minaの官能世界

今までのことは、なかったことにして。これから考えていきます。

再会

2006年08月20日 | ショート・ストーリー
偶然に、昔の友に会った。
街をぶらぶらしていたら、彼の方から声をかけてきたのだ。
もう何年ぶりになるだろう。本当に久しぶりの再会だった。
「元気にしてたかい」
彼はそう言った。
「ええ・・・。まあね」
わたしは少し言いよどんだ。
「うん? どうかしたのかい?」
昔から詮索好きの彼は、さっそくわたしに訊いてきた。
「もう。あんたの何にでも首をつっこみたがるくせ、昔のまんまね」
彼はわたしを居酒屋に誘った。
居酒屋は週末ということもあって、かなり混んでいた。
わたしたちは、隅っこの席に無理矢理、割り込んだ。
「随分と繁盛してるな、この店」
「うん。そうみたいだね。安いし、味もまあまあだし」
「カウンターの料理は、勝手に取って食べていいのかな」
「うん。後で、お皿の数で清算してくれるのよ」
「ふーん。回転すしみたいだね」
彼はそう言って、焼き魚と野菜の煮付けを取った。
「飲み物を頼みたいけれど、店員さんが来てくれないなぁ」
「そのうち来るわよ」
わたしも3皿ほど取って、さっそく食べ始めた。
「で、今、何してるの」
わたしは彼に尋ねた。
確か彼は芸大を出て、その方面の会社に就職したはずだ。
「それがさあ、リストラされちゃってさ」
「えーーーっ。だって、あなた、彼女と結婚するって。それで、絵描きになるのを諦めてまでして、生活のために就職したのよね。奥さん、どうしているの」
「彼女は、子を連れて実家に帰った」
「なんで」
「仕事がなくなって、給料が入ってこなくなって、食えなくなったから」
「・・・・・・」
わたしは、次に口にする言葉失ってしまった。
わたしも似たような境遇だったからだ。
わたしの場合は、もっと悲惨だった。
両親に早く死に別れて、一人ぼっちだったわたしは、パートで何とか生計を立てていたが、安い賃金では、家賃を払えば、食費を出すのが精一杯だった。でも、わたしだって、若い女の子。おしゃれもしたいし、遊びたい。
それで、消費者金融でお金を借りて、どんどんと深みに嵌り、とどのつまりは、いわゆる「沈め屋」と呼ばれる若い女を風俗に売りとばす悪質な業者に引っかかり、絵に描いたような転落人生を送っていた。
それでも、そういう生活を楽しんでいる女性もいた。風俗だって、気持ちを割り切ることができれば、お金も稼げるし、そんなに悪いものじゃない。でも、わたしはそれができなかった・・・・・・。
彼の口から、思いがけない言葉が出た。
「俺なぁ、minaのことが好きだったんだ」
「えっ」
わたしはびっくりして、彼の顔をまじまじと眺めた。
「あの時、彼女と一緒にならずに、minaと一緒に東京に行って、絵描きを目指していたら、生活は苦しくても、こんなことにはならなかったんじゃないかと今でも、時々、思うことがある」
「何言ってんのよ。あんたは、わたしよりも、そして、絵よりも、彼女を選んだんじゃないの。今更、泣き言を言わないで」
「ああ、判っている。判っているさ。でも・・・・・・」
残酷な人生の分岐。
どうせこうなると知っていたら、わたしも彼も一番欲しいものを遠慮せずに選んだのだ。しかし、より功利的な選択をしてしまった。
愚かにも。
そして、なんという皮肉だ。賢く選択したつもりが、最も愚かな選択だったと言うわけだ。
「それにしても、注文を取りに来ないなぁ」
「いいじゃない。放っとけば。そのうち来るって」
「俺、ビールが飲みたいんだよ。あっ、生中ひとつっ」
やっと近くに来た店員に向って、彼は叫んだ。
でも、店員は、よく聞こえなかったのか、わたしたちの方を向いて、首をかしげている。
「だから、生中1杯だよ」
店員は、首を振りながら、奥に行ってしまった。
「何なんだよっ。あの態度。俺たちを無視しやがって」
わたしもあの店員の態度には、ちょっと腹がたってきた。
「ねえ、このまま、逃げちゃおうか」
「え?」
「だからさぁ、あんな態度とられて、お金なんか払う必要ないよ。第一、注文も取りに来てないし、こんなに混んでるんだから、わたしたち二人くらい、黙って出て行っても判らしないよ」
にやりと彼が笑った。それから、わたしたちは、すっと席から立つと、レジの前を平然と通り過ぎ、店の外に出た。誰も声をかけてこなかったし、追いかけてもこなかった。
わたしたちは、一目散に居酒屋の前から遠ざかった。
