りなりあ

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指先の記憶 第二章-3-

2008-10-17 20:16:48 | 指先の記憶 第二章

「美味しいね。須賀君。」
ソラマメも美味しいけれど、今日のお味噌汁も、やっぱり美味しい。
「姫野さぁ…この味噌で、満足な訳?」
「え?お味噌?」
「スーパーで買ってきた味噌で満足…してるよな?」
「だって仕方ないよ?おばあちゃんの作ったお味噌、ないし。作る人、亡くなっているんだから。」
私の中で、おばあちゃんの手作り味噌が一番なのは当たり前の事実。
そのお味噌で育ってきたのだから、他の味噌と比べる事など、全く意味がない。
「スーパーのお味噌も美味しいよ?最初は、どれを買えばいいのか分からなかったけれど。色々試したけど、結構、全部美味しかったよ?」
「…教えてもらっておけば良かったのに。」
須賀君の言葉は、少し嫌味っぽい。
「あ~急がないと!」
私は早々に食事を済ませることにした。
そんな私を見た須賀君は時計で時刻を確認し、随分と時間が経過していた事に気付いたようだった。
私達は黙々と食事をし、食器をシンクに運んだ。
後片付けは、私の担当だ。
それくらい、私がしないと。
「姫野。じゃ、後はヨロシク。」
須賀君は、これから施設に行って雅司君に会う。
その後、私達は駅で待ち合わせて登校するのが日課だった。
私も子ども達に会いたいし須賀君と一緒に毎朝行きたいと思った。
でも、それは須賀君に拒まれた。

◇◇◇

「おはようございます。」
「おはよう。姫野さん。」
部室に入ると本多由佳先輩が天井を見上げていた。
「由佳先輩。どうしたんですか?」
「電球、切れちゃったみたい。」
由佳先輩と同じように天井を見上げると、電球が1つ消えていた。
「今日、みんな来るかなぁ?英樹は部活には来ないし。」
「松原先輩、旅行とか、ですか?」
電球を見ている由佳先輩の横顔を見て、この人が、松原先輩の彼女なのだと、改めて不思議に思った。
由佳先輩と松原先輩は中学の時から同じ部活で仲が良かったし、それだけでなく、小学生時代の一時期を、同じ海外で過したらしい。
親同士も当時の滞在先だけでなく、現在も仲が良いみたいで、ファンクラブの人達も『妥当だよね』と言っていた。
妥当、という表現が嫌だけど。
私も2人はお似合いだと思う。
でも、どこか妙な違和感が残る。
どうしても杏依ちゃんの存在が気になってしまう。
杏依ちゃんは既に結婚しているし、松原先輩が他の人を好きになる事を責める権利も理由も私にはないけれど。
「おじさんが、英樹のお父さんがね、この連休に戻ってきているから。親孝行。困ったなぁ…。弘君は、無理だし。」
由佳先輩の声に出来るだけ不必要に反応しないように努めた。
「弘先輩は、無理なんですか?」
「部活に来るかどうか分からないもの。弘君気まぐれだし。」
“ヒロクン”その呼び方が、以前杏依ちゃんが康太君と呼んだ時のように、私の心を掻き乱す。
由佳先輩が弘先輩と幼馴染で、家が隣同士で、という事は分かっているけれど。
「それに電球の交換とか、そういうマメなこと、できないのよね。」
「そうなん、ですか?」
他にも部員は来るし、誰かに頼む事が出来るだろう、と思っていたら適任者を思い出す。

「由佳先輩。須賀君、もうすぐ来ますよ。須賀君、電球の交換得意だし。」
「得意、なの?」
「はい。得意です。」
電球の交換が得意、というのも変な褒め言葉かも。
「おはようございます。」
部室のドアが開いて須賀君の声が届く。
「おはよう。須賀君。凄いね…姫野さん。」
須賀君が荷物を置こうとして、切れている電球を見上げた。
「もうすぐ須賀君が来るって言っていたから。途中で会ったの?」
「電車、同じだったから。俺、コンビニに寄っていたし。」
一緒に朝食を食べて、家を出たのは別々だけど、駅で待ち合わせて、そして学校の最寄り駅からは別行動。
それを須賀君は口にしなかった。