これ!どう思います?

マスコミがあまり報道しない様な問題を、私なりに考えてみます。

政治家や官僚と賄賂 (その4)

2020-03-07 09:33:29 | 社会問題
 今回は、「どんなにして裏金を作ったのか?」と言う話しです。「金が欲しい」と言う欲望は無くなっていませんから、今でも裏金造りは、何処かで毎日行われていると思います。

【チケットショップが開店しました!】
 1980年前半の話ですが、当時・私は東京勤務でした。新聞に小さく、「御徒町にデパートの商品券を売る店が出来た」と言う新聞記事を読んで、興味を惹かれたので”半ドン”の土曜日に行ってみました。駅から直ぐの所に小さな店が有り、私は探偵の様に電柱の陰から様子を伺いました。風呂敷包にデパートの商品券を沢山入れた男性が入って、数百万円受け取って帰りました。十数分すると、アタッシュケースを持ったパリッとした身なりの男性が来て、さっきの商品券を買い取っていきました。 (買い取った男性は、多分デパートの社員だと思いました。) 多分、この店は「デパートに商品券が入った」と電話したのでしょう。

 店に入ってみると、商品券は『5%引き』で売っていました。「実に旨い商売を考え付いたものだ」と感心しました。 さっきの取引が二百万円だとすると、30分もしない間に十万円も儲けた事になります。

 「何が行われていたのか?」、皆さん分かりますか? 合法的に”裏金”を作っていたのです。 A社がデパートから百万円分の商品券を買ったとします。A社は百万円分の領収書が貰えます。A社がCチケットショップに90万円で売ると、損した様に見えますが、実はA社は大儲けしているのです。

 90万円の使途不明金が出ると、A社は税務署に90万円納めなければならないのです。A社が90万円の賄賂を渡すためには、180万円の出費になります。 商品券方式だと100万円ですむ事になるのです。 (A社がデパートの商品券ばかり、多量に購入すると税務署が疑い出すので、他の手も考える必要が有ります。)

(余談) 当時・デパートの店舗数は多く、どこも結構繁盛していました。安い商品券が多量に出回るのは好ましく無かったと思われます。デパートは100円で売った商品券を95円で買い戻し、また100円で売ったら少し儲かります。現在は逆に、デパートは顧客数の減少が問題ですから、誰かが金を出して商品券を安く売ってくれたら、客が増えるので”大歓迎!”だと思います。

【神保町の古書店】
 東京勤務の頃は、週に二、三回遠方に出張していました。車内や機内で読書していたので、週に数冊読んでいました。半ドンの土曜日に、神保町の古書店で纏め買いしていたのですが、新刊が出た数日後に”真新しい本”がドサッと店頭に積んだ所が有りました。(ベストセラーの本は、ビックリするほど沢山積んでいました。) 確か?10%引き程になっていました。私は、高価な機械工学便覧を買いましたが、私にとっては機械工学便覧は非常に大切な存在だったので、買いながら「こんな貴重な本で裏金を作ってはいけない!」と思いました。

 当時は、政治に巨額の金が必要でしたから、裏金作りに精を出す社員が沢山いて、”あの手この手”知恵を絞っていたのだと思います。

【裏金を作る商社】
 某大手企業に機械設備を買って貰える事になったのですが、「数百万円上乗せするから、その分はフィードバック(領収書無しで、現金を返却)して欲しい」と、急に言われました。 仕方なく、顧客の地元の小さな『裏金作りの商社』経由にする事になりました。

 建前は、『顧客(A社)が→商社(B社)に発注する→メーカー(C社)に発注』です。 A社がB社の口座に『D円=D1円+D2円+D3円』を振り込むと、D1円を現金でA社に返し、B社の取り分(D2円)を残して、「A社とC社で決めた金(D3円)」をB社がC社の口座に振り込む。 通常の商社経由の案件では、製作打合せや引取り検査に商社は立ち会いますが、この手の取引では、商社の仕事は金の遣り取りだけします。

 当時の営業部長は、入社以来・工場の製造畑で活躍された方で、商売についての知識/経験は殆ど有りませんでした。部長は商社経由にする事は認めたのですが、「銀行保証を付けろ」と言って、一歩も引かないのです。

