りなりあ

番外編 12 4/7 UP 
ありふれた日常 4/8 UP
ありふれた日常 5/30 UP

約束を抱いて:番外編-幸せへの願いⅡ-5・完

2008-10-09 20:20:45 | 約束を抱いて 番外編

スーパーで会った事のある2年生の男子生徒と、ピザ屋の前で会った事のある1年生の男の子が、何かを言い争っていた。
それを特に気にする訳でもなく、むつみちゃんは周囲の木々を見上げている。

橋元君は面倒だ、という態度を全身で表していた。
「主役が真ん中でいいだろ?にーちゃんは背が高いんだから後ろに立てよ。」
光雄ちゃんは、少し荒い口調だった。
「誰?あのおじさん。」
「…おじさんって、俺かよ?」
光雄ちゃんが私の隣で呟いた。
「おじさんだよ。私の叔父さん。」
「意味が違う。」
光雄ちゃんが写真を撮る音が響く。
「なんで俺は中学生の入学写真ばかり、撮ってるんだろうな。」
少し自虐的な光雄ちゃんの言葉に、私は自分の入学式を思い出した。
入学式当日に光雄ちゃんに写真撮影を依頼していたのに、桜の蕾が開きそうだからと、入学式の前に撮影を希望した杏依。
それなのに、入学式が済んだ後も、明日の方が綺麗に咲いているとか、杏依が我が侭を言って、私達は“中学入学の写真”を何枚も撮影した。
そんな事を思い出していたら、写真を撮り終えた中学生達が再び揉め出す。
そして、朝の雰囲気に似合わない、この写真撮影には似合わない声が私の名前を呼んだ。
「瑠璃ちゃ~ん。」
光雄ちゃんが、片付けようとしていたカメラを落としそうになったのが、彼の心の動揺を表している。

