りなりあ

番外編 12 4/7 UP 
ありふれた日常 4/8 UP
ありふれた日常 5/30 UP

指先の記憶 第二章-2-

2008-10-15 22:21:18 | 指先の記憶 第二章

1階の台所から漂ってくる香りを拒絶するのは、とても嫌で。
「次の連休はカレンさんに会いに行くんだろ?」
早く会いたい、そう電話で言ってくれたカレンさんに私も早く会いたい。
「この連休に、色んな事は済ませておかないと。」
そうだった。
カレンさんへのお土産は、何が良いのかな?
「それとも姫野は」
カレンさんの事を考えながら、須賀君を見上げた。
「弘先輩に会いたいから、部活に行くか?」
真っ直ぐな瞳で私を見下ろして、真剣な表情で須賀君は問う。
でも、すぐに。
「…そこで笑わないで。」
笑いを我慢している須賀君を恨めしげに見上げた。
「須賀君さぁ…面白がっているでしょ?私をサッカー部のマネージャーにして、私の事、笑っているんでしょ?」
「なにが?」
「なにが、って。だってさ…私は」
弘先輩に対して、他の先輩や同級生とは違う特別な感情を抱いていて。
「姫野は弘先輩に恋しているし。」
須賀君は勝手に私の気持ちを代弁した。
「ち、違うもん。」
「大丈夫だって。俺は見てれば分かるけど、姫野の気持ちは学校でも部活でもバレてない。結構、姫野って逞しいと言うか、図々しいと言うか、誤魔化すのが上手いというか、ちゃーんと部員達に平等だし誰も気付いていない。」
「ほ、本当?」
「それに、松原英樹ファンクラブという、立派な隠れ蓑があるしな。」
最大限に利用していることを、いつか松原先輩に謝ろう。
「早く準備しろよ。朝飯、出来てるから。」
高校生になって、約1ヵ月。
毎日須賀君に会っているのに、会う度に彼は大人になっていくような気がした。
取り残されている気がして、遠くに離れてしまいそうで。
須賀君は中学の時と比べると、格段にモテるようになってしまって、本人も結構楽しそうだ。
私は、松原英樹ファンクラブの人達にマネージャーであることを羨ましいと言われるけれど、本心では他の事を自慢したいと思っている。
須賀君のお味噌汁が、とても美味しい事を彼女達に話したい衝動に、時々駆られる。
そんな事を自慢したいと思っている私は、須賀君と比べると大人には随分と遠いみたいだ。

◇◇◇

「いただきます。」
食卓に並ぶ朝食に、思わず嬉しくなる。
「美味しいよね~。須賀君の料理。1人で住むようになってから料理をする機会も増えたし、どんどん腕が上がるって感じ?」
「…姫野も少しは勉強しろ。」
「私は学校の勉強だけで精一杯で。」
オーブントースターの音が響いて、私達は同時に箸を置いた。
「いいよ須賀君。これくらい私だって出来るし。」
「…そう、だよな。」
立ち上がって台所に行く私の背中に、須賀君の声が届く。
「熱いから気をつけろよ。」
「はーい。」
食器棚からお皿を出そうとして。
「皿、そこに出してある。」
「あ、うん。ありがとう。」
オーブントースターの横に置かれているお皿を手にとって。
「姫野。菜箸は」
須賀君の忠告が続いている。
私は和室を見て、そして須賀君が立ち上がっているのを見る。
私の視線に気付いた須賀君が、食卓の前に戻る。
菜箸でソラマメをオーブントースターから取り出して、私は和室に戻った。
「美味しそう。どうぞ、須賀君。」
彼に勧めたのに。
熱そうに、さやからソラマメを出して、それが私の取り皿に転がる。
「ありがとう。」
私が須賀君を頼る度合いが、以前よりも大きくなっているのは確実だった。
そして、須賀君の小言や忠告が増えたのも、確実だった。
私に身内がいないことを、頻繁に自覚させる言葉を出す須賀君は、私に自立出来る強さを求めている。
でも、誰よりも私に構うのは須賀君だ。
自分でしろと言われて、自分で出来ると答えて。
でも、彼にしてもらうのは、心地良い。
お願いすれば文句を言いながらも、須賀君が拒む事はない。
矛盾した言葉と行動を、私達は毎日繰り返していた。