方から順次ご挨拶申し上げます」
拍手に迎えられて大月雅文は再び立ち上がった。細身の身体はすっきりと伸び、銀髪はきれいに整えられている。
テスバウ共和国の今日の隆盛を築き上げた指導者の一人とされているが、確かに人々を惹きつけるような雰囲気を感じさせる。
「皆さま、ようこそ私たちの国テスバウ共和国においで下さいました。心からの歓迎を、九千二百人の市民を代表して申し上げます。
さて、本日お集まりの皆さまは、縁あって私たちの国の市民権を得ることの是非を検討していただくために、体験入国していただいた方々です。ご参加の六十五人の方々は、一部の方を除き、ご縁も面識もなかった方々です。
しかし、本日ここにお集まりいただきましたことは、皆さまがテスバウ共和国という人生の舞台に興味をお持ちいただいたという強いご縁に結ばれたのです。本日からの八週間という長い時間を一緒に行動することになりますが、どうぞ強いご縁に結ばれた仲間として、胸襟を開いて意見を交換して下さいますよう切に願っております。
この入国体験講座が、八週間という長い時間を設定していることには、外部の方からの批判の声も少なくないことは承知しております。入国希望者に過酷な条件を押しつけているとか、受け入れ側の傲慢であるとかが、その主な理由です。
私たちは、これらの意見を何度も何度も検討してきております。そして、その検討結果も参考にしたうえで、この講座が、何よりも入国を希望される方々にとって有用であると確信しております。
本日お集まりの方の中にも、この講座を負担に感じておられる方も少なくないことでしょう。しかし、私たちはこの講座を体験していただくことが絶対必要だと考えております。もちろん、この講座の内容が十分なものだとは思っておりません。講座を担当しております部署を中心に、私たち役員も加わりまして、常に検討を続けております。その中から、講座をもっと充実させるために何が必要か、多くの意見やアイデアが出されていますが、日程を短縮させるべきという意見は殆どありません。
しかし、八週間が長いことも事実です。環境が変わるわけですから、体調の維持が大変だと思います。少しでも変調を感じられましたら、遠慮なくスタッフに申し出て下さい。体調不良で受けられない講座が発生しましても、正式入国するのには何の支障もありません。
これは、皆さまが誤解されているようでもありますので特に強調しておきますが、この入国体験講座は、私たちの国テスバウ共和国が、皆さまにとって将来を託するのに耐えられる国なのかどうかを確認していただくためのものなのです。この講座は、皆さまに出来るだけ正しい判断をしていただくためのお手伝いをさせていただくものなのです。
この講座を通じて、皆さまを評価させていただく気持ちなど全く持っておりません。試されているのは、テスバウ共和国であり、私以下九千二百人の市民なのです。
同時に、皆さまは、入国体験講座を受けておられる間は試験する方ですが、将来、正式入国された場合には、テスバウ共和国を自分の国として支えていく一員になることも忘れないでいただきたいのです。
テスバウ共和国の市民権を得るということは、単に老後の生活の安定や介護の権利を得ることでは全くありません。
市民権を得るということは、テスバウ共和国と、この国に将来を託して生きている九千余人に、これまでの経験をベースに貢献することが出来る権利を得るということなのです。
テスバウ共和国市民になるということは、安易な生活を手に入れることではなく、互いに助け合い貢献する機会を得ることが出来るということなのです。
皆さま、私たちの国テスバウ共和国の市民は、一人一人がこの国に貢献できることを喜びとし、それぞれがそれぞれの生き方を尊重し、自分に与えられている生命力の限りを溌剌と輝かせる生き方を求めているのです。
どうぞ皆さま、この国の市民たちの生き方や考え方を、ごく限られた時間ではありますが、講座を通して感じ取っていただきたいと思います。そして、近い将来、皆さま全員が私たちの仲間になっていただくことを願って、ご挨拶とさせていただきます」
食事のあと、三姉妹は同じ部屋にあるソファーなどが置いてあるコーナーに移った。食事の時隣り合わせた夫婦と思われる二人と一緒であった。
