へんくつゃ半睡の「とほほ」な生活!

 奇人・変人・居眠り迷人。医療関連を引退⇒
某所で隠遁準備中。性質が頑な、素直ではなく、
偏屈でひねくれています。

【読】赤胴鈴之助@時代小説

2009年01月20日 | 時代小説

(すず!・りん!)

       赤胴鈴之助 第1巻(単行本) 武内つなよし

 

 夏目漱石の「倫敦消息」は、正岡子規高浜虚子に宛てたロンドン通信だが、これは雑誌
ホトトギス」の明治三十四年第八号に掲載された。単行本『色鳥』(大正四年・新潮社刊)に
収録するに当たって、漱石は大幅に書き改めた。

 そこで「敦消息」は、「ホトトギス」版と「色鳥」版と、二種存在する。
    ◇
「飯を食いながら呼鈴を押して宿の神さん呼んだ。
『とうゝゝあなたの方へ行く事にしましたよ。

一週三十三円の下宿料なんか到底我輩には
払へんから君の方に生きましょうよ』」
ホトトギス版》

    めし          よびりん        かみ      
「僕は飯を食ひながら呼鈴を押して上さん呼んだ。
    
 
あなた          こと
『とうゝゝ貴方の方へ行く事になりましたよ。
何しろ一週三十三円ぢゃ到底僕には払へんからね』
色鳥版》

ホトトギス」の方には「呼鈴」にルビがない。
    ◇
 私(出久根達郎)が漱石の「倫敦消息」を読んだのは、東京に出てきてまもなくであるが、
ホトトギス」版ではなく、「色鳥」版に目を通していて、ハッとした。
呼鈴」のふりがなである。リンと振られている。
 やっぱり本当だったのだ、と思わず笑ってしまった。
    ◇
 こういうことだった。小学生のころ、「赤胴鈴之助」というマンガが大いにはやった。
 作者は福井英一。この人は連載が始まってまもなく過労で急死し、武内つなよし
後を書き継いだ。

          漫画:武内つなよし

 そのうちラジオで連続放送が始まった。赤胴鈴之助千葉周作の門下だが、周作には
さゆりという一人娘がいる。子供マンガの世界だから明からさまではないが、二人は、
お互いに憎からず思っている。ラジオで小百合の声を演じたのは、小学生の吉永小百合
だった。彼女のデビュー作である。
 田舎の悪ガキどもは、主人公よりも、むしろ小百合に熱狂した。
    ◇
 さてその頃、私たちのクラスに、という男児が転校してきた。は東京っ子で、当然、
東京弁をしゃべる。私たちには耳慣れぬ東京弁が、女性言葉のように聞こえる。
 は細おもての、女の子のような優しい相貌だったから、なおさら、そのように聞こえる。
 小百合男(さゆりお)、と私たちは早速アダ名をつけた。
    ◇
 がせせら笑うのである。「お前らは赤胴鈴之助の本名を知るまい、
 あれはスズノスケでなく、リンノスケというんだ」。

 「嘘だぁあ」、と私たちは声を上げた。
 が言う。「リンと読むんだぞ。よびりん、というじゃないか!」

 呼鈴と言われても、私たちにはピンとこない。そんな物を取りつけている家が、田舎には
なかったからだ。
 は頭が良かった。鞍馬天狗の本名を教えてくれたのもAである。しかし、リンと鳴る
から、そう読むと、はどこで覚えたのだろう!?
    ◇
 大正九年に、『漱石の三四郎日記』(山本春雄著)というパロディ本がでた。漱石人気に
あやかったのであろう。これに「電鈴」という語が出てきて、「りん」と振られている。

 

出久根  達郎 「セピア色の言葉辞典」より
文藝春秋  文春文庫  税込価格:¥660

コメント (14)
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