 銀行保証を付けた事は、銀行は商社には秘密にしてくれるのがルールですが、この時は商社にばれてしまいました。 この手の商社は『信用が命』なので、「本件には関わらない」と強い口調で営業担当者に言ってきました。 顧客の担当者、営業担当者が商社の重役を説得する場に、私は立ち会いました。 私の役割は、「営業部長が技術屋出身で、世間知らずで、商売のルールを知らない頑固もんだ!」と言う様な話をする事でした。 何とか説得して事なきを得ました。

 私は技術屋ですから、裏金を受け渡す現場は見た事が有りません。 殆どのケースは数百万円でしたが、一億円と七千万円が動いたと思われる案件を知っています。 こんな大金を税務署に見つからない様に動かすには『裏金作りの商社』の手助け無しでは不可能だったと思いました。 全国で年に一兆円とか二兆円の裏金が動いていたのです。私は裏金造りの方法に非常に興味が有ったのですが、関係者全員が口が堅くて聞き出せ無かったです。

(余談) 私は、この営業部長を技術屋としては尊敬していました。彼は高卒でしたが、難しい機械加工技術を開発したり、欧米から最先端の測定装置や工作機械を導入しました。当時、部長以上はほとんど派閥人事でしたが、彼はどの派閥にも入らず、実力で若くして工場の製造部長になり、50歳を過ぎて営業部長になられたのです。営業部長になってからは、世の中のルールを無視されるので私は何回も酷い目にあわされました。

 営業部長は東京勤務でした。私達がフォローしていた九州の案件が受注直前まで進んで、「顧客の重役に挨拶に行って頂きたい」とお願いすると、「僕は忙しい、一億円程度の案件では行けない」と言い張られました。入社した頃の上司が他事業部の専務になっておられたので、お願いすると、気軽に引き受けて頂いたので事なきを得ました。他にも何回も、何回も同様の被害に遭いました。

【裏金が作れる設計事務所】
 2000年頃に小さな会社に出向していた時に、ベトナムから受注しました。商社から顧客を接待する金を用意する様に指示が有りました。「接待は商社でするが、その費用は君の会社持ちで、領収書は出さない」と言うのです。300万円ほどでしたが、小さな会社でしたから、そんな大きな使途不明金を出したら税務署に睨まれるのは必定です。社長と二人で悩みました!

 その会社に出入りしていた小さな設計事務所の社長が、表敬訪問に来ました。社長が「裏金300万円作るのに困っている」と愚痴を言うと、設計事務所の社長が「お力になりましょうか?」と言ってくれました。 この設計事務所の仕事の大半は、地方公共団体から頂いていたので、裏金造りは得意中の得意だったのです。

(余談) ご存知の通り、ベトナムは共産国です。機械の受け取り検査に来た方達は、国営企業のトップクラスの人達でした。滞在したのは一週間ほどでしたが、機械を見たのは二、三時間で、後は温泉地巡りの豪遊をされて、大満足で帰られました。 (どこの国の人間でも同じですね!)

【空出張】
 全国で営業マンと設計が十数人ほどの小規模な部隊の話しです。官庁向けの仕事は少なく、裏金も余り沢山は必要では無かったのですが、年間二百万円ほどは要った様でした。

 出張届にハンコを押してもらうと、領収書無しで旅費、宿泊費、日当などが現金で支給されていました。営業担当者達と顧客回りの設計担当者達が、カラ出張してチビチビと裏金を作っていました。 営業担当者個人名義の口座に貯めていましたが、魔が差して使い込んだ輩がいたのです。彼は返済して事なきを得たのですが、当時・私の隣の席に座っていた設計担当者が金を預かる事になりました。

 彼は、私と同じ貧しい家の出で、入社以来ずっと親に仕送りを続けており、『酸いも甘いも嚙み分ける』尊敬すべき人物でした。私同様に超多忙でしたが、毎日の様に持ってくる少額の裏金を、いちいち銀行に持って行っていました。 こんなに苦労して貯めた金が、「良からぬ人間に渡って、良からぬ事に使われる」と考えると、少し腹立たしかったです。



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