言語空間+備忘録

メモ (備忘録) をつけながら、私なりの言論を形成すること (言語空間) を目指しています。

バーナンキの背理法

2010-10-04 | 日記
田中秀臣 『デフレ不況』 ( p.68 )

 歴代の日銀総裁はほとんどが法学部の出身で、経済学の博士号を持っていた人などただの一人もいませんが、諸外国の中央銀行総裁は逆にほとんどがアカデミックな経済学を学んできた人たちです。
 中でもバーナンキはハーバード大学経済学部を最優秀で卒業し、マサチューセッツ工科大学 (MIT) で経済学博士号を取得後、研究者として多くの業績を残し、名門プリンストン大学の教授、さらに学部長まで務めています。その実績は近年ノーベル経済学賞を受賞した学者たちと比べても少しも遜色ありません。
 プリンストン大学教授時代、バーナンキは日本の金融政策の失敗を指摘した論文「自ら機能麻痺 (まひ) に陥った日本の金融政策」(三木谷良一 (みきたにりょういち)・アダム・ポーゼン編著『日本の金融危機』<東洋経済新報社> 所収) を発表しています。
 日本銀行が現在、「デフレは中央銀行の金融政策によっては脱却できない」と主張していることはこれまで述べてきた通りですが、バーナンキは論文の中で「中央銀行は必ずインフレを起こすことができる」ことを検証しています。
 その論理はきわめて明快です。
 もし国債をどんどん買っても絶対にインフレにならないならば、それはそれでかまわない。なぜなら、中央銀行が国債を買い切った額だけ貨幣発行益 (シニョレッジ。通貨の額面価格から発行コストを差し引いた分のこと) が生じ、それを政府は財政赤字の解消などさまざまな資金に充てることが可能になる。
 国債市場が枯渇してしまうまで中央銀行が国債を買い切ってもまだインフレにならなければ、政府はさらに国債を発行することができる。それを中央銀行が買い続けることによって、政府はさらなる収入を得られ、新たな政策を実行できる。
 これを続けていっても永遠にインフレが起こらないのであれば、事実上の無税国家が誕生する。もちろん実際にはそんなことにはならず、やがてインフレが起きるので、政府は貨幣発行益のコスト (国債の利払いの増加) を恐れて、それ以上の国債は発行できなくなる。かくて無税国家の夢は消えうせる。
 ――というのが、バーナンキの論理です。
 バーナンキが論文で主張したのは、日本銀行はインフレを起こせるし、また日本経済を長期停滞から抜け出させるためには、インフレにしなければならないということです。
 それは日本国民が「インフレになるだろう」という見通しを持つこと (インフレ期待) が、消費と投資を増加させ、総需要を底上げするためにどうしても必要だからです。
 そのために彼が提示した日本経済への処方箋は、過去のデフレによって生じた負のギャップを高めのインフレ率を数年続けることで埋め合わせるというリフレーション政策と、その後に低めのインフレ・ターゲット政策に移行するという「合わせ技」の組み合わせです。
 リフレ期間内では、物価水準目標 (プライスレベル・ターゲット) を行い、その後の長期的なインフレ目標 (インフレ・ターゲット) との二段構えを行います。インフレ期待を形成する上で、短期と長期のインフレ率についての異なる情報を市場関係者に与えることになるでしょう。


 バーナンキは世界最高レベルの学者である。そのバーナンキは、「中央銀行は必ずインフレを起こすことができる」と述べている、と書かれています。



 要は、中央銀行が国債を買い続ければ (すべての国債を買い切ったときには新規発行分の国債も買い続ければ) インフレになるはずである、という主張だと思います。つまり、