次のブロックまでは、わたしたちは口もきかずに足早に歩いた。
ひとつブロックを通り越して角を曲がったところで、わたしたちは手を取り合って大笑いした。こんなに楽しい気分になったことは久しぶりだった。
「なあ、mina。俺はもう駄目だけれど、minaには頑張って欲しいんだ。minaはまだまだ何とかやれる。決して諦めないで、しっかり生き抜いて欲しい」
わたしは彼の言葉に心がずきんと痛んだ。
・・・わたし、もう駄目なの。ひどい男にひっかかってしまって。あの男がいる限り・・・
わたしは心の中で叫んでいた。
・・・でも、どうして、そんなことを言うの・・・
「実は、俺・・・・・・」
その時、わたしの眼に信じられないものが映った。
商店街の街頭テレビに彼の顔が大きく映し出されたのだ。
続いてアナウンサーの読み上げるニュース。
「○○市△△町2丁目のマンションの1室で、死後1週間ほど経過した若い男性の死体が発見されました。この男性は、この部屋の住人である伊東昭雄さん26歳。死因は餓死。冷蔵庫は空っぽで、所持金もありませんでした。1年前にリストラされ、収入が途絶え、奥さんとも別居中だったとのことです。市に生活保護の申請もしていたそうですが、その申請も却下され・・・・・・」
わたしは、驚きに口をぱくぱくさせていた。
「なあ、俺に約束してくれ。決して自殺なんかしないと。minaはまだまだ頑張れる」
「あ、あなたは・・・・・・」
わたしが彼の方を振り向いた時には、彼の姿はもうなかった。
彼は、わたしにどうしろというのだろう。
確かに、わたしは自殺しようと考えていた。もう生きる気力も希望もなくなっていた。
わたしに生きる価値なんてない。
毎日、生活の糧を得るために、見知らぬ男たちにこの身体を自由にさせる。しかも、そうやって得たお金の大半は、やくざなあの男に毟り取られてしまう。
最低の生活。
実は、最後の夕食をとったら、お酒を浴びるほど飲んで、首を括ろうと考えていたのだ。彼はそれを止めに来たのだろうか。
わたしは、とぼとぼと帰路についた。わたしが仕事場に出ていないことを知り、やがて、あの男が怒鳴り込んでくるだろう。やつらは結託しているのだ。わたしが仕事を辞めようとしても、無理矢理に働かされる。泣いてもわめいても無駄だった。そのたびに繰り返させる拷問。タバコの火を局部に押し付けられたり、浣腸したうえでアナル栓を装着され、長時間放置されたり、バスタブに張られた水の中に何度も沈められたり・・・。
一度は、刺青を入れられそうになった。それだけは許してください。心を入れ替えて働きますからと、素っ裸で土下座をしてなんとか刺青だけは許して貰ったこともあった。
彼があんなことになっていたなんて、もし、知っていたら、わたし、彼の許に走ったのに。彼がいてくれるのなら、風俗だって辛くない。彼がチンピラからわたしを守ってくれるのなら、ふたりで暮らすくらいのお金は楽に稼げる。どうして、死んでしまったのよ。死んでしまったら、もう、なにもできないじゃないの。
わたしは、力なく、自分の部屋のドアを開いた。
部屋の中は、真っ暗だった。
明かりをつける。
何もない殺風景な部屋・・・・・・。
そして、ようやくわたしは悟った。
なぜ、彼がわたしに会いに来たかを。
彼は、わたしが既に死んでいるということを判らせるために来たのだ。
わたしは、寝室に続くドアの取っ手に紐をかけて、首を吊って死んでいた。
「お前はもう死んでいるんだ」などと言っても、天邪鬼な性格で強情なわたしは、それを受け容れない。彼は、それをよく知っていたから、あんなふうに言ったんだろう。
どうりで居酒屋の店員がわたしたちに気付かないはずだ。わたしも彼も幽霊だったのだ。店員に見えるはずがない。
わたしは、今朝方、首を吊って死んだのだ。でも、魂は死に切れずに、あてもなく、街中を彷徨っていたのだろう。まだまだ、生に未練があったのかもしれない。生きていたって、何もいいことなんかありはしないと思っていたはずなのに、やはり、未練があったのだろう。
でも、それももう終わりだ。わたしは死んだのだ。
そう悟ると、指先からさらさらと光の粒になって、わたしの身体は大気中に溶け出していった。
さようなら・・・・・・。
万感の思いを込めて、わたしはわたしの身体に言った。
今度、生まれてくる時は、もっと良い時代に生まれてきたい。ちゃんと仕事があって、人間が人間らしく生きられる世界に。


