りなりあ

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指先の記憶 第二章-7-

2008-10-24 23:09:59 | 指先の記憶 第二章

どうして閉めるのかな?
閉めた事で誤魔化せるとは思えない。
「今の…康太?」
「はい。そうです。須賀君。お隣だから。」
私が玄関の扉を開けると、須賀君が眉間に皺を寄せて私を見た。
「そういえば、康太。引越、したんだっけ?」
弘先輩の、のんびりとした声が須賀君に問う。
「…何を今更。1ヶ月も前ですよ。」
「姫野さんの、お隣…さん?」
「家の持ち主が仕事で留守にするから、俺は留守番です。」
「えぇっと…こっちが康太が住んでいる家、で?あっちが?」
私の自宅の玄関に立つ須賀君が、ちょっと困ったと言葉を詰まらせた。
だから、誤魔化すのは無理だよ?
須賀君、中から出てきただけじゃなく、エプロン姿だし。
家からは、なんとなーく良い香りが漂っているし。
そして。
「好美ちゃん。お帰り~!」
須賀君の後ろから顔を出した人は、この場の状況などお構いなし。
「あれ?小野寺君?どうしたの?」
どうしたの?って私が聞きたい。
どうして、私の家に杏依ちゃんがいるのよ?
「香坂さん。ちょうど良かった。」
それなのに、弘先輩まで、ちょうど良かった、って何?
「頼まれていた買物。これから届けようと思っていたけど。どうしよう?家まで持っていこうか?ここで渡そうか?」
「うわぁ。嬉しい!今、見せて。家だと、母もうるさいから。ちょうど良かった。」
なにがちょうど良かった、なの?
私の家だよ、ここ。
それなのに家の中に弘先輩を招く杏依ちゃんに、私は溜息を出した。
「どうしたの?好美ちゃん。入らないの?」
だから、私の家なんだけど。
「…杏依ちゃん。どうして、ここにいるの?今までは休日は実家に戻っていたかもしれないけれど、結婚したんだし、連休だからって」
「家出してきたの。」
「え?」
「だって。晴己君、うるさいんだもの。」
「ちょ、ちょっと杏依ちゃん?」
「あれもダメ。これもダメって。私が食べたい物も食べさせてくれないのよ?」
「そりゃ、そうでしょ?」
須賀君の声が響く。
「えぇ?康太君まで酷い。」
「だって、香坂先輩の食べたい物って、半端ないし。」
須賀君は弘先輩が持っていたスーパーの袋の中を見た。
「康太君、いつもは違うの!今日は特別なの!だって、ずっと禁止されていたから!」
「あの家なら手作りのデザートとかもありそうなのに?そっちの方が美味しいでしょ?」
「そうだけど。でも、色々と違うの!」
「でも食生活は基本ですよ。気をつけたほうが。香坂先輩の…って、いつまでもその名前で呼んじゃだめですよね?新堂晴己さんが間違っているとは思えないけれど。」
「好美ちゃ~ん。酷いよ。康太君、なんだか晴己君みたい。細かいの。うるさいの。小言ばっかりなの!」
その意見には、賛成。
「でもね。言っている事が正しいから、余計に悔しいの!」
その感情も、私と同じ。
「ねぇねぇ。好美ちゃんも小野寺君も、早く入って。一緒に食べよう?」
結局、食べるんだなぁと思いながら、私は弘先輩を見上げた。
「どうぞ。弘先輩。」
「あ、りがとう。」
弘先輩が、私の家を見て、そして須賀君が住む家を見て。
そして須賀君を見た。
「で、こっちは誰の家?」
「…姫野の家です。どうぞ。弘先輩。」
須賀君は、明らかに嫌そうな表情で弘先輩を促していた。

◇◇◇

「へぇ…焼くのも美味しいのね。」
瑠璃先輩が黒く焼けたさやからソラマメを出す。
「瑠璃先輩にいただいたソラマメ、今朝も食べたんです。とーっても美味しくて。ありがとうございます。」
弘先輩と杏依ちゃんの話を聞いて分かった事は、昨日、杏依ちゃんが実家に戻り、中学時代の友人が集まったらしい。
今日の部活で弘先輩がぼんやりとしていたのは、杏依ちゃんの話に遅くまで付き合っていたからで、それは瑠璃先輩も同じようだった。
杏依ちゃんが瑠璃ちゃんも呼ぼう、と勝手に決めて勝手に呼び出して、私の家では、杏依ちゃんと瑠璃先輩、弘先輩と、そして須賀君と私が食卓を囲んでいた。
今日、部活に来なかった瑠璃先輩にソラマメのお礼を言えなかったから、こうしてお礼を言えた事は嬉しいけれど。
かなり…予想外の顔触れだと思った。