「瑠璃ちゃん。うわ~偶然。」
「…なに、してるの?こんな朝から。」
「瑠璃ちゃんは?何してるの?あぁーむつみちゃん!」
むつみちゃんの姿を見つけた杏依が駆け寄ろうとして、そして立ち止まって再び私を見た。
そして、私の隣で座りこんで顔を隠している光雄ちゃんの前に座り込む。
「あー!!もしかして、光雄ちゃん?」
光雄ちゃんの肩が、びくりと動く。
「ねぇねぇ、光雄ちゃんでしょ?いつ戻ったの?私達が中学を卒業する時は、いなかったよね?卒業式の写真、撮ってもらおうと思っていたのに。あれ?もしかして写真撮影なの?」
杏依は立ち上がって、またむつみちゃん達を見た。
「うーん…入学式?えぇっと、あの子が入学したの?」
一番背が低いから、というのが理由だろう。
杏依は碧さんの姉の息子に視線を送る。
「都合で入学式に写真を撮れなかったから。」
「そうなんだ。」
杏依が歩いて行く。
「入学おめでとう。」
杏依の言葉に、むつみちゃんの従弟が問うように従姉を見上げた。
「私の…従弟、なの。母の姉の…息子。」
杏依が笑顔になる。
「むつみちゃんの従弟なの?うわぁ!はじめまして。」
「…はじめまして。中原慎一です。え?」
凄く、素早かった。
杏依が慎一君の両手を包もうとして、それを阻止したむつみちゃんの腕の中に彼が収まってしまうまで、とても短い時間だったように思う。
驚いた杏依が瞬きをして、彼女のクルンと巻かれた睫が動く。
むつみちゃんが慎一君を放して、杏依を見て、橋元君を見て。
橋元君の眉間に皺が寄って行き、彼の姿が校門の奥に消える。
あぁ…怒らせちゃった、みたい。
背の高い2年生の彼も、ちょっと不機嫌で、慎一君の背中を押して校門の向こうへと行く。
残されたむつみちゃんと杏依が視線を合わせた。
「むつみちゃん。そろそろ教室に行ったら?碧さんも戻らないと、みんなが登校してきちゃう。」
杏依の言葉に、むつみちゃんが私に向かって手を振り、会釈をしてくれる。
それが可愛くて、愛らしくて。
杏依に対する小さな嫉妬、彼氏を怒らせてしまった事への戸惑い、慎一君が困ったのではないかと危惧していて、そして私と光雄ちゃんにはお礼を言わなくちゃ、と。
そんな彼女の複雑な感情が、隠しても表れていた。
「うわぁ…瑠璃。やばいぞ?女子中学生に、ある意味惚れてるぞ。」
光雄ちゃんの声に反論できない私は、充分すぎるくらい、このバイトに溺れているのかもしれない。
「光雄ちゃん。」
戻ってきた杏依から、また光雄ちゃんは視線を逸らす。
「光雄ちゃん、忙しいの?お仕事、とか?」
「暇だよ、光雄ちゃん。うちの家に居候中だもの。」
杏依が私と光雄ちゃんを交互に見た。
「ねぇ、光雄ちゃん。アルバイトしてみない?」
それは、いつか。
私が新堂さんから言われた言葉。
「今日ね。お誕生日会があるの。子ども達の写真を撮って欲しいの。」
杏依に頼まれて断れないのは、光雄ちゃんも同じだった。
それは昔も今も、変わらないのかも。
小さな頃から私は杏依と一緒だった。
杏依の事を何でも知っていると思っていた。
でも、むつみちゃんが頻繁に話題に出す“あの夏”の杏依の幸福を私は知らない。
杏依が新堂さんと過した夏の大切さを、私はむつみちゃんと過ごす事で、最近知ることが出来た。
あの時期、杏依は、とても幸せだったのだろう。
でも、あの頃、私は何も出来なかった。
杏依の生活が変化していく事、杏依の周囲が変わっていく事。
そして、杏依が離れていく事。
私には新堂さんの手を振り払う事ぐらいしか、出来なかった。
突然現れて、簡単に杏依の心の中に入っていく彼が、怖かった。
そして、祥子が桜学園を受験すると知った時、その道を選べない自分が情けなくて悲しかった。
祥子も杏依も、あの時点で自分で自分の道を選んでいたけれど、私は今も選んでいない。
新堂さんに頼まれたから、杏依に頼まれたから。
「で、杏依は、こんなに朝早く、どうしたの?」
「私?水羊羹をね、食べたいなぁと思って。」
「…え?」
「次回のお味噌の出来も、気になるし。」
「あ、そう。」
「じゃぁね、瑠璃ちゃん。光雄ちゃん、後で瑠璃ちゃんの家に迎えに行くね。」
私達に手を振って、そして杏依は私の車に向かって手を振る。
少し窓を開けた碧さんに笑顔を向ける。
「私達も戻らないと。生徒達が登校してくる時間だから。」
「そうだな。」
なんとなく、光雄ちゃんがスッキリとした表情をしていた。
髭を剃ったから、かしら?
「あっちが良ければ、俺が送っていこうか?」
「え?」
「星碧。瑠璃の運転じゃなきゃダメなら無理だけど。瑠璃も行けば?お味噌の味見。」
「杏依!」
私の呼び声に杏依が立ち止まる。
私は車に乗っている碧さんに説明をし、光雄ちゃんが運転席に乗る。
「まだ言ってなかったね。瑠璃ちゃん。」
なんだろうと思って首を傾げた。
「おはよう。」
そう言えば、朝の挨拶を忘れていたことを思い出す。
「おはよう。」
「今度は、むつみちゃんに食べてもらいたいな。」
「そうね。」
「作ってあげてね。瑠璃ちゃん。」
自分が作るという考えが全くないのが、杏依らしい。
「そうね…杏依も遊びに来てあげたら?喜ぶわよ。むつみちゃん。」
私の言葉に杏依が嬉しそうに笑った。


写真が残してくれる、大切な人達との大切な時間。

思い出から生まれる
希望は、彼女が望む、幸せへの願い。


                        ◇
幸せへの願いⅡ・完◇