☆ブログランキングに参加しています。

 気に入ったら、プチッと押してね、お願い → 

 こちらもお願いね → 


最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
こんなオチの作品も (yuimor(@goo))
2006-08-26 13:10:02
minaさん、コメントもBBSも、書き込むのは初めてだと思います。



こんなオチの作品もお書きになるのですね。



官能小説も、映画評も、そのモチーフの「鑑賞記」(日記の「着信アリFinal」を巡る鑑賞顛末なんかですね)を拝読して、なかなかしっかりした描写をなさる方だとは思っていましたが。



24日の日記(それ以前にも同様の批判などなさっていたようにも記憶します)・あるいはご自分も何か本当に抱えられている問題をお持ちなのかもしれない、そして夏場らしい怪談要素、それらが結実した短編だと思います。



惜しむらくは、minaというヒロイン名はよいこととして、○×△の類いはつや消しなので、改められる方がよいように思います。



失礼を省みないコメント、お許しください。



minaさんが、本当に妙齢のお嬢さんかどうかは別にして、恐らく私の方が年は上だと思うので、そのあたり割り引いてご容赦ください。



では、また伺いたいと思います。
返信する
yuimorさんへ (mina)
2006-08-26 19:55:12
コメント、ありがとうございました。

小説を書いていらっしゃるのですね。

小説の方向性は、明らかにわたしの求める方向とは異にしていると感じましたが、実生活に近い学校を舞台にした短編など、興味深く読ませていただきました。

小説を書かれているので、恐らく同じ気持ちだと思いますが、読んでいただけたということに対して、とてもありがたく、また、うれしく思います。

わたしも、貴方様の小説の感想に、何か気の利いたことを書ければよいのですが、あまりにもジャンルがわたしと違います故に、見当違いなことを書いてしまいそうなので、ここでは控えさせていただきます。

わたしも、小説を読みに貴方様のHPに寄らせていただきますね。

それでは、また。
返信する
お気遣いありがとうございます。 (yuimor本当に@goo)
2006-08-27 19:32:36
ものを書くことには、必ず嗜好の違いが生じます。



それで、コメントをいかがしたものかと思うことは多いのですが、



minaさんは、本当に描写が達者だと感心しています。



それだけはお伝えしたくて……。
返信する
yuimorさんへ (mina)
2006-08-27 20:50:57
ありがたいお言葉、本当に励みになります。

言葉は、武器にも防具にも、そして、薬にも毒にもなると思います。

今のわたしは、様々な出来事があって、公私ともに弱っていますけれども、こういう励ましの言葉をいただけると、本当にありがたく、明日も頑張ろうという気持ちになります。

ありがとうございました。
返信する

コメントを投稿