   どこかの段階で必ずインフレになるはず

だということです。すなわち、

   既発の国債を買い続ければ、どこかでインフレになる

   かりにインフレにならなかったとしても、
   新規に発行される国債も買い続ければ、どこかでインフレになる。

   これでもなお、インフレにならなかったとすれば、
   事実上の無税国家が誕生するが、そんなことはありえない。

   したがって、どこかの段階で必ずインフレになるはずである。

ということなのでしょう。この論理構成、一見すると、数学でいう「背理法」であるかにみえるために、「バーナンキの背理法」と呼ばれていますが、

   この論法は (実質的には)「背理法」ではありません。

 バーナンキの論法は、「インフレが起きるなら、それでよい。インフレが起きないならば、それもまた好都合である」というもので、要は、「どちらに転んでも好都合」というものです。



 したがって、「背理法」であることを前提とした批判は、批判たりえません。たとえば、



岩本康志のブログ」の「「バーナンキの背理法」を信じると,こう騙される

 金融政策でインフレを起こせる,という主張で使われる「バーナンキの背理法」だが,その問題点は誰かがネットで適切に解説しているかと思っていたが,どうもそうでもないようなので,私なりに整理してみる。

(中略)

 さて,バーナンキの背理法は,「こういう政策をとってもインフレが起こらないと仮定しよう」というところから出発する。「するとお札を刷ることで財政支出が全部まかなえることになり,無税国家が生まれる。無税国家は現実にはありえない。これは矛盾だからインフレが起こる」と続く。
 じつは,最初の「こういう政策をとってもインフレが起こらないと仮定しよう」が問題だ。その裏では,「こういう政策がとられなければもちろんインフレが起こらない(デフレのまま)」というのが前提になっている[2010年4月1日追記:ここで「裏」と使ってしまったのは,不注意な表現であった。論理学の「裏」を指す意図ではなく,一般的な用語法として,「暗黙の前提」という意味であった。本文は残しておくが,追記の形で訂正しておく]。しかし,これは,現在の常識的な予想に合わない。現在の予想は,現状のデフレは2年以上続くが,やがては(何年後かは人によって違うが)デフレは解消する,というものである。
 つまり,バーナンキの背理法は,出発点で現実と違う状況を考えているので,そこから先の議論は現状の政策立案の役に立たない。そして,現実的な想定のもとで将来にどういう政策がとられるのかが明確でないと,市場関係者も国民もどういう予想を抱いていいかわからなくなるだろう。


 「バーナンキの背理法」は、「出発点で現実と違う状況」すなわち「前提」を仮定しているので、「そこから先の議論は現状の政策立案の役に立たない」と批判されていますが、



 「こういう政策がとられなければもちろんインフレが起こらない(デフレのまま)」としても、「こういう政策がとられなくてもインフレが起こる(デフレは終わる)」としても、どちらであろうと、

   中央銀行が国債を買い続けていればインフレになる

ことには変わりありません。つまり、

   中央銀行が国債を買い続けた「から」インフレになるか、

   中央銀行が国債を買い続けたこととは無関係に、
          「他の原因によって」インフレになるか

の違いがあるだけで、「中央銀行が国債を買い続けていればインフレになる」ことには変わりありません。

 ここで重要なのは、「現状のデフレは2年以上続くが,やがては(何年後かは人によって違うが)デフレは解消する」のかもしれないが、この予想 (岩本康志さんが前提とされている予想) が、間違っていた場合であっても、バーナンキの主張は「正しい」ということです。

 もちろん、インフレにならなくとも、バーナンキの主張は「正しい」ことには、変わりありません。なぜなら、バーナンキの主張には、

   インフレにならなければ、事実上の無税国家が誕生するが、
                  それはそれで好都合である。

という含みがあるからです。



 このように考えれば、バーナンキの論理に破綻はみられず、説得力があると考えてよいと思います。したがって、バーナンキは自信をもっていると考えられます。つまり「バーナンキの方針は変わらない」と予想されます。



■追記
 バーナンキの論法は一般に「バーナンキの背理法」と呼ばれているので、この記事も「バーナンキの背理法」というタイトルにしています。私が「背理法」だと思って「バーナンキの背理法」というタイトルにしているわけではありません。