食事をした場所と休息する場所とは同じ部屋であるが、途中に柱があるので、もともとは二部屋として作られたものらしい。ただ、仕切るためのアコーディオンカーテンのようなものも見当たらないので、二部屋として使うことはないらしい。
その休息するためのコーナーには、四人用のものから十人位は座れる大きなものまで、いくつもの席が配置されている。お茶やコーヒーなどの自動機が数台並んでいて、自由に利用できるようになっていた。
三姉妹は、食事で隣り合わせた二人と一緒に、一番広い座席になっているところに座った。空いている席にも、もうひと組が続き八人が一つのテーブルを囲み、互いに挨拶を交わしたが、「よろしくお願いします」といった程度のものでしかなかった。
しばらく休憩した後、三人を含む八人は席を立ち、最初の会議室に向かった。
長い廊下には、すでに何人かが先を歩いていたり、車椅子での移動の人も見えた。
三姉妹が最初の部屋に戻ったのは、一時を少しばかり過ぎた時間であるが、正面の席には四人の進行役がすでに席についていた。
各自の席には、参加者全員のメンバー表が配られていた。参加者全員の氏名、性別、年齢、現在居住している都市名が書かれていて、同時に宿泊用の部屋割とチーム分けもされていた。
それによると、参加者は全員で六十五人、部屋は二十六室に分けられているが、同時申込みの者はそれぞれ一室が割り当てられているようであり、単身での申込者は性別ごとに三、四人で一部屋という割り当てになっているようである。
大半の参加者が席に着いた頃、こげ茶色のスーツ姿の男女四人が入場してきて、正面席の真ん中に着座した。進行役の人たちが両側に分かれて座っていたのは、この四人の席を空けていたかららしい。
参加者たちの後方にいてお茶などを運んでくれていた人たちは少なくなっていて、そのあたりには四人の人が立っていて、いずれも赤い腕章をしていることから引き続き参加者たちの世話をしてくれる人たちのようである。
「お待たせいたしました。ただ今から私たちの国テスバウ共和国の入国体験講座を開会いたします」
最初から進行役を務めている橋本さんが立ち上がって開会を告げた。
「講座の進め方につきましては順次説明させていただきますが、何分八週間にも及ぶ長い講座でございます。生活環境が変わることでもありますので、くれぐれも体調にはご注意くださいますようお願いいたします。なお、講座の途中で随時休憩を入れてまいりますが、お手洗いなどが必要な場合は、たとえ講演の途中であっても全く構いませんので、自由にお席を立って下さい。絶対辛抱しないでくださいよ。
皆様のお世話は、お昼前にも申し上げましたように、この赤い腕章をしております私たちが担当させていただきます。担当者は随時交代しますが、出来るだけご不便をかけないように致しますので、その点はご承知おきください。担当は、それぞれの班ごとに分かれますが、お困りの節にはその担当に関わりなく赤い腕章を着けている者でしたら誰でも結構ですから、遠慮なく申しつけて下さい」
橋本さんは、ここで一息入れるように少し間を取った。そして、中央に座っているこげ茶色のスーツの人たちに会釈を送った。
それに応えて中央の四人が立ちあがった。
「それでは、最初の講座に入ります。私たちの国テスバウ共和国の運営を担っている役員から、皆様に歓迎のご挨拶を申し上げます。
本日は、四人の役員が参っておりますのでご紹介させていただきます。
皆様の方から見まして一番左におりますのが、常任委員会議長を務めます大月雅文でございます」
橋本さんの紹介の声に、参加者たちからざわめきが起こった。そして、一斉の拍手となった。
大月雅文はテレビなどへの出演機会が多く、著作物も数多く出版されている。テスバウ共和国がニュースになる時には必ずといっていいほど登場する人物である。
高齢者問題の権威であり、ちょっとした著名人といえるのである。
大月氏は、少し困ったような笑顔と共に会釈し座った。
「その次におりますのが、理事長を務めます石田順三でございます。私たちの国の理事長は、母国の首相にあたる役職です」
石田氏も軽く会釈し、参加者たちも拍手を送った。
三番目が副理事長の宇喜多かおり、最期が医局担当理事の大須賀敬一郎であった。
「温かい拍手をいただきありがとうございました。紹介させていただきました四人が着ておりますこげ茶色のユニフォームは、私たちの国テスバウ共和国の運営にあたっている役員が公務についている時に着用するものです。それでは、四人の方から順次ご挨拶申し上げます」
拍手に迎えられて大月雅文は再び立ち上がった。細身の身体はすっきりと伸び、銀髪はきれいに整えられている。
テスバウ共和国の今日の隆盛を築き上げた指導者の一人とされているが、確かに人々を惹きつけるような雰囲気を感じさせる。
「皆さま、ようこそ私たちの国テスバウ共和国においで下さいました。心からの歓迎を、九千二百人の市民を代表して申し上げます。
さて、本日お集まりの皆さまは、縁あって私たちの国の市民権を得ることの是非を検討していただくために、体験入国していただいた方々です。ご参加の六十五人の方々は、一部の方を除き、ご縁も面識もなかった方々です。
しかし、本日ここにお集まりいただきましたことは、皆さまがテスバウ共和国という人生の舞台に興味をお持ちいただいたという強いご縁に結ばれたのです。本日からの八週間という長い時間を一緒に行動することになりますが、どうぞ強いご縁に結ばれた仲間として、胸襟を開いて意見を交換して下さいますよう切に願っております。
この入国体験講座が、八週間という長い時間を設定していることには、外部の方からの批判の声も少なくないことは承知しております。入国希望者に過酷な条件を押しつけているとか、受け入れ側の傲慢であるとかが、その主な理由です。
私たちは、これらの意見を何度も何度も検討してきております。そして、その検討結果も参考にしたうえで、この講座が、何よりも入国を希望される方々にとって有用であると確信しております。
本日お集まりの方の中にも、この講座を負担に感じておられる方も少なくないことでしょう。しかし、私たちはこの講座を体験していただくことが絶対必要だと考えております。もちろん、この講座の内容が十分なものだとは思っておりません。講座を担当しております部署を中心に、私たち役員も加わりまして、常に検討を続けております。その中から、講座をもっと充実させるために何が必要か、多くの意見やアイデアが出されていますが、日程を短縮させるべきという意見は殆どありません。
しかし、八週間が長いことも事実です。環境が変わるわけですから、体調の維持が大変だと思います。少しでも変調を感じられましたら、遠慮なくスタッフに申し出て下さい。体調不良で受けられない講座が発生しましても、正式入国するのには何の支障もありません。
これは、皆さまが誤解されているようでもありますので特に強調しておきますが、この入国体験講座は、私たちの国テスバウ共和国が、皆さまにとって将来を託するのに耐えられる国なのかどうかを確認していただくためのものなのです。この講座は、皆さまに出来るだけ正しい判断をしていただくためのお手伝いをさせていただくものなのです。
この講座を通じて、皆さまを評価させていただく気持ちなど全く持っておりません。試されているのは、テスバウ共和国であり、私以下九千二百人の市民なのです。
同時に、皆さまは、入国体験講座を受けておられる間は試験する方ですが、将来、正式入国された場合には、テスバウ共和国を自分の国として支えていく一員になることも忘れないでいただきたいのです。
テスバウ共和国の市民権を得るということは、単に老後の生活の安定や介護の権利を得ることでは全くありません。
市民権を得るということは、テスバウ共和国と、この国に将来を託して生きている九千余人に、これまでの経験をベースに貢献することが出来る権利を得るということなのです。
テスバウ共和国市民になるということは、安易な生活を手に入れることではなく、互いに助け合い貢献する機会を得ることが出来るということなのです。
皆さま、私たちの国テスバウ共和国の市民は、一人一人がこの国に貢献できることを喜びとし、それぞれがそれぞれの生き方を尊重し、自分に与えられている生命力の限りを溌剌と輝かせる生き方を求めているのです。
どうぞ皆さま、この国の市民たちの生き方や考え方を、ごく限られた時間ではありますが、講座を通して感じ取っていただきたいと思います。そして、近い将来、皆さま全員が私たちの仲間になっていただくことを願って、ご挨拶とさせていただきます」
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