りなりあ

番外編 12 4/7 UP 
ありふれた日常 4/8 UP
ありふれた日常 5/30 UP

指先の記憶 第二章-5-

2008-10-21 20:52:47 | 指先の記憶 第二章

目が覚めたら、また鬱陶しいと煙たがれるのは分かっているけれど、束の間の休息に身を委ねたくなる。
登校前に施設を訪問するのを須賀君に拒まれた理由は、雅司君の事が原因だった。
私と須賀君は、出来る限り同時に施設を訪問することを避けている。
須賀君と私が一緒にいることを嫌がる雅司君の気持ちを察して決めたことだ。
そして私が舞ちゃんと話すことも雅司君は極端に嫌がる。
それなのに、雅司君はお昼寝の時など眠くなった時に私がいると、必ず私の手を取った。
その理由など、私には分からない。
そして、たぶん。
雅司君自身も分かっていないだろう。
でも、理由など関係なく、私は眠りに落ちる前に感じる温かさが、とても愛しかった。

◇◇◇

雅司君の指が私の頬を引張る痛さで、私は心地良いお昼寝から目覚めた。
「ちょっと、雅司君!」
今日2回目の寝起きで、須賀兄弟相手に怒っている自分が情けなくなる。
周囲を見渡せば、まだ眠っている子ども達もいて、絵里さんの視線が叫び声を出した私を注意していた。
カレンさんから貰った時計を見ると、時刻は4時半。
昼食を部員達と食べると言っていた須賀君が戻っている可能性が高くて、慌てて眠っている子ども達の輪から外へ出た。
「好美ちゃん。髪、整えてきなさい。」
「はぁーい。」
覇気のない私の返事に絵里さんが溜息を出したのが分かるけれど、振り向かずに私は鞄から取り出した鏡を見た。
「買物行くだけだし、帰るだけだし、まぁ、いいや。」
「好美ちゃん。」
鏡に絵里さんの姿が写る。
「寝起きの服装で買物に行くの?」
絵里さんの手が私の髪を整える。
「だってお昼寝だし。制服みたいに皺は気にならないし。それに絵里さんだって、今日はお化粧していないでしょ?」
今日、という箇所に力を込めてみた。
「私は身だしなみくらいはちゃんとしています。」
確かに、そう。
化粧をしていなくても、地味な髪型で地味な服装でも。
隠したくても隠せない何かが、絵里さんから漂っている。
綺麗な絵里さんを知っているのは、婚約者の人だけなのかな?
確かに、それで充分だとは思うけれど。
「今後、気をつけます。じゃ、絵里さん。またね。」
小声で話して、そして玄関に向かおうとした私は、足を止めた。
振り向いて、部屋の隅に座っている雅司君を見つける。
手を振ると、少し躊躇した雅司君が手を振ってくれた。
その動作に、私は自分でも理解できないくらい、とても安堵した。

◇◇◇

須賀君のメモを見ながら、スーパーのかごに食材を入れていく。
「ヨーグルト、ヨーグルト。あ、お味噌も、そろそろ。」
メモを見ると、味噌と書かれた文字が二重線で消されている。
「あれ?どうしてだろ?」
そういえば、今朝、おばあちゃんのお味噌の話をしていたなぁ、と思い出すけれど、確か残り少なかったから新しく買おうと思って味噌の棚へと向かった。
でも、ずらりと並ぶ味噌を見て、私は悩む。
なんだか、須賀君は不満を抱いている感じだったし、このメモから想像すると、味噌を買おうとしている私に買うな、と言っているようだった。
「細かいからなぁ、須賀君。」
隣に住むようになって、一緒に食事をするようになって、彼の事を深く知るようになった。
細かい。
完全にオヤジだ。
「彼女、できないよ。あの性格だと。」
ぶつぶつ言いながら、でも最近はモテているみたいだし、とか考えて、レジに向かおうとした私は立ち止まった。
新発売のチョコレートが棚に並んでいる。
「杏依ちゃん、好きだろうなぁ。」
でも、結婚相手は超お金持ちみたいだし、確かに新婚旅行のチョコとか高そうで、甘かったけれど美味しかったし。
私は甘いモノは、大好きじゃないけれど。
でも、気になって手を伸ばしてみた。
「あ、すみません。」
伸びてきた手に触れそうになって、慌てて私は自分の手を引っ込めた。
「…姫野さん?」
その声に驚いて見上げると。
「ひ、弘先輩?」
私は絵里さんの忠告通りに身だしなみを整えなかった事を、